第二章(現在執筆中)

interlude 1-2

「――――なにやってんだわたしぃ~~~~っ!!」


 家に帰りついた私はなりふり構わずベットへ倒れこみ、枕に顔を埋める。あとで後悔するとわかっていても、じたばたと暴れる手足は言うことを聞いてくれそうになかった。


 お母さんがまだ帰ってきていなくてよかったと安心するのはいつ以来だろう。こんな姿を見られたら、何があったのか四六時中嗅ぎ回られるに違いない。そんなことになったら、恥ずかしさのあまり大声で叫んでしまいそうだ。


『それでも――――お願い、私を助けて』


 思い出したくないから目を閉じているのに、自分の口にした言葉が頭から離れない。体裁も何もあったもんじゃない、あんなの意味不明すぎる!


 助けてって何を? 誰から、どうやって!? 何も説明しないで言いたい放題言って、しかもあんな厚かましいこと聞いちゃうなんて……私のためだって彼に言わせたかったの? そんな言葉、求めてなんかいなかったくせに! あいつだっていっそのこと、意味わかんないって私を突き飛ばしてくれればそれで――――!!


「――――っ。 ……それだけは、言っちゃいけないよね」


 “諦められたのに” ――――安易にそう口にしようとした自分をギリギリで踏み留めた。


 自分を好きなだけののしる分にはいい。でもその言葉は私だけでなく、手を差し伸べてくれた彼を貶めることになる……それだけは、決してしてはいけない。


 そう思うと、暴れていた手足が落ち着きを取り戻してくれた。

 

 どうしてあんなことを言ってしまったのか、なんて考えなくてもわかってる。私はただ、期待してしまったんだ。


 詳しい事情なんていらない、満足な理由もなくていい。助けが欲しいのなら手を伸ばせと、私に決断の機会をくれた。


 心配や気遣いのような歩み寄ろうとする優しさなんて欠片もない、むしろ私を試しているようにすら思えたけど。あの言葉は、私が自分で何かを選び取ることができると信じなければ言えないものだった。


 呼びつけておいて結局押し黙ることしかできなかった私を目の当たりにしても、そう言ってくれるなら。自分の意志で手を伸ばせるはずだと信じてくれるなら。そんな彼の言葉を、私は信じてみようと思えたんだ。


 もちろんこれが善意100パーセントだなんて思うほど、浮かれてなんかいない。私が何も話していないように、朝霧君にだって何かしら事情はあるはずだから。


 でも、知らないことがあるのはあたりまえのことで。そういうところはきっと、関わっていくうちに話したいと思える日が来るんだと思う。 


 ……たぶん、いやどうだろう? さっきは話すことなんてないって言われちゃったし。でも、必要なら出てくるものだとも言ってたし。 ……ほんとうに、彼はよくわからない男だ。適当なことばっかりで、どこまで本気なのかわからない。


 そのくせ私の学校での生活には言及してくるんだから、たちが悪い。詮索しないのは私の事情だけとか、後出しじゃんけんもいいところだ。何も知りませんみたいな顔しておいて裏では調べがついてるなんて、見かけによらず狡猾というか、卑怯というか。


「……卑怯なのは、私も同じか」


 勝手にやっているだけだって彼の口癖に甘えているだけで、自分から何かをしようとしたわけじゃないし、私だってその場しのぎなのは変わらない。


 それに、物心ついたころから自分に芽生えているこの感情さえも今ではわからなくなっているのだ。そんな私が、誰かを理解しようだなんて身の丈に合ってないと思う。


 だから今は、名前のない関係性でいい。知り合いというにはお互いに隠し事ばかりで、友達と呼ぶには距離が遠すぎる。けれど、そのつながりは今まで経験したどんなものよりも確かに存在しているという直感があるから。


 けど、根本的には何も変わってなんかいない。明日もまた見慣れた悪夢は続くと思う。震える足は動いてくれなくて、言葉も思うようには出てこないだろう。


 でもきっと、その中で見える景色は以前と違うはず。だって私はもう――――まぶたを上げて、前を向いているから。


 それはそうと……明日学校行きたくないなぁ。中間テストもすぐそこなのに、こんな気持ちにさせられるなんて。これで勉強に集中しろと言われても無理な話だ。


 テストが明けるまでは特に何もしないって朝霧君は言ってたけど、特別棟に来るようになるのもそこからなのかな? 確認してもその時になったら考えるとか言い出すし、ほんと何を考えているんだか。


「……やめやめ。なんかもう、考えるだけ無駄な気がしてきた」


 寝返りをして鬱憤うっぷんを晴らすようにだらしなく足を伸ばしてみる。仰向けになったまま見上げる天井はいつもと変わらないのに、妙に清々しい気分だった。


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