空虚

物書未満

沈みゆく、か

 転生など下らないものだ。


 なぜ死んでしまったか、なぜこの世界に転生したのかはもう記憶の彼方に消えてしまった。


 この世界で私は確かに楽しんだ。

 稀なる力、男の魅力、何もかもが私に与えられ、そして人々から讃えられ、栄誉も名誉もほしいままにした。


 だが、結局は何もなかったに等しい。


 私はあの世界で死んだように生きていた。毎日は苦しく、暗く、そして平行線で、なんとも言えず生き辛い日々だった。

 だが、私はまぎれもなく生きていた。

 死んだように生きていた。

 間違いなく生きていると、そう思えた。


 この世界ではどうか?

 最高の環境で刺激的で光に満ちた日々だった。

 しかし、私は死んでいた。

 生きているように死んでいた。

 今となってそう思う。


 私はあの世界で死んだように生きていたほうが、生きていると思えた。

 この世界で生きていたのはわずかに刹那。刹那的な刹那の狭間に生を感じていたにすぎないもので実は死んでいたのだ。


 私は光に弱かったのだろう。

 光に憧れ、光を浴びたとき、私は灰になって消えてしまったのだ。

 この世界で私はずっと空虚だった。

 どれだけ満たそうとも破れた器が満ちることはなかった。

 追い求めた光は私に過ぎたるものだったのだろう。


 私は光を捨て、全てを捨てて暗闇へと、誰もこない暗闇への館と姿を消した。


――そして


「どこにもいかないでね……?」

「行かないさ。行けないんだ、私は」


 私は今、館で出会った一人の少女と闇の泥濘に身を預けて傷の舐め合いをしている。


 それしか、ない。


 ずっと、ずっと、この先遥かまで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空虚 物書未満 @age890

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説