古代の日本
もう何年も昔のこと、行き先もよく理解しないまま連れて行かれた旅行で、東北の旅館に泊まった。
その本は、和室の隅っこにあった。和綴じの小冊子だ。
おそらく旅館のものなのだろうけど、それにしてはなんだか異質で、まるで誰かがこっそり置いていったかのような雰囲気を漂わせていた。
もちろん手に取った。読んだ。興味深いことがわんさか書かれていて夢中になった。
九州出身(だったと思う)の著者が、一族に口伝で伝わる「古代日本の真実の歴史」を、今こそ残すべきときだ、と強く感じて書き残した――と前書きに書いてあった。大和朝廷に消されることを恐れて、これまでけっして外部の人間には洩らさず、一族にのみ伝えてきた、のだそうだ。
古代、著者の一族は山に住んでいた。一族をまとめるのは女性で、占い師のような立場でもあった。山に居ながらにして、山の下の様子も彼女は知っていた。
当時、山の下には複数の民族がいたという。身体的特徴も異なっていて、やたら長い手足を持つ人たちも住んでいたらしい。
あるとき、一族をまとめる彼女は予言した。山の下が乱れる、と。海の向こうからたくさんの人が訪れて、そのせいでひどく乱れると。
騒乱は早めに鎮めるのがいい。ということで山に住む一族は、山を下りた。一人ではなく、何人も、山の下へと散った。もし山の下で再会したとき、お互いに仲間だとわかるように目印もつけた――
残念ながらこの本を読了することはできなかった。
一人旅ではないため、夜中に明かりをつけて読むわけにもいかない。
売店に売ってないかと探してみたけど売ってなかった。フロントで「持ち帰りたい」と言おうかとも思ったけど遠慮した。
日本神話とか卑弥呼とかを連想させる内容でありつつ、そうではない部分もある。それらが真実かどうかはともかく、とても興味をそそられるものだった。
なぜ旅館の一室に、古代日本に関する小冊子があったのか。
今でも謎で、できればもう一度あの部屋に泊まりたいなと思うけれど、旅館の名前も、東北のどこなのかも、今となってはよくわからないのです。
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