第16話 30秒の大逆転。生きるか死ぬか、寝取られるか……!

 混乱の最中、俺はやっと馬淵がどうなったのか理解した。ヤツは何者かによって殴り飛ばされていたんだ。


 いったい、誰が……?


 頭を必死に動かし、視線を移すと――今度は馬淵の仲間が次々にぶっ飛ばされていった。


 まるでハリケーンのように飛んでいっていた。


 こ、こんなことって!


 嵐みたいなパンチ。華麗で見事すぎる右ストレートが炸裂し、全員が地面に転がって倒れていく。


 ここまで、たったの三十秒の出来事だった。



「…………ば、ばかな」



 声を振り絞る馬淵は、その人物を見上げて信じられないという表情をしていた。というか、この人は誰なんだ……?


 目の前に立つ男……というか金髪の少年。

 歳は俺と変わらないか。



「おい、馬淵。これはどういうことだ」

「し……重守しげもりさん、これは違うんです!」


 あの馬淵が顔面蒼白になって怯えていた。

 ウソだろ……!?

 あの強面で、どんな相手にも臆さないような不良が……金髪少年を相手にヘコヘコしていた。しかも敬語で。


 ん……重守さん?


 どこかで聞いた覚えのある名前だ。

 つい最近耳にしたような。



「違う? そんなことはどうでもいい。お前がやらかした数々の悪行……これはもう看過できない。俺の白竜會に泥を塗りやがって」


 容赦なく馬淵の腹に蹴りを入れる重守という少年。何度も何度も痛めつけていた。



「がはっ!? ごふぉっ!? や、やめ――があッ!」



 次第に馬淵には力尽きて気絶した。

 ……な、なんてこった。

 こんなアッサリと……。


 いや、おかげで助かった。俺はこの隙に伊井野さんを救出した。



「大丈夫か、伊井野さん!」

「う、うん……」


 床に散乱している制服を拾い上げ、伊井野さんに届けた。こんなボロボロになって可哀想に。けど、主犯格である馬淵は謎の少年・重守によって制裁を受けた。十分とは言えないけど……だが、こうなればもう今度こそは逮捕され、刑務所だろう。


 逃げられないよう、俺は警察に連絡しようとしたが、重守くんに止められた。



「ちょっと待て」

「あ、ああ……君はいったい」

「ん? 俺か。名乗る程でもないけどね。重守しげもり 白竜はくりゅうって名だ」


 そう言って彼は名乗った。

 って、なんかこれまた聞き覚えがあるぞ。


「は、白竜って……まさか!」

「そ。俺は白竜會の総長。副長だった馬淵の悪い噂が耳に入ってね。さすがに見過ごすことはできなかった」


 そうか、族のトップだったんだ。そりゃ強いわけだよ。

 馬淵のやらかした悪事を止めるために、わざわざこの学校に来たんだ。そりゃ、この前から散々だったからな。


「そうだったんだ。助けてくれてありがとう」

「いや、助けたわけじゃない。馬淵をぶちのめしに来ただけだ」


 重守くんは、爽やかな笑みを浮かべてスッキリした表情を見せた。そして、背を向けて出ていく。


「し、重守くん……それでも助かった。おかげで伊井野さんを助けられた」

「君の彼女かい? 悪いことをした。俺が去った後に通報して馬淵を警察に引き渡してくれ。それと、万が一馬淵が目を覚ましたら、お前は追放だと言っておいてくれ」


 静かに去っていく重守くん。

 本当に助かった。


 伊井野さんの方へ向き直ると、制服を着て元通りになっていた。でも、辛そうだ。


「ごめんよ、伊井野さん」

「ううん、悪いのは前川くんじゃないよ。ここに倒れている人達だから。早く警察に通報しよう」

「そ、そうだね。分かった」


 俺はスマホで緊急通報をした。

 十分もしない内にパトカーが集結。

 見覚えのある刑事さんも現れた。


 確か、椙崎すぎさき刑事だ。顔にケガを負っているところを見ると……そうか、馬淵の件が絡んでいるのかもしれない。


「やあ、前川くん」

「刑事さん、お世話になります。ていうか、ここに来られるんですね」

「ああ、馬淵を取り逃がした責任があるからね」

「その顔はやっぱり……」

「そうだ。馬淵の仲間たちの襲撃に遭った。約十五人に囲まれ、パトカーを釘バットやゴルフドライバー、火炎瓶も使われて……破壊された」


 なんだか壮絶だな。

 椙崎刑事によれば馬淵の族仲間が集結して、彼を助けだしたわけだ。大金を出すとか、そういう嘘で扇動したらしい。

 警察もそこまでは予想していなかったようだ。

 襲撃され、馬淵を逃がしてしまったわけだ。


 だが、今はこうして完全に沈黙。もう逃げられない。


「大変だったんですね」

「けど、今度こそ逃がさないよ。安心してくれ」

「はい。伊井野さんの為にも刑務所へお願いします」

「数々の傷害事件に、詐欺事件、不同意性交罪の未遂……ちなみに覚せい剤所持の疑いもある。重犯罪人だよ」


 マジかよ。障害だとか暴行はあるだろうと思ったけど、そこまでとは……。だから、こんなイカれていたのかもしれない。


 その後、馬淵とその仲間は逮捕・連行された。


 三十台を超えるパトカーも集結して、完全に逃げられないように徹底されていた。これだけの規模だ。今度は襲撃されることもないはずだ。


 伊井野さんは念のためと病院へ。

 俺も付き添うことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る