18話 朝霧涼也の恋愛経験値はゼロである

「そういや恭介って、どういう流れで榎森えのもりさんと仲良くなったんだっけ?」


 カラオケに入室してから二時間ほど通しで歌い続けた頃。全国平均を優に超えたハイスコアが映し出されたモニターにご満悦ないずみ水無みなせが問いかける。


「おー、いきなりぶっこんできたな。つーか、春樹はるきには既に話したような気がするんだけど」

「そりゃあ何回も相談を受けてたからね、断片的には知ってるよ? けどそもそものきっかけというか、慣れ染めはノータッチだし。先越されたーってひがんでる男子の前でするような話じゃなかったから、ずっと気になっていたんだよねー。涼也もそう思わない?」

「そうだな。俺は大した協力をしていないけど、愚痴に付き合うくらいはしたんだし。気にならないわけはないよな」


 直接的な相談をされるようなことはなかったが、時には溜まった不安や鬱憤うっぷんを聞くこともあった。といってもそれは陰湿なものではなく、どちらかといえば恋煩いのようなもので、さっさと告白しろよの一言で片付くものばかりだったが。


 恋に狂わせるのは男も女も関係ない。普段なら笑って流せるはずの冗談がかんに障り、些細なことで思い込みや勘違いを起こす。そういうとき、暴走する前にブレーキを踏ませるだけの役割でも意味はあるはずだ。余計なお節介だと言われればそれまででしかない、ただの自己満足ではあるけれど。


「あー……確かに、涼也には結構そういうところ押し付けちまったもんなぁ。今更謝っても遅いのはわかってるけど、ほんとごめんな?」

「別に気にしてないからいい。それに、愚痴でも何でも頼られるのは案外嬉しいもんだしな。それでも気が済まないなら、包み隠さず惚気話を披露してくれ」

「ちょ、おい! その振り方はずるいだろ!?」

「往生際が悪いぞー、観念して全部言っちゃいなって」

「わかったわかった。そんなに聞きたいなら一から十まで全部話してやる!」


 催促する水無にまんまと流され、泉はグラスに残っていたジュースを一息にあおると、腹をくくるように両膝に手を置いた。

 興が乗ってきたのか水無は満足げな笑顔を見せながら口を開く。


「それじゃあ、まずは定番のきっかけだよね。恭介はいつから榎森さんのことが好きになったの?」

「うーん、最初は他のみんなと一緒で入学式から気にはなってたけど。本格的に好きだって思ったのは、朝練してるところを見たときかな。部活に入った初日、グラウンドを独り占めしたくて始発乗ってきたんだけど、そのとき体育館が開いてるのが見えてさ。気になったからちらっと覗いてみたら、一人で練習してる紗也加さやかがいて……それがめっちゃカッコよかったんだよ」

「カッコいいかぁ~、ちょっと意外かも。普段の榎森さんのイメージってパッション溢れるというか、男子目線だと可愛いっていうほうが前のめりに出ちゃいそうなんだけど」


 同意を求めるように水無から視線を向けられ、その通りだと頷き返す。

 

 泉からの話やクラスメイトの評価を聞く限り、榎森えのもり紗也加さやかの魅力としてまず挙げられるのは愛嬌、人当たりの良さといったコミュニケーション能力の部分だ。


 運動部という点を差し引いてもスタイルの良さはずば抜けているが、それ以上に男女の隔たりを感じさせない気さくな振る舞いが多くの生徒の心を掴んでいる。だからこそ、可愛いというのならわかるがカッコいいと呼ぶのは少し予想外だった。


 そういう反応をされるのを見越していたのか、泉に困惑した様子は見られなかった。


「俺もそう思ってたよ。だから朝練してるときの真剣な顔がすごく印象的で、思わず声かけちまった。きっかけはそこからで、昼休みとか部活までの合間とかにちょくちょく話すようになってさ。体育祭の閉会式が終わった後、いい感じの雰囲気になったからそのまま告白したんだよ」

「体育祭みたいな学校行事ってそういうムード作りやすいからねぇ。まー、それができるくらい進展してるなら、いつ告白したって上手くいってたような気はするけどー」

「そんなほいほい告白してたまるか。 ……って、そういや春樹は体育祭前から彼女作ってたんだった」


 あっけらかんとした様子で言ってのける水無に言い返そうとした泉だったが、説得力がないと察したのかやるせない素振りで頭を抱える。

 すると水無は一瞬身を強張らせ、バツが悪そうに視線を逸らしていた。


「あ~、それなんだけど。残念ながら、テスト前に別れたんだよねぇ」

「はぁ!? そっちの方が初耳なんだけど!?」


 声を上げて詰め寄る泉を手で押さえつつ、水無は誤魔化すように苦笑いを浮かべる。


「そりゃあ、誰にも言ってないからねぇ。もともと体育祭フリーなのが嫌だからって言うから話を合わせてただけだし。テスト期間に合わせて、フェードアウト決め込もうってさ」

「さっぱりしてんな。短期間でも付き合ってたんだろ? 愛着とか湧かないのかよ」

「全然。僕が付き合った理由も、顔が可愛かったからってだけだもん。趣味とかも合わなかったけど、体育祭って共通の話題があったおかげでお互いに退屈しなかったし。そのとき楽しかったんだから、それでいいじゃんってことで」

「完全に面食いじゃねぇか。それで女子からの評判下がらないって、いったいどんな手使ってるんだよ」

「人聞きが悪いなぁ、変なことなんてしてないって。 ……と・こ・ろ・でー? さっきからだんまりだけど、涼也りょうやはどんな恋愛観をお持ちなのかなー?」


 露骨に含みのある言い回しで水無が距離を詰めてくる。


「僕たちの話を聞いておいて、まさか自分だけそういうのはNGです~なんて言わないよねぇ?」

「そんなつもりはない。ただ、こういう恋愛トークには疎くてな。語れるほどの経験をしたことがないんだよ」

「そう、それだよ! 恭介から聞いててずーっと半信半疑だったんだよね。もう単刀直入に聞くけどさ、なんで彼女作らないの?」

「……いざ直球で聞かれると、思った以上に心に刺さるな」


 自覚はあるからそれほどでも……なんて強がりをしたところで虚しいだけだ。反論の余地もない以上、甘んじて受け入れるしかない。


「いやね、モテない理由はわかるよ? 涼也って男子でも女子でも挨拶は欠かさないし、受け答えも丁寧だから悪い印象はないんだけど。それ以上の関わりがないから接点作りづらいんだよねー」


 わざとらしく首を傾げながら次々に事実を並べていく水無。

 その言葉の刃がクリティカルの効果音を鳴らしながら俺のライフを滅多切りにしていく。いやほんと容赦ねぇなこいつ……ちょっとくらい手加減してくれてもいいのよ? 

 

「でもさ、言い換えればそれぐらいしか欠点ないっていうか。見た目がどうとか体型がこうだとか、悩みの種になりがちな要素は全部クリアしてるんだよね。単に女子が苦手なのかと思ったけど、北沢さんとは普通に話してるし。そのあたりどうなの?」

「それは俺も気になるな。てゆーか、常日頃から聞いてるんだし、いい加減話して楽に慣れって」


 水無に便乗し、悟ったような顔をした泉まで催促してくる。

 こいつ、自分が話した後だからって開き直ってるな……こうなると、適当に言葉を濁しても後が続かない。つまらないと己が一番理解しているが、それでも玉砕覚悟で話を広げるしかないか。


「自白を促すような流れで言うなよ。 ……どうと聞かれてもなぁ。そもそも恋愛って、気になる女子がいないことには何も始まらないんじゃないか?」


 典型的な返しだとわかってはいるが、恋愛経験の乏しい俺に言えることなんてたかが知れている。


 おとぎ話の中じゃあるまいし、日々真面目に生きていれば運命の出会いが訪れるなんて、都合のいい展開を鵜呑うのみにしてはいない。とはいえ自分から動きだすにしても、アプローチしたいと思える相手がいないなら何から始めたものかと行き詰まってしまう。


「なるほどね、相手がいないことにはイメージできないって感じか。となると、ちょっと攻め方を変えたほうがよさそうだね。じゃあさ、涼也はどんな見た目の女の子がタイプなの? ちなみに僕は、目元がくっきりしてて髪は短めの女の子が好きかなぁ。スタイルの方は、パッと見普通だったらオッケーしちゃうね」

「春樹のそれは可愛ければ何でもいいってだけじゃねぇか。そういうのは見た目だけじゃなくて、性格も含めて考えるべきだろ?」


 あまり思わしくなさそうに口を尖らせる泉をなだめるように、水無は顔を綻ばせながらも、ノンノンと指を振った。


「いやいや。気になる女の子を探すなら、見た目の好みは外せないでしょ。最初に見るところなんてそこ以外ないんだから。てゆーか、今の恭介がそれ言っても説得力ないよ?」

「うぐっ……そりゃそうだけども。なんか素直に認めるのもしゃくだなぁ」

「細かいことはいいじゃんか。それでどう? なんか思いついた?」

「好みのタイプねぇ……ちょっと考えてみるか」

 

 振り返ってみれば、自分の好みのタイプについて真剣に考えたことなんてなかったかもしれない。自分はどんな女性がタイプなのか、なんて高校生にもなって今更何をと思わなくもないが、これまでにしてこなかったツケが回ってきているというだけだ。


 水無の場合、顔を可愛いと思うかどうかで決めるとのこと。何か判断基準があるわけでもなし、泉には申し訳ないが、それを参考にしてみるのも悪くはないだろう。


 その基準で真っ先に思い浮かぶ人物といえば……やはり、北沢きたざわ由莉ゆり夜宮やみやかすみだろうか。我ながら順当過ぎて、そりゃそうだろうと呆れてしまいそうになる。この学校に入学してからまともに話したことのある女子はこの二人しかいないのだから、他の候補など思いつくはずもなかった。


 ないものねだりをしても先には進まないし、とりあえずこの二人の共通点がないか比較してみることにする。


 容姿やスタイルの良さは言わずもがな、身長は夜宮さんのほうが高い。どちらかといえば、北沢さんが低いというほうがいいのかもしれない。ギリ160センチあるかないかぐらいだし、改めて思い返すと北沢さんって凛々しい態度とは裏腹に背は……


 ――――などと耽っていると、背筋に妙な寒気が走ったような感覚に襲われる。

 よしやめよう。これ以上進むと俺のライフが底をつく未来しか見えない。好奇心に身を任せた選択がデットエンドのトリガーになることもある。いのちだいじに、時には引き返すことも勇気ある行動だ。


 これ以上二人を待たせるのも申し訳ないため、適当に思いついたことを口にすることにした。


「強いて言うなら、目元は結構意識してることが多いかもな。目力が強いというか視線が鋭いというか……そういう含みのありそうな目を向けられると、つい勘ぐってしまうというか」


 夜宮さんのように、絶対に譲らないと訴えるような強情な目で見られると打つ手がなくて困るし、北沢さんのように全てを見透かしているような妖しげな瞳もまた、掴みどころがない。

 恋愛に結び付くような要素だとは思えないが、思うように上手くいかないという点であればこれほど厄介なものもない気がする。


 やはりご期待には沿えなかったのか、二人とも目を丸くしたまま呆然としてしまっていた。


 ……と思ったのだが。水無は何かを堪えるように俯き、泉はというと言葉を選ぶように視線を逸らしている。そして、それらしいコメントが思いついたのか、恐る恐る口を開く。


「……もしかして涼也って、意外とMなのか?」

「――――アッハハハハ! あー、もう無理!! こんなの笑うなってほうが無理あるでしょ! いきなり性癖暴露するとか、覚悟決まりすぎだって!」


 とうとう我慢できずに吹きだした水無に釣られて、堪えていた泉からも笑いがこぼれていた。


「……そんな軽はずみに性癖を付けられたら、たまったもんじゃないな」


 ついこの間も、サディズムだのなんだのと言われたばかりだというのに、今度は真逆を押し付けられそうになるとは。二つの性質を併せ持ったところで、性質変化も形態変化も習得できやしないのである。


「まぁまぁ、どう取り繕ったって男の好みなんだからさ。少し変態なくらいがちょうどいいって。純潔気取ったって、BSSなんてオチのない話にしかならないし」

「……ビーエスエス? なんだそれ」

「あー、ごめんごめん。恭介はこういうネットスラングはダメだったよね。簡単にいえば、失恋男子の負け惜しみってやつ? 創作ならともかく、もしリアルでいたら、想像するだけでうっとおしさ100パーセント」

「……すっげー心当たりしかねぇな。おかげで何の略称なのかもピンときたっつーの」


 思い当たる節があったようで、泉は辟易とした態度で首を振る。


 リアルでそのセリフを口にした男子を見たことはないが、泉ならそれを聞く機会もあったかもしれない。水無も察したのか、同情するように苦笑いを浮かべている。


「ご愁傷様。まぁ、こればっかりは彼女持ちの宿命だから諦めなよ。でも恭介が気にすべきなのは、BSSより寝取られのほうだよね~」

「おまえ、まじでそれは洒落になってねぇよ!」

「冗談だって。でも榎森さん、バスケ部で活躍しているのもあって上のクラスにも顔パス効きそうだからな~。そういうこと考えてる上級生がいないとは言い切れないし、油断はしないほうが身のためじゃない?」

「痛いとこついてくんなぁ。仮に先輩らの中に菊池きくちみたいなヤツがいたら、心中落ち着かねぇよ」


 泉の学校生活はしばらく波乱の日々が続きそうで大変だなと、どこか微笑ましさのようなものを感じつつ話を聞いていると、聞き覚えのない名前が泉の口から出てきた。


「話に水を差して悪いんだけど。その菊池ってやつも、サッカー部の一員なのか?」

「そうそう。次の球技大会にも男子サッカーで出場する予定だから、俺たちと試合することになるかもな。 ――――ほら。ちょうど今日、学校からのメールで当日のスケジュール表が送られてきてただろ?」


 言いながら泉は手元に置いていた携帯の画面を見せてくる。

 そこに映し出されていたのはメールに添付されていた資料に含まれていた男子サッカーのトーナメント表だった。


「見ての通り、三年生は無条件で2回戦進出のシード権がある。だからもし4組と当たるとしたら、決勝戦だな」

「でも優勝候補ではあるよね~。一年生とはいえ、一人を除いて全員サッカー部だし。その一人も助っ人として切るには最強のカードだしね」


 画面が各種目別の参加者一覧に切り替わり、一年4組の男子サッカーの枠が拡大化される。


 高原たかはら玲史れいじ菊池きくち雅彦まさひこ山岸やまぎし雄大ゆうだい河田かわた恵一けいいち神崎こうざきかける


 ……以上の5名が一年4組の参加者。ほとんど知らない名前だが、一人だけ心当たりがあった。確かに、これなら水無が最強のカードと言うのも頷ける。


神崎こうざきがこっちに出てくるのは予想外だったよなぁ。てっきりバスケの方に出場するものだとばかり思ってた」

「そうでもないんじゃないか? 前に恭介も言ってただろ、こういうのは仲のいい同士で集まることのほうが多いんだって。それがクラスの人気者なら、どこにいても不思議じゃない」

「そりゃそうなんだけど……ただなぁ」


 どこか言いずらそうに渋い顔をする泉だったが、それをカバーするように水無は軽く喉を鳴らし後の言葉を継ぐ。


「ま、ぶっちゃけ仲がいいようには見えないよねぇ。むしろ険悪な感じじゃない? 今回のメンバーって高原を中心に集まってるはずなんだけど、神崎とはあんまそりが合わないっていうか。それに菊池って、つい最近夜宮さんにフラれたばかりでしょ?」

「あぁ、それな。こんなくそ暑いのにわざわざ第1体育館まで呼び出したって話だろ? どう考えても嫌がらせ目的というか、神崎への当てつけだろ。それに応じる夜宮さんもどうかしてると思うけどな」

「神崎は結構夜宮さんのこと、気にかけてるからねぇ。それを抜きにしても、菊池だけじゃなくて高原も毛嫌いしてるはずなんだよ。なのに同じチームになってるってことは、あっちから希望してきたんじゃないかな?」

「同じクラスでも一枚岩とはいかないってわけか。色々と大変そうだ」


 二人の話に相槌を打ちつつ、ちらほらと気にかかる点を整理する。


 まず菊池という男についてだが、間違いなく北沢さんから備品の確認を頼まれた時に鉢合わせた相手と同一人物だろう。泉や水無からの評判が良くないあたりからも、あの悪態ぶりはそこまで珍しいものでもなさそうだ。


 そして思った通り、夜宮さんがあの場で受けたものは告白なんて初々しいものじゃない。ただ彼女を傷つけ、貶めることだけを目的とした悪質な行為だ。


 恭介も言及していたが、そもそもとして、普通の男子高校生があんな暑苦しい場所で告白をしようだなんて考えるわけがない。その時点で違和感はあったが、そうとわかれば色々と納得がいく。


 優先されていたのは人目がないこと、そして何より夜宮霞を不快にさせる要素を作ることだ。こういう類は相手の反応を見て楽しむことに尽きる。そこに理屈や道理を求めるだけ無駄にしかならない。

 

 呼び出した口実の都合上というのもあるだろうが、フラれたということになっているのはその非道を隠すためのブラフにもなっているのだろう。傷心している風に装えば、内輪で同情を買うなんて造作もないはずだ。


 ――――ここまで都合のいい話が、そいつ一人の道楽のためだけに成立するわけがない。面白おかしく脚色して言いふらそうと画策している連中が、必ずいる。


 もとより経験則による憶測が、より確実なものになっただけだ。順を追って片づけなければならない障害に変わりはない。


「入学してからずっとだけど、色々噂立ってるからねーあの人。どこまで本当なのか知らないけど、腫れ物みたいで扱いに困るんだよ~。まさに触らぬ神に祟りなし、ってね。まずは見た目からだって言い出した僕が言うのもなんだけどさ、涼也も恋する女子は選んだほうが身のためだよ? 怖いもの見たさがあるなら、止めはしないけど」


 冗談半分に聞こえるように茶化す水無だったが、その振る舞いからして夜宮さんにはあまりいい印象を持ってはいないらしい。


 まぁ、普通に考えるとそうだよなぁ……あんな我儘で強情でよくわからないやつの話に付き合おうなんて、どうかしていると思われてもしかたない。というか、初見では俺も同じ考えを持っていたはずなのだが、いったい何をどうしてしまったのやら。


「そんな勇気があるなら入学式初日に玉砕して、そのまま隠居生活送ってるよ」


 そんな曖昧な自分自身を笑うように、前と同じくやんわりとした断りを入れる。


「隠居してるのは今も変わらないじゃねぇか。せっかく試合に出るんだから、派手に活躍しよーぜ?」


 茶化すように小突いてくる泉にされるがままの俺を見ながら、水無は心底愉快な面持ちをしている。


 たったそれだけのことで、前途多難というほど関心を持っていたわけではなかった球技大会も、この三人ならどう転んでもそれなりの結果は出せるような気がしてくるのだから、つくづくおかしなものだ。


「まぁ何はともあれ。球技大会までの束の間といわずに仲良くしようってことで! 涼也も気になる女子がいるなら、遠慮なしに声かけてよ。ま、僕は恭介ほどお熱じゃないけどねー」

「冷めきってるよりはマシだろ? 固まってちゃ動こうにも動けねぇんだから。ほら、次は涼也の番だろ? 今のうちにはっちゃける練習しとこーぜ!」

「熱血系主人公は恭介一人で間に合ってるだろ。少しは冷房効かせろ冷房」


 渡されたマイクを片手に次の楽曲を選挙しようとタブレットを操作する。


 明日の喉の調子が悪くならないようほどほどにと……思いつつ、結局時間いっぱいに歌い尽くしたのだった。

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