大野君の恋愛事情。

安藤 龍之介

第1話


『【恋愛と何か?】

その答えに辿たどりついた時、おそらく、

人類は滅亡めつぼうするのではないかと思っている。』

   

             BY 安藤 龍之介


「あなたの事がずっと好きでした。

 私と付き合って下さい!!」

夕暮れの学校の教室で、

ピンク色の髪の毛をなびかせた美少女が、

真剣な眼差まなざしをこちらに向けて、

愛の告白を告げた。


ゴクリ。

(どうなるんだ。)

大野悟おおのさとること僕は、

固唾かたずを飲んで見守る。

・・・。


チャチャチャ♪

    チャララ♪ 

       チャラチャラ♪

・・・私の恋は何処へ行く♪

と、ピンク色の美少女は目の前から消えて、

ロマンチック調の曲が流れだす。

(告白の返事は、

   次週に持ち越しかい!)

TV画面を観ていた僕はソファーから、

尻半分だけ、ずり落ちてしまった。

アニメのEDテーマソングが流れるのであった。

(アニメのタイトルは、『エターナル・恋煩こいわずらい』)


「OKなのか、それとも、NOなのか?

告白の返事をどうするのかな?」

主人公の次の行動に思いをせつつ、

僕は一つ欠伸あくびをしてから、自宅のリビング天井を見上げる。

そして、アニメの視聴で凝り固まった腕や肩やら腰やらを、

グゥ~と伸ばした。


悟兄さとにいってさ・・・」

僕の右斜め前のソファーで、ゴロついている、

中学一年生のまつの妹、大野美憂おおのみゆうが話かける。

「誰かから、告白された事ある?」

「何だよ急に、兄の恋愛事情が気になったりする年頃なのか?」

「いや、ただ何となく、流れ的に聞いただけだよ・・・。

深い意味は全く無いよ、悟兄。」

「なるほど。」

兄妹同士の雑談のようである。

「それで、悟兄は告白された事あるの?」

「・・・無いよ。」

と、僕は答える。

一切思い当たる節が無かったので、

そのまま素直に返事をした。


ゴロ、ゴロ、ゴロリン♪

美憂は、ソファーで寝返り打ち、

僕の方へ顔を向ける。

「やっぱりか・・・悟兄。」

と、彼女の顔にはあわれみの表情が浮かんでいた。

(『やっぱりか』ってなんだよ。)

兄が女性から告白され無い事は、【確定事項】であり、

【当然の結果】みたいな言い方に、

僕は、やや不服ふふくを抱いた。

「今日の大野家の夕飯を作った兄に対して、

そんなヒドイ事を言うんだ、美憂は。

あ~~、お兄ちゃんメンタル傷ついたぁ~。

明日の夕飯の調理は、

ちょっとボイコット(抗議運動)しようかなぁ。」

冗談半分で不平を述べる。


「あぁ、夕飯に関してはスゴク感謝しているよ。

美味しい、青椒肉絲チンジャオロースと、

竜田揚たつたあげを作ってくれて、ありがとう、悟兄。

でもね、それは、それとしてね。」

「おおぉぉ・・・。」

(お前、そんな風に感謝してたのか⁉)

妹からの突然の御礼おれいの言葉に動揺を隠し切れなかった。

そして、意地悪いじわるな発言をした事に、

兄として、恥ずかしい気持ちで一杯いっぱいになった。

(すまん、美憂。お兄ちゃん、これから、

もっと美味おいしい料理が作れるように・・・頑張ります!)

と、謎の決意を抱いてしまった。


「悟兄って、後藤さんしか友達がいないでしょう。」

「まぁ、そうだな。」

「イケメンの後藤さん。」

「確かに奴はイケメンだな・・・イケメン、重要か?」

「重要に決まっているじゃん。」

「・・・そうか。」

釣り目で仏頂面ぶっちょうづらで、

イケメン重要ゼロの僕にとって、妹の返答は、

中々、手痛いモノがあった。

そして、妹は面食い系女子のようである。

「悟兄は、後藤さんしか友達が居ないという事は、

つまりさ・・・ほぼ【ぼっち】という事でしょう。」

「兄に対して、ほぼ【ぼっち】とか言うなよ、妹。

【ぼっち】を否定するつもりは無いけど、

ちょっとは発言を躊躇ためらってくれ。」

「ほぼ【ぼっち】だからさ、

女性との交友関係も、ほぼ無いんだろうなと思ったの・・・美優的に。」

「・・・そうか。」

「そして、なみだぐましい事に、

告白される事も無いのだろうなと思ったの・・・美憂的に。」

「・・・なるほど。」

説得力のあり過ぎる、美憂的(?)な言い分に、

兄はグーの音も反論が全く出来ないのであった。

「そういう美憂だって、告白された事無いだろう。」

言われっぱなしもしゃくだったので、

妹に対して、ちょっとした仕返しかえし質問をぶつけた。

「告白?・・・えぇ~と・・・3回ぐらい告白された事あるよ。」

・・・。

・・・。

「マジで。」

「本当だよ、証拠にスマホ見る。」

「いや、めておく。」

どうやら、本当に告白をされているようである。

(この女のどこが良いんだ。)

パジャマの裾から、おへそやら、太ももやらが露わになって、

怠惰たいだ惰眠だみん権化ごんげのような、

妹を眺める。

(元気な所が・・・良いのかな?)

兄は妹の魅力が分からなかった。

「何で、そんなに告白されてんだよ。」

と、僕は妹に聞いてみようとしたのだが、

タイミング悪く。


ドタドタドタ。

と、上の方から階段を降りる音が響いた。

(質問は、また今度でいいか。)

と、僕はドアを見つめる。

ガチャ。

リビングルームに、Tシャツ、短パン姿の次女、

大野春乃おおのはるのが入って来た。

手にコップを持っており、

どうやら、台所に飲み物を取りに来たようである。

「春姉、聞いて、聞いて。」

ソファーから、美憂は春乃に声をかける。

「悟兄って、女性から一度も告白された事無いんだって、

( ̄∇ ̄;)ハッハッハハハハ。」

数秒前に、僕から仕入れた情報を、

そのまま、三女は高笑いと共に伝えるのであった。

(笑うなよ、おい!)

と、僕は美憂をにらむ。


「あ~~~~。」

次女は憐みの目で僕を見る。

「まぁ・・・仕方がないじゃない・・・だって、悟兄だもん。」

「悟兄、イケメンじゃないし、コミュ障だし、

仕方ないね、( ̄∇ ̄;)ハッハッハハハハ」

姉妹揃って、辛辣な対応であった。

(こうなったら、はらいせに、姉妹共々『怒りのドロップ・キック』を、お見舞いしてやろうかなぁ。)

と、僕は考える。

しかし、暴力で相手を屈服くっぷくさせるやり方は、

とても大人げない行動なので、やはり話し合いによって、

妹達に納得してもらおうと考える。

「あのな、お前ら。言っとくけど、

現時点では、誰からも告白された事が無いかもしれないけど、

この先、謎のフィアンセが現れて、愛の告白を受けるかも」

「ぷっ! 何それ、意味わかんない。」

「ハハハハハ、悟兄、夢みすぎ!!」

と、妹達から予期せぬ爆笑を取ってしまった。

(好き勝手なこと言いやがって・・・こいつら。)

兄のはらわたは煮えくり返っていた。

やはりドロップキックかと思ったが、

(いや、待て。)

と、別の意趣返し《いしゅがえし》の方法を思い付く。

「あ~~~あ、せっかく、春乃と美憂の為に、

冷蔵庫の中に、シャインマスカット(糖度16度、甘~い!!)を冷やして、

おいたんだけど・・・。」

春乃と美憂は、僕の発言にピクッと反応する。

「お兄ちゃんは、と~ても気分を害しちゃったなぁ~。

あ~~あ、仕方が無い。シャインマスカットは、

兄が一人で食べてしまう事に決めました!!」

サッ!

僕は素早く起き上がり、ソファーを飛び超え、

シャインマスカットがある冷蔵庫まで、全速力で走った。

「兄が怒りで暴走した~~~!!」

美憂は叫ぶ。

「春姉、とりあえず、悟兄を足止あしどめして~~~!

そしたら、美優が・・・何とかするから!!」

「ちょっと、足止めって・・・わ、わかった!!」

大野家の冷蔵庫前で、

兄妹同士のちょっとした小競り合いが始まるのであった。

 悟 VS 美憂&春乃

果たして、運命の女神は誰にシャインマスカットを与えるのか!!


「美憂さん、ギブ、ギブ、ギブ!!!!」

(意識が飛ぶ、意識が飛ぶ、アカン!これマジでヤバい!!)

僕は三女(美憂)に、絞めしめわざである、

スパークリング・ホールドを、完璧に決められるのであった。


兄、妹達に敗北する。


第一章。


【恋愛とは何か?】

これは、とても厄介で複雑な問題である。


『恋』

『愛』『萌え』

『ラブ』『アガペー』

『アモール』『サラン』『アムール』

と、色々な国や地域に【恋愛】に関する言葉が存在しており、

従って、恋愛とは人類社会とって、

あって当然の現象、概念であると言えそうである。

・・・しかし、このように考え進めて行くと、

恋愛経験の無い僕は【人間失格】という事になりはしないだろうか。

「恋愛のとぼしい、恥の多い人生だった。」

と、僕は後年、自分の人生を述懐じゅっかいする事に、

なるのだろうか?

いやはや、いやはや。


「Good morning everybody!!(皆さん、おはようございます!!)」

僕は現在、学校への登校中である。

昨日、妹達と『恋愛』について、あれこれと話題になってからという物、

【恋愛とは何か?】

と、恋愛の根本的な部分が事が気になってしまったので、

【学校への登校】という名の、朝の過酷な労働時間の合間に、

【恋愛】について自分なりに考える事にした。


昔々の、3000年ぐらい前のギリシア半島に、

プラトン、アルキメデス、アリストテレス等の

世界最高峰クラスの賢い学者たちが居たそうである。

そんな、彼らは『恋愛』いついて、

「ああだ、こうだ、愛だ、恋だと。」

と、かくかくしかじか、四角、三角、ピタゴラスと、

主張していたのだが・・・悲しいかな。

【恋愛とは何か?】

という疑問には、明確な答えを出す事が出来なかったのであります。   

21世紀の現代でも、

その状況を変わらず永遠と続いているのであった。


ここで問いたい?

【恋愛】なる現象を未だに理解出来ずにいる、

人類社会は果たして進歩していると言えるのであろうか?

2025年に、大阪湾の夢洲ゆめしまで、大阪万博が開かれる。

そのパビリオンで、空飛ぶ車が展示されるそうである。

「SF《サイエンス・フィクション》来た~~!!!」

と、喜び叫んでしまった僕であるが、

そんな超ハイスペック社会に暮らしているはずの、

僕たち現代人は、いまだ『恋愛』なる現象について、

解決の糸口すらつかんでいないのである。


21世紀の科学者たちは【恋愛】について、

おおよそ、このように述べ立てるだろう。

「科学の辞書に、恋愛なる言葉は存在しない。」

「恋愛を数値化するだと!!

めておけ、オカルト・科学者の烙印らくいんを押されてしまうぞ!!」

「恋愛・・・あれはカオス理論だ。」

科学という科学は、みな一様いちように【恋愛】に、

目を合わせないようにしている状態なのである。

あぁ、何たる、悲劇ひげき!!惨状さんじょうだ!!


おっと、いかん、いかん。

感情的になってしまった。

仕切しきり直して、科学力がいかに【恋愛】に関して無力でしかないのか、実践的な方法として、方程式を組み立てて見ると、

より明確になるであろう。

【恋愛】方程式とは、

おおよそ、こんな感じになるであろう

     ↓

【恋愛】=ax+by+cz+αx+βy・・・・∞。


このように、何の回答も得る事の出来ない、

悲しいカオスな方程式が現れるのであった。

科学的アプローチで【恋愛】を、解き明かそうとこころざすと、

得体えたいの知れない【化け物】or【妖怪】or【幽霊】に、

遭遇する事になるのである。

【恋愛】なる長いトンネルを抜けると、

そこには、水木しげる、楳図かずお、小泉八雲の世界が広がっていた。

妖怪、幽霊が引きめくワンダーランドである。


アレコレ考え続けていたら、

学校前の樹齢200年の大きな八重桜やえざくらの木が見え始めた。

玄関まで、あと500メートルの地点に着いたので、

とりあえず、結論を出す事にしよう。

     

Q 恋愛とは何か?

A マジで分からん。


しかし、「分からん。」で結論づけてしまうのは、

僕としては、非情ひじょうやしいので、

もう少し、カッコイイ定義を付けてみようと思う。


Q  恋愛とは何か?

A 【暗黒物質】である!

宇宙物理学で言う所の『ダークマター』という奴である。

うん・・・超カッコイイ!!

カッコイイので、勝手に、このように定義にしておこう。

【恋愛】=【暗黒物質】 

コレが・・・【恋愛】である!!


ポプラの街路樹が、ずらっと並ぶ坂道の通学路を、

僕は「えっちら、おっちら」と苦労しながら足を運ぶ。


「まぁ、『恋愛』について考えた所で、

僕には縁の無い話なんだけどね。」

と、初夏しょかの暖かい風を受けながら、つぶやく。


第1章


もぐもぐ

むしゃむしゃ


「お米、うめ~~~!!」

僕(大野悟)は白米(特A級コシヒカリ)を賞味していた。


弁当箱(曲げわっぱ)から、箸(はし)で白米を掴み、

ベリー・ベリー・デリシャスな、コシヒカリを再び口に運ぶのであった。

お米は世界中を救う、スーパーフードになり得る!

小麦とは違った潜在能力を秘めている!!

そして、何よりも・・・美味い!!!

と、僕は咀嚼そしゃくしながら、1人感動していた。


もぐもぐ

むしゃむしゃ


「マジで最高だ、特Aランクのコシヒカリ。」

山麓やまふもとの、段々畑だんだんばたけ棚田たなだで、しかも、合鴨農法あいがものうほうで育てられたコシヒカリ。

お米を栽培して下さった米農家さんと、

カモ目カモ科の合鴨達あいがもたちよ。

本当にありがとうございます!

最後の一粒まで美味しく頂きます!!


現在、学校の昼食の時間で、

僕は教室で弁当を食べてる。

弁当箱は、もちろん・・・【曲げわっぱ】である!

(原材料はヒノキ、弁当箱から、マイナスイオン的な森林の良い香りがする。)


今年の春から、僕は高校一年になり、

そこそこの田舎であるが、しかし、そこそこ人間ヒューマンも住んでいる、

この県立山守(やまもり)高等学校に入学している。


僕はピカピカの高校一年生である。

まぁ、ピカピカと言っても、

もう四月から二か月が経過してしまっているので、

春先のフレッシュさは無くなっている。


桜満開さくらまんかい

四月のスタート・ダッシュは、

すごく楽しかったのだが・・・・。

『青春とは儚いものである』

どこかで聞いていたのだが、

僕は、その片鱗を、

現在、じわじわと味わっている最中である。


僕は箸で玉子焼きを掴む。

それを口の中に放り込む。

モグモグモグ。

(少し焼き加減が、足りなかったぁ。)

ミディアム・レアに焼かれた玉子焼きを食べながら、

次回は、もう少し焼き目を入れた方が良さそうだと考える。


玉子焼きの焼き加減について考察しながら、

僕は対面(トイメン)にいる人物をぼんやりと眺める。

ガツガツ、

  モグモグ、

    ゴクゴク

       プハ~~~、

豪快な食べぷりと、飲みっぷり(麦茶)である。

フードファイターを彷彿させる彼の名は

『後藤隼人』であり、大野悟の唯一無二の親友である。


彼とは中学からの知り合いで、

僕は彼を『後藤』と呼んでいる。

「後藤、早くこっち来い!このみぞの中に、

オオサンショウウオが居るぞ!!!」

「後藤、教科書、忘れたから、教科書、貸してくれ、後藤。」

「後藤、GOTO体育館!!」

「山守博物館で『刀の展覧会』しているらしいぜ!

そこに、何かと曰くがある『村正』《むらまさ》が展示されるてるらしいからさ、

明日か明後日でも、一緒に見に行こうぜ・・・後藤!!」

こんな風に彼と会話をしており、

こんな風に彼の事を『後藤、後藤』と呼んでいる。

『後藤』

なんと呼びやすい名前だろうか・・・。

ありがたい名前である。


ここで突然だが、

僕には【友達】と呼べるような人間が、

後藤以外には居ないのであった。

という事で、学校内ヒエラルキー(階層序列)では、

僕は見事に『ぼっち』の地位を獲得していた。

この事について、後藤から、

「友達は作った方いいぞ。」

と、事あるごとに、姑(しゅうとめ)の小言のように注意を受けていた。


「えっ、だって、『ぼっち』でも、

特に支障なく学校生活は送れているから。

・・・居なくて良くない。」

と、口には出さなかったが、

内心では、そのように思うのであった。

アイアム・ザ・ロンリーボーイ!

(私は孤高の少年である!)

バット・ノー~~~~~・プロブレム!!

(しかし、全く~~~~~問題はありません!!)

これが僕の本心である。


永遠のロンリーボーイで何が悪いのであろうか?

僕としては、学校で1人で弁当を食べる事を、

特に苦と思っていないし、

『孤高ゆえの代償』かな位の案外、

大らかな気持ちで認識している。

なので、『ぼっち』である事に、

恐怖や不安は無かった。

むしろ一人の方が、物事を静かに考える事が出来るし、

何かしたい時や、、どこかに行きたい時は、

好きに行動が出来るなど、

『ぼっち』ヒエラルキーは、僕にとっては、

幸福な階層地位なのである。


しかし、何の因果か。

世の中、不思議な物で、

『ぼっち』である僕と友達になりたがるに人間が居て、

それが、目の前に居る後藤であった。


僕は小籠包(しょうろんぽう)を食べながら、

目の前で弁当をガツガツ食べている、

後藤を眺める。

(なんで、こいつ僕と友達なんだろうか?)

謎である。

社会生活を送っていると、

理解しがたい変わった人間が、チラホラいる事を知っていたが、

おそらく、その一人が後藤隼人なのだろうと思うのであった。           


そんな『不思議青年・後藤君』と、

会話を交えながら弁当を食べいた。

そして、現在は野球について、

侃侃諤諤の雑談をしている。


「日本プロ野球選手のバッターが、

メジャーリーグで活躍するには、

あのムービング・ファストボールに、

対応できないと、

良い成績は残せないだろうなぁ。」

「確かに、あのボールは厄介だよな。」

後藤は、相づちを打つのであった。

さすが親友、分かってくれてるようである。

「あれだよな。

日本人投手のストレートは、

こう・・・。」

彼は指を縦方向にクルクルと回す。

「綺麗なバックスピン回転が大多数だけど、

アメリカに行ったら、

シンカー回転、スライダー回転の

ストレートが主流だったりするんよなぁ。」

「野球という同じスポーツをしているはずなのに、

相違がある・・と。」

「文化や環境の違いによって、

野球のスタイルが違って来る・・・と。

めっちゃ興味深いな、悟。」

「後藤、これ、ガチ目に研究対象に、

なりそうな題材だなぁ。」

「日本とアメリカ、

ヨーロッパ圏とアジア圏の四つエリアで、

とりあえず、比較対象してみたいなぁ。」

「面白そうな結果が出て来そうだな。」

「間違いなく、そうなるね。」


そんなこんなで、

僕と後藤はお弁当を食べながら、

野球談議に花を咲かせていてた。

ここで注意して置くと、

僕も彼も野球をした経験はあるのだが、

野球部に所属している訳では無いのである。

これは、あくまでも『雑談』であり、

僕が所属している部活は文芸部、

後藤はバトミントン部なのであった。


野球談議がひと段落付いて、

二人の間に、僅かな沈黙が訪れた。

(今が良いタイミングかもしれない。)

僕はそのように考えて、この機会を利用して、

ある重要な事を、目の前に居る後藤に伝える事にした。

一、二か月前から、密(ひそ)かに考えていた、

一大決心した重要案件であった。


「後藤、唐突で悪いけど、

ちょっと真面目な話があるんだけど・・・

聞いてくれない。」

「いや、本当に唐突だなぁ。

藪から棒すぎるでしょう・・。

まぁ、いいや、何だよ真面目な話って?」


僕は一度、唾をゴクリと飲んだ。

柄にもなく、少し緊張しているようだ。


「僕さ・・・高校生活三年間、

彼女を作らない事に決めたんだ。」


・・・・・。

・・・・・。


「それ、真面目に言ってる?」

「スゴク真面目に言ってる。」

「え~~~と、何だっけ。

『高校生活の三年間、彼女を作らない。』だっけ。」

「そうだよ。」


・・・・・・。

・・・・・・。


「何で、そんな酔狂な事を始めようと」

「酔狂とか言ってんじゃねぇよ!!!」

「えっ⁉

酔った勢いじゃないのか。」

「違うに決まっているだろ‼

後藤、僕の顔を見ろ。

素面(しらふ)だ。

16歳だ。

未成年だ。

二十歳(はたち)になるまで、

お酒を飲めなんのや!!」

「いや~~~、相変わらず、

ツッコミが素晴らしいなぁ、悟は。」

「おい、コラ、後藤。」

個人的には、真面目に話していたつもりだったが、

いつの間にやら、

漫才のような掛け合いになってしまった。


「『彼女作らない』というのは、

見切り発車の発言じゃないの?

・・・真面目な話。」

後藤は改めて尋ねた。

(最初から真面目な話って言ったはずなのだが。)

僕の発言が信用されていない事に、

やや不満を抱いていた。

「後藤、今回の宣言には、

ちゃんと動機も理由もあるんだよ。」

この『彼女作らない』宣言には、

ちゃんとした深い裏付けがあっての、

発言なのである。


「学生と言えば、

『恋愛をするのが当たり前、

恋愛してない奴は社会不適合者。』みたいな、

空気があるじゃん。」

「う~~ん。

まぁ、あるには、あるが・・・。

『恋愛してない奴は社会不適合者』は、

悟の思い込みだと思うぞ。」

「・・・。」

僕は彼の意見を一旦、

無視して話を進める事に決めた、

「学生と言えば、

『恋愛しないと・・・まぁ、普通じゃない。』

みたいな空気があるじゃん。

クラスメイト内を見渡してもそうだし、

小説や漫画やアニメやドラマだったりでも、

学生は本業である勉強もせずに、

『恋愛』に現(うつつ)を抜かし、

邁進しているでしょう。

東西南北、どの方向をを見渡しても、

       西

      『恋愛』

北 『恋愛』     『恋愛』 南

      『恋愛』

       東

で、僕たち学生達はさ、

『恋愛』と言う名の監獄に、

収容されているみたいなものじゃないか。

そんな恐ろしい牢獄からは、

プリズン・ブレイクすべきなんだよ。

『恋愛』とは、

ああ、なんとうっとしい。

日本はいつの時代から、

恋愛至上主義国家になってしまったのだ。

淡く青春の恋なんていう、

センチメンタルは要らないんだよ!

『恋愛』が青春時代を、

のさばり過ぎだ!!、

それに、青春と言えば、

『友情』があるではないか!!

『友情』を育む青春があっても良いではないか⁉

『恋愛=青春』と見なしている、

古くから続いている悪しき因習を、

僕たち学生達は、

断ち切るべきだと思うんだよ!!」


僕は後藤に熱く語る。

途中から、段々と熱が入ってしまったようで、

大きな声を出してしまっていた。

フッと周りを見渡すと、

近くに居たクラスメートの数人の女子が、

こちらを唖然(あぜん)としながら見ていた。

そして、彼女達は、

「引くわ~」

「変人」

「あらあら。」

「大野君、重症だ。」

「恋愛の監獄・・・プリズン・ブレイク・・・

全然、意味分からん、腹痛い、傑作だ。」

「大野、まじないわ。」

と、僕に対する批判を口々にしていた。


(好き勝手な事、言いやがって!)

僕は名も知らない彼女達に、

怒りを抱いたが、

その反面、

(恥ずかしい。)

と、顔を赤面させながら、

下唇を嚙みしめた。

そして、残っている弁当を、

再び食べ始めるのであった。


「なるほど。」

後藤が頷きながら言った。

「んっ、なるほど?」

僕はカマンベールチーズを、

もきゅもきゅ♪食べていたが、

飲み込んで、返事をした。

「悟さ、とりあえず・・・恋愛してみたら。」

「それは嫌だ。」

僕は彼の提案を、

神がかったスピードで否定した。


「恋を」

「嫌だ」

「ラブを」

「嫌だ」

「大野悟は高校三年間、

マジで彼女を作らないつもりだと。」

「YES I do not make lover!!」

僕は英語で答えた。

意見、要望を明確に相手に伝えたい時は、

英語を使うとハッキリ伝わるので、

とてもオススメである。

「こう。と決めたら、

本当に頑固だよなぁ、悟は。」

後藤は呆れたと言いたげな表情で言った。

「おいおい、後藤。

平成生まれの『頑固者』なんて、

すごく珍しいんだぜ。

僕と言う存在は見方よっては、

ウルトラ・スパー・レアなキャラかもしれないぜ。」

「友達がいないくせに、

何でそんなにポジティブなんだよなぁ、

・・・ある意味スゴイよ。」

後藤は僕に皮肉を言いつつも、

楽しそうに大きな笑顔を浮かべていた。


「悟、友達として忠告するけどさ。」

「忠告ねぇ。」

(まぁ、おそらく、

聞いたところで、

従わないと思うけど。)

と、思いはしたが、

とりあえず、内容だけは聞く事にした。

友達なので聞いてあげよう。

「悟・・・『高校生活三年間、彼女作らない』とか・・・

それは『青春をドブに捨てます。』と、

言っているようなものだと思うぜ。」

「冗談キツイぜ、後藤君。」

彼の忠告を聞いた瞬間、

僕の反論スイッチがオンになった。

「むしろ、僕は『青春を謳歌する』つもりで、

こういう宣言をしてんだよ。

僕は青春をドブに捨てるつもりは、

一切無い!

青く澄んだ大海原に

『青春謳歌』という名の帆船で乗りだし

順風満帆な航海をするつもりならある!

そこんとこ、勘違いしたらダメでしょう。」

「なんだよ、その例え。」

「いいだろ別に。」

僕は頬を掻く。

「それで、恋愛はしなし、彼女も作らないと?」

「うん、恋愛拒絶、

彼女も全く要らないね。」

自信を持って主張する。

「・・・そっか。」

後藤は神妙な顔をして、

呟くのであった。

(何だ、その反応。)

僕は彼の態度の変化に違和感を抱いた。

「・・・何か言いたい事があるのか?」

「いや、特に・・・。」

僕の質問に彼はあっさりと否定した。

(・・・恋愛の悪魔に、

体を乗っ取られたか、コイツ。)

荒唐無稽な空想が頭をよぎった。

「話変わるけど、悟を見てて

思った事があるんだけど」

「ん?」

「この前、日本の食の欧米化について、

憂いていたじゃん。

『パンやパスタを頻繁(ひんぱん)に食ってんじゃねぇ、

米を食え、米を』って。」

「えっ、ああ・・・確かに言ったなぁ。」

先程までと、全く違う話題を振られたので、

僕の返事はうやむやになってしまった。

「今、カマンベールチーズ、

食べてるじゃん。」

後藤はカマンベールチーズを指さす。

「うん、食べてる。」

「チーズ、欧米じゃん。」

僕の行動を糾弾(きゅうだん)した。

「あぁ・・・チーズか。」

(後藤、勘違いしているな。)

僕はチーズを咀嚼しながら、

思うのであった。

「確かに、チーーズは主にヨーロッパ圏で食べられている食材だけど、

日本に昔からある伝統食でもあったりするんだよ。」

「はぁ、そんな訳ないでしょう。

だって、チーズだよ。

夏目漱石や渋沢栄一が生存していた明治時代に、

西洋から輸入された食材じゃないのか。」


後藤は反論した。


ふっふっふ。

僕はつい笑いを漏らす。

「それが違うんだよね。

実は飛鳥時代(597年~710年)に、

日本にあったんだよ、チーズ。」

「えっ・・・マジで。」

「ホンマでっせ!」

僕は得意な表情で言い切った。

そして、詳しい説明を語り始める。

「飛鳥時代だから、

今から1500年前位に、

蘇(そ)と呼べれるチーズが、

朝廷の貢ぎ物としてあったんだよね。

天皇や大臣しか食べれなかったから、

高級食材であったけど、

とりあえず、チーズがあるにはあったんだよ。

それが、江戸時代になって、

チーズが食べられなくなってしまった。

理由は、おそらく、肉食禁止と鎖国政策だと

思うけど詳しくは分からん。

ただ、そこで、日本のチーズ食の伝統が、

完全に途切れたんだよね。

それから年月が経って、

1864年から始まる戊辰戦争の後、

徳川幕府が崩壊して、明治の時代になって、

鎖国状態や肉食禁止が御法度が無くなり、

日本にヨーロッパ圏から再び、

チーズが入って来るようになって、

日本列島に再びチーズを嗜む文化が戻って来たという訳なんだよ。

でも、本来は飛鳥時代に、

既にチーズ(蘇)があったわけだから、

1500年の歴史を持った、

日本の伝統食と。」

「・・・おお。」

と、後藤は僕の曲げわっぱ(弁当箱)に入っている、

カマンベールチーズをじっと見つめていた。

「悟って、色んな事を知っているよね。」

「まぁ、これくらいしか特技がないからさ

・・・チーズ食べる。」

「あぁ、なら貰うわ。」

彼はチーズを箸で詰まんだ。

「因みに、このカマンベールチーズ、

岡山県の山奥の自然豊かな場所で、

放牧されたジャージー牛の牛乳で、

作られたチーズだから、

ガチ目に・・・旨いぞ。」

「ほ~~、それは、それは。

では、早速、実食してみましょうか。」

「どうぞ、どうぞ。」

後藤は丁寧にチーズを口に中に運んだ、

僕も残りの一つを食べる。

もきゅもきゅ♪

もきゅもきゅ♪

僕たちは目をつむりながら、

味を

「味が濃厚だなぁ・・・旨い!!」

「フフ、そうだろう。」

1500年前の飛鳥時代に思いをはせながら、

日本の伝統食チーズを味わうのであった。


弁当を食べ終わった、

大野と後藤は何時もの如く、

食後の運動をするため体育館へ向かっていた。

「悟が、色んな事を知っているって話、

やっぱ訂正するわ。」

「どうぞ、好きなように訂正しなされ。」

自分がどう言われようが、

正直、関心が無かったので、

彼の好きなように言わせる事にした。

「大野悟は、恋愛以外の事なら、

色んな事を知っている。

って訂正するわ。」

「おい、後藤、聞き捨てならねぇな。

その面、ちょっと体育館まで貸せよ。

ワン・オン・ワン(バスケットボール)で、

コテンパンにしてやるよ。」

僕は彼に一睨みを加えた後、

喧嘩を売るのであった。

「はっ、悟、程度の実力で、

俺にスポーツで喧嘩を売って来るとは、

良い度胸じゃねぇか。

喧嘩を売った事、

末代まで後悔させてやろうじゃねか。」


僕たちは早歩きで廊下を歩いた。

そして、体育館についてら、

早速、五回ずつ攻守交代しながら、

ワン・オン・ワンを行(おこな)った。


結果は・・・僕の惨敗であった。

後藤は5本中4本シュートを決めて、

僕は一本しか入らなかった・・・。

(コイツの運動神経、

相変わらず、エグいな。)

彼の神速のドリブル、クイック、ターンに、

僕は翻弄(ほんろう)されるのであった。

「悟は、まだまだ実力不足だねぇ♪」

彼は、指先でバスケットボールを回転させながら、

愉快そうな表情で言った。

「・・・いつの日か、

コテンパンにしてやる。」

僕は悔し紛れに、

負け犬の遠吠えを吠えた。



そんな風にして、

僕の程々に愉快で楽しい学校生活が、

過ぎて行くのであった。

このまま何事も無く過ごしていたら、

ひょっとしたら、真の青春謳歌なる物を

経験出来たかもしれないと、

僕は過去を振って思う事があるが、

結局、過去は過去。

現在や未来から介入する事が不可能な、

過ぎ去りし時間なのである。

・・・悲しいけどね。


そんな後藤との和気藹々(わきあいあい)と、

過ごしていた日から、

2日後。

ある事件が起きた。


些細な事から人生は、

ベンチャー企業の株価のように、

大きく変動するんだよ(良くも悪くも)と、

親戚の叔父さんが言っていたが、

まさに、この出来事が、

そうであったのだろうと思う。



その事件とは・・・。


第2章


う~~~ん。

僕は唸っていた。

(なんか、封筒がある。)

僕は学校の下駄箱前で、

どう対処すべきか悩み、

しばらく間、その物体を、

只々眺めていた。


今日は朝から、街全体に霧が掛かっており、

黒々とした、不穏な空気が満ちていた・・・。

と、事件が、いつ起きてもオカシク無いような、

情景描写を個人的には望んでいたが、

現実とは、そう甘く無い物である。


今日は朝から、

雲一つない晴れやかな天気であった。

気持ちの良い山風が吹いており、

過ごしやすい日になっていた。


(もっとシリアスなムードとか、

嫌な予感がするとか、

虫の知らせが悪いとか・・・ブツブツ。)

僕は封筒を見つめながら、

内心では文句と不平を、並び立てるのであった。

周囲で「おはよう」の朝の挨拶を、

生徒同士で交わされている事柄も、

日常的で事件っぽい要素が無かった為、

それら全てが、

現在の僕にとって、

只々恨めしいかった。


(しかし、まぁ、

文句を言っても仕方が無い。)

と、頭を左右にフリフリと振りながら、

再び封筒に注意を向けた。

封筒は、スリッパの上に、

いまだ静かに置かれていた。


(さて、とりあえず。)

何かしらのアクションを起こすことにした。


バタン!!

と、下駄箱の扉を閉める事にした。


言っておくが、

これは現実逃避などでは、決して無い。

今起きている現象を、

よりクリアに観察するための、

アクションなのである!!


僕は下駄箱の扉に書かれている名前を、

今一度、確認した。

大野悟

(やはり僕の名前だ。)

一か月前。

印刷で書かれた、

ネームプレートが気に入らずに、

自ら直筆で書いた、

「大野悟」のプレートが、

そこにはキチンと掲げられていた。

(やはり僕の下駄箱だ。)

と、一つ確認を取った。


カチャッ。

と、再び扉を開ける。

封筒は消える事無く、そこにある。

幻覚などでも無さそうだ。


(オシャレな封筒だなぁ。)

と、僕は封筒の外見を詳しく調べ始める。

無骨な茶封筒などでは無く、

表面に蔦や花や鳥が彩(いろど)られている、

お上品な封筒であった。

表(おもて)には綺麗な字で「大野君へ」と、

僕の名前が書かれていた。

間違いなく、僕宛の封筒のようであった。


そして、これらの一つ一つの詳細を考え合わせてみると、

ある一つの結論に辿り着くのである。


(これは、ラブレターではなかろうか?)

※大野悟は頬は少し赤らむ。

・・・。

「いや、でも待て。」と、

僕は直ぐに反旗をひるがえす。

『高校三年間、彼女を作らない』と宣言をしてから、

たった2日しか経っていないのである。

宣言した早々に、ラブレターを頂くなんて、

(なんか変だ、オカシイ。)

あまりにも、ピンポイント過ぎるし、

都合も良すぎるのである。

しかし、

そんな風に色々と否定してみても、

目の前にある封筒の外見は、

ラブレターようにしか見えないのである。

その事実だけは、

変える事は出来なさそうであった。



(さて、これが、もしも本当に、

ラブレターだったとしたら。)

僕はIF(もしも)について、

自問自答をしてみる。

(僕は、どう対処するだろうか?)

と、想像をしてみた。

すると、僕の目線は天然自然に、

サッと下駄箱の近くにある、

可燃ごみのゴミ箱を見るのであった。


どうやら、僕は、

『ラブレターは受け取らなかった事にしたい。』

と、強く願っているようである。

(Jesus、ジーザス)

自分の事ながら大胆な・・・

と言うよりも、

常識や倫理観が多少なり崩壊しているなと、

我ながら驚くのである。


(まぁ、とりあえず、

「ラブレターを捨てた。」と、

仮定してみよう。)

興に乗って来たので、

さらにIFの想像を進める事にした。                  


すると、どうなるだろか。

おそらく、ラブレターを捨てたという事実が、

どういう経緯でかは不明であるが、

Aクラスの女生徒全員に、

この2日、3日の間に

バレてしまうであろう。

(僕には2人の妹達が居るが、

僕が隠している、大概(たいがい)の秘密が、

彼女達に、何故かバレているのである。

mysterious(ミステリアス)

その事から、女性には他人の秘密を暴(あば)く、

特殊能力が備わっている存在だと、

考えるようになった。)


ラブレターを捨てた事実がバレてから、

僕はAクラスの女子全員から、

ゴミを見るような目で見られる事になであろう。

そして、更に一週間後。

僕は夕方の帰宅途中に、

ラブレターの送り主と、Aクラスの女子の数人の群団に、

自転車置き場で待ち伏せをされて、

四方八方を完全に包囲される事になる。

それから、僕を殴る、蹴るなどの打撃を加える事によって、

ライフポイントを限りなくゼロの状態にするであろう。

そして、弱った僕のシャツの襟首を、

数人で掴んで、

ざーーーざっ

ざーーーざっ

ざーーーざっ

と、Aクラス教室まで引きずる。

それから、Aクラスの壁際に、

僕の体は磔(はりつけ)にして、

『コイツは、ラブレターを蔑(ないがし)した外道である。

従って、恋の神様からの天罰が下った。』

と、プラカードを首に掛けられ、

学校の晒し者にされるのであろう。

と、僕のIFの想像は、

このように完結した。

・・・・。

(アカン!!

これは、アカンぞ!!)

僕は、ラブレターをゴミ箱に捨てるという案を、

即刻、破棄した。

僕は平穏な学園生活を守るため、

『ラブレターを、捨てレターするのは、

止めレター!』

するのであった。


ラブレターの取り扱いを、

一歩間違えると、大変な目に遭うようである。


そんな事を考えながら、

封筒を眺めていたが、

とりあえず、

(・・・中身を確認しよう。)

と、決意した。

「これはラブレターだ!!」

「ラブレターを貰ってしまった!!」と、

嘆き続けている僕であるが、

しかし、まだ、封筒の中身を、

確認していないのである。

『ラブレターで無い。』という、

望の綱(のぞみのつな)が残っているのであった。


そう言うなれば、

この封筒は、いまだ何物でもない、

未確定の封筒と言えるであろう。

格好良く言い換えると、

『シュレーディンガーの封筒』

と、言えそうである。

(カッコイイ。)

科学大好き、SF大好きな僕は、

そんな事を考えて、

一人ほくそ笑んだ。



ラブレター OR

ノット・ラブレター。

半分ラブレターであり、

半分ラブレターで無い封筒。

そんな『シュレーディンガー封筒』を、

緊張した面持ちで手に取る。


そして、その封筒をスッとポケットにしまい、

何食わぬ顔で、誰も通らない隅の方へと、

そそくさと移動した。

そこで封筒を取り出し、

夏の太陽の光に当てて透かして見たり、

表裏をひっくり返してたりして、

詳しく調べてみた。

(やはり、中身を調べないと。)

僕は意を決して、封筒の縁(ふち)を開いた。


(中身は何であろうか?)

緊張のドキドキが止まらなかった。

例えるならば、クリスマスの次の日、

サンタクロースの置き土産であるプレゼントを開放する時の、

あのドキドキ感に似ているのかもしれない。


(はたして・・・。)

封筒の中身を見た。

半分に折られた手紙が一枚入っていた。

僕は封筒から、その紙をソッと掌へと取り出した。

手紙の素材は、滑(なめ)らかで絹のような上品な紙であった。

白ヤギさん、黒ヤギさんに与えたならば、

喜び励んでバリバリと食べてしまいそうである。


僕は手紙を見つめながら、

「この古風で上品な紙の質感・・・

まだ、ファンタジー世界への紹介状という線も、

捨てきれないぞ。」


僕は、ラブレター(恋愛)よりも、

ファンタジー(冒険)を恋願う。


「そう、この二つ折りにされた手紙には、

魔法陣が書かれていて、

この手紙を開く事によって、

僕はファンタジー世界に飛ばされてしまうかもしれない・・・。

あり得る、あり得るぞ、

この手紙は、

魔法使いからの招待状だ!!」

と、想像上のファンタジー世界が、

段々、現実味を帯び始めるのであった。

「来い、魔法陣!

頼む、魔法陣!!

行こう、魔法ひしめく夢の世界へ。」

僕は童話の主人公になったような気持ちで、

手紙をハラリと開いた。


【大野君に、お話したい事が、うんたら、かんたら・・・・。

と、日本語が書かれてあった。

「なぁ~~~~!!

魔法じゃな~~~い

ファンタジーじゃ~~い!

あぁぁぁぁぁ!!」

心の中で叫んだ。

六芒星やら円形やらラテン語やらが書かれた、

ほんまもんの魔法陣は無かった。

現代仮名遣いの日本語であった。

異世界ファンタジーで、

最強の魔法使いになる道が・・・ぽしゃんだ!

僕は大い落胆した。


落ち込み過ぎて、死んだ魚の目になっていが、

とりあえず、何が書かれていたのか、

手紙の内容を確認した。


【大野君に、お話したい事が御座います。

大変御足労だと思いますが、今日の放課後、

校舎の屋上までお越し下さると、とても嬉しいです。

待っています。】

このように書かれていた。


(送り主の名前は・・・。)

僕は、手紙を見渡してみたが、

名前は何処にも書かれていなかった。


(匿名希望かぁ・・・怪しいな。)

と、僕は思った。

しかし、手紙の文章は礼儀正しく、

字体は達筆であり、

文面全体から感じる事は、

僕を貶(おとし)めようとか、

イタズラをしようというような、

悪意は無いように思えた。

(でも、何で匿名なんだろうか?)

その事が、とても気掛かりではあった。


しばらくの間、手紙をじっと見つめていた。

放課後、学校の屋上に誰が待ち構えているのであろうか?

(分からん。)

最初は、ラブレターだと思っていたが・・・

この手紙は、何を目的とした物であろうか?

考えは段々と現実離れした物へと、

飛躍する。


オカルト研究部からの勧誘かもしれない?

黒魔術の儀式の誘いであろうか?

実は放課後に、密かに開かれている闇市だったりするのか!?

いや、僕に恨みを持った者からの

喧嘩の果たし状かもしない。

それとも、普通にラブレターなのか?


可能性が次々と頭に浮かんで、

収拾が付かない状態になっていた。       


「何が起きようとしているだ・・・。」


第三章


そして、放課後になった。


「それじゃ、部活に行くわ。」

「あぁ、また明日。」

「おう、また。」

後藤は手を挙げて別れの挨拶をしてから、

教室を出て行った。

(元気だなぁ。)

と、彼の去って行く姿を眺めた。

彼はバドミントン部に所属しており、

おそらく、これから体育館で練習だろうと思われる。

まぁ、詳しくは分からない。

もしかしたら、部活をサボって、

これから、ゲームセンターやカラオケに行って、

楽しむかもしれない。


(まぁ、後藤が悪い道に、

進んでいたとしても・・・だ。)

今は、謎の人物からの呼び出しの方が、

僕にとっては重要な案件なのである。

(悪いな後藤。)

とりあえず、彼の事については、

教室の隅にでも投げ捨て置くことにする。


「さて、屋上に行くとしますか。」

僕は机から宿題のプリントと、

太宰治の『人間失格』と、

教科書三冊をカバンの中に、

ギュギュっと詰め込んだ。

そして、椅子を引いて、

席を立った。

(屋上に誰が待ち受けているのやら。)

屋上に想いを馳せる。

(・・・魔法使いだった最高だなぁ。)

僕はマジカルな心持ちで、

Aクラスの教室を出るのであった。


僕は約束の場所である、

屋上に向かうため、廊下を歩く。

(まぁ、魔法使いは、冗談とするにしても・・・)

僕は歩きながら考え始める。

(封筒の送り主の、

心当たりが全く無いんだよなぁ。)

今日、一日中、この事で悩まされ続けていた。


(やはり、『後藤のイタズラ』・・・だろうか?)

一番の可能性がありそうな案が、

これしか無いのである。

しかし、『後藤のイタズラ』という線も、

どうも、しっくりこないのである。


僕は、二時限目の授業から、

彼の様子を観察していたのだが、

彼は、いつも通りの『後藤』なのであった。

もし、イタズラを仕掛けているのならば、

盗み見るような目線や、

にやついた表情や

挙動不審の振る舞いなどの

『アブノーマル・後藤君』が現れそうなものであるが、

そんな兆候が一つも無かったのである。

なので、今回の封筒事件について、

後藤は白のように思われた。

よって・・・彼は無罪!!

と、大野最高裁判長(僕)は判決を下した。


「悟・・・今日、何か変だぞ、

何かあったか?」

「いやいや、べ、別に普通だよ。」

と、昼食の時間に、

後藤に言われてしまった事は、

ココだけの秘密である。


とりもなおさず、

『後藤のイタズラ』という線は、

ほぼ無くなった。

一番の可能生が潰(つい)えてしまった今、

僕は完全に万策が尽きて、

お手上げ状態になっていた。


そんな事を考えながら、

テクテク、歩いている内に、

屋上に続くドアの前まで、

ついに、来てしまった。


「誰がいるのだろうか?」

ドキドキ

   ドキドキ

僕はドアノブを握りしめる。

心拍数が上がる。

この扉の向こうに何が待ち構えているのだろうか?

分からない。

分からないが、

出たとこ勝負で行こうではないか。

ノーガード戦法で、

未知との遭遇!!

大野悟、いざ行かん!!


ガチャ

心を鼓舞して扉を開けた。


ブワッ

扉を開けた瞬間、

顔や体に強い風が吹き付けて来た。


屋上は遮蔽物が無いため、

風が自由気ままに吹き荒れていた。

右手の方には、ハイキングに持ってこいの、

標高200メートル位の小高い山があり、

原生林の山から、シイ、カシ、ブナ、ヒノキなどの、

森林特有の清々しい香りが風に乗って、

学校の屋上へと運ばれて来ていた。

パワースポットに選ばれても良さそうな、

良い場所である。

用事さえ無ければ、

この場所で森林浴を、夕日が落ちる寸前まで、

のんびりと満喫していたかったが、

しかし、今はそういう、

落ち着いた気分に浸る訳にはいかないのである。

今日は、目的があって、ここまで足を運んで来たのである。

・・・・でも、折角なので、

す~~~

は~~~

大きく深呼吸をした。


呼吸を整えた後、

僕は屋上をサッと見渡してみた。

すると、左手の方のフェンス際(ぎわ)に、

校庭の方を見つめている、

女子生徒が一人居る事に気付く。

ミディアムカットの髪の毛が、

風でサラサラと靡(なび)いている。

「あの人が、封筒(ラブレターかもしれない)の、

送り主だろう。」

僕は彼女が居る方へと、

一歩、一歩、近づいてゆく。



ドキドキ、

ドキン、ドドキン(僅かに、不整脈)

鼓動が高鳴り、

震えた足で歩いていた。

「緊張しているのか・・・」

普段の自分では考えられない緊張状態に、

戸惑いと、情けなさを感じた。


女生徒に近づくにつれて、

容姿や特徴が、より詳しく分かるようになった。

(先輩だったのか・・。)

学校指定のスリッパを見ると、

緑であった。

三年生は、紫。

二年生は、緑。

一年生は、青。

と、山守高校では、

学年ごとに色分けされているのであった。


近くで、彼女の横顔を見ると、

おっとり目で、落ち着いた雰囲気を纏った。

優しそうな先輩に見えた。

そして、身長は160㎝で、胸のサイズはCカップ、

ウエスト、ヒップは・・・

目測だけでは、さすがに判断が難しく、

体重は・・・おそらく、48キロだろう。

と、断定した。

僕の目測は、結構当たると家族内(大野家)では評判なので、

おそらく、間違いは無いと思われる。


そう、あれは、6ヶ月前。

家族団欒の余興として、

相手の体付きを見ただけで、

身長、体重が分かる特技を使って、

「春乃(次女)の体重って、

たぶん・・・42キロだろ。」と、

次女の体重を、遊び半分で言い当ててしまったのである。

それを聞いた春乃は、

スゴク嫌な顔をして、

「うわ、マジか・・・キモ。」

僕を軽蔑したのである。

「さと兄、変態だ~~~~!!

ハハハハハ。」

三女(美憂)からは大爆笑された。

「悟ちゃん、因みに、

お母さんの体重も分ったりするの?」

「52キロ。」

・・・・。

「悟ちゃん、その特技は女性の前では、

披露しないようにしましょう。

封印です。」

と、母親からは、

注意勧告を受けるのであった。

この『正確な目測が出来る』という特技、

踏んだり蹴ったりであるが、

このお陰で、封筒の送り主の身長、体重、胸のサイズ等の、

正確なデータだけは入手出来たのであった。

・・・おそらく、役には立たないだろうが。


「あの・・・すいません。」

僕は気を取り直して、

封筒の送り主であろう、

ミディアムヘアーの女生徒に話しかけた。

声を掛けられた彼女は、サッとこちらを振り向いた。

そして、僕と彼女は目が会う。

「・・・大野君。」

と、彼女は呟き、おっとりとした瞳を、

大きく見開いた。


ここで初めて僕は、

彼女と正面で向き合った。

『今どきの可愛らしい、

何処にでも居そうな女子高生。』

というのが、彼女を近くで見た、

第一印象であった。

「何かイメージと違ったなぁ。」

小鯵(あじ)の小骨が、

喉元に引っかかるような違和感を感じた。

封筒や手紙の文面から、

僕がイメージしていた人物像は、

古風で凛とした人だったのだが、

目の前の彼女と合致しないのであった。

「彼女は二重人格だったりするのかな?」

SF好きの僕は、

そんな設定を考えてしまうのであった。


彼女は僕を2、3秒見つめた後、

「あの、えっ・・・あれ!!」

「・・・お、大野君。」

「ええ、大野です。」

自己紹介をする。

「あの、わ、私に、

何か、ご用があるのですか?」

「えぇっと、ご用というよりも・・・

あなたが、僕に何か伝えたい事が、

あるという事で、

ここに来たのですが・・・。」


「私が、大野君に⁉」

彼女は僕の発言に、

物凄く狼狽(うろた)えていた。

後ろへ二歩下がり、

天変地異でも起こったかのように、

動揺していた。

(だ、大丈夫だろうか。)

と、僕は彼女の取り乱し方を見て、

心配になってしまった。

「私が、お、大野君に、伝えたい事・・・。

あの、いつも・・・きっさ・・・

み・・・おじ・・・あり・・・

あ・・・す・・・。

・・・・。

や、やっぱり、

大野君に言いたい事は、

な、何もありません!!」

「えっ、無いのですか⁉」

「ございません⁉」

「そ、そうですか。」

・・・。

・・・。

2人の間に謎めいた空気が漂う。


「で、でしたら、この手紙は、

何の為の手紙だったのですか?」

僕は学生服のポケットから手紙を取り出した

「手紙・・・ですか?」

「これです。」

手紙をまじまじと見つめる。

「あの・・・私じゃありません。」

「な、何がですか?」

「私、大野君に手紙・・・送っていません。」

「えっ⁉」

「・・・はい。」

「えぇっと・・・ま、マジですか。」

「ま、マジです。」

(待て、待て、待て、

ど、どういう事だ!!)

僕は内心で激しく混乱していた。


「それに、この手紙・・・。」

と、彼女は俯きながら、

ポツリと呟いた。


さて、一体全体、

何が起きているのであろうか?

オカシナな事が起こっている事だけは、

間違いなさそうである。

今なら、どんなトンデモ無い事が起きても、

驚かないような気がする。

『不思議の国のアリス』に登場する、

時計ウサギが、屋上にある換気ダクトの陰から、

ひょっこり現れて、

『ダメ、ダメ、ダメ、私は遅れている⁉』

と、目の前を走り去って行ったとしても、

あまり驚きもしないし、

不思議に思わないかもしれない。

そして、僕は走り去る時計ウサギの後ろに、

ついて行くであろうと思われる。


「あの、お、大野君。」

「あっ、はい。」

彼女の言葉に我に返る。

「おそらくですが・・・

その、人違いをされていると思います。」

「人違い・・・ですか。」

手紙の送り主は、

彼女ではなったようである。

(でも・・・。)

と、僕は思うのであった。

次に、周囲をぐるりと見渡してみた。

夕暮れ時の学校の屋上には、

僕と彼女の2人以外には、

誰も居ないのである。


訳の分からない状況に、僕は只々、

案山子のように立ち竦んでしまった。

野生動物たち(カラス、イノシシ、ハクビシン・・etc)から、

体を張って農作物を守り続ける、鉄壁のガードマン。

そう、案山子の如く佇んでいた。


「私・・・その、用事を思い出したので、

・・・か、帰ります!!」              

彼女は、フェンス際に置いてあった、

カバンやトートバッグを駆け足で取りに行った後、

「さようなら、大野君。」

と、僕の脇をサッと走り抜けるのであった。


「ちょっと、ま・・・、」

と、呼び止めようとしたのだが、

途中で止めてしまった。

彼女を止める正当な理由が見つからなかったからである。


そして、彼女はそのまま走り去って行った。


おっとりお目目がチャーミングだった、

ミス・名無しの二年生女子。

僕が振り向いた時には、

もう彼女は屋上のドアまで走り去っており、

最後に僅かに見えた物は、彼女のスカートの裾が、

可愛くひらりと翻(ひるがえ)る所だけであった。


そして、屋上は無人になった。

茜色になりつつある空の下、

僕は一人寂しく佇んでいた。

「何がどうなっているんだよ~~~!!

プリーズ・ヘルプ・ミー!!」

と、僕は大きな声で叫びたい気分であった。

結局、この手紙の送り主は、一体誰なんだ!!


「考えたく無いが・・・やはり、

後藤のイタズラだったのだろうか?」

と、先ず頭に浮かぶのであった。

「だとしたら・・・・

奴の顔面に平手打ちの一つでも、

お見舞いしないと気が済まないなぁ。」

と、彼に対する報復の方法を

思案するのであった。


「はぁ~、何か疲れた。」

僕は、フェンス際まで歩いて行き、

屋上からの景色を眺める事にした。

太陽は、だいぶ傾き出しており、

街の住宅や商店街は、夕日の茜色に染まり出していた。

黄昏時の美しい街並みが、

目の前に広がっていた。

レンブラントが描きそうな、

そんな夕暮れ時の風景であった。


マイナスイオンが含まれた、

山から心地良い風を体全体で受けながら、

僕はあてどなく考える。

今回の手紙事件は、

『後藤によるイタズラ。』、

あるいは、

『単なる手違い。』に、

依(よ)るものであろうと、結論付けて、

僕は少々ガッカリするのであった。

あの手紙は、

『異世界ファンタジーへの招待状』では、

無かった事だけは確かなようである。

「はぁ~、異世界で魔法使いになったら、

山一つ吹き飛ばす位の強力な魔法を、

開発する夢があったのだが・・・

はぁ~。」

夢とは何と儚(はかな)いモノかな。


太陽は僕の心理状況なんてお構いなしに、

刻々(こくこく)と山の彼方へと、

落ちようとしていた。


僕はフェンス際から、何気なく、

校庭の陸上トラックレーンへと目を移した。

陸上部員と思われる人達が、

『タタタタタ』

と、リズミカル音を響かせながら、

軽やかに走っていた。

「静かで凛とした

ランニング・フォームだ。」

髪をポニーテールに結んだ、

身長180㎝はあろう高身長の、

一人の女子生徒の走る姿に、

僕の目は惹かれるのであった。

ポニーテールが風に靡き、

彼女の体は誰よりも速く、

前と前と颯爽と駆け抜けて行く。

「走る姿に、何かしらの『哲学』すら感じるなぁ。」

二位との差を大きく開いて、

ダントツの一位でゴールをしている彼女を姿に、

少しの間、見惚れていた。


「もう、そろそろ帰りますか。」

僕はフェンス際から離れて、

屋上の方へと目線を移した。

「んっ?何だコレ。」

床に何かが落ちている事に気付いた。

注意深く観察すると、

白のチョークが一つ落ちていた。

「何で、チョーク?」

僕はそのチョークを拾って調べた。

新品では無く半分ぐらい使われいるようであった。

よーく見ると、チョークの先端には、

小石が点々(てんてん)と付着している事が分かった。

そして、床には所々に薄くチョークの筆跡が、

見え隠れしているのであった。

「床にチョークで落書きをしている、

勇者が居るなぁ。

バレたら、間違いなく怒られる奴だなぁ。」

と、僕は感想を抱いた。

それから、拾ったチョークを元の位置に戻した。

「まぁ、僕には関係無い事だし、

重大事件に繋がるようなモノでも無さそうだし、

ほっといても良さそうだ。」と、

僕は寛容な心で見逃すのであった。


タタタタタ。

駆け足で階段を、

上がって来る音が聞こえた。

「誰だろう?」

と、屋上のドアの方を見つめる。


タタタタタ、タン!!

音が途切れた後、

屋上のドアの前に、

黒髪ロングの女生徒が

一人、現れた。


「屋上の景色でも、

眺めに来たのだろうか?」

と、何気なしに様子を伺っていたのだが、、

彼女は僕を目で確認すると、

こちらに向かって駆け足で近寄って来るのでないか。


「( ,,`・ω・´)ンンン?」

面識無い女生徒が、

段々と近くに来るので、

僕は恐怖を覚えて、身構えてしまうのであった。

そして、つい、周囲をキョロキョロと見渡して、

逃げたり、隠れたり出来そうな場所を、

探し求めてしまうのであった。

まぁ、どちらにしても、

場所が不幸にも屋上であった為、

逃げ隠れ出来る場所が、

何処にも無かったけどね。



慌てふためいている内に、

黒髪ロングの女生徒が目の前に来てしまった。

彼女は髪に赤や黄色に彩色された、

鮮やかな櫛を身に付けており、

瞳は大きく、身のこなしは凛とした、

和風美女であった。


「すいません、大野君さん。

遅れてしまいました。」

「えっ・・・はぁ。」

「待ちましたよね。」

「いや、そう、でも・・・無いですよ。」

先輩女子との悲しい行き違いというトラブルがあったので、

待つような事は無かったのである。

「それは、良かったです。」

彼女はホッと一息。

「放課後になったら、直ぐに、

こちらに来ようと思ったのですが・・・」

と、そう述べた後、

彼女は憂慮な表情を浮かべた。

「何か色々あったんだな。」

と、僕は思い、

あれこれ詮索をしない事にした。


ん?

待てよ。

「放課後になったら、

こちらに来ようと思っていた・・・・。」

チクタク

チクタク

はっ‼

『彼女が手紙の送り主だったのか!!』

閃きが稲妻の如く降って来て、

真相に気付くのであった。

僕は珍しい動物(ガラパゴス・フィンチetc)を、

見るような目で彼女を眺める。


「あの・・・大野君、

どうかされましたか?」

目の前の女性は、

心配そうにこちらを覗く。

「な、何でもありません、

ただ、その・・・想定外だったもので。

あなたのような美人に呼び出された事がです。」

「そ、そうですか。

ど、どういたしまして(;'∀')」


『後藤のイタズラ』では無かったようである。

僕としては、今回の『屋上呼び出し事件』について、

完全に【後藤・GUILITY(有罪)】と判決を下し、

処理をしていたので、

まさか、埋葬された終わった事件が、

ゾンビの如く墓から這い上がって来るとは、

予想外であり意表を突かれた形なのであった。

「お、大野さん、今日は来て下さり、

ありがとうごさいました。」

ご丁寧にも、彼女は礼儀正しい、

45度のお辞儀をした。

「えっ、あぁ、どういたしまして。」

僕は、20度のお辞儀を返す。

「まだ、私の事を紹介していませんでしたね。

私の名前は橘栞(しおり)と言います。

大野君と同じ高校一年生です。

よろしくお願いいたします。」

黒髪ロングの橘さんは、

とびっきりの笑顔を浮かべて言った。

右側に刺してある簪が夕日の光に反射されて、

キラキラと色鮮やかなに輝く。

「お、大野悟です。

えぇと、15歳です。

好きな食べ物は・・・オムライスです。」

「大野君、オムライスが好きなのですね。」

彼女はクスクスと笑う。

僕は自己紹介を失敗してしまった、

恥ずかしい。

「オムライス、オムライス、オムライス・・・。

大野君の好きな食べ物、

覚えました。」

橘さんは嬉しそうに述べた。

(この人、もしかして、ドSなのか?)

僕の失態をここぞとばかりに攻めて来た、

彼女の対応の仕方に、

そのような印象を抱くのであった。


橘栞。

おそらく、彼女が『手紙の送り主』であろうと、

僕は確信するのであった。

根拠としては、この屋上に来ている事が一つと、

その他に、手紙の文面や字体から、

想像していた送り主の人物像と、

彼女は一致するように思えるのである。


彼女は優しい表情を浮かべて、

こちらをずっと眺めている。

(未だに、僕の失態を笑っているのだろうか?)

彼女の瞳は大きく、

キリっとした切れ長の二重瞼。

新雪のような透き通る白い肌。

髪の毛は黒髪ロングで、

左側の髪の毛はお団子にまとめて、

簪が刺してあった。

(彼女の簪は、とても高価な物に見えた。

人間国宝級の簪職人が作った物ではないかと、

戦々恐々としている。)


彼女を総合評価すると、

物凄く美人であった。

美しさに多少圧力があり、

ちょっと安易に近寄りがたい存在のように思われた。


「大野君、手紙でもお伝えましたが、

大事な話があります。」

「えぇ、はい。」

「大事なお話と言いますのは・・・。」

橘さんは、改めて姿勢を正して、

手で髪を軽く解かす。

一つ一つの動作にも美しさがあった。

「唐突な事を言って、

大野君を驚かすかもしれませんが・・・」

「驚かす・・・ですか。」

(どんな事だろう?)

と、僕は少し考えてみた。


「私、橘栞は・・・あなたの姉なのです!!」

「な、なんだって⁉」

というような事実が露見されるのだろうか?

実は大野家は、4人姉弟であり、

僕の目の前の居る橘さんは、

大野悟の姉。

栞お姉ちゃんであり、

複雑怪奇な訳があって、

別の家庭で生活を送っていたのだが、

ココに来て、家庭内での状況や戦況が代わり、

放課後に呼び出し、ついにカミングアウトをする事になった・・・。

「うん、あるな!!」

僕は内面で頷いた。


「大野さん。」

「あっ、ハイ。」

僕はアレコレ考えるのは、

一時中断して、リアルを直視する、

「私は・・・。」

(お姉ちゃん。)

僕は唾をゴクリと飲む

「大野君が好きです。」

「・・・えっ!!」

「大好きです、愛しています!!

だから大野君、私と結婚して・・・じゃなくて、

私と、お付き合いをして下さい!!」

彼女は感情の迸(ほとばし)るままに、

愛の告白をした。

青春・ラプソディー。


告白をした後、

山の方から風が吹いた。

山脈の奥地から届けられた涼やかな風は、

彼女の髪をサラサラと靡かせ、

その後、空の彼方へと霧散霧消に消え去った、

その光景は、現実離れたおとぎ話の現象のように見えて、

『風の精霊』や『山の神様』や、

あるいは『女神』に、

祝福されているかのように映った。


橘さんに告白をされた直後の僕の感情は、

非常に空回りしていた。

嬉しい。

恥ずかしい。

戸惑い。

不安。

不思議。

疑惑。

呆然。

これらの感情が、

一度にドッと押し寄せて来た。

初めての味わう感覚で、

僕は一瞬めまいを起こして、

体と心は不調和になっているようである。

しかし、なんとか持ち直して、

『不思議に』だと思った部分を、

クリア(明確)にするしようと、

彼女にある事を尋ねた。

「橘さんは、その・・・僕の事が本当に好きなのですか?」

告白する相手を間違えるという、

ミラクルがあるのかもしれないと思い、

事実確認をしてみた。

「・・・・好きです。

その・・・愛しています!!」

(愛している!?

何で愛しているの、この人!!)

と、僕は内心で叫ぶ。

一度も面識が無いはずなのに・・・本当に何で?

「あの・・・後藤が好き。

とかではないですか?。」

『大野悟が好き。』という事実を、

どうしても飲み込め無い僕は、

しつこいようではあったが、

再度、事実確認をした。

「・・・何でここで、

後藤君が出て来るのですか?」

彼女から冷たい返答が帰って来た。

「いや、後藤の方が、僕よりも断然モテるから・・・

もしかしたら、間違えて」

「私が何で後藤君なんかを、

愛さなきゃいけないですか?

私は大野君を愛しているのです。

後藤君は、私と大野君の関係に置いて、

全く、全然、これっぽちも、

関係が無い人です。

英語で言いますと、

He has nothing to do with this matter.

こういう事です、大野君。」

彼女は怖い位に後藤を否定するのであった。

「そ、そうですか・・・了解しました。

今回の件に後藤は、全く、全然、これぽっちも、

関係無いのですね。」

「関係無いです。」

「彼の事は、とりあえず・・・

その辺にでも捨てて置きましょう。」

「そうしましょう。」

と、僕たちは後藤を忘れる事にした。

(橘さんに何か怨みでも買ったのか、後藤!!)

と、橘さんと後藤の関係について、

僕は凄く気になっが、

しかし、今は捨てて置く事にする。


「そ、それで、大野君。

私とお付き合いをして下さいますか?」

彼女は顔を赤く染めながら、

僕の返事を待っていた。

「白黒ハッキリしろ!!」と、

催促しているように僕に見えた。

(付き合う・・・か。)

と、僕は橘さんをぼんやりと見つめがら、

心の中で葛藤していた。


「橘さん。」

僕は告白の返事をするべく、

彼女の名前を呼ぶ。

「は、はい。」

「あなたの告白は、とても嬉しかったです。

僕みたいな人間を好きになって貰って嬉しかったです。」

「でしたら」

「でも・・・ごめんなさい。

橘さんとは、お付き合い出来ません。」

僕は最終的に、

彼女の告白を断るのであった。


「私に女性としての魅力がありせんでしたか?」

彼女は今にも泣き出してしまうな表情を携えて、

僕に訴えかける。

「いや、いや、そんな事はありませんよ。

凛としてて、美人で、スタイルも抜群で、

橘さんは、とても魅力的ですよ。」

僕は彼女に対面した時の第一印象を、

素直な意見を吐露した。

「美人・・・凛と・・魅力的・・・。

うふふふ、うへへへ。」

先程まで、絶望と悲壮を一心に纏っていた橘さんであったが、

今は凄く喜んで・・・いや、違うな。

ちょっとだらしのない表情に変わっていた。

彼女の意外過ぎる素顔を見て、

僕は『パチッ』と静電気を受けたような、

軽いショックを受けていた。

「た、橘さん。」

「ごめんなさい。

私、はしゃぎ過ぎました。」

橘さんは、はしゃいでいたようです。

「で、で、で、でしたら、大野君。」

「はい」

「そんなに私の事を褒めて下さったのに・・・うへへへ・・・ゴホン。

な、何故、私と付き合って下さらないのですか?」

彼女は最後に、

真面目な顔で尋ねた、

「それは・・・その。」

僕は困った表情になり、

言葉をごにょごにょ濁し、

言い淀んだ。

(だってさ・・・だってさ。)

フラストレーションが溜まる僕の内面。

今すぐ、僕は橘さんに対して言いたい。

声に出して言いたい。

(告白が突然過ぎる!!

今までに、あなたと一度も会話をした事が無い!!

何故、僕を愛してしまった!!

橘さんが、今、何を考え、どんな気持ちで居て、

これから、どうした付き合い方をして行きたいのか・・・

ビジョンが見えない!!

僕の頭の中と、状況がカオス過ぎて、

僕は途方に暮れているのです!!)

と、心の中で橘さんにツッコミを、

連発していた。

吉本新喜劇の縁者さんになった気持ちで、

僕はツッコミを繰り出した。

心の中で。


「さて、橘さんの告白をどう断れば、

彼女を傷つける事無く、

納得して退いて貰えるであろうか?」

僕は深く考えてみる。

(何か良い理由はないか・・・何か。)

パッと天恵が降りて来た。

「小悪魔系・・・。」

と、僕は口ずさむ。


「こ、小悪魔系?」

僕の言葉に、

橘さんは困惑している。

「橘さん、僕はですね。

魅惑的で、蠱惑的な、

小悪魔なような女性が好きなのです。

だから、橘さんみたいな、

清楚で純情そうな女性は、

付き合う訳にはいかないのです!!」

僕は橘さんに告げる。

「こ、小悪魔系・・・大好き。

そんな・・・嘘よ。」

彼女は、顔を青くして、

体をフラフラとよろめかす。

「大野君が小悪魔系が好きなんて、

そんな情報・・・私・・。知らないです。」

橘さんは、震える声で呟いた。

(そりゃ、そうだよ。)

と、僕は思う。

親友である後藤にすら、

伝えていない事実なのである。

もし、橘さんが知っていたら、

僕は今晩、怖くて寝れなくなる所であった。


「では、大野君は私の事が嫌い・・・なのですね。」

「嫌いは極端ですよ。

ただね、タイプが違うだけで、

橘さんの事を・・・

ちょっと、た、橘さん。」

僕は言葉に詰まってしまった。

何故なら、僕が話している途中から、

彼女の瞳からポタポタと止(と)めどなく

涙がこぼれ始めていたからである。

「ご、ごめんなさい。

な、泣くつもりなんて・・・無かったのに、

なんで、私・・・。

ごめんなさい、ごめんなさい。」

彼女は袖で涙を拭う。

「橘さん・・・あの・・・。」

【小悪魔系が好き】と彼女に告げれば、

嫌悪し、軽蔑し、哄笑し、

「あなたは、そのような浅はかな人間でしたのね。

幻滅です。」

と、僕に冷ややかに告げてから、

彼女はサッと翻って屋上から立ち去るものだと、

考えていたのだが・・・思惑が大きく外れてしまった。


僕は橘さんのマジ泣き姿に、

慌てふためいていた。

二週間前に、三女の美憂に『小悪魔系が好き』という話を、

何気なく話した時は、

「アハハハハハ、さと兄、小悪魔系が好きなの!!

クククク・・・意味わかんない、面白過ぎ!!

笑い過ぎて、腹が捩(よじ)れる!!」

リビングのソファの上で、

揉んどり返って笑っていたのである。

(その後、笑っている妹に、

軽くドロップキックを喰らわした。)

妹が笑っていたのを頼りにして、

『小悪魔系が好き!!』とカミングアウトをしたのだが、

橘さんは大泣きしてしまったのある。

(何故、こうも結果が違うのだ。)

人間社会の不思議な現象に遭遇した。


橘さんは泣き続けている。

(この状況、どう納めたら良いのだろうか?)

家の妹達の場合だと、

適当に冷蔵庫にある果物(オススメは梨、スイカ、ブドウ)を、

一口サイズに切って(ココ重要)、与えさえすれば、

ある程度、彼女達は機嫌を取り戻してくれるのである。

その方法を橘さんにも使おうと思ったが、

(くっ・・・手元に果物が無い!)

と、昼食の時に、シャインマスカットを、

全て美味しく食べてしまった事が、

今では、とても悔やまれる。


(とりあえず、涙をどうにかした方が良いだろう。)

と、僕は判断して、お気に入りのブルーと水色のシマシマ模様の、

ハンカチーフをポケットから出そうとした。


「大野君は・・・。」

彼女が不意に声をかける。

僕はハンカチーフを取り出そうとしていた、

手をピタッと止める。

「こ、小悪魔系・・・女子が・・・良いんですね。

小悪魔系女子・・・・じゃないと・・・・ダメなんですね。」

「ダメとかじゃなくてですね・・。」

(困ったなぁ。)

【大野君の好きな女性=小悪魔系女子】

という方程式が、橘さんの頭の中で、

どうやら完成しつつあるようであった。

僕にとっては小悪魔系女子は、

あくまで好きなタイプの傾向であって、

付き合う上で絶対条件では無いのである。

(彼女の誤解を正しておこう。)

間違った認識のまま、

このまま、お別れするのは、

何だか後々、禍根を残すように思ったので、

僕は訂正を試みた。


「橘さん、確かに、僕は小悪魔」

「な・・・何も言わなくて・・・良いです、グスン。

お・・・大野君の特殊な性癖を・・・グスン、

知り得なかった・・・

私の・・・リサーチ不足なのですから。

本当に・・・ごめんなさい。」

小悪魔系女子が好き=特殊な性癖!!

グサッ。

彼女の何気ない一言に、

僕のメンタルは深い傷つけられた。

(小悪魔系女子が好きが、

特殊な性癖だと、そんなバカな!!)

と、僕は動揺しつつも、

今は彼女の認識の誤りを訂正する事に尽力した。

「あのですね、橘さん、小悪魔は」

「きょうは・・・わざわざ・・・来てもら・・・て、ごめんな・・・さい。わたし・・・わたし・・・かえります。」

「か、かえる!!」

(帰る。噓でしょ。

ちょっと待って、橘さん。

話を聞いて下さい。)

誤解を持たれたまま帰られるのは困ると、

僕は思った。


僕は三度の目の訂正を試みる。

「たちば」

「それでは、大野君、さ、さようなら。

・・・・ご、ごきげんよう!!」

そして、彼女は涙を流しながら、

脱兎のごとく走って去って行く。

(全く話を聞いてくれない。)

『馬耳東風』

意味:人の意見や批評を、

全く気にかけないで聞き流すこと。

彼女が走って行く様子を見て、

この四文字熟語が頭に浮かんだ。

『馬耳東風に敵なし』

と、彼女の後ろ姿を眺めながら、

新しい諺を創作するのであった


タタタタタ、

あっ!

ザッ・・・ドタ。

彼女は慌てて走った影響か、

何も無い所で転んでしまった。

「痛っ。」

「大丈夫ですか、橘さ・・・ん!!」

僕は慌てて駆け寄ったのが、

彼女から目線を逸らした。

なぜなら、転んだ拍子にスカートが捲れてしまい、

・・・その、なに・・・

紫色の・・・あれです・・・・

ラ、ランジェリーが見えてしまったのである。

「け、怪我はありませんか、橘さん?」

「だ、大丈夫、心配して頂き・・・はっ!」

バッ。

彼女はスカートの裾を直した。

「み、み、み、見ましたよね。」

橘さん、今日一の狼狽である。

「な、な、な、何も見てません。」

「し、下着が・・・見ましたよね。

紫色の・・・下着。」

「な、何のことですか、橘さん。」

僕、頑張ってとぼける。

「大野君は、み、見えたはずです。」

「橘さん、安心して下さい。

奇跡的にですね、僕からのアングルからは、

なにも・・・。」

彼女は泣き赤らんだ目で、

じっと見つめている。

その目は嘘を付かないで欲しいと、

訴えかけているように見えた。

一瞬、逡巡した後、

僕は覚悟を決めた。

「橘さん・・・大変申し訳ありませんでした。

あなたの紫色の魅惑的なセクシーなランジェリーが

目に焼きついてしまいました!!」

僕は素直に白状した。

「あぁぁぁあぁぁぁ。」

橘さんは、謎の悲鳴をあげた。

「お、大野君の、お、大野君の」

「・・・はい。」

「大野君の・・・エッチ!!!」

そう言い終わった彼女は、

再び立ち上がり、走り出し、

屋上から姿を消すのであった。

某、猫型ロボット漫画の、

某、美少女ヒロインの、

某、名台詞を

橘さんは叫ぶのであった。

(現実の世界であのセリフを、

聞ける日が来るとは・・・。)

何とも感慨深い気持ちになるのであった。

「橘さん、申し訳ない!

それから・・・ありがとうございました!」

と、心の中で感謝を述べた。


橘さんは立ち去った。

フッと周りを見渡してみると、

屋上には誰もいなくなっいた。

再び、僕は一人っきりになる。


夕暮れの太陽は刻々と沈み、

周りの景色は茜色に染まりつつあった。

逢魔の時間である。

(大野悟の豆知識:室町よりも前の時代は、

夕暮れと夜との境目の時間帯は、

悪魔に遭遇すると信じられていたそうである。)

カラスが二羽、バサバサと、

漆黒の翼を羽ばたかせながら

山手から街の方へと飛んで行った。


カァァ、カッ、カー

夕焼け小焼け

また明日


俳句を一句読んでしまった。

現実で色々な事が立て続けに起こり過ぎて、

抽象的な世界へと逃避に走ったようである。

俳句の出来は・・・おそらく、凡作であろう。

星二つ。(5段階中)

5・7・5を極めるには、

奥州への旅が必要のようであった。


(ダメだ、考えが一つにまとまらん。)

頭の中は、しっちゃかめっちゃかである。

(とりあえず・・・歩こう。)

と思い、フラフラと千鳥足になりながら、

屋上のフェンス際まで歩いた。


ひゅーひゅー

ピーヒュロロー

さーさーっ

僕のカオスな心理状態とは裏腹に、

山守高校の屋上は、

心地よい風が凪いていた。


第四章          


「心配だ。」

と、僕は心配していた。


橘さんから告白されてから、

丸一日が経過している。

現在、学校の朝のホームルームの時間であり、

「今、配りました、進路指導のプリントは、

来週までに提出して下さい。」

と、我がAクラスの担任の女の先生が、

連絡事項を喋っていた。

が。

「心配だ。

あぁ、心配だ。」

と、僕は別の事に想いを馳せており、

先生の話を無視していた。

何となくではあるが先生が、

僕の方を険しい表情で、

睨んでいるように見えたが、

正直、先生のご機嫌なんかよりも、

橘さんの事の方が大事なのであった。


彼女を大泣きさせてしまった事が、

ネックになって居るのであった。

心配のあまり、

昨日の晩御飯に餃子を調理したのだが、

焼き時間が長すぎて、

『焼き餃子』ならぬ、

『焼き過ぎ餃子』になってしまい、

「焦げすぎじゃい。」

と、三女(大野美憂)から正拳突きを、

みぞおちにクリティカルに喰らう羽目になった。

妹の攻撃を避ける事も出来なかったし、

餃子もまともに焼けなかった・・・。

その位、橘さんの事が気になって、

集中出来ていないのである。


「会って謝りたい。」

と、僕は考えた。

橘さんの告白を断った人間が、

どの面下げて、と思いはするが、

それを押し通してでも、

どうしても・・・

どうしても、彼女に一言、謝りたかった。

もし、彼女が僕と会った時、

「不愉快。」

「話したくも無い。」

「大野悟なんて、ろくでなし、

私は知りません。」

「あなたが嫌いです、視界にすら入れたくないです。

二度と私の前に現れないで下さい!!」

と、このような事を、おしゃるようなら、

「御免なさい。」と一言だけ謝って、

彼女の前から消えようと考えている。           

橘さんが会いたくないと言えば、

彼女の意思を尊重して会わない事が、

ベストなのであろうと思う。

人生、出会いも別れも、

一期一会。

『山椒魚』で有名な井伏鱒二も、

「さよならだけが人生だ。」

と、何かの小説で書いていたように思う。

『別れ』というイベントも、

人生にとって大事なパズルのピースだと、

僕は思うのである。

そんな事を漫然と考えながら、、

フッと担任の先生の方へと視線を戻すと、

先程よりも、更に眉間に皺を寄せて、

険しい表情でこちらを見ていた、

僕の聞く態度に、

ご不満があるようであったが、

「先生、申し訳ない。しかし、

あなたよりも橘さんの大事なのです。」

と、内面で言い訳を述べるのであった。

そして、朝のホームルームが終った。


それから、午前中の授業は、

何事の無くいつも通りに過ぎて行き、

お昼の弁当の時間になった。


後藤が僕の対面(トイメン)に席を移動して来た。

普段通り、一緒に弁当を食べるのであった。

僕の弁当箱は、もちろん曲げわっぱである。

(白米は、もちろん合鴨農法で作られた、

地元産のコシヒカリである!!)

しかし、今日は普段とは少し違って、

僕は雑談の合間に、

機会を見計らって後藤に話しかけた。

「そう言えば、後藤、すまんが、

今日、昼休みに先生に呼び出されたからさ、

昼休み、一緒に体育館に行けんわ。」

「へぇー、そうなん。

・・・悟、また何かやらかしたん?」

後藤はポテサラをモグモグとを咀嚼しながら、

楽しそうな表情を浮かべる。

「どうだろうな・・・何かやらかしたような、

何もやらかしていないような・・・。

先生の所に行けさえすれば、

何か分かるでしょう・・・うん、たぶん。」

「呼び出しの心当たり無いと、

まぁ、とりあえず、悟。

先生に存分に叱られに来い!」

と、後藤は僕にエールを送って来た。

「いやいや、まだ、叱られるかどうか、

分からないんだって、

『よくやった。』と褒められるか、

「バカヤロー」と怒られるか

まだ50:50 フィフティー・フィフティーだよ。」

「悟が何をしでかして、叱られてしまったのか、

後で報告よろしく!」

「叱れる事を前提に、

話を進めるなよ!?

まぁ、もう、いいや。

報告出来そうな事だったら、

報告するわ。」

対応が若干面倒になったので、

報告義務を約束してしまった。

「楽しみにしてるわ。」

「友達の不幸を楽しむな。」


その後、昼休みの時間になったので、

「じゃあ、行ってくる。」と、

僕は後藤に告げてから教室を出て行った。


実は・・・。

『お昼休みに、先生から呼び出しを受けた。』

と言う話は嘘である。

出鱈目であり、フェイク・ニュースであった。

大野悟は本当は先生に呼び出しなど、

受けていないのであった。

これは後藤を体よく追い払う謀略であり、

橘さんと会う為の作戦なのである。

お昼休みの時間が、

橘さんに会うのにベスト時間だと、

僕は判断したのである。

後藤には、あとで架空のエピソードを、

報告しようと思っている!!


僕は橘さんに会う為に、

廊下を歩いていたのだが、

ピタッ

と、歩きを停止した。

「待てよ、橘さんって・・・何組だっけ。」

彼女が所属しているクラスを知らない事に、

今さら気付くのであった。

「・・・橘さんの事を何も知らないのだなぁ。」

彼女に対して僅かに申し訳ない気持ちになるのであった。

廊下に突っ立っていても、

通行の邪魔になるだけなので、

とりあえず・・・再び歩き始めた。


(Aクラスに戻るか?)

今から引き返して、橘さんが居るクラスを、

誰かから聞いてみようかと考えたが、

「止めておこう。」

気軽に尋ねる事が出来る友達は居ないのである。

それに、僕と橘さんの関係について、

良くも悪くも噂が立つような事は、

出来る限り避けたいと思った。

『火のない所に煙は立たぬ』

Aクラスで尋ねれば、

訳分からん噂の炎がメラメラと、

燃え出してしまうかもしれない。

彼女にも迷惑はかかるし、

僕も迷惑である。

困った事に、21世紀の現代人は、

『三度の飯よりゴシップ好き。』

そんな人間が結構居るのである。


(しかし、どうしようか?)

僕は目的地が無くなってしまい、

校内をあてどなく歩いていた。

ゾンビーのように。

(仕方が無い、B組に向かおう。)    

Aクラスの隣のBクラスに、

目的地wを定めた。

Bクラスの人達とは、ほとんど面識の無いので、

噂などが立ち難いはずだと、

僕は判断した。


Bクラスの教室に入ってみると、

丁度、目の前に読書をしている一人の女生徒が居たので、

早速、彼女に尋ねる事にした。

「あの、すいません、

ちょっと良いですか。」

「・・・・」

彼女は読書に集中しているようである。

「あの、すいません。

お尋ねしたい事があるのですが。」

少し大きな声で尋ねると、

彼女は僕の存在に気付いたようで、

本から僅かに目線を上げた。

ギョッ

物静かで優しそうな彼女の表情は、

恐怖と驚きで歪んだ。

「わ、私に、何か、ご、御用ですか?」

読書少女は蛇に睨まれたハムスターのように、

哀れな程にオドオドとしてしまった。

「そんなに怖がらなくても・・・。」

と、大野悟は悲しい気持ちになった。

父親譲りのやや釣りがちな目付きが、

相手を怖がらせてしまったようである。

昔から、このような反応される事には、

慣れてはいたのだが・・・。

「やっぱり、傷つくなぁ。」

と、僕は思うのであった。

人間が人間から拒絶されるのである。

そりゃ~、傷つくよ。

とりあえず、彼女から聞く事を聞いたら、

さっさと退散しようと考えた。

「お尋ねしたいのですが、橘さんという方は、

このクラスに居るでしょうか?」

「た、橘さん、で、でしたら、

Bクラスではありません。

おそらく、し、Cクラスだと・・・お、思います。」

読書少女は、僕のご機嫌を伺いつつ答えた。

どうやら、橘さんはCクラスである。

メンタルを傷つきはしたが、

僕が欲していた最重要な情報を得る結果になった。

これが『等価交換』って奴なのだろうか?

と、読書少女を見つめながら思った。

「教えて頂き、

ありがとうございました。」

「いえ、あの・・・どういたしまして。」

と、読書少女はお辞儀をした。

その時、手が謝って触れたのか、

彼女が今まで読んでいた本が床に落ちてしまった。

「す、すいません、

ご、ご、御免なさい。」

僕は目の前に落ちた本を拾って返そうとした。

その時、本の著者とタイトルが目に入るのであった。


ドストエフスキー

『罪と罰』


読書少女は、お昼休みに、

結構ヘビーな本を読んでいたのであった。

「お金に困ったら、

この読書少女は、守銭奴ばあさんに、

手を掛けるかもしれないなぁ。」

と、『罪と罰』の内容を思い出しながら、

僕は彼女に本を返した。

「あ、ありがとうございます。」

「いえいえ、どういたしまして。」

僕はBクラスを立ち去ろうとした。

・・・。

「あの、教えてくれて、

ありがとうございました。」

僕はもう一度、彼女にお礼を言った。

何故だか分からないが、彼女に対して、

僅かな恐怖心が芽生えるのであった。

彼女が現在、読んでいる『罪と罰』が、

どうも僕にお礼を言わせているようだ。

小柄で物静かな読書少女は、

黙ってこちらを見ていた。

それから、ニッコリと笑って、

「どういたしまして。」

と、返事を述べた。

彼女の初めて見せた笑顔と、流暢な返事に、

僕の背筋はゾワッとさせられた。

彼女のこの爽(さわ)やかな笑顔は、

果たして、

善良的な笑顔だったのか、

はたまた、

何か良からぬ事を考えている

悪魔的なヤバい笑顔だったのか・・・。

僕はゴクリと唾を飲む。

彼女にペコリとお辞儀をしてから、

彼女の真意が気になりつつも、

Bクラスを去る事にした。

そして、僕は橘さんが居ると言う、

C組へと向かった。


一年C組のドアの前では、

ちょっとギャルっぽい女生徒が、

二人楽しそうに雑談をしていた。

ギャル同志の会話を遮る事は、

幾ばくかの不安と抵抗はありはしたが、

橘さんに会うという、大事なmission(ミッション)がある為、

退く訳には行かないのである。

心を鬼に・・・いや、阿修羅にして、

彼女達に話しかける事にした。

そして、先ほどの、

読書女子であり、

ドスト女子のように、

僕を怖がったりしないように、

と、祈り込めてつつ、

彼女達に話しかけた。

「あの、すいません。

お尋ねしたい事があるのですが、

橘さんは居るでしょうか?」

彼女達は談笑を止めて、

僕を品定めをするように、

じっと見つめていた。

「橘さんでしたら、

今日、休んでますよ。」

「や、休みですか⁉」

まさかの事態である。

「な、何で休んでいるのか、

分かりますか?」

「えっと、確か・・・

風邪を引いたとかだったと思いますけど。」

「そ、そうですか。」

(風邪で休んでるって、絶対、嘘だろう!!)

今日の休みは、昨日の告白と拒絶が、

大きく絡んでいるであろうと推測できた。

(橘さんに会えない・・・。

どうしよう。)

僕は視線を下に向けて考えあぐねた。

「だ・・・大丈夫ですか?」

右側に居た女生徒が、

心配そうな声を話かけて来た。(優しいギャルである。)

「すいません、大丈夫です。

ちょっとビックリしたもので・・・。

えぇ~と、教えて頂き、ありがとうございました。

し、失礼します。」

僕は彼女達に礼を言ってから、

トボトボと来た道を帰るのであった。


大野悟が段々と遠ざかるに連れて、

Cクラスの女生徒(ちょいギャル)2人は、

再び、雑談を始めた。

「あの釣り目君はさ・・・。」

左側に居る女生徒は、

両手をこめかみに持って来て、目の端を上げた。

釣り目のポーズをとる。

「橘さんに、何の用だったのかな?」

「さぁ~・・・何だろうね?

違うクラスの人だったし・・・。

もしかして、また、橘さんに告白しに来た、

メンズなんじゃない?」

「ハハハ、何それ、ウケる。

告白は無い、無い、絶対無いでしょう。

あの見た目だよ。あり得ないでしょう。

私だったら、即、断るって。

容姿は怖いし、

友達居なさそうだし、

性格が根暗そうだし、

付き合える要素、全くのゼロじゃん。

無理ムリむり、ハハハハハ。」

「確かに、私もちょっと無理かな。

顔も性格も全然タイプじゃないし。

橘さんも、あんなのに告白されたら、

只々、迷惑でしょう。」

「告白、断ったりしたら、

ストカーになるタイプでしょう、彼。」

「クククク、超分かる~~、

そして、超迷惑な奴じゃん。」

「それに、愛梨、一つ気なった事があるけど。」

「何々、何かあった。」

「寝ぐせが凄かった!

何で直さないのか気になっちゃう位の、

寝ぐせが付いていた!!」

「あっ、それ、私も気になった!

こんな感じで、ピョーンと跳ねてた。」

右側に居たギャルな女生徒は、

自身の髪の毛を利用して再現して見せた。

「それそれ、そんな感じ。

マジウケるんですけど!!

あれは、何?

ちょっとイケてるファッションだと、

思ってたのかな?」

「そんなのウチに聞かないでよ、

本人に聞きなよ。」

・・・。

プッ。

「ハハハハハ!!」

「ククククク!」

Cクラスのギャルな女生徒達は、

大野悟の強かな寝ぐせに

腹が捩れる位に大笑いするのであった。


そんな会話が、遠く離れた所でで行われている事に、

大野悟は露ほども知らないのであった。

知らぬが仏。

知るが煩悩(ぼんのう)。

世の中知らない事が、

幸福である事が、時々あるのであった。

                                     

トボトボ廊下を歩いていた。

「橘さんが休んいる。」

右へ行ったり、左へ行ったりと、

僕は不安定な足取りで歩き続けていた。

今日、橘さんが学校に来なかったのは、

間違いなく僕のせいであろう。

「僕は罪深い人間だ。

僕は罪深い人間だ。

僕は罪深い人間だ。」

頭の中で念仏のように唱えていた。

もし、明日、彼女が学校に来ないようであれば・・・・・

僕は一体どうしたら良いのか?

場合によっては、『彼女の家に行く』という、

選択肢も考慮しておく必要がありそうだなと考える。

「恋愛とは、なんとヤバい代物なんだ。

『テングタケ』(毒キノコ)よりも、

質(たち)が悪く無いか。」

恋愛事象に関わると碌(ろく)な事にならんなと、

心の底から思のである。

「橘さん、今、どうしているのだろう?」

僕は彼女の事が心配で心配で、

堪らない気持ちになっていた。

僕の心は富士山の樹海のように、

木が生い茂り、霧が立ち込め、

靄が掛かり、遭難状態に陥っていた。

僕の青春のコンパスが狂いだす。


その日、僕は橘さんに会う事は、

叶わなかった。


第5章


「昨日と同じで、お昼休みになったら、

橘さんに会いに行こう!」

彼女が学校を休んだ、次の日。

僕は再び彼女に会う計画を立てていた。


今朝の一、二時間目の授業は、

彼女に会った時に、どんな会話をしたら良いのか、

色々な会話のシミュレーションを構築して過ごしていた。

そう、すなわち・・・。

授業中、先生の話を一切聞いていないのであった。

「授業なんて聞いている、

精神状態じゃないんだよ、こんちくしょう!!」

『学校の授業 < 橘さん』

今の僕にメンタリティーは、

この不等式で正解なのである。

1時間前から、橘さんに会った時の、

会話のシミュレーションについて、

あらゆるバターンを想定して考えているのだが、

彼女に関する情報が少なすぎるのと、

彼女が、なぜ僕を好きになったのか、

不明点が多すぎる為、

想像上の会話キャッチボールが、

途中から続かなくなっていた。

「難しい問題だ。」

僕は灰色の脳細胞をフル活用していたが、

苦戦を強いられていた。   

「女性との会話・・・それはミレニアム問題だ。」

100万ドルの懸賞金が掛けられている、

数学の未解決問題と同じ位に、

橘さんが分からないと僕は思うのであった。

授業は刻々と進み、

先生はホワイトボードに授業内容を書き続けていた。

僕のノートは白紙のままである。




「一年A組、大野悟君、至急職員室に来てください。

一年A組・・・。」

三時間目の授業が始まる前に、

僕は校内放送で呼び出された。


ドキッ。

と、僕は悪い予感がした。

「橘さんと何か関係がある、

呼び出しなのだろうか?」

僕は不安になった。

「橘さんに何かあったのだろうか?」

例えば・・・昨日の告白を断られた事による、

家出。

失踪。

ヒステリー。

あるいは・・・

自殺。

いやいや、まさか

それは、流石に無いでしょう・・・。

そんな事、さすがにある訳・・・無いよな。

ありえない、あり得ない

絶対あり得ない・・。

僕は自分に言い聞かすのであった・


放送が終わった後、

後藤が近づいてきた。

「悟、また、何かやらかしたのか。

本当に呼び出しの常習犯だなぁ。」

後藤は笑顔で話しかけて来た。

「いや、何だろう・・・」

「今回は心当たりは、無いのか?」

「ある・・・いや、無いかな。」

「どっちなんだよ。」

「すまん、とりあえず、行ってくるわ。」

「お、おう。」

僕は急いで話を切り上げて、

職員室に向かった。

教室を出る間際、

後藤は心配そうな顔で、

こちらを見ている事に気付いた。

会話の調から、いつもの僕では無いと勘付いたようである。

「さすが、親友だな」と、

少しだけ彼の事を見直すのであった。


そんな親友である後藤に対して、                       

僕は右手を上げて、「心配は無い」という、

素振りを彼に見せてから、教室を後にした。


廊下を急ぎ足で歩いて、

職員室に向かう。

心臓がドキドキ、バクバクと、

嫌な高鳴り方をしていた。

「息苦しい。」

呼吸がやや過呼吸になっており、

冷や汗が首筋を流れた。

「気持ち悪い。」

心音が鼓膜に響いて、うるさい。

焦る気持ちを抑えようと、

「焦るな、落ち着け、冷静になれ。」

と、自分に言い聞かせたが、

全く効果は無く、

悪循環がグルグルと廻り続けた。

重い足取りで廊下を急いで歩いた。


職員室に辿(たど)り着いた。

「この扉を開けたくない。」

僕は正直、思うのであった。

しかし、「嫌だ嫌だ。」と駄々を捏ねた所で、

問題は何一つ解決してくれないのであった。

現実という奴は、時に・・・いや、常に冷酷である。

だからこそ、空想の世界である、

マンガや、アニメや、小説等が昔から、

現代社会で愛され、好まれ、流行し続けているのであろう。

無慈悲な現実への、人類社会の

抵抗であり、反作用なのだと思っている。

「魔法が使えれば。」

「ランプの魔人がいたら。」

「猫型ロボットが未来から来たら。」

と、ついつい、願ってしまうのである。


しかし、悲しいかな、

空想にばかり浸っていても、

問題は何一つ解決しないのであった。

只々、財政の累積赤字のように、

借金が年々増え続けるだけなのである。

「男はつらいよ、

現実はつらいよ。」

愚痴ばっかり言っても、

状況は好転しないのである。

never changes

人生とは、ゲーム難易度で例えると、

『ハード・モード』なのある。

「逃げちゃダメだ。

逃げちゃダメだ。

逃げちゃダメだ。

・・・よし、行くぞ。」

と、僕は某ロボットアニメの、

主人公のように、自身を鼓舞して、

職員室の扉をガラッと開けるのであった。


「失礼します。大野ですが・・・」

僕は職員室を見渡した。

やや右寄りの真ん中あたり机に、

一年A組の担任の女性の先生(名前は忘れた)が、

椅子に座っていた。

彼女は僕の声に気付くと、

此方を方を振り向いて、

「こっち来て。」と手招きをした。

(不幸の招き猫だ。)

と、僕は彼女のそんな姿を、

見て思ってしまった。

彼女の近くまで行くと、                          

「大野君、付いてきて下さい。」

と、彼女は真剣な表情で言った。

(やはり、何か良からぬ事が・・・。)

僕はストレスで胃をヒリリとさせながら、

先生に伴(ともな)われて、職員室の奥の方にある、

応接室らしき場所に連れていかれた。


そして、先生は(確か、田中先生だったような気がする)、

応接室のドアをノックし、

ガチャっとドアを開けた。

「し、失礼します、

大野君を連れてきました。」

先生は(そうだ、そうだ、田中先生だ。)、

僕に部屋に入るように促した。

僕は田中先生の指示に従う。


応接室には低いテーブルとソファがあり、

典型的な応接間という感じの、

簡素な作りの部屋であった。

ソファには二人の女性が座っていた。

彼女達が、おそらく僕に用事が・・・。

「右側から何か圧力を感じるなぁ。」

フッと右側に目線を向けると、

鹿

鹿が居た。

大きな角を生やした牡鹿のはく製が、

応接室の隅に置かれていた。

「何でこんな所に、はく製!!

それにしても、

超デカい!

超威圧感!!」

デン!!と、四歩足で堂々と立っている鹿を、

しばらくの間、僕は我を忘れて見入ってしまった。

「ミスマッチだ。」

コンクリート打ち放しの、

現代的な簡素な部屋に、

この鹿のはく製は合わないと思った。

「ウッドハウスとか、

ログハウスに飾るべきだろ、勿体ない!」

と、僕は批評を下した。

それにしても、何でこんな所に鹿のはく製を、

飾る事になったのだろうか?

この場所に辿り着くまでの経緯が、

とても気になってしまうのであった。

「君は何処から来たんだい?」

と、黒々とした全ての物を飲み込む、

ブラックホールのような鹿の瞳に、

僕は心の中で問いかけた。


「お・・・大野君、大野君。」

隣りに居た田中先生は、

僕の左袖をぐっぐと引っ張る。

彼女の顔色が、青白くなっていた。

「いかん、鹿に囚われ過ぎた。」

先生からの注意を受けて、僕は鹿のはく製から、

視線を引きはがした。

そして、応接室のソファに座っている2人女性に、

意識を集中するのであった。


ソファの右側に居る女性は(大野から見て)、

和服姿の女性であった。

年齢はおそらく、30才ぐらいだと思われる。

ツヤツヤの黒髪ロングで、切れ長の瞳を持った、

年上の女性であった。

とても魅力に富んだ大和撫子である。

(大和撫子:日本女性の清らかさ、美しさを讃えていう言葉)

洋服主流の現代社会で、和服を着るという行為は、

伝統的であり、アバンギャルド(先進的)だと、

僕は好印象を抱いた。

座る姿勢も凛として美しく、

着物の着付け方も正しそうである。

『品行方正』とは彼女の事を言うのであろう。

「彼女が、僕のお姉ちゃんだったら・・・。」

どんなに誇らしいだろうかと考えるのであった。


その和服美人の隣にいる、もう一人の女性は、

ウチの高校の制服を着ていた。

僕と同じで山守高校学校の生徒のようである。

「何だ、この子?」

と、僕は訝(いぶか)しむ。

何故だかは知らないが僕の方を、

チラチラと挙動不審な目で見ていた。

彼女が何故そのような態度で、

僕を見るのか謎であった。

そして、「彼女は一体誰だろう?」と、

同じ学校の生徒なのだが、

彼女に全く見覚えが無いのであった。


彼女の外見は、

明るく溌溂(はつらつ)とした、

華やかな印象の女性であった。

髪の毛は茶髪であり、

顔には軽くファンデーションが施(ほどこ)されていた。

瞼(まぶた)にはアイラインが引かれていて、

パッチリ、くっきりしていた。

淡いピンクの口紅が唇に塗られて、

潤いを持ったチャーミングな唇になっていた。

茶髪の毛先を僅(わず)かにカールさせて、

全体的にゆるふわな髪型にしており、

右側の片方だけ髪を纏(まと)めて、

お団子ヘアーを作っていた。

そこに綺麗な簪(かんざし)が飾られていた。

キラッ。と、

蛍光灯の光を受けて、

簪が虹色のように鮮やかに輝く。

「簪・・・あれ?

どこかで見たような。」

なんとなく見覚えがあった。

「何処で見たのだろうか?」と、

僕は古い記憶を呼び出そうと熟考しようと試みる。


「お、大野君、おはよう・・・ございます。」

と、簪の茶髪女子が挨拶をしてきた

「え!!」

と、われ驚くゆえに、我あり。

(僕の名前を知っている、何故だ!!)

改めて、彼女をまじまじと見た。

・・・・。

全く見覚え無い。

しかし、彼女の声には、

多少、覚えがあるような気がした。

しかし、やはり彼女が誰なのか、

一ミリも思い浮かばないのである。


「彼女と面識があるような気もするし、

無いような気もする・・・。

海外で一度あって意気投合した、

東京生まれの同い年の女の子が居たけど、

あの子だろうか?」と、

僕はカナダの北部のツンドラ地帯で出会った、

12歳の少女の事を思い出す、

3年前に、一か月の間、

生物考古学者の父親のフィールドワークに、

肉体労働力として、半ば強制的に付き合わされた時に、

出合った、心優しかった「めぐちゃん」であろうか?、

「しかし、あの簪(かんざし)だけは、

どこかで絶対に見た事があるんだよなぁ。」

と、僕は首をひねる。

不思議だ。

いつ。

どこで。

どんな状況で、

あの簪に出合ったのだろうか?

美術館の展示されていた簪では無いし、

(まぁ、だとしたら、目の前に居る茶髪女子は、

美術品の窃盗犯(せっとうはん)になってしまうのだが。)

どこか日常生活で目にした事になるのだが・・・。

令和の時代に簪を見る機会なんて滅多に無いのである。

江戸、明治、大正、昭和時代の日本にタイムスリップをするか、

あるいは、京都で舞妓さんに遭遇、

または、宴会、お座敷遊びをするしか、

簪(かんざし)を目に出来ないのである。

「大野悟、簪を何処で目にした。」

自問自答をする。

・・・。

「見た、簪を見た!!

でも、待てよ、そうだとしたら・・・

このお方は。」

僕はある一つの劇的な情景が頭に浮かんだ。

目の前の茶髪女子が、彼女とでも言うのか。

いやいや、そんな訳が無い。

外見が全然違うだろ!!

纏っている雰囲気も全く違うじゃないか。

しかし、見覚えのある簪は、

僕の拒絶を嘲笑うかのように蛍光灯の光を受けて

キラキラと煌(きら)めく。

僕は信じられなかった。だが、

「簪」

「彼女の声」

「彼女の恥じらいの目線」

これらの事を繋ぎ合わせると、

必然的に一つの答えが導き出されてしまうのであった。

「憎い。」

僕は科学を愛するサイエンス・ボーイだと、

自認しているのだが、今だけ・・・今だけは、

科学の論理思考という奴が憎くて仕方が無い気分になっていた。

「論理のバッカヤロー~~!!」

僕は心の中で叫ぶ。


「あ、あの~。」               

茶髪女子に話しかける。

「間違っていたら、申し訳ないのですが・・・

あなたは、もしかすると・・・

橘さん・・・ではないでしょうか?」

うん。

目の前の茶髪女子、改め、

橘さんは恥ずかしそうに、

そして、可愛く頷くのであった。

大野悟は、見事、正解を果たした。

そんな、あなたに推理ポイントを、

10ポイント進呈します。

・・・いらんわ!!

「た、橘さん・・・お、おはようございます。」

「おはようございます・・・お、大野君。」

僕たちは、ぎこちない朝の挨拶を交わした。

学校での朝の挨拶は、健全な学園生活を送る上で、

大事なコミュニケーションの一つであり、

お互いを、より深く理解する上で大事な、

あああああああ!!!!!!

何ってこった!!!!

「朝の挨拶なんて、

この際、どうだって良いわ!!!!」

僕は混乱の巨大渦(メールシュトローム)に、

飲み込まれていた。

「別人、もうこれは別人だよ。」

橘さんの外見が2日前に会った時と、

全然違うでは無いか!!

簪と声と耳と背丈だだけだよ。

簪だけしか、同じ所が無いよ。

劇的なビフォーアフターではないか!!

あら不思議、彼女は可愛らしい茶髪の女性に大変身を果たすのであった。

その姿は、ゆるふわ系の女性のようであった。

・・・いや、待て、これは。

まさか!

小悪魔系女子!?


「その・・・橘さん、とてもお変わりになられましたね。

前と比べて、その・・・可愛らしくなっていると思います・・・。

こあく・・・じゃなくて、その、とても似合っていますよ。」

「小悪魔系女子に、イメチェンしたのですか?」と。

僕は危(あや)うく聞きそうになったが、直前で話題を変えた。

本当は聞いていみたかった・・・ちょっと無理であった。

聞いた後、絶対、気まずくなるし、

それに、その時、僕はどんな顔をすれば良いというのだ。


「大野君に、気に入って貰えたようで、その・・・良かったです。

この、こあく・・・イ、イメチェンをした甲斐(かい)がありました。」

彼女は頬を赤く染めながら、はにかんだ笑顔で言った。

「橘さん、今、『小悪魔系』って言いかけたなぁ。」と僕は思った。

                                     

小悪魔系女子とは本来、

男性に対して甘い言葉で誘惑したり、

男性が好きそうなファッションをコーディネートする事で、

男性の視線を虜(とりこ)にしてしまう。

あるいは、男心をくすぶるような仕草や挙動を行う事で、

相手の心を完全掌握、手玉に取ろうとするような女性の事である、

僕たちは、そのような女性を畏怖と敬意を込めて、

『小悪魔系女子』と呼ぶのある。

しかし、橘さんは外見だけは小悪魔系のそれであったが、

彼女の内面は小悪魔とは真逆の、

純情で無垢で健気な乙女のような女性のようであった。

外見は小悪魔、内面は純情乙女。


「なるほど、これはつまり・・・

これが『ギャップ萌え』という奴か!!」と、

僕は悟(さと)るのであった。

マンガやアニメやドラマで、『ギャップ萌え』なる現象が、

しばしば登場したりしていたが、それに愛着や萌える事も無く、、

僕は、いまいちピンと来なかったのであった。

しかし、今回、橘さんの挙動と発言を眺めていて、

『ギャップ萌え』とは何たるかの真理の一端を、垣間見えたよう思えた。


ギャップ萌え

   心、花(はな)やぐ、

        萌えがある


僕の心を和(なご)ませてくれた橘さんに、感謝に一句を読む。



「ゴホン・・・ゴッホン。」

橘さんの隣にいる和服の女性は、咳払いをした。

僕は、橘さんのビフォーアフターに心を奪われていたので、、

隣りにいる女性の存在を完全に失念(しつねん)していた。

(そして、左隣りに居るはずの、担任の田中先生の事を忘れていた。)


僕は、彼女の咳払いで、少し冷静になり、我に返るのであった、       54

物陰から獲物を見つめるチーターの如く、

じっと静かに僕の事を見つめている和服美人の方を、

改めて見る(or 観察する)事にした。

正直、もう少し橘さんと会話をして、

小悪魔系ファッションに関する詳しい事情を聞きたかったのだが、

狂暴な眼(まなこ)で見つめる和服美人を、

無視する訳にはいかないようであった。


「あなたが、大野悟君ですね。

どうぞ、こちらのソファにお座りください。」

彼女は、掌(てのひら)をソファに向けて座るように誘った。

「それでは、失礼します。」

僕は、真面目に返事を返した。(こんなに真面目になったのは、何年ぶりだろうか。)

そして、和服美人の誘われるままにソファに座わった。


先ほどまで僕の左隣りで、終始(しゅうし)ソワソワしていたAクラスの担任の田中先生も、僕がソファに座ると、その隣に座ろうとしてソファに移動するのであった。


「佐藤先生、申し訳ありませんが。」

突然、和服美人は佐藤先生に言った。(佐藤先生?)

「どうかお引き取り願ってもよろしいでしょうか。」

和服美人の口調は丁寧ではあったが、目と表情は苛烈(かれつ)であった。

彼女は、佐藤先生の同席を強く拒絶していた。

そして、僕はこの時、ある事に気付くのであった。

我がAクラスの担任の先生の名前は、佐藤先生である事を!!

「マジか・・・ずっと田中先生だと思っていた。」

僕は、心の中で彼女に深く謝罪をした。

I am so sorry


「私は、大野君の担任先生ですので、

その、一緒の方が居た方がよろしいかと・・・思いましたのですが・・・。」

「申し訳ありませんが、佐藤先生。

今回の事は、私と栞と大野さんの三人でお話をしたいので、

どうかお引き取りをお願いします。」

和服美人は、丁寧で、柔らかで、優しい口調で言った。

が、目だけは違っていた。                          55

鋭い鷹(たか)の目であった。

野ネズミ、野兎(のうさぎ)を狙っている時のような、

あの猛禽類の目であった。

もしかしたら、目の前に居る和服美人は、

佐藤先生の事を「ハツカネズミ」か「白うさぎ」のような捕食動物だと、

認識しているのではないかと、僕は本気で疑っている。


「ヒッ。」

左隣から聞こえるか聞こえないか位の、

佐藤先生のか細(ぼそ)い悲鳴が聞こえるのであった。

(確かに、あの目は怖い、分かる。)と、

僕は、先生に同情を禁じ得なかった。

死の恐怖すら感じる鋭い目であった。

佐藤先生は大丈夫だろうかと、気になった僕は、

チラッと横目で盗み見た。

案の定と言えばいいのか・・・

横顔からでも明確に分かるぐらいに、佐藤先生は青ざめた表情になっていた。

「23、4の新人の若い先生には、あの目に平常心を保てという方が、、

ちょっと無理かぁ。」と、

僕は思うのであった。


僕は威圧的だったり、ドスの効いた、他人の目には慣れていた。

目が鋭く、やや不良の見た目のせいであろうか。

小中学校時代から、年上の先輩達や、道路を行きかう高校生男子、

キャンパルライフというモラトリアム(猶予期間)を、

エンジョイしている大学生の男子などから、

メンチを切られる(にらまれる)事が、昔から多々あった。

なので、和服美人の鷹のような威圧的な目を見ても耐性があるので、

僕は、あまり動揺しないですんでいるのであった。

睨みに対する、免疫のような物が付いてしまったのである。

ウイルスに対する、抗体のような物であろうか。

日常生活を送っていたら、自然に抗体が出来上がってしまったという・・・・。

例えるが悪いが、まぁ、そういう事である。


「佐藤先生、申し訳ありませんが。」

「そ・・・そうですね。」                            56

佐藤先生は、青ざめた表情をしながら僕の方を見た。

彼女の目元を見てみると涙が溜まっており、うる目の状態になっていた。

「蛇に睨まれた蛙」というのは、こういう時に使う諺(ことわざ)なのかと、

僕は彼女を見て、一つ勉強になったなと思った。

そして、彼女の様子を見ていて、

いつ失神しても可笑しくないなぁとも思った。

「AED装置(緊急救命装置)が、職員室を入って右側の方にあったな。」と、

すぐに取りに行けるように思い出すのであった。


「お、大野君。」

佐藤先生は目をウルウルさせながら、僕に話しかけた。

「はい・・・どうかしましたか?」

「先生が居なくても・・・その、だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫です、大丈夫ですから先生・・・。」

(他人の心配よりも、自分の心配をして下さい!)

僕は思うのであった。

しかし、思うだけで言わなかった。、

すぐ間近に、蛇さん(和服美人)と、小悪魔系橘さんが居るので言いずらい状況なのである。

「そうですか・・・本当、大丈夫なのね。」

佐藤先生は、いまだ心残りがあるかのように、

僕の右肩を軽く触れながら、心配そうな表情で僕を見つめていた。

(なんと優しい先生なんだ。)

僕は彼女の優しさに、心がジンとするのであった。

先生に、こうまで心配された事が一度たりとも無かったので、

僕は泣きそうな気持ちになっていた。

だが、泣かない。

ここで泣いてしまうと、佐藤先生も釣られて泣いてしまいかもしれないのである。

生徒と先生が、突然、泣き出すという訳の分からない状況だけは、

回避したかったのである。


「それでは、私は退室しますね。」

佐藤先生は、僕の肩に置いていた手を離した。

そして、彼女は心配そうな表情で僕を見つめた。

それは、あたかも、県外の大学に進学する為に、

新天地へ赴く息子を、不安な表情で見送る母親のようなであった。        57

「行ってらっしゃい大野君、気を付けてね。」

「行って来ます、佐藤先生。

この先、どんな困難な事が起きようとも、乗り越えてみせます。

安心して待ってて下さい。」

実際には、このような会話は無かったが、

心と心で、僕と佐藤先生は会話をするのであった。



しばらく時間が経過した後、

「それでは、私は退室しますね。」と、

佐藤先生は言い、ソファから立ち上がり、応接室のドアまで歩いて行った。

ドアの近くまで行くと、彼女はクルっと振り返った。

そして、右手の拳をキュっ(可愛く)と握って、

「頑張れ。」と、僕に向かってエールを送るのであった。

彼女のいた場所は、和服美人や、橘さんには見えない死角だったので、

そのような行動が可能だった。

「ありがとう、ありがとう佐藤先生。」

僕は感謝の念を抱いた。

佐藤先生のお陰で、これから起きるであろう厄介な問題の数々に、

立ち向かえそうであった。

「ありがとう、ありがとう佐藤先生。

それから、あなたの事を、ずっと田中先生だと思っていたこと、

本当に申し訳ありませんでした!!」

僕は応接室から去る彼女の姿を見つめながら、

心の中で彼女に土下座をするのであった。


「失礼しました。」と、

佐藤先生は言ってから、そっと退出するのであった。

ガチャンと扉は閉まった。


ドアの閉まる音が鳴り終わってから、

和服美人は話し始めた。

「先ずは自己紹介を始めましょうか。

私は橘栞の母の、橘香帆と申します。よろしくお願いします、大野さん。」

「そうですか・・・お母様でしたか。」


若っ!?                                   58

僕は思った。

小悪魔系女子の茶髪の橘さんが、

昨日、告白して来た、黒髪ロングの橘さんだと判明した時から、

何となく和服美人も橘さんの親戚筋だと予想はしていたが・・・・。

まさか、母親だったとは!?

僕は、橘さんの年の離れた姉か、あるいは叔母だと思っていた。

彼女が母だとしたら、おそらく40、50代のはずであるが・・・

30代前半ぐらいに見えないのであった。

「これが、巷で聞く『美魔女』という奴なのだろうか。」と僕は思った。

彼女の美の秘訣は何であろうか?

漢方医学、錬丹術、日本舞踊、華道茶道。

色々と可能性がありそうであった。

橘さんの母さんは、中々興味が尽きない人物でありそうであった。

でも、ちょっと物々しく雰囲気があるので、

僕は、母よりも娘さんの方が親しみやすいなと思った。



「お母様でしたか。

てっきり、橘さんの叔母か、年の離れたお姉さんかと思いました。

とてもお若く見えましたので。」

「フフッ、ありがとうごさいます。

でも、そういうお世辞はいりませんよ、大野さん」

(いや、お世辞ゼロだったんだけど・・・まぁいいや。)

「あの、大野悟です。よろしくお願いします。」

「よろしく、大野さん。」

「それで、僕にご用と言うのは・・・。」

僕は、早速、本題に入る事にした。

「おそらく、橘さんの小悪魔系ファッションについてだろうなぁ」と分かっていたが、

礼儀作法として尋ねるのであった。


「そうですね。今回、大野さんをお呼びしましたのは、

栞のこの姿について、お尋ねしたい事がいくつかあるからです。」

僕の予想は、見事に当たっていた。

大野選手に、10ポイント!!

嬉しくない正解である。                          59

「栞の何と言えば良いのか・・・

このギャルっぽい・・・ファッションと化粧は・・・。」

大野悟の心の声:(お母様、それは小悪魔系ファッションです。)

「あなたが、そのようなファッションが好きだから、

娘にそのような姿になって欲しいとお願いしたという事でいいのでしょうか?」

橘のお母様は、僕が橘さんを唆(そそのか)して、

姑息な手、あるいは、卑怯な手を使って、

あのように娘をイメチェンさせたと思っているようであった。

事実がどうであれ、僕と橘さんを客観的に見比べた場合、

このような結論になってしまうのは、

至極当然(しごくとうぜん)なのだろうなと思うのであった。(悲しい事に)


「お母さん!!」

母の隣りにいる、橘さん(娘)が大きな声を発した。

「先ほども、お話しましたが、これは私の意志でしたの事なので、

大野君は・・・。」

僕の方をチラッと見た。

橘さんは、頬をサッと赤く染めてから、すばやく目線を母親の方へ戻した。

「関係無いと・・・その、ちょっとしか関係無い・・・と思います。」

ちょっと関係あった。

いや、ちょっと所ではないであろう・・・僕が元凶(げんきょう)だろうな。

「あなたには聞いていません、栞!」

橘母は、娘を叱責(しっせき)して諫(いさ)めた。

「私は大野さんに聞いているのです。あなたではありません。

少しの間、栞、あなたは黙っていて下さい!」

橘母は娘の話を、容赦なく一刀両断した。

おっかないなと僕は思った。

「大野さん、再度、お伺いしますが、

あなたが娘を、そそのかしたのでしょうか?」

「ちょっと、お母さん!!」

「栞、少し静かにしていなさい!」

橘母子のよる親子喧嘩が始まってしまった。

(止めるべきか、冗談を言って場を和ませるべきか、

それとも、このまま見守るべきか?)

僕は迷いに迷いに迷っていた。

                                       60

「そう・・・ですね。」

僕は恐る恐る(おそるおそる)話し始めた。

「橘さん・・・栞さんが、

このようなファッションをするようになったキッカケは・・・

おそらく、その、僕で間違いないと思います。」

橘母は、「ほら見なさい」という顔で、娘を一瞥してから、

再び僕の方を見返した。

「ちなみに、どんなキッカケなのかしら?」

「そうですね、栞さんに、二日前に告白されたのですが、

そこで」

「ちょっ、ちょっと、待ってください。」

橘母は、僕の話を遮(さえぎ)った。

そして、娘の方に顔をむけた。

「栞、あなたから大野さんに、告白したのですか?

大野さんからでは無く。」

「そ、そうです、お母さん。

私の方が・・・その、好きに・・・なりまして。」

「そう・・・ですのね。

栞の方が告白を・・・意外だわ。」

僕は彼女の発言に、ついつい頷いてしまった。

「そうだったのね。

それで栞と大野さんは二日前から、

お付き合いを始めたという訳ですね。」と、

橘母は、納得した表情でそう言った。

僕は、違う。と思ったが、彼女はお構いなく喋り続ける。

「そして、付き合い始めた大野さんは、手始めに栞に対して、

このようなギャルなファッションをして欲しいとお願いしたという事ですね。

成程、成程、そういう事でしたか。」

橘母は誤った推測し、誤った結論に辿り着いた。

間違いを訂正すべきであろうか?

もしかしたら、訂正しない方が、橘母、橘さん、僕の三者にとって、

幸せな事ではないかと考えるのであった。

しかし、橘母が、ひょんな事から真相を知ってしまったら・・・

この世の終わりを告げるラッパが、鳴り響く事になりはしないか。

ゴッド・マザー・橘による、『怒りのラグナロク(天災)』。

どうやら、事実を訂正した方が良さそうである。                 61

僕と橘さんの学園生活の為にも、人類の為にも、

そして、我が愛すべき星、地球の為にも。


「橘さんのお母様、すいません。」

「どうかしましたか、大野さん。」

「僕と橘さんは、その・・・お付き合いをしていません・・・はい。」

「えっ!!

ちょ、ちょっと待って下さい。

それは、おかしいです。」

橘母は、あからさまに狼狽していた。

そんなに、おかしな事であろうか?

「何故、あなた達は、付き合っていないのですか?」

「何故と、言われましても・・・。

その・・・。」

橘さんが近くに居るので言いずらいと思ったが、

「訳あって、彼女の告白を断らせてもらいました。」

「大野さん、あなたウチの娘の告白を・・・断ったのですか?」

「そうですね。そういう事になります。はい。」

「噓、でしょ・・・なんで!!」

橘母は、「あり得ない。」という顔をしていた。

心底驚いているご様子であった。


「栞、ちょっと良いかしら。」

「な、何でしょうか、お母さん。」

「それならば、何故、あなたは、そのようなファッションを、

突然するようになったのですか?

失恋のショックからですか?

それとも、他に理由がありまして?」

橘母は、困惑しきった表情で娘に向かって尋ねるのであった。

「そ、それは・・・。」

橘さんは俯(うつむ)いて、言いたく無さそうな表情をしていた。


「ちょっと、良いですか。」と、

僕は彼女達の話に介入した。

橘さんの様子を見ていたら、居たたまれなくなったのである。

「どうかしましたか、大野さん?」                       62

橘母は、僕の横槍を多少迷惑そうにしていた。

しかし、それらを無視して、僕は話し始めた・

「僕は、彼女に告白された時に、

『もし、あなたが小悪魔系女子みたいなタイプの子だったら、

僕はあなたと付き合いしていたかもしれません。』と言って、

彼女の告白をお断りしました。

なので、今回、栞さんが、このようなファッションになったのは、

僕が、そのように促(うながし)し、誘導(ゆうどう)したたような物だと思っています。

だから・・・その・・・栞さんを責めないで下さい。

栞さんの、突然のイメチェンは、僕に責任があります。

その事で、不満やお叱りがあるのでしたら、

それは僕に言うべき事柄だと思います!」

僕はこのような説得を行った。

内容はめちゃくちゃである。

橘さんを助けたいという一心で、

無策で無鉄砲な発言をするのであった。


「大野君・・・・。」

橘さんは、そう呟き、僕を見つめていた。

彼女は「突然、何を言い出すのだろう、大野君?」と言いそうな顔で

目をパチパチさせながら、僕の方を不思議そうに見ていた。

僕としては、助けたつもりであったが、彼女には伝わらなかったようだ。

「発言が婉曲で分かりにくいかもしれないなぁ。」と、

反省と後悔をするのであった。


「大野さん・・・あなたは。」

次は、橘母が話し始めた。

「その『小悪魔系女子』なるタイプの女性の方が好きなのですか?」

「好きです!

小悪魔系女子は結構、可愛いと思っています!」と、

僕は、大きな声で言い切った。

ここで言い切らなければ、先ほどの発言が偽(いつわ)りであると、

彼女にバレてしまうからであったが・・・。

(小悪魔系女子は、確かに好きだけども・・・好きだけども・・・そうじゃないだ。)

僕は苦虫を嚙み潰したような、そんな責め苦を味わっていた。

「そうですか・・・。                             63

大野さんは、そういうお方なのですね。」

橘母は、僅かに引きつったの表情で、

そのような返事をするのであった。

橘さんを助けようと思って放った僕の発言は、

本人には真意が伝わらず、母親には軽蔑をされるという、

悲しい結果に終わるのであった・・・まさに、踏んだり蹴ったりである。


「大野さんが、小悪魔系女子が好きなのは、存分に分かりました。

それは、それとしてですね、大野さん。」

橘母は話題を変えた。

小悪魔系女子は、わきに追いやられる形になった。

「あなたは、一つ勘違いをされている事がありますよ。」

橘母は、そのような事を言い出した。

「勘違い・・・ですか。」

何を勘違いしているのだろうか?

「私は、栞のギャル・・・では無く、

小悪魔系女子のファッションに関して、怒ってなどいませんよ。」

「そうなのですか。」

僕は、少し驚くのであった。

怒っているものとばかり思ってのだが、違うようである。


「今回、このような面談を行ったのは、

私は、娘が突然、このようなイメチェンをした理由が、

知りたかっただけなのです。

なので、この小悪魔系女子の装(よそお)いについて、

どうのこうのという批判は無いのです。

・・・まぁ、強いて言うのならば、

ファンデーションは、塗らなくても良かったのでは。と思いましたけど。」

橘母は、娘の方を見た。

「成程、そうでしたか。」

僕も、橘さんを見る。

「確かに、僕も橘さんは、ファンデーションは塗らなくても良いように思いますね。

まだ高校生で若いですし、肌も綺麗ですし、

塗らなくても十分魅力的だと思います。」

僕は橘母に同調するのであった。

「お母さん、お、大野君。                          64

その、ファ、ファンデーションはいりませんでしたか?」

母親と僕を、交互に見やりながら尋ねた。

「無い方が言いまわね。」

「要りませんね。」

僕と橘母は、同時に言うのであった。

『要らない』の否定のシンフォニーが応接室に響き渡った。

「そ、そうでしたか・・・以後、き、気を付けます。

その・・・ファンデーションを落としに、洗面所へ行ってもよろしいでしょうか?」

橘さんは、目を少しだけ潤(うる)ませながら、母親に尋ねた。

「今じゃなくても良いでしょう、栞。後になさい。

それよりも、大野さん。」

橘母は、僕に話しかけるのあった。

橘さんの、

「私は娘のファッションに関しては、

娘の自由に好きなようにしても良いと考えていますのよ、

でもね、大野さん。

何の前触れも無く、ある日、突然、

このような装いに変わっていたら、

親として。ちょっと心配になってしまったのよ。

分かります。」

「分かるような気がします。」

僕は橘母に同意するのであった。


ここで思考実験をしてみようと思う。

かの偉大なる物理学者で、スイスの特許局にお勤めになられてた、

アインシュタイン先生も、よく利用していていた思考実験である。

もし、うちの妹2人(春乃と花蓮)が、

ある日、突然、小悪魔系女子、あるいは、ギャルファッションを、

するようなになったらと考えてみるのである、

「・・・心配になる。」

僕は思うのであった。

この突然のイメチェンが、僕の親友である後藤だったりしたら、

そこまで心配もしないし、むしろ面白いと思ってしまうかもしれない。

身内の家族だと、事情が違って来るのかもしれないなと思うのであった。

思考実験パート2。

ギャルになった妹達との、会話を少し想像してみる事にしよう。          65

ギャルになった次女。

「チョリース、お兄!!今日も根暗な顔、マジぱないね。

ハハハハハ。何でそんな暗いの?

チョーウケるー!!

とりあえず、写メ取っとくね。

パシャリ。

何この全く映(ば)えない写真。要らね~、超ー要らね~。

削除、削除。キャハハハ!!」

これは、思っていた以上にヤバいなと、僕は思うのであった。

「これは心配になる。」と、

橘母の心配する気持ちが、今なら身に染みて分かるのであった。



「でも、娘の好きな人が、

大野さんのような方で安心しましたよ。」

「そうですか・・・。」

僕のどの辺りを評価して安心したのか気になった。

「うちの娘が悪い人にたぶらかされているのではと、

心配してたのです。

そうで無くて安心しました。

もし、悪い人にたぶらかされているようでしたら・・・・・。

その人を、どう吊し上げようかと、色々と考えていましたのよ。

良かったわ、そんな事をしなくて済んで・・・。

ね、大野さん。」

橘母は、最後に不敵な笑みを浮かべるのであった。

ゾワッと鳥肌が立った。

彼女は、淡々とした口調で、

淡々と恐ろしい言を口走るのであった。

「なるほど、お母様、なるほど。

御もっともです。」

僕は簡単に、手短く返事をするだけに留(とど)めるのであった。


「あ、あの、大野君。」

恐怖感情に支配されていた僕は、

橘さんに話しかけられて、少し救われた気分になった。

「ど、どうかしましたか、橘さん?」                       66

「その、改めてお聞きしますが、

私のファッションを、大野君はどう思いますか?

その・・・私なりに意識してコーディネートをしてみたのですが、

どうなのかなと思いまして・・・。」

「似合っていると思いますよ。

その・・・小悪魔っていると、思います。」

僕は無難な賛辞を述べた。

どう褒めて良いのか分からず、このような褒め方になってしまった。

恥ずかしい。

「そ、そうですか。それは、良かったです。

小悪魔系になって、本当に良かったです。」

とびっきりの笑顔で彼女は言うのであった。

天真爛漫(てんしんらんまん)な笑顔。  天真爛漫:無邪気で明るい様。

小悪魔系女子が浮かべるような類(たぐい)の、笑顔では無いなと思ったが、

でも、彼女の笑顔は魅了的で、僕をドギマギさせるのに十分な笑みなのであった。

「こちらこそ・・・その、ありがとうございました。

小悪魔系、可愛いと思います。」

僕は、お礼を述べてしまった。

「いいですよ。わたしこそ、ありがとうございました。」

・・・・・。

僕たちは、お互い感謝し合い、お互い照れるのであった。


「大野君、私は、もう一度、あなたに言いたい事があります。」

「なんでしょうか?」

彼女は、ソファーに座りながら居ずまいを正した。

そして、真剣な表情で僕の方をじっと見つめるのであった。

何だろう、言いたい事って?

う~~ん・・・・。

いや、待てよ。

この流れ、まさか!?

いやいやいや、それは無い、あり得ないでしょう。

・・・・橘さん、ちょっと待って!?

「大野君・・・二日前もお伝えしましたが、

私はあなたの事が好きです、大好きです。

どうか私とお付き合いしてください!!」

橘さんから、再び告白をされるのであった。                   67


第6章


同じ人から、二度も告白を受けてしまった。

今回の橘さんの告白も、真面目で誠実な愛の籠った告白であった。

素晴らしく、パーフェクトな告白だと言っても良いであろう。

ただ、一つだけ違う点があった。

それは、彼女の外見が大きく変わっていた。

もう、別人である。

一度目の告白は、黒髪ロングの清楚系橘さん。

二度目の告白は、ミディアム茶髪ヘアーの小悪魔系橘さんである。

同じ人から告白されているはずなのに、

別の女性から告白されているような、変な印象を抱いてしまうのであった。

(どちらの橘さんも、カワイイけど・・・訳分からなくなって来る。)

僕は混乱しつつも、彼女の告白を静かに聞いていた。

そして、こちらも前回と同じように、「付き合ってしまおうか。」と、

僕は、心がグラつくのであった。

(メンタル弱すぎるし、学習能力が無いなぁ。)

「ただ、まぁ・・・。」と、僕は勇気を振り絞る。


「橘さんの告白、とても嬉しいです。

ですが・・・ごめんなさい!

あなたとは付き合う事は出来ません。」

僕は、再び彼女の告白を断るのであった。


好意を寄せている相手を『拒絶する』。

これは、メンタルに多大なる負荷が掛かる、苦行に近い行(おこな)いである事を、

身を持って体感するのあった。

告白をされる側も、場合によっては(稀(まれ)なケースではあるが)、

結構ツライ状況に追い込められる事があることを、僕は知るのであった。


「大野君は・・・やっぱり、大野君は、私の事・・・本当に嫌いなのですね。

心の底から・・・・私を・・・嫌って、嫌って・・・・そうとしか。

わ、私では・・・・ダメなのですか?

私・・・どうしたら・・・良いのですか?」

橘さんは、泣かないように必死に耐えながら、                 68

僕に言いたい事を支離滅裂になりつつも、訴えかけるのであった。

そして、橘母の方はと思って、彼女を方を見ると、

驚いた表情を顔に貼り付けながら、僕の方をずっと見つめていた。

彼女は彼女で、僕に関して思う所があるようであった。

「暗雲立ち込めているなぁ。」と思った。

強烈な嵐が吹き荒れる前の、悪い予兆ではなかろうか。



「ちょっと待って下さい、橘さん。

僕は、あなたの事を嫌ってなんかいませんよ。」

とりあえず、橘さんの勘違いを訂正する事にした。

感情的になっている相手に、言っても意味は無いのかもしれないが、

それでいう事にした。

「なら何故、私との付き合いを頑(かたく)なに断るのですか?

嫌っているからでは無いのですか?」

「いや、嫌っているとかでは無く・・・。」

僕は少々困ってしまった。

そして、次の言葉を言い淀(よど)んでしまう。

「相手の事を嫌っていなくても、

付き合わない場合なんて・・・ごく一般的ではありませんか?」と、

僕は言いたかった。

しかし、泣く寸前の彼女に、その事を言うのは、あまりにも酷だと思った。

それに、英国紳士に憧れている僕としては、

傷を負っている相手に、追い打ちをかけるような非ジェントルマン的な言動は、

慎(つつし)みたいのであった。


橘さんの頭の中では、男と女の関係という物は

『好きな相手が、私とお付き合いをしてくれない=相手は自分の事を嫌っている。』という、謎の方程式になっているようであった。

彼女の恋愛観は、あまりにも極端だなと思った。

「橘さんは、もしかしたら、箱入り娘なのだろうか?」と、

僕はそのような考えに行き着くのであった。

そして、つい母親の方をチラッと見てしまった

橘家は娘に対して、どういう教育を施(ほどこ)して来たのだろうかと、

気になってしまった。

ちょっと変わった家系かもしれない。                      69


「橘さんの事を、嫌っている訳でありませんよ。」

僕は橘さんに話しかける。

話をしっかり聞いてくれるか、どうか微妙ではあったが。

「僕は、橘さんの事を、可憐で、真面目で、誠実で、

美しい魅力的な女性だと思っています。

あなたの事を、嫌っているとかでは無くてですね・・・。

その・・・何と言えば良いか・・・

僕の方に、あなたと付き合えない理由があるのです。

・・・あの、橘さん。」

「可憐で、誠実で、魅力的な・・・フフフ、フフ、フフフフフフ。」

橘さんは口の端を上げて、いつの間にか笑顔になっていた。

先ほどまで泣きそう顔だったのだが、

彼女の変わり身の早さに唖然とする。

しかし、そんなニヤけた顔も束の間であった。

一転して、青ざめた顔になった。

喜怒哀楽と橘さんの表情はコロコロ変わった。(見ていて興味深い。)

「まさか、大野君!?」

橘さんは、身を乗り出す。

「な、なんですか!!」

僕は身構える。

彼女が次に何を言い出すのか、見当が付かなくなって来ていたので、

無意識に回避と防御の構えをとるのであった。

「大野君、彼女が居るのですか?」

「そんな人、居ませんよ。

橘さんは、あのですね。」

「そうですよね、そんな人、居る訳がありませんよね。

私が綿密(めんみつ)に下調べをした時には、確かに居ま・・・。

大野君には、彼女はいないはずなのです。」

「いないはず・・・綿密・・・そうですね。」

僕の預(あず)かり知らない所で、

僕に関する下調べが綿密に行われていたようであった。

橘さん本人が調べたのか、はたまた

誰か探偵みたいな人を雇って調べたのであろうか?

色々と気になったし、僕なんかを調べうのは時間の無駄としか思え無かったが、

今は兎に角、橘さんの告白を断る理由が言わせて欲しかった。           70

「橘さん・・・あの、伝えたいことがありますので、

少し良いでしょうか?」

「す、すいません。私、喋り過ぎました。

どうぞ、大野君。」

やっと言える環境が整のであった。


「付き合え無い理由と言いますのは・・・・。」

僕は、ここで言葉を切った。

今から言う理由を聞いて、

彼女達がどう思うのか心配になってしまったのである。

しかし、僕は言葉を続けた。

「僕が橘さんと付き合えないのは・・・・

高校生活三年間、彼女を作らないと決めているからです。」

・・・・

沈黙が流れた。

橘家の母子共々、黙って僕の様子を見つめていた。


「幻滅しただろうな。」と、僕は思った。

こんな意味不明で、自分勝手な理由によって、

僕は彼女の真剣な告白を振ったのである。

始めから正直な理由を言って断っておけば良かったなぁと心底思った。

こんなにも話がややこしくもならず、

橘さんが二度も、僕に告白するような事も無かったのである。

それに・・・僕と付き合っても・・・・


「そう言う事なので橘さん。

僕はあなたと付き合う訳にはいきません。

本当に申し訳ございません。」

頭を下げて謝るのであった。

彼女の好きという純粋な気持ちを傷つけた事への謝罪であった。

「大野君、質問してもいいですか?」

「何でも、どうぞ。」

「『高校生活三年間の間は、誰とも付き合わない。』という事で宜(よろ)しいでしょうか?」

「とりあえず、そう決めています。

なので、誰とも付き合えません。」

「でしたら、『大野君が高校を卒業をしてしまったら、               

私は大野君と付き合う事が出来る。』という事で、よろしいのですか?」

ん!

んんんんん!!

「ちょ、ちょっと待ってください、橘さん。

あなた、自分が何を言っているのか分かっていますか。」

僕はつい語気を荒げてしまった。

正気では無いと思ってしまった。

「僕と付き合う為に・・・

あなたは三年間も僕を待つもりなのですか?」

(あり得ない、あり得ないよ、普通。)

「そのつもりですが・・・。

三年ですよね、そのくらいの期間でしたら、私は待ちますよ。」

そして、少し間を置いてから。

「その、好きですから・・・大野君のこと。」


僕は驚きで呆然(ぼうぜん)としてしまった。

橘さんが「待ちますよ。」と言った時の彼女の目は、マジであった。

本当に三年間、待つつもりらしい。

石の上にも三年。

僕はこの諺を、単なる言葉だけの空疎な絵空事だと思っていたが、

橘さんは、それに近い事をリアルで実施しようとしていた。

覚悟と忍耐力が半端では無い。

彼女の予想外すぎる返事に、僕はちょっとしたパニック状態になっしまっていた。

次に出すべき言葉が見つからなかった。


「大野さん、私からも一つ質問をしてもいいですか?」

次は、橘母が僕に話しかけた。

「ど、どうぞご自由に。」と、

僕は返事をした。

「大野さん、あなたは『高校三年間彼女を作らないから、うちに娘と付き合え無い。』と、言いましたよね。」

「そう・・・ですが。

それが何か?」

「他にも付き合えない理由が、あるんじゃありませんか?」

 

なっ!?                                   

ちょ、ちょっと、えっ!?

嘘だろ。

何で、どうして。

あり得ない。

どうして・・・分かった。


僕は只々驚きで彼女を見続けてしまった。

橘母は、そんな僕の様子を見て、

口の端を僅かに上げて、彼女はニコッと笑った。

『小悪魔の笑み』

彼女の笑顔を見て、僕はそのように思うのであった。


それよりもである。

(何で分かった、何でバレた。

意味不明すぎるだろ!)

僕の背筋や脇からは、冷や汗が流れていた。

と、とぼけなければ!!


「他に理由なんて・・・そ、そんな・・・ある訳・・・無いです・・・よ。」

ダメだ!

動揺しすぎて声が震えている。

それに声のトーンの調子も、おかしな事になってしまっていた。

これは、もう、あれである。

大野悟は、万事休す(ばんじきゅうす)!


「大野さん、年を取るとね、色んな事が見えるようになる物なのよ。」

橘母は、優しく諭(さと)すように僕に話しかけた。

「まぁ、物忘れが多くなったり、肌艶は衰えたり、顔の目元にしわが出来たり、

体に脂肪が付きやすくなって、太り易くなったりで、

年を取る事は、散々な部分もありましよ、大野さん。」

橘母は、年齢を重ねる事に対する文句を言い出した。

「僕にそんな事を言われても困る。」と聞きながら思ってしまった。

「でもね、大野さん。

年を重ねて行くとね、相手が嘘を付いていたり、隠し事をしている事が、

段々と経験として分かってくるようになる物なのよ。

年を取るという事は、悪い事ばかりじゃないんだぞ、大野さん。」     

橘母は、お茶目に言った。

「・・・・。」

「大野さんが、告白を断る詳しい理由までは分かりませんが、

おそらく、あと二つぐら付き合えない理由があると私は推測しています。

どうでしょうか、大野さん?」

橘母は、再び『小悪魔の笑み』を浮かべながら(あくまでも、大野悟の視点)、

右手をVサインの形にして、それを僕の眼前に示すのであった。

そのvサインは『私の勝であり、』

そして、小悪魔系母の橘香帆さんは、

僕が次のどのような行動を取るのか伺っているのであった。


「ハ~~~。

もう完全にチェックメイトだわ、コレ。」と、

僕は反論する事を諦めていた。

彼女が『理由は、他に二つあるのでは。』という彼女の指摘も、

図星なのであった。

橘母は、どうして他に理由がある事が分かったのだろうか?

彼女にヒントを与えるような、ヘマをした覚えは無いのだが・・・。


「彼女達に、言いたく無いなぁ。」と、僕は思った。

隠している理由が、犯罪に関わっているから言いたくないとかでは、

決して無いのだけれども・・・・。

言いたく無い。

やはり、言いたく無い。

栃木県の日光市にある、日光東照宮のお猿さんのように、

『見ざる聞かざる言わざる。』で居続けられたら、

何と幸せなんだろうなぁと空想するのであった。

「そうだ、猿と言えば。」

空想を続ける。

人間の細胞内にはDNA(デオキシリボ核酸)なる遺伝物質が存在する。

そのDNAの塩基配列(A、G、T、Cでお馴染みの。)は、

人間は、猿(オオガザル科。)よりも、

ゴリラ(ヒト科)やオラウータン(ヒト科)の方に配列が近いという事が、

僕が愛読している『月刊少年・サイエンス』に書いてあった事を思い出すのであった。

その上、人間同士が行うコミュニケーション(会話、場の空気を読むなど。)の方法も、

猿(オオカザル科)よりも、ゴリラ(ヒト科)やオラウータン(ヒト科)の方が、

コミュニケーションの方法が近いそうである。                  74

すなわち、僕たち人間は猿よりも、

ゴリラとオラウータンの方が親類関係で近(ちか)しい存在なのであるそうだ。

こんなトリビア(些細な事)知識が、頭の中に次々と思い浮かぶのであった。

何故、こんなにもうか

どうやら、僕は・・・現実逃避をしたくて仕方が無いようだ。


「大野さんが、私とお付き合いをしないのは、

他にも別の理由があったからだったのですね。

気付きませんでした!!」

橘さん、『ナイス・リアクション』と言いたくなるような、驚き様でそう言った。

まるで、シャーロックホームズの相棒のワトソン君のような、

純粋無垢な驚きであった。

そんな心清らかな橘・ワトソン君に対して僕は、

「そういう事になりますね・・・。」と、

隠し事をしていた事に、

申し訳ない気持ちを抱きながら返事をするのであった。


「橘さんのお母様、質問なのですが。」

僕は橘さんから、橘母の方へと目を向けて話しかける。

「何故、僕が理由を隠していると分かったのですか?」

「ふふっん、それはですね。」

橘母は、少し勿体ぶった態度で言い、

そして、誇らしそうに説明を始め出した。

「大野さんが、うちの娘に二度も告白されたにも拘(かか)わらず、

あなたが、その告白を二度も断ったからですよ。」

『?』と、僕は戸惑った。

「何故、それが理由になるのですか?」

彼女の言っている意味がよく分からなかので、

即座に質問を返した。

「つまりね、大野さん。」

橘母は、楽しそうに話している。

種明かしをしている探偵のような愉快さである。

「うちの娘は、モテるのです!

男女かまわず、とてもモテるのですよ、大野さん!!」

橘母は言うのであった。                            

『???』と僕は思った。

「も、モテる・・・。

あの、何故、それで僕が理由を隠していたのか、

分かったのです?」

さっぱり分からなかったので、再度、彼女に質問をした。

「だからね、大野さん。

あなたが言っていた『高校三年間、彼女を作らない。』という宣言、

ありますよね。」

「あ、ありますよ。」

それは僕にとって、『大事なドクトリン(基本原則)』である。

「その程度の矮小な理由だけで、

うちの娘の告白を拒否するなんて事は、

絶対に不可能だと、私は考えたのです。」

予想の斜め上すぎる理由であった。

彼女の言う事を、僕なりに要約してみると、

『うちの娘の告白を、そう易々(やすやす)と拒否出来るような輩(やから)は、

居るはずが無い!!!』という事らしい。

根拠は娘がモテる事に対する、絶対的な自信であった。

つまりは・・・親バカではないか!!

・・・・。

何か、何か・・・・・

嫌だ~~~~!!!!

僕は、心の中で大いに苦悶(くもん)するのであった。




「という訳で。」

名探偵・橘母は、結論へと話を進める。

推理劇のクライマックスである。

「大野さんには、娘と付き合え無い理由が、

あなたが述べた理由以外にも、

二つ程あるはずだと、私は考えた訳なのです。」

そして、彼女はドヤ顔で締めくくった。

「お見事・・・でした。」

僕は、ついそのように呟いてしまった。

橘母による推理劇場に完全に呑まれてしまっているようであった。      


『うちの娘は、モテる!』

この事実を見逃してしまった事が、僕の敗因のようであった。

・・・マジか。

これは、ちょっと予想外過ぎて、注意しようがない!


「それで、大野さん。

隠している理由があるのは分かりましたが、

私は内容までは分かりません。

なので、教えて貰っても宜しいでしょうか。」

橘母は、『ここぞ!』とばかりに、畳み掛けるように聞いて来るのであった。

この人、容赦が無いなと僕は思った。

彼女の眼(まなこ)に収まっている、鋭いあの鷹の目は本物であり、

見せかけだけでは無い事が分かったような気がした。


「分かりました。

正直に理由を言います。」

僕はそのように言った。

隠している事が、もう出来そうに無いように思ったからである。

それに、何となく馬鹿馬鹿しくも思ったので、

諦めて自白する事にした。

そして、『なるようになれ。』という気持ちも多少あった。

これが、青春なのかなと思ったが・・・

いや、これは只の自棄(やけ)だろう。


「栞さんと付き合わない理由の一つは・・・

その、僕は女性とお付き合いした事がありません、

なので彼女と、どうお付き合いをしていけば良いのか、

分からず、イメージも湧かなかったので、

栞さんの告白を・・・・お断りしました。」

あぁ、恥ずかしい。

「その、要するに、お付き合いをするだけの、                        覚悟と度胸が僕には無かった・・・という事だと思います。」

僕は本音を吐露(とろ)するのであった。

そして、この場からすぐに立ち去りたいほど、恥ずかしい気持ちを抱くのあった。

日本人が本音と建前を使い分けている理由の一端が、               

僕は、この時何となく理解出来たような気がした。

これが、もしかしたら、『恥の文化』という事であろうか?

「菊と刀」の著作で有名なアメリカの文化人類学、R・ベネディクトが言ってた、

日本の文化の特徴なのだそうである。

まぁ、僕は学者では無いので・・・・真相はちょっと分からないが。



「あらあら、

まあまあ、まあまあ、

あらあら。」

橘母は、感嘆の声を発した。

「つまりは、大野さんは。

恋愛に関して『初心(うぶ)』だったから、

娘の告白を断ったという事でしたのね。」

橘母は、体を左に向けて娘へと喋り出す。

「大野さんは、見た目はヤンチャな不良少年かと思っていましたけど、

そうじゃなかったのね。

恋愛に対して、ピュアで、純粋で、初心な少年だったのね。

なんてカワイイのかしら、大野さん!!

栞、良いわ。、

大野さんは、素晴らしい少年だわ。

きゃ~~~、初心な大野さんに、私ときめいてしまった~~!!」

橘母は、女子高生みたいな黄色い声を上げながら、

女子高生である我が娘に、興奮したご様子で話しかけるのであった。


「『初心うぶ初心うぶ初心うぶ』と、

僕をそんな風に評価するのはだけは、勘弁してくれ、橘母!!」

と、僕は若干の恨(うら)めしい怒(いか)りと、恥ずかしさを抱きにながら思うのであった。

(彼女達に、言わなければ良かった。)

僕は後悔をする。


「大野君・・・安心して下さい。」

橘さん(娘の方)は赤面している僕を見つめながら言った。             


「私も今まで、誰ともお付き合いをした事が御座いません。

なので・・・その・・・少しずつ付き合って重ねて行きまして、

最終的に、私たちのだけのオンリー・ワンのお付き合いの形を、

私と大野君で作っていけば良いと、私は思います!

良い、スゴク良い。

大野君、是非、そうしましょう。

そうしましょう、大野君!!!」

橘さん顔を上気させ、そして、僅かに血走った目を携えながら、

僕にそのように訴えかけた。

「え・・・あっ・・・はあぁ。

ううん・・・なるほど。」

僕は彼女に言質(げんち)を取られないように気を付けながら、

うやむやな返事をするのであった。



「ふ、二つ目の理由は・・・。」と、

僕は先を急ぐ事にした。

このまま、橘さんと会話を続けていたら、いつもの間にか、

付き合う事になっていたという事に、成り兼ねないと危惧したからである。

「この事については、うちの家族や、

親友の後藤にも言っていない事なのですが・・・


僕、文筆家を目指しているのです。」

「そうだったのですか。」

橘さんは、素直に驚いていた。

『そりゃあ、驚くよな。』と、

僕は彼女の様子を見て思った。

「なるほど、だから、大野さんは文芸部に所属していたのですね。

あなたの経歴から見て『何故、文芸部?』にいるのかしらと、

不思議に思ったのですが、これで疑問が解けました。

そういう理由だったのね。」

橘母は言うのであった。

「え・・あ、はい。」

『いや、待て、何で橘母は、僕が文芸部に所属しているのを、

知っているのだ。』と、僕は疑問に思った。               


尋ねようかと考えたが、今は聞かない事にした。

もう、これ以上の、余計な問題が発生するのは勘弁だと思ったからである。

触らぬ神に祟(たたり)りなし。である。

でも、気になるので、後々(のちのち)聞かなければならない案件として、

頭の片隅に残しておこうと思うのであった。

「書く物は、小説でも、エッセイでも、ドキュメンタリーでも、ホラーでも、

戯曲でも、ジャンルは何でも良いのですが、

僕が書いた文章を読んだ人達が、

楽しかった、面白かった、ワクワクした、不思議だったと、

心の中に、何かしらの印象が残せるような、

そんな文章を書けたら幸せだなと考えています。

僕は、その為に、この高校三年間を、                      

執筆活動の方に、出来る限り力を注ぎたいのです。

だから、橘さんの告白を断ったのは、

橘さんの事が、嫌いとか、興味が無いとか、そういう恋愛的な理由では無くて、

僕が、執筆活動に集中したかったからなのです。」

僕は気持ちが高ぶって、熱弁を振るうのであった。

僕らしくないのだが・・・

『少し青春ぽいのかも。』と思ってしまった


「『大野さんは、大きな野心を持った大野さん。』だったという事ですね。」

橘母は、成程という表情で頷いていた。

そんな風に僕を評するのは止めろ、橘母!!と僕は思うのであった。

さっきから、『初心』やら、『大きな野心』やら、

この母親は、僕の事を、ちょいちょい馬鹿にしているようにしか思えなかった。

確かに野心めいた物はある。

しかし、他人から軽口を言われるのは、

何か不愉快である!


「それは、とても素敵な夢だと思います!!」

橘さんの方は、ランランと目を輝けながら言うのであった。

「私に、手伝える事がありましたら、

何時でも、何でも仰ってください。

私の出来る事であれば、いや、出来ない事でも、

大野さんの文筆活動を、私は全面的サポートを致します。

それから、大野さんが書いた文章は全て読ませてください。            


読みたいです!!

私は大野先生のファンになりたいです。

私が、あなたのファン一号になりたいです!!」

橘さんは、前にのめりながら、そう言った。

そして、彼女は興奮し過ぎて、気付かなかったかもしれないが、

彼女の口から唾(つば)が僅かに飛んで来て、僕の顔に当たっているのであった。

『僕のファンになる。』という、彼女の申し入れは、凄く有難かった。

しかし、とりあえず、一旦落ち着いて欲しかった。

ファンはファンでも、

今の彼女は、はた迷惑なファンになりかけていたのであった。


「橘さん、協力についてですが、                         

書いた物は読んで頂くだけで、十分有難いです。

それ以上の助けは、今は所は大丈夫ですよ。」

「そ、そうですか。

でも、困った事がありましたら、すぐに私に言って下さいね。

私、どんな事でも協力しますから、

それから・・・楽しみにしています。」

そう言い終わると、

橘さんは、とびっきりな笑顔を僕に向けるのであった。

「そうですか・・・

その、ありがとうございます。」

僕は普通に照れてしまった。

『楽しみにしている。』という読者が居る事が、

こんなにも嬉しく、ちょっぴり恥ずかしくもあり、

頑張ろう!と気合を貰える物であった事を知った。

そして、橘さんというファン第一号の読者を大事にしようと思うのであった。


「大野さん、私も大野さんが書いた物を、

全部読ませて貰ってもよろしいですか?」

橘母が、そのように聞いて来た。

「か、構いませんけど・・・読んで下さるんですか?」

「良いのよ、あなたが書く物に、私も興味があるます。

楽しみにしているわ。」

彼女は、優しい母親のような笑みを浮かべるのであった。

橘母がファン二号になってくれました。                     


「それでは、理由も分かった事ですし、

私は、そろそろ帰る事にしますね。」と、

橘母は言った。

山あり谷ありの、この壮絶な三者面談も、

とうとう終わりを迎えてくれるようである。

「色々と大変だったなぁ。

もう当分の間は、面談はしたくないなぁ。」と、

僕は心の底から思うのであった。

『面談怖い』である。

完全なトラウマになってしまったようである。


                                        

橘母は、ソファーから立ち上がった。                   

本当に帰るようである。

「大野さん、最後にお願いなのですが、私の近くに来て下さいませんか。」

「はい、分かりました。」

(なんだろう?)

僕もソファーから立ち上がり、

橘母の前へと移動するのであった。

対面になり、お互いを見つめ合う形となっている。

目の前には。橘母が居る。

そして、丁度、彼女の後ろに、何故か飾られている例の鹿のはく製が、

堂々と、その存在を誇示していた。

その鹿は、橘母の頭の上から、つぶらな黒い瞳でじっと僕を見つめるのであった。

僕は、橘母と鹿のはく製の両方から見つめられていた。

その威圧感と圧迫感は絶大で、

僕のメンタルは彼女らの圧に、やや押されるのであった。


「大野さん、和解をしましょう。」

にこやかな笑顔を浮かべながら、

橘母は、そのように言った。

彼女と鹿からの二つのプレッシャーを受けながら、彼女の話を聞いていた。

「和解、ですか・・・・。」

橘母の発言の意味する所が分からず、

僕は、一瞬戸惑ってしまった、

しかし、しばらく経ってから、

『もしかしたら、握手をしましょう。』という事ではないかと思い付くのであった。

『和解の握手』。

欧米スタイルの和解の行動様式である。

彼女が和服を着ているが為に、

西欧文化の和解スタイルに気付くのに、ワンテンポ遅れてしまうのである。

『握手をして、仲直りしましょう。』

そういう事らしい。

(和解の握手は、確か右手で握手なんだよなぁ。

左手で握手をしてしまうと、

国や地域によっては「敵意」や「別れ」のサインに、

受け取られてしまう場合があるから、                      

注意が必要なんだよなぁ。)

そんな事を考えながら、

僕は右手を彼女の方へと差し出そうとした。


ギュ~~~~

束(つか)の間の出来事であり、衝撃的な事件であった。


えっ!?

一瞬、自分が何をされているのか分からなかった。

ラベンダーの香りに包まれ、正面に柔らな物が当たる弾力があり、

背中には、誰かの二の腕の圧力を感じるのであった。

『何が起きている、今。』

呆然としていた状態から、我に帰った僕は、

周囲に注意を向けるのであった。


そして、すぐに気付く。

僕は、橘母に抱かれている事にである。


これは、どうやら『ハグ』のようである。

ハグ!!

THIS IS HUG!!

I am very very suprising!!

『和解をしましょう。』という橘母の発言は握手のする事では無く、

『ハグをしましょう。』という事であったようです。


橘母のハグは、力強くエネルギッシュなハグであった。

僕の胴回りを、彼女の二の腕は力強く締め付けている。

彼女のうなじや、和服からは、ラベンダーの香りがフワッと漂い、

鼻をかすめるのであった。

僕の心はドギマギしていた。

そして、和服越しからでも伝わる、

暖かく、柔らかで、ハリもあり、包まれるような橘母の胸。

その胸が、僕のみぞおち辺りに押しつけられていた。

とても包容力のある胸であった。

暖かく、柔らかなで・・・

いや、ちょっと待て。                             


この感触は!?

『まさか、橘母・・・ノーブラなのでは?』

やや遅まきながら、気付くのであった。

女性は和服を着る時、

下着を付けないという話(or都市伝説)を、何処かで聞いた事はあったのだが、

(ほ、本当だったのか!!)

僕は驚き、そして、焦る。

『ちょっと、ちょっと待ってください。

橘さんのお母様。』

彼女のハグから逃(のが)れるために、

僕は身動ぎを始める。

しかし、彼女の二の腕はギリシア彫刻の如く、

ビクともしないのであった。

その間も、彼女の柔らかな胸や肌が密着し続けて・・・。

『だ、誰か、誰か、助けて。

ハグ、怖い。

ハグ、怖い

ヘルプ、ヘルプ、ヘルプ・ミ~~~!!!!!!』

僕は心の中でSOS信号を発するのであった。



僕と橘母は、結局、5秒ぐらいの間、

ハグをし続けていたと思う。

混乱と焦りと恐怖で、記憶が若干飛び飛びになっているので、

正確な時間はお伝え出来ない。


彼女はそっと僕から離れた。

「これで和解ですね、大野さん。」

「わかい・・・。

そう・・・ですね、若いですね。

いや、和解ですね。」

僕は、今だドキドキが止まらず、

訳の変わらない事を口走るのであった。


「お、お母さん!?

な、何しているんですか!?」                           

橘さんは、唸(うな)った。

怒り心頭で戦慄(わなな)き、今日一番の声量を発した。


「大野さんと和解のハグしただけですよ。

ね~、大野さん。」

橘母は僕に話しかける。

『ね~じゃないよ、ね~じゃ。』と、


「私、大野君と手も繋いだ事も、ハグをした事も無いのに、

なんでお母さんが先にするんですか!?

あり得ないです、

絶対に、絶対に、あり得ないです!!

ど、泥棒猫・・・。

お、お母さんの泥棒猫!!」と、

橘さんは言い放った。


「あらあら、ごめんさい。

栞がそんなに怒るなんて思わなかったわ。

フフフ、軽いハグなんですから安心しなさい。

ちょっとしたスキンシップみたいな物よ。」

橘母は、娘の怒りに楽しそうに対応していた。

・・・・いや、違うな。

楽しそうに、娘の怒りに油を注ぎ続けていた。

と、言った方が正しそうである。

橘母は、キチンと和服姿を装っているので、

格式張った、融通が利かない保守タイプの人かと思っていたが、

どうもユーモアもあり、自由奔放な方のようである。

ハグをする事も、

彼女の性格の延長線上にあったのかもしれない。



「それでは、私は帰りますね。

大野さん、次は、家に遊びに来てくださいね。

お茶でも飲みながら、ゆっくりお話をしましょう。」

「そうですね。はい。伺います。」

と、僕はつい返事をしてしまった。                       

橘家への招待を、その場のノリで承諾してしまったのであった。

はたして、良かったのであろうか?

「最後に大野さん、

私の事は『お母さん』と呼んで下さっても構いませんよ。」

「それは、止めておきます。

橘のお母様。」

僕はキッパリと拒絶した。

今回の面談の間ずっと、橘母にはコテンパンに負かされ続けていたので、

彼女に対して、ちょっとした意趣返しをするのであった。

大人げないだろうか?

「あら、残念そうですか。

フフフ、大野さんは、現在、反抗期という事なのね。

世話の掛かる息子みたいで可愛いわ。」

そして、橘母は軽く左目をウインクをするのであった。

僕の意趣返しは、意趣返しだとすら認識されなかった。

反抗期による、青年特有の言動だと思われてしまったようである。

・・・・勝てなかった。

これが年の功の違いなのか。


「栞、大野さん、学園生活を楽しみなさいよ。

それじゃあね。」

橘母は踵(きびす)を返して、ドアへと向かった。

最後に『バイバイ』と軽く手を振りながら、

応接室から出て行くのであった。



第7章



橘母は居なった。

僕と橘さんだけが、応接室に残った。

「大野君・・・お母さんに抱かれていました。」

橘さんは、僕をジッと見つめながら言った

母に対しての怒りの矛先が、

次は、僕の方へと向けられるのであった。

「お母さんに抱かれていた時、                         

ちょっと嬉しそうな顔をしていました。」

「えっ!?」

僕は顔に手を触れた。

「そんな事には、なっていないはずだと・・・思いますが。」

「凄く嬉しそうでした!

私、大野君の事、ずっと見てましたから間違いありません。

大野君は、お母さんの事を・・・い、異性として見てました!!」

『そんな、バカな!』と、僕は素直に驚く。

僕の預かり知らない所で、

僕の表情は、嬉しそうな顔になっていたようである。

橘母のハグを、僕は嫌がっていたはずなのだが、

無意識化では、そうでも無かったと言う事であろうか?

人間の感情や心理は、複雑なようである。

『今度、精神科医のユング先生の本でも読んでみようかな。』と、考えるのであった。

彼は人間の性格を、いくつかのタイプ分類しいているのだが、

僕は何タイプに人間になるのだろうかと気になった。

『邪道』タイプかなと、僕は勝手に予想している。


「大野君、お願いがあります。」

「・・・なんでしょうか。」

僕はユング先生について考えていたので、

僅かに返事が遅れた。

「私も大野君とハグをしたいです!

お、お母さんだけズルいです。

ハグを要求します!!」

橘さんは、そのように高らかに宣言するのであった。

「ハグ・・・ですか。」

「ハグです。」

(また、ハグかぁ)

僕は正直、思ってしまった。

何だろう、今日は「ワールド・ハグ・デー」とか、

そういう日なのだろうかと、僕は考えてしまった。

(注釈:ハグの日として1月21日が「ナショナル・ハギング・デー」という日があります。

なので、皆さん、その日は仲の良い友達、恋人、親戚、近所のおじいちゃん、おばあちゃんと、ハグをしましょう!!)

                                      

「ハグ・・・いいですか?」

橘さんは、強固に断固にハグを要求してくる。

「ハグ、ハグですか・・・ちなみに、

今回のハグは、どういったハグになるのでしょうか?」

橘さんのお母様とのハグは『和解のハグ』であった。

独りよがりで、一方的で、ワンマン的なハグであったが、

『和解のハグ』という、大義名分があったのである。(とりあえずは。)

なので、僕は橘さんに、ハグをしなければならない正当な理由を、

尋ねるのであった。

もし、彼女言い分に納得出来なければ断ろうかと僕は考えていた。

僕は『ハグ』の安請(やすう)け合いは致(いた)しません。



「お母さんとだけハグをして、私にはハグをしないという事は、

・・・不公平な事だと思います。

なので・・・・『平等のハグ』になるのでしょうか。」

橘さんは少し悩んだ挙句に、このように言った。

『平等のハグ!』

橘母とはハグをして、娘の橘さんとはハグをしない。

これは、ハグの理念にから大きく背(そむ)く、反ハグ行為ではないだろうか。

彼女は、そう主張しているようであった。

今日、初めてハグをして、ハグについて、

これっぽちも知識が無い僕であったが、


頭の中での色んな葛藤の末に、僕は、両手を広げたのであった。


「橘さんの主張は正しそうです。

なので、ハグをしましょう。」

僕は、そう言った。

若干、変なテンションになっているようだ。

『ハグ・マジック』、『ハグ効果』なのだろうか?

「良いですか?」

「橘さん、ハグは平等にする物ですし、友愛の証だと思います。

なので・・・良いのです!!」

さきほど、初めてハグしたばかりなのに、ハグの熟練者であり、

伝道者のような発言をするのであった。                     

僕は、間違いなく変なテンションになっているようである。

これも『ハグ・マジック』なのだろうか?

いや、もしかしたら、橘母の影響をかなり受けてしまったのではないかと、

頭の隅で考えるのあった。


橘さんは、ゆっくり、ゆっくりと、僕に近づいて来た。

「お、おじゃまします。」

彼女は可愛らしく、そのように言ってから両手を広げて、

僕の胸の中へと、優しくフワッと飛び込んで来た。

そして、僕の背中をキュっと腕を廻して、しがみつくのであった。


本日、二度目のハグである。


橘さんとのハグは、

優しい、それは、とても優しいハグになっていた。

橘母とは、全く別物のハグであった。

『人によっても、こうも違ってくるのか。』と、

僕は二度目のハグを経験しいて知る事になった。


橘さんのうなじと、制服からは、柑橘系の香りがフワッと漂った。

爽やかで、清々しい、フレッシュな香りが、僕の鼻をかすめた。

橘母は、癒しのラベンダーであったが、

橘さんは、爽やかな柑橘系であった。

橘家では、どうやら各々(おのおの)で使っている香水の種類が違うようであった。

彼女達の、年齢や性格や趣向の違いが、

顕著に表れているなと思った。

僕と橘さんは、ゆるやかなハグを維持していた。

「これが、本来のハグなのだろう。」と、僕は初めて知るのであった。

ハグとは、相互理解と平和的なコミュニケーションなのである。


外見的には、確かに、僕たちは穏やかなハグをしていた。

しかし、やはりと言うか。

なんと言うか・・・・

ハグとは抱擁なのである。

ハグの文化に慣れ親しんで来なかったので僕は、

ドドドドドドドドド。                            

緊張するのであった。

ドドドドドドドドド。

橘さんの心音も、凄まじい音が鳴り響いていた。


ドドドドドドドドドドドド

ドドドドンドドドドドドン

トックントックントックン

ツックンツックンツックン

ドックンドックンドックン

橘栞&大野悟、作曲。

『心拍音・交響曲』

第1章第3節が鳴り響くのであったた。


(このハグは、いつ終わるのだろうか?)

とても長いハグになっていた。

現在、20秒ぐらい経過しているのではなかろうか。

僕も橘さんも、お互い心拍数が、かなり高くなっているので、

こんままハグを続けていたら、

僕も橘さんも、ぶっ倒れてしまうのではないかと、

心配になって来るのであった。


・・・・。

「その、橘さん。」

「何でしょうか?」

「もうそろそろ、教室にも戻りませんか?」

かれこれ30秒ぐらいの間、ハグをし続けているのであった。

あまりにも長かった。

そして、今現在もハグ時間の最高記録を更新中であった。

「い・・・いやです。」

橘さんは、教室に戻る事を拒絶した。

(おい、マジか。)

まさかの拒絶に驚いた。

引き続き、ハグは継続される。

「も、もう少しだけ、お願いします!!」

こんな機会、もう当分の間、絶対に来ないと思うのです。

だから、だから・・・。                              

お、大野君を、もう少しだけ堪能させてて下さい!!」

彼女は我欲を包み隠さず言うのであった。

あまりにも、素直過ぎる意見だったので、

「そうですね・・・分かりました。」

僕は、ついつい承諾してしまったのであった。

『あと10秒だけ。』

彼女とハグを延長する事に決めた。

『意思が弱いのかなぁ。』と思いながら、フッと右斜め横を見ると、

例の鹿のはく製が目に入った。

この鹿は、どういう経緯でこの場所に飾られるようになったのだろうか?と、

ハグとは別の事を考えて、

恥ずかしさと緊張を和(やわ)らげる事に務めるのであった。


「それじゃ、橘さん、教室に戻りましょうか。」

僕は彼女に、そのように促(うなが)し。

彼女の背中をポンポンと軽く叩くのであった。

「あの、大野さん、これだけは覚えておいて下さい。」

「な、何でしょうか?」

橘さんの発言によって、僕はハグを解こうと動かそうとした手を、

ピタッ止めるのであった。

『中途半端に止まてしまった手を、どうしようか?』と、

フラフラと迷ってしまった、僕であったが、

再び彼女の背中に手を戻す事に決めるのであった。

ハグは、再び継続された。


「私は、大野君が好きです。」

「・・・そうですか。」

「私は大野君の意思を尊重しまして、

三年間の期間は、友達同士の関係でいようと考えています。」

「ありがとうございます。」

「でも、どうか・・・・。

私が大野君の事を好きであるという事だけは、

その・・・・覚えていて欲しいのです。

私の我がままで・・・申し訳ありませんが・・・・。」

「我がままって・・・・そんな事は無いですよ。                   

分かりました、

覚えておきますね。

それに橘さんが、我がままと言うのでしたら、

僕の方が、我がままだと思いますので・・・。」

「でしたら・・・・・私と大野さんは、

二人とも我がままという事になりますね。」

「まぁ、そういう事になりますね。」

「わ・・・我がまま同士です。」

「我がまま同士であり、我がまま同志みたいな。」

「そうです。

なので、大野君。

私と『我がまま同盟』を組んで下さると、

とても嬉しいです。」

・・・・プッ。

「何ですか、それは。」

「分かりません。」

ククククク。

フフフフフ。

僕と橘さんは『ハグ』をしながら、

笑い合うのであった。

そう、未だにハグは継続されているのであった。



「それでは、大野君。

私と、ご一緒に教室に戻りませんか?」

「一緒に帰るのはマズくないですか?

それに、橘さんはCクラスで、僕はAクラスで、

クラス違うじゃないですか。」

僕と橘さんは、仲良く冗談を言いつつ、

ハグを解こうとしていた。


・・・・ガチャリ。

「大野君~、橘さん~、もうそろそろ、

教室に戻って、く・・・くゅまかませいりうなうと!!」

突然、応接室のドアが開き、

Aクラスの担任教師である、佐藤先生が現れるのであった。           

何という間の悪い事でありましょうか。

とっても、とっても、とっても、とっても、

とっても、バッド・タイミングであった。


佐藤先生は、応接室で絶賛抱き合っていた(ハグ)、

僕と橘さんを見てしまい、普段の和やかな表情は消え去り、

驚愕と興奮の表情になっていた。

「あの、その、えーーーと、あっ、いや、その、お、大野君。

その、あの・・・わ、わ、私、抱き合っている所なんて、何も見ていません!!!!」

そして、彼女は疾風の如く応接室から去るのであった。

『何も見てない』と言っておきながら、

『抱き合っている。』と言ってしまっている、佐藤先生!!!

「あなたは、天然系女子ですか!!」と、

僕は思うのであった。


しかし、今は、そんな事よりもである。

佐藤先生の誤解を解く事が、『最重要ミッション』なのであった。

彼女に追いつく為の、『予測ルート』と『最短ルート』を割り出してみた。

果たして、彼女に追いつく事が出来るのか。

アレコレか考えてもしょうがない、

とりあえず・・・

ミッション・スタート!!



第八章


僕は佐藤先生に追いつく為、

先ずは、橘さんとのハグから離れる必要があった。

僕は彼女に廻していた腕を解き、

ドアへ向かって歩こうとした。

が、動けなかった。

何故だ!?

それは橘さんが、

未だ僕に可愛らしく『ギュッ』としがみついて、

離れていないからであった。

彼女に、ハグを解いて貰わなければならないようである。              

「橘さん、僕は今から、先生の誤解を解きに行きますので、

このハグを解いて頂けないで・・・イテテテテ!!!!!!」

橘さんは、腕の力を徐々に強めていった。

彼女は、僕の体を、今まで以上に、

更に、もっと、力強くハグをするのであった。


ミシミシ、ギシギシ

僕の体から不穏な音が鳴った。

「イテテ・・・これちょっとヤバくないか。」

先ほどまで、僕と橘さんは、平和的なハグをしていたはず。

なのに、僕は彼女に、体を締め付けられていた。

あるいは『チョーク・スリーパー』のような、

格闘技の技にかけられていたと、言えそうであった。

彼女の締め付け方は半端では無く、

かなり危険なレベルになりつつあった。

ミシミシ、ギシギシ、

ゴリゴリ、ガリガリ。

大野悟、佐藤先生に追いつく処か、

生命のピンチの危機に瀕していた!!


「誰かに見られました。

誰かに見られました。

私と大野君が、抱き合っている現場を、

誰かに見られました。

誰かに見ら・・・・」

橘さんは、ブツブツと独り言を呟ていた。

彼女は冷静さを失って、パニック状態になっていた。


「先ずは、橘さんを落ち着きかせないと・・・死ぬ。」と、

僕は死を予感した。

おそらく、このまま彼女にハグをされ続けていたら、

僕の肋骨は折れてしまうであろう。

そして、僕の内臓の臓器達は、ぐちゃぐちゃになり、

そして、血が流れ、

そして、細胞が機能しなくなり、

そして、ミトコンドリアは、エネルギーを作らなくなり、              

そして・・・・・死。

佐藤先生の誤解を解けないまま、

こままだと、僕は絶命してしまうかもしれないのであった。

いや、実は、そんな事よりもであった。

僕が絶命などしてしまったら、

橘さんは、殺人者になってしまうのではないか。

それは、マズい、超マズイ!!

それは、最悪の部類のバット・エンドでは無いか!?


「橘さん、心配は無いですよ。

落ち着いて下さい、大丈夫です。

さっきこの部屋に入って来た、イタっ、

ひ、人は、橘さんのお母さんでしたよ。

だから、全然大丈夫で、

イタタタタ!!!!!」

嘘を付いてでも、橘さんを冷静にさせようと試みたが、

彼女は聞く耳を持たなかった。

「噓も方便(ほうべん)」という諺(ことわざ)があるが、

先ずは話を聞いて貰わなければ、何の意味も無いなと思うであった。

『方便に聞く耳を持たない小悪魔ギャル。』

『馬耳東風に敵なし!!』

僕は、新しい諺を二つも製作してしまうのであった。


橘さんは、ひたすらに、

独り言をブツブツと呟いていた。

僕は、彼女が呟いている言葉の中に、

今の状況を打開する、貴重なヒントが見つかるのではないかと思い、

彼女の呟きを、大人しく聞いてみる事にした。


「誰か居ました。

誰か居ました。

大野君と私が応接室で抱き合っている所を、

誰かに、見られました。

これで私達は、おそらく不純異性交遊という名目で

退学処分を受るに違いありません。

間違いありません!!                              


ああ、何という悲劇!!何という不幸!!

シェイクスピアの『ハムレット』のような悲劇とでも言うのですか。

大野君は『ハムレット』です、私は『オフィーリア』

何と壮絶で救いのない悲劇なのでしょうか!!

私と大野君の愛の前には、

何という断崖絶壁が、そそり立っているのでしょうか!!

でも、大丈夫です、大野君。

私と大野君の2人が、力を合わせさえすれば、

愛の力で、どんな困難でも乗り越える事が出来るはずです。

そして、私と大野君との間にある愛は、

こんな学校退学処分で揺らぐような、

そんな弱い愛なのでは無いのです!!

私と大野君の間にある、愛の赤い糸は、

カーボンファイバーで編まれていますので、

ちょっとや、そっっとでは、

切られるような事はありません。

しかし、退学処分を受けるとなりますと、

この近辺で生活するには、色々と噂が広まっているであろうから、

夫婦生活をするには、不便で融通が利かないような、

困難な事が起こるかもしれません。

従って、退学の騒動や噂が止むまでは、

人が多い市街地では無く、

比較的、人が少ない郊外で生活するのが、最(もっと)も良いと考えられます。

郊外の地域を拠点とするとしまして、

果たして、どこが一番いいでしょうか?

どこか、どこか良い所は無かったかしら・・・・・。

そうです!

あります、丹波です!!

私たちは京都の丹波地方で生活をしましょう!!

丹波の地域は、戦国時代には、駆け落ちの街で有名だったそうですね。

昔は、駆け落ちをした夫婦は、丹波で何年か過ごした後、

駆け落ちの噂が止んだ時を見計らって、

都である京都に帰って来て、その後、夫婦生活を送っていた。

という話を、何処かで聞いたことがあります。

私たちも、数年、丹波で隠れるように夫婦生活を送ってから、

この街に戻ってくる事にしましょう。                      

そうです、コレです!!

大野君、私たちには、コレしか選択肢はありません!!!

素晴らしいアイデアです。

早速、私と大野さんは丹波へ赴いて、

大好きで、愛している大野君と、

慎ましやかではあるが、

愛が溢れた夫婦生活を始める事にしましょう。

その為には、住居を探さなければなりませんし、

生活用品も揃(そろ)える必要があります。

とても忙しくなりそうです。

しかし、私と大野君の愛すべき将来の為なので、辛くはありません。

いや、むしろ、喜びすら感じているかもしれません。

あぁ、大野君との夫婦生活が、楽しみで、楽しみで、

仕方がありません。

それから、大野君と私は・・・・。」


彼女は完全に暴走していた。

ブゥゥゥゥーーーーーーーン

彼女は愛のF1レーサになり、

甲高い音を響かせながら、レースサーキットを爆走するのであった。

(これはダメだ。)と、僕は思った。

彼女が落ち着くまで待つしか無さそうであった。

Dead or Alive(デッド・オア・アライブ)

僕のdestiny(運命)は、橘さんに抱かれて締め殺されるか、

あるいは、彼女が冷静になりハグから解放されるかの。

どちらか一方でしか、無いようであった。

僕の努力では、どうする事も出来ない事柄であり、

そう、つまりは・・・

僕の命運と、橘さんが殺人者になってしまうかは、

神頼みに委(ゆだ)ねるのあった。

『来年の初詣には、お銭箱に1000円を奉納(ほうのう)しますので、

どうか・・・どうか・・・神様。』と、

僕は祈るのであった。


ミシミシ、ギシギシ。

痛みで段々と意識が遠のきつつあった。                    

そんな危険な状態でありながら、

僕はある別の事柄が頭に浮かんでいた。

「そう言えば、京都の丹波って駆け落ちの町で有名だったんだなぁ。

初めて知ったなぁ。

丹波と言えば、

戦国時代は明智光秀が領主であり、

食べ物の特産はは、丹波栗と、黒大豆。松茸が有名だったなぁ。

あぁ、丹波町。

どんな場所なのだろうか?

一度でも良いから、

観光に・・・行って、みたかったなぁ・・丹波町。」

これが僕の辞世の句になりそうである。

僕の意識は遠のき、先が見通せない霧の中を、

フラフラと彷徨い歩き出すのであった。

そして・・・。

プツン。

僕の意思が消えた。



第9章


そして、しばらくして。(おそらく。)

意識が回復した。

死ななかった事だけは確かなようである。

僕は、目をパチパチさせながら、

周りを見渡した。

僕は、どうやら、橘さんの腕の中で、

未だハグをされ続けていたようであった。

しかし、締め付けている力は弱まっており、

ゆるやかなハグになっていた。

(良かった。)

僕は安堵した。

とりあえず、橘さんを殺人者にするような事態にだけは、

ならずに済んだようである。

ついでに、僕も命拾いするのであった。

まだ、大きな野心を叶える途上であり、                     

現世に未練がタラタラの状態だったので、

死なずに済んだ事に、多少なりとも喜びを感じるのであった。

僕の体も無事のようで、肋骨が折れたり、

内臓が破裂したりというような、

大きな怪我も無かったようである。

(良かった、良かった。)



数秒後。

橘さんの腕は離れ、

僕は、ハグからの解放でされるのであった。

長い、長いハグであった。

英語で表現すると、

I was hugging her intimately

for very very long time.

という感じになるのであろうか?

しかし、ここまで長い時間のハグになると、

『あれは果たして、ハグと言えるのぁ?』と、

当然の疑問が浮かんだが・・・ハグという事にして置こう。

そう、あれはハグです。

抱擁ではありません!


「ご、ごめんなさい!」、

冷静になった橘さんは、

急いで、そして慌てながら、僕から離れるのであった。

「大丈夫でしたか、大野君。

私、その・・・無我夢中で抱いてしまって・・・。

何処か、お怪我などはありませんか?」

「あぁ、えぇ。はい。

大丈夫です、橘さん。

心配し過ぎです、あれ位の締め付けでしたら、

全然、平気でしたよ、大丈夫です。」と、

僕は何食わぬ顔で言った。

が、これは見栄(みえ)である。

虚栄心を張りました。

本当はめちゃくちゃ痛かったし、全然平気では無く、               

『肋骨の辺りに、青あざが出来ているのではないか。』と、

心配もしていた。

しかし、同学年の女性の前で、泣き言だけは言いたく無かった僕は、

目尻に涙の後を、薄っすらと残しつつも、

彼女に「平気、大丈夫。」と言うのであった。

立派なような・・・・情けないような・・・・

どっちだろうか?


「橘さん、とりあえず、教室に帰りませんか?」

「そ、そうですね。」

僕と橘さんは、応接室を出るのであった。

僕は、彼女の後ろに伴って退室しようとする直前、後ろを振り返って、

鹿のはく製を一瞥した。

(あのはく製、誰がこの部屋に飾ったのだろうか?)

誰が飾ったのか分からない、謎の鹿のはく製だったりするのだろか?

面白い。

気になる。

(この学校、ちょっと変わっているなぁ。)

僕は口の端の頬を上げて、

笑みを浮かべるのであった。


それから、応接室のドアをパタンと閉めるのであった。


第十章


応接室を出て、数メートル離れた場所に、

佐藤先生がいた。

もう、追いつく事が出来ない、

こと座α星のベガ(織姫星)まで、

行ってしまわれたと思っていたのだが、

案外、近くを周回していたようであった。


佐藤先生は、頭をキョロキョロと動かして、

その場を行ったり来たりと、忙(せわ)しなく動いて、

落ち着きの無い様子であった。

それは、まるで、飼い主と逸れてしまったチワワの様であった。         

そして、僕達が応接室から出てきたことに気付くと、

どう話かけたら良いのか、未だ迷っているご様子で、

腕をアワアワ、口をパクパク、動かしていた。

僕と橘さんが、佐藤先生に近づくに連れて、

彼女のアワアワは段々とエスカレートするのであった。

そんな佐藤先生の姿は、まるで、

ひょんな事から、恋のトラブルに巻き込まれてしまった、

健気な女子高校生のように見えるのであった。

(佐藤先生は・・・先生だよな。)

と、僕は一瞬、疑ってしまうのであった。


そんな女子高生のような佐藤先生の、慌てぶりを見かねた僕は、

僕の方から、彼女に話しかける必要がありそうだと考えるのであった。

(仕方が無い、ここは僕が先手を打つか。)

と、格好良く思いながら、

声を発したのだが・・・・上手く言葉が出なかった。

どうやら、彼女のアワアワしている様子を見ていたら、

僕にまで、それが乗り移ってしまったようである

慌てふためき、頭が真っ白になり、

話しかけるべき、最初の言葉が見つからず、

佐藤先生と、一緒になってアワアワしていたのであった。

職員室の一角で、そんな情景が繰り広げられていた。



「佐藤先生、よろしいでしょうか。」

「あ・・・はい。

な、なんでしょうか?」

「先ほどの応接室では、

大変、見苦しい所をお見せしまして、

申し訳ございませんでした。」

橘さんは先手を取って、佐藤先生に話かけるのであった。

僕達が、アワアワ、オロオロしている間に、

彼女は、しっかりした、ハキハキとした口調で、

この場を取り仕切った。

おまけに、謝罪までしている。

橘さんは、いざという時、頼りになる姉御肌な人であった。           

「あの、その、先生もノックした後に、

急にドアを開けるような、

不注意な行動をしてしまいましたので、

私の方こそ、その、あの・・・・ごめんなちゃ・・・・。

・・・ご、ご、ごめんなさい。」

「あっ、先生、噛んだぁ・・・・ちょっと可愛い噛み方だなぁ。」と、

僕は思いながら、2人の会話を眺めていた。

そして、見事に噛んだ佐藤先生は、

真っ赤なふじりんごのように、顔を赤色に染めながら、

顔を下に向けるのであった。

反応が女子高校生みたいな、先生だなと思った。

そして、そんな彼女の姿が、

不覚にも、ちょっと可愛いかったのであった。

(佐藤先生は、本当に先生であろか?)

先ほど抱いた疑問が、再び浮かぶのであった。

飛び級して学校の先生になったとか、そんな逸話があったりするのだろうか?



それにしても。と、僕は橘さんを横目で見た。

『しっかりした人だなぁ。』と感心するのであった。

今の彼女の姿を見ると、貫禄と風格と自信を備えた、

頼もしい女性なのである。

(普段の橘さん、こうんなのかもしれにないなぁ。)

と、僕は思うのであった。

僕が、今まで見てきた彼女の方が、

むしろアブノーマルの状態だったのかもしれないのであった。

(んっ、待てよ。)

つまりは・・・・彼女は僕との対応だけ、

顔を赤くしたり、号泣したり、慌てたり、

間違ったり、怒ったりしている事になりはしないか?

それは、彼女の僕に対する『過剰な愛』が、

そのような感情的な謎の行動の原因なのではなかろうか。


『愛情』

それは、それは確か良い物であろう。

現に、僕は母親の『愛情』を受けて、すくすくと15歳まで成長しているのである。  

(まぁ、多少、性格は捻(ひね)くれているが、許容範囲であろう。)

しかし、『愛』や『愛情』には、人格や性格を感情や行動を、

捻じ曲げてしまう、そんな恐ろしい側面も存在するのでは無いかと思うのであった。

そう、例えば・・・

僕は、隣りにいる橘さんの横をじっと見つめた。

愛との付き合い方。

これを学ぶことは、より良い人生を歩む上で、

必須科目なのではなかろうと思うのであった。


「佐藤先生は、悪くありません。」

「いや、でも・・・あれは、やはり、私の不注意だと思います・・・ので。」

「いえ、そんな事はありません。

あれは、その私と大野君の・・・。

その・・・私達二人が招いてしまった事態なので・・・」

チラッ。

彼女は横目で僕の方を、僅かに見た。

そして、視線を先生に戻した。

「その、先生が謝る事はありません。」

「えっ、あ・・・はい。

そ、そうですか。

はぁ~、・・・へぇ~。」

佐藤先生は、僕と橘さんを交互に見つめるのであった。

彼女の視線は、間違いなくこう物語っていた。

『橘さんと大野君は、お付き合っていたのか。』・・・・と。

佐藤先生は、勘違いをしてしまった。


「橘、コラーーーーー!!」と、僕は心の中で叫び、

すぐに彼女に、抗議の目線を送るのであった。

頼れる姉御肌の橘さんと思っていた、僕の信頼を返せと言いたい気分になっていた。

僕の抗議の目線に対して、

橘さんは、僕の目を少しの間、じっと見つめていた。

僕も負けないように目を見続けた。

そして、橘さんは、先生にバレない程度に、

僕に対して左目をウインクするのであった。


小悪魔ウインク!!                             

カワイイ!!

そして、佐藤先生を勘違いさせたのは、わざとである事を、僕は確信するのであった。

橘栞の確信犯である。


「それでは、佐藤先生、私は教室に戻りますので、

これで失礼いたします。」

「そうですね。はい。分かりました。」

橘さんは、職員室のドアへと向かった。

そして、クルっと振り返って、こちらに向かって「失礼しました。」と一礼をしてから出て行くのであった。

彼女の退室姿は、とても美しいものであった。


「それでは、佐藤先生、僕も教室に戻ります。」

僕も橘さんと同じように、

職員室から退室しようとドアへと向かった。


ガシッ。

右手首を掴まれた。

!?

突然の事に僕は驚き、サッと振り返るのであった。

ぎこちない笑みを浮かべた、佐藤先生が居るのであった。

「大野君は、すこーしだけ、先生とお話をしましょうか?

そうしましょね、大野君。」

その後。

僕は先生から矢継ぎ早の質問攻めを受けるのであった。

『応接室での抱擁について』『橘さんの、突然のイメチェン。』

『僕と橘さんの関係について。』

それらの質問を、僕は詳細に説明する事は出来ずに、

容量の得ない返事を繰り返していた。

すると、先生は、

「分かりました、大野君。

お昼休みに、先生と面談をする事にしましょうか?」

と、提案するのであった。

「め、面談ですか・・・。」

僕は、つい苦い顔をしてしまった。

先ほど、悪魔的な三者面談が終わってホッとしていたら、           

次は、二者面談であった。

『面談地獄』だなぁ、いや、『面談のデフレスパイラル』かもしれない。

と、よく分からない事を考えるのであった。

低金利のラブ・プライス・ローンが、

多数の返済の不履行が起こった為に、不良債券へと変わり、

それが引き金となり、

面談のデフレスパイラルが陥ってしまったかもしれない・・・。

そんな空想を広げるのであった。

「・・・・だいぶ、メンタルが疲弊(ひへい)しているなぁ」と、

僕は思うのであった。

長期の有給休暇が欲しかった。


「あの、大野君・・・・聞いてますか?」

「すいません、ちょっと考え事をしてました。」

「そう・・・・。

お昼休みに生徒指導室で面談をしたいのですが、

大丈夫そうですか?」

「・・・大丈夫・・・・デス。」と、

僕は渋々ながら許可をするのであった。

『二者面談、決・定』と、相成る!!!

面談なんて、面談なんて・・・・・無くなってしまぇ~~~~!!!


「それでは先生、僕は教室に帰ろうと思います。」

「ハイ、分かりました。」

佐藤先生は、可愛らしい笑顔で返事をした。

・・・・。

「先生、あの・・・右手を離して貰ってもよろしいですか?」

僕は執念深く握られている右手を見ながら言った。

「す、すいません。

ここで大物を逃がしてはダメだと思っていたら、

ついね・・・・ごめんなさんね・・・きゃっ!!!」

彼女は慌てて手を離した拍子に、椅子のキャスターに躓いてしまって、

後ろへと倒れつつあった。

(この転び方、マズい。)

僕は腕を思いっ切り伸ばした。

(くそ、届かん。)                               105

そのように思った僕は、佐藤先生の後ろに移動して、

彼女のクッションになるようにした。

ガラガラ、ガシャン!!

ドシャン!!

むにゅ。

と、佐藤先生と僕は一緒に派手に転んだ。

「先生、大丈夫でしたか?」と、

彼女に怪我が無かったのか確認をした。

「あ、ありがとうね、

大野君、先生は大丈夫・・・しゃん!!」

佐藤先生は、語尾に変な声をだした。

「先生、やっぱり怪我したんじゃ・・・・あっ!」

むにゅ、むにゅ。

僕は右手で先生の右脇の乳房を掴んでいたのであった。

むにゅ、むにゅ。

彼女の胸は、とても柔らかく、

生暖かい、おそらく、Eカップ位の大きなの胸なのかもしれない・・・。

じゃなくて!!

「ご、御免さない、先生!」

僕は即座に、先生から離れた。

事故だったとは言え、なんてことをしてしまったのだ!

「お・・・お、大野君に、胸を、もも、も、揉まれてしまいました。

まだ、男性に一度も揉まれた事ないのに、

お、大野君に、しっかり揉まれしまいました。

ううぅぅぅ。」

ああああぁぁぁ。

(コレ、本当にどうしたらいいのだろうか?)

僕は、ううぅぅ。と唸って、へたり込んでいる佐藤先生を、

為す術なく(なすすべなく)見守るのであった。

「き、決めました。

先生・・・・もう決めてしまいました。」

耳まで真っ赤になっている、佐藤先生は

決意の炎を宿した目で、僕をじっと見つめる。

「先生・・・事故とは言え、その・・・む、胸を」

「私のクラスで、何か困った問題が起きましたら、

私は先ず、あなたに相談する事にします。                   

そして、解決の為に私に協力して下さい。

いいですか、大野君?」

「えっ、あっ、はい。よ、喜んで・・。」

僕は、つい了承してしまった。

「それから、大野君も、困った事がありましたら、

私に隠し事をせずに、もう全部、全部、ぜ~~~~んぶ、私に言って下さい。

あなたが高校を卒業するまでは、私と大野君は一蓮托生だと思って下さい。

あなたが散れば、私も散ります。

ですから、私が散れば、あなたも、どうか一緒に散って下さい!!」

「そうですね、一緒に・・・散りましょう。」と、

彼女の圧に負けた形で、再び了承してしまうのであった。

「早速ですが・・・大野君にお願いしたい事があります。」

「な、何でしょうか、先生。」

おっかなびっくりしながら、僕は返事をする。

「現在、授業中なので、教室に戻って下さい。」

「そ・・・そうですね。

でも、先生・・・・あの・・・何というか・・・その・・・本当に大丈夫ですか?」

「申し訳ありませんが、

先生、今、スゴク一人になりたい気分なので、

せ、先生の為を思って下さるのなら、

どうか・・・速(すみ)やかに教室に戻って下さると嬉しいです。」

佐藤先生は、顔をくしゃくしゃに、

そして、泣きそうになりながら言うのであった。

僕は、先生の顔を見て、今は、そっとしておくのが、正しい判断だと悟り、

職員室のドアへと向かった。

「先生・・・何かありましたら、

遠慮無く言って下さいね。その・・・・一蓮托生ですから。」

僕は職員室を出る間際に彼女に言った。

やはり、彼女が心配なのである。

「ありがとう。

でも、平気ですので安心して下さい。」

佐藤先生は、無理に笑顔を作って、僕を安心させるのであった。

彼女のそんな姿を見て『先生の鏡だなぁ。』と感心した。

「それから、大野君。

お昼休みに面談をしますので、

生徒指導室まで来てくださいね。」                       

「わ、分かりました。」

「待っていますね、大野君。」



第12章



僕は、職員室を辞した。

(職員室で、大変な事件を起こしてしまったなぁ。)

と、嘆息混じりで、廊下に出るのであった。

そして、廊下を一瞥すると、

橘さんが、壁に背を付けて待っている事に気付いた。

彼女は、窓の外の夏空を静かに仰ぎ見ており、

その姿は、凛々しく格好良かった。

『可愛らしさや、美しいだけでは無く、カッコイイ一面もあるのか。』と、

そんな感想を抱きながら彼女を眺めていた。

「大野君、何かあったのですか?

出て来るのが遅かったようですが・・・

それに、職員室が騒がしかったようですね。」

橘さんは、職員室を指(ゆび)さした。

「えぇ、あぁ・・・そうですね。

ちょっと、先生に呼び止められまして・・・・

少しだけ質問をされまして・・・・

それから・・・・・先生が少し慌てまして・・・それで、後ろに転びそうになって・・・

先生を助けようとしたら・・・ちょっとした手違いが起こりまして・・・、

それで・・・一蓮托生みたいな・・・・。」

言えない事が多すぎて、

僕は要領の得ない返事をしてしまった。

「そ、そうですか・・・。」と、

橘さんも、要領の得ない顔になっていた。

「それで・・・佐藤先生とは、

どんなお話をされたのですか?」

「えぇと・・・そうですね。

大(たい)した話はしていませんよ。

先ほどの、三者面談はどうなりましたか?

とか、その程度の話でした。」                        108

僕は佐藤先生との二者面談について、言わずに隠す事にした。

これ以上、彼女に心配事を掛けたくないという、

『親切心』が働いたようである。

それと・・・先生との間の起こってしまった・・・

胸を揉んでしまったトラブルについても、口を閉ざす事にした。

こちらの方は・・・『羞恥心』と『恐怖心』が、働いたからであった。

「・・・・・そう・・・ですか。」

橘さんは、完璧なまでの疑い目で僕を見ていた。

「速攻で隠し事がバレるじゃん!!!」と、僕は焦るのであった。

しばらくの間、

僕と橘さんは見つめ合って・・・睨(にら)み合っていた。

ゴクリ。

僕は唾を飲む。

(今からでも、正直に白状すべきだろうか?

・・・・でもなぁ~、佐藤先生とのトラブルだけは!!)

僕は、頭の中で葛藤を繰り広げていた。

そんな

「まぁ・・・聞かない事にします。」と、

橘さんは、気になる顔をしながらも譲歩するのであった。

「あ、ありがとうございます。」

僕は、つい感謝の言葉を述べた。

「お礼など要りませんよ、大野君。

私と大野君は、恋人同士でありませんが・・・」

彼女は、ここで少し恨(うら)めしそう僕を見る。

僕は申し訳ない気持ちなった。

「私達は親友同士だと思っています。

親友として、当然の配慮をしたまでです。」と、

彼女は、ちょっと誇らしげに言うのであった。

「なるほど、僕と橘さんは、今の関係は親友同士なのか。」と、

僕は初めて知る事になった。

そして、彼女の『親友関係』の在り方について、

僕とは相違があるなと思うのであった。

親友同士の『親友関係』に対する意見の食い違いが起こっていた。

むしろ、親友が隠し事をしていたら、

遠慮なく、ずけずけと聞くのが親友同士ではなかろうか?と、

僕は思うのであった。                             109

しかし、この世の中は、とても広い。

親友同士と言っても、色んな形態が存在するのかもしれない。

と、考えを改めるのであった。

そして、僕と橘さんの親友関係は、

『相手を労(いたわ)り慮(おもんぱか)る関係。』

と、いう事になるらしい・・・・。

「あれ?今、思うと

なんかカッコイイな、この親友関係。」と、

僕はそんな事実に気付くのであった。


「もうそろそろ、教室に戻りませんか、橘さん?」

僕は長話をしていて、。

「そ、そうですね。

長話をしてしまいましたね。」

僕と橘さんは、教室へと向かうのであった。



シーンと静まり返った廊下を歩いていた。

現在、授業中という事で、長い廊下には誰も居らず、

突き当りの壁まで、静かな空間で満たされていた。

僕と橘さんの、キュッキュというスリッパが擦れる音だけが、

その廊下に響き渡るのであった。

とても幻想的な風景が広がる。


その空想めいたイメージを自由気ままに進めてみよう。


光降り注ぐ廊下

僕たちの足音が響き渡る。

フッと窓の外を仰ぎ見ると、

雲の一つ無い夏空が、僕たちを暖かく迎える、

そこに一羽の鷲が舞う。

上昇気流に乗って空高く登る、駆けあがる、

その鷲が、無限の空をどこまでも飛翔する。

テイク・オフ・イーグル・ライク・ザ・ドラゴン。

エターナル・フライ。

                                      

タイトルは・・・ Like the Dragon (ドラゴンにように・・・。)



詩的雰囲気に呑まれていた僕は、

こんな詩を考えてしまうのである。

出来が良いのか、悪いのか・・・。

SNSにでも上げてみて、反応をみる事にしよう。


僕と橘さんは、教室に向かう途中にある、

ロッカールームの横を通っていた。

そこにあるアナログ時計を見てみると、

授業が終わる、5分前である事が分かった。

まぁ、一つ、二つ授業を受けなくても、全然構わないのである。

学校の勉強は、結局の所、中間、期末のテストの点さえ良ければ、

授業を真面目に受けなくても、あるいは、不真面目に受けても、

基本的にはNo problemなのである。

こんな事を、中学時代の僕は、正々堂々、猪突猛進に主張していため、

よく生徒指導室に連行されて叱られていたのである。

愚かな行動であった。

自分の意見を、何が何でも他人に納得して貰おうと主張した所が、

愚かな行動であった。

Because(だから)

学校はテストの点だけ良ければ、オール・ライト、オール・OK。という、

中学時代からの考えは、一向に変わっていないのである。

『他人を説得しようとした所が・・・愚かだった。』という事である。

『テストの点数』

学校の勉強で一番、重要視されている事は・・・

結局、目に見え易い結果なのである。

つまりは、現代社会というのは、『結果至上主義』という、

ちょっと変わった思想が、社会に定着されしまっている、変な社会となるのであろう。

『現代の日本社会は、結果至上主義が蔓延っている。』

はい、皆さん、ここテストに出ますので、よく覚えておきましょう。

はたして、学問とは一体・・・。

今の社会を『学問ノススメ』の著者であり、

旧一万円札の肖像画になっている福沢諭吉さんは何と言うのだろうか?

「数十年後、日本、滅びるかな。」と、                     111

彼はユキチ・フクザワの大予言を呟くだろうか?

本当に、まぁ、本当に・・・。


僕は現代の学問の在り方と、

日本社会の行く末を思い悩みながら、廊下を歩いていた。

学校の廊下を歩く時は、後藤と雑談をしながら歩くか、

1人で空想に耽(ふけ)りながら歩くかの二択しか存在しなかったのだが、

今日は、いつもと違い、

僕は橘さんと並んで歩いているのであった。

横目でチラッと見る。

改めて彼女を見ると、やはり美人だなぁと思う。

キラキラと輝いている。

彼女の姿だけを評価するのなら、

超リア充である。

何故、今まで僕は、彼女の存在に気付かなかっただろうか?と疑問を抱いた。

(彼女は、幽霊だったりするのだろうか?

それとも、僕は女神の幻覚を見ているのだろうか?)

と、色々な考えが頭に浮かんで来たが、、

次々と打ち消していった。

実物か幽霊か幻覚かは、さておいて、

一番気になる事は、

橘さんは、何でよりにもよって、

僕の事を好きになってしまったのだろうか?という、

謎(ミステリー)である。

本当に謎である。

『学校の七不思議』に加えても良い位に、謎のである。

その事について、橘さんに直接、聞いてみたい気持ちはあるのだが・・・・。、

「橘さんは、何で僕の事を好きになったの?」

この質問を言葉にするのは、ハードルが高すぎるなと思った。

クエスト・ランクS級の、超高難度クエストである。

彼女に質問した瞬間に、場合よっては消し炭されるかもしれない。

・・・もう少し、様子をみて、

機会があった時に聞こう。

彼女の美しい横顔と、サラサラと靡いている明るい栗色髪の毛に、

眺めながら思うのであった。

                                      

「あの、大野君。」

彼女が、急に僕の方を向く。

彼女に見惚れていた僕は、慌てて目線を前の方に向けた。

そして、再び彼女の方に目を向けた。

そんな僕の行動を見て、彼女はハニカんだ笑顔を浮かべた。

何とも恥ずかしい所を見られてしまった。

「なんですか?」

出来る限り、素っ気なく言った。

「大野君、聞いて下さい。

私と大野君は、まだ、ある重要な事をしていな事に、

お気づきでしょうか?」

彼女は、少しだけ真面目な顔で言うのであった。

「重要な事ですか・・・う~ん。」

何も思い付かないなぁ。

何だ、重要な事?

「最高にカワイイ小悪魔系女子になる為に、

更なる研究を、私達で共同で行いましょう。」とか、

そういう事だろうか?

でも、違うような気もするなぁ。

橘さんは、僕の「?」の表情を見て、

頬をプクーとと膨らますのであった。(カワイイ)

やや、ご立腹のようである。

(怒るほど重要な事なのか・・・・なんだ、それは?)

僕は冗談抜きで分からなかった。

(お互いに、まだ自己紹介をしていなとか、そういう・・・)

「私と大野君は、未だに連絡先の交換をしていません!!」

「あ~~、なるほど、そっちですか。」

「あ~~、なるほど。じゃないですよ!

早く交換しましょう!!」



僕は友達が少ない為、

他人と親しくなったら、連絡先を交換をするという、

ごく一般的なイベントを完全に失念していたようであった。

(友達というのは、そんな風にして、輪を広げていくものなんだな。)

と、僕は友達作りの、作法やマナーを初めて知るのであった。            


彼女が連絡先の交換について言い出さなければ、

どうなっていたであろうか?

おそらく僕は、教室に戻り、授業を受け、弁当を食い、

お昼休みに、後藤と体育館でワン・オン・ワンのバスケを楽しみ、

そして、放課後になり、「また明日、橘さん。」、「またな、後藤。」と言って、

何事も無く帰宅していたであろう。

危ない、危ない。

僕と橘さんは、三年間、恋人関係には成らないと決めている。

しかし、彼女とは親しく話したり、冗談を言ったりと、

友達関係のようになっているのである。

それなのに僕は・・・・赤の他人のような振舞おうとしていた。

ボッチ歴15年。

この長い歳月の間、友達を作って来なかった影響は、

思っていた以上に、伊達では無かったようであった。


僕は、連絡先の交換の為に、

スマホを取り出そうと思ったが・・・ここで気付いた。

「すいません、スマホは、教室にありますね。」

友達が少ないため、携帯を常備携帯しないのであった。

今頃は、『着信なし』でカバンの中で安眠しているであろう。

「私も教室ですよ。」

「どうしましょうか?」

「そうですね・・・・放課後になりましたら、

私が大野君のクラスに伺いますので、

そこで交換するのは、どうでしょうか?」

「それは・・・大丈夫なのでしょうか?」

僕は、教室にいる時は1人か、

あるいは後藤と一緒に居るかの、二者択一なのであった。

そんな僕が、橘さんのような女生徒と、お喋りを楽しみ、

スマホで連絡先交換をしている姿を見られたならば、

ちょっとした事件や騒動になるのではなかろうか?

「大野君、大丈夫です!!」

橘さんは、自信に満ちた表情で言い切った。

「私と大野君は、親友関係なのですから、

今、話しているように気楽に会話をしていたら、                 

周りの人達は、私達を気にかける事は無いはずです。」

「・・・なるほど。」と、

僕は、とりあえず、納得の返事してみたのだが、

やはり、「大丈夫なのか?」と、不安を抱くのであった。

僕はボッチで、橘さんは小悪魔系美女なのである。

「美女と野獣」ならぬ、「美女とボッチ」なのである。

明らかに目立つだろうと思った。

しかし、橘さんは『大丈夫』と言っている。

何かしらの経験則に基づいた根拠があるのだろうと僕は考えて、

彼女を信じる事に決めた。

それにもう一つ。

『聞け、夏樹!!!

確かに、お前は俺を裏切ったかもしれない・・・

    だけど、俺はお前を信じる。

          だって、俺たち友達じゃないか!!』

週刊少年カドカワで連載中のマンガ、「涼宮春夫の憂鬱」の主人公である春夫君が、

春夫を裏切った夏樹君に対して放った、友達に関する名ゼリフであった。

(友達関係は、信じる事からしか成り立たない。)

そういう事である・・・・。

(いや、待て、どういう事だろうか?

友達が少ないから、今考えてみたら、いまいちピンと来ないなぁ・・・

でも、まぁ、信じてみますか。)

僕は、橘さんと春夫君の言葉に従う事に決めるのであった。

「そのようにしましょう、橘さん。

それでは、放課後、教室で待ってますね。」

「はい、放課後に、大野君のクラスに伺います。」

橘さんは、ひまわりを思わせるような、満面の笑みを浮かべながら、

そう返事をするのであった。。


放課後に、僕と橘さんは再び相まみえる。

その時、どんな事が起こるであろうか?

問題なく連絡先を交換する事が出来るのか、

はたまた、ちょっとした騒ぎになってしまうのか。

丁、半。

今回のギャンブルは、どちらにほほ笑み掛けるのか。

この場合、僕は何を元手(掛け金)として、賭け(ベット)した事になるのだろうか?。 

【高校三年間の、平穏な学園生活。】

これが、僕が賭けた対価かもしれない。

さて、運命の女神はサイコロの目を、『平穏な学園生活』と「混沌な学園生活』、

どちらに傾けるのであろうか?



僕と橘さんは、放課後に会う事が決まった。

そんな約束を交わしながら、廊下を共に歩いていたら、

Aクラスの一年生の教室の近くまで来るのであった。

僕はAクラス、彼女はCクラス。

僕たちは、それぞれのクラスに向かう枝分かれ道で止まった。

僕は橘さんを見て、そして、彼女も僕を見る。

「それでは、大野君、また放課後に。」

橘さんは、ニコリと笑って手を振った。

「そうですね・・・・また放課後に。」

そして、僕も彼女と同じように手を振るのであった。

普段の僕なら間違いなく、こんな行動を取らないであろう・・不思議である。

彼女の魅力に引き込まれて、手を振ったのか、

前頭葉にあるミラーニューロンなる脳細胞の働きなのだろうか?。


橘さんは、僕が手を振るのを見て、大きく目を見開いた。

それから少し間、彼女の大きな瞳は僕を見続けていた。

彼女は一旦、目を閉じ、少し呼吸を整えてから、再び目を開けた。

そして・・・。

「大野君、大好きです。」

彼女は言った。

そして、クルっと向きを変え、Cクラスの教室へと、

弾むような足取りで歩いて行った。

僕は、彼女の突然の「大好き」に、心を再びかき乱されたのだが、

それ以上に、彼女の愉快そうに歩く後ろ姿を見て、『楽しそうで良かった。』と、

喜ばしい気持ちを抱くのであった。


僕は、彼女の後ろ姿を、少し間眺めていた。

そして、キュっと向きを変え、Aクラスへと歩き出した。


これから、どんな学園生活が、待ち構えているのであろうか?      

僕達の関係は、どうなってしまうのであろうか?

色々な疑問が、山の麓にある滝の如く、無限に流れてくるのだが、

残念ながら、それらの問いに答える事は出来ない。

将来(しょうらい)のビジョンは、あまりにも複雑で見通せ無いのであった。

そんな未来に対して、不安を抱きつつも、

しかし反面、ワクワクした気持ちを抱いている自分に、気付いてしまうのであった。


高校生活三年間、はたして、

どんな青春を送る事になるのであろうか?


それは、僕の行動次第という事だろうか。


第二話


「恋愛の歯車はぐるまという奴は、

 知らない間に勝手かってに動き出す!!」

         BY 安藤 龍之介



アニメやドラマでしか見れないと思っていた、

ロマンティックな一場面が、

僕の目の前で繰り広げられていた。

そんな非現実的ひげんじつてきな出来事があった、

1時間後。


僕こと大野悟おおのさとるは、

いつもより真面目な態度で、四時限目の授業を受けていた。


しかし、真面目なのは表面だけで、

頭の中では、授業以上に大事な案件について考え続けていた。

「この放物線は、レムニスケート曲線と言って、

スイスの数学者、ヤコブ・ベルヌーイが発見をして、それから・・・。」

ここぞとばかりに、数学一家のベルヌーイ家について、

数学の先生は、熱く雑学を披露していたのだが、

9割以上、聞き流していた。

僕は全然別の事柄について、

思案を巡らしていた。


(話の流れで、つい橘さんと会う約束を交わしてしまったけど・・・

それってヤバくないか?

橘さんと僕が、この教室で会ってお話をしていたら、

騒ぎなりはしないか?

つまり・・・・ちょっと待てよ。

よく考えたら、

平穏な学園生活を送りたいという僕の願いが、

今、最大級の危機的状況なのではないのか!?)

僕は眉間にしわを寄せて、

どうしよかと思い悩む。


「数学という学問は、客観的で無機質なイメージを持たれる方が多いかもしれませんが、そんな事は決してありません!!

ちゃんと、人間ドラマがそこには存在している訳でありまして・・・。」


時間が経過して、

冷静で物事を考えれるようになり、

コチコチと、約束の刻限が迫りつつある事に、

僕は戦々恐々としていた。


「これから、どうしたら良いだ!!」

現在、絶賛迷走中の僕であった。


第二章


そして、更に時が流れて、

昼食の時間。


むしゃむしゃ

   むしゃむしゃ・

モグモグ。

   モグモグ。


今日も相も変わらず、

僕はAクラスの教室で、

親友である後藤隼人と一緒に弁当を食べていた。


季節は梅雨明けの6月下旬。

空は青く澄み渡り、夏のうだるよな熱さが、

段々と、にじり寄って来ている今日この頃。

学校の外では、夏の風物詩の蝉が、

ミンミン、ウァンウァン、ツクツクボウーシと、

自身の体を高速打ち鳴らす(ドラミング)事で、

夏と言えばという、音色を色鮮やかに奏(かな)でていた。



僕は弁当箱(曲げわっぱ)の中から、

サラダ油で素揚げした『アピオス』を箸(はし)で掴むのであった。

アピオスとは、何かと思われた方の為に説明すると、

別名は「アメリカホド」と言い、マメ科ホドイモ科の植物である。

原産地は北アメリカ大陸で

最近では、日本でも栽培している農家さんが増えつつあり、

スーパーや野菜の直売所等の行くと、

店頭にチラホラ見かける機会が増えつつある野菜である。

「・・・悟、それ何?」

後藤は、僕が食べている『アピオス』が気になるご様子で、

チラチラと、こちらを先ほどから伺っているのである。

(全く、現金な奴だなぁ)

と、僕は思いつつ、

「食べる?」と尋ねる。

「何それ?」

「アピオス。」

「旨い?」

「不思議な味がする。」

「・・・・。」

「不思議な味な上に・・・旨い!」

「ちょっと貰っていいか?」

「仕方がないなぁ~。」

と、僕は両肩を軽くあげてから、

アピオスを弁当箱(曲げわっぱ)から、器用に二粒掴んで、

彼の弁当箱(プラスチック製)に、しょいっと放り込んだ。

「サンキュー。」

後藤は軽く礼をしてから、

早速、箸で掴んで食べる。


モグモグ。


「ジャガイモ・・・ムカゴ・・・いや、ナッツか・・・何だコレ。

でも、めちゃ旨い。」

「そう・・・何の味だが分からないけど、

めちゃ旨いんだよ、アピオス。

しかも、栄養価高いらしいよ。」


大野は『アピオス』の美味しさを、

親友と分かち合えた事に密(ひそ)かに喜ぶのであった。


『アピオス』を堪能して、

しばらく経ってたから、

後藤は僕に質問する。


「そう言えばさ・・・。」

後藤は、僕の様子を見つつ慎重に言う。

「三時限目ぐらいに、悟、先生に呼び出されていたけど・・・

どうだった?」

(やはり、質問して来るかぁ。)、

どう返答したら良いか迷いつつも、僕は返事をする。

「まぁ、色々と大変だったけど、

呼び出しの件に付いては、

無事に解決して丸く収まったように思うよ。」

「結構な大事件だったりする?」

「大事件では無かったけど・・・

そうだなぁ・・・一歩間違えたら、

大事件に発展するポテンシャルはあったかなぁ。」

応接室で、理性がぶっ飛んだ橘さんに、

激しくハグをされた結果、危うく絞殺されるという、

殺人未遂事件があった事が頭に浮かぶ。

「はぁ~、何か凄い事になってたのか・・・

でも、まぁ、無事に問題が解決したのなら、

良かったんじゃん。

「確かに、良かった。

本当に良かった。」

僕は大きく頷いた。

「悟さ・・・・その、何。

詳しい事情だったりは、聞いても良かったりする?」

「う~~~ん、すまん、後藤。

それについては、もう少し時間が経ってからでも良いか。

何というか・・・ちょっと微妙な問題が絡んでいてさ・・・。

話せるようになったら、話すでいいかな?」

「気になるなぁ~~。」

後藤は興味津々の顔で、こちらを見ていたが、

「でも、まぁ、うん。

まぁ、話せるようになったら話せよ。」

後藤は、追求をせずに、そう言ってくれた。

「ありがとう、後藤。」

「いいよ、別に・・・

ていうか、お礼とか言ってんじゃねえよ、悟。

逆に恥ずかしいわ。」

その後、僕と後藤は、何も語らず、

両者、気恥ずかしい表情しながら、

黙々と弁当を食べる事に集中するのであった。


弁当を食べ終わった僕たちは、

いつもの習慣である、食後の運動をする為に、

僕は、弁当箱(曲げわっぱ)を市松模様の風呂敷に包み、

それをカバンに詰め込み、

体育館に向かう為、席を立つ。


そして、後藤と連れ立って、教室を出た。

「外、熱っち~。」、「廊下は、灼熱地獄だなぁ。」と、

夏の暑さに文句を言いながら、

僕たちは、廊下を歩いていた。

そして、体育館に向かう道筋にCクラスの教室があった。

僕は横目でチラッと教室内の様子を見ると、

教室の中央の辺りに、人が群れているのが目に入った。

「Cクラスと言えばさ。」

不意に、後藤が話始める。

「んっ、何かあったの?」

内面ヒヤリとしながら、僕は聞き返した。(声が多少震えた。)

「橘さんって言う、有名で美人の女生徒がさ、

突然、イメチェンして登校して来たとかで、

Cクラス内で大騒動になっているんだってさ、

お昼前に、ロッカールームに行った時、

宮田から聞いたんだよね。」

「へ~、そうなんだ。

しょ、正直、あんまり、興味無いなぁ。」

(声が僅かに震える。)

「ほんと、悟(さとる)は、

こういう話に興味持たないよなぁ。

ある意味、徹底してて感心するわ。」

「僕はさ、マジョリティ(多数派)よりも、

マジョリティ(少数派)を愛する人間だかさ。」

(軽口の冗談を言っているのに、

声がどうしても震えてしまう!!)

「そんな事ばっかり言ってるから、

悟は友達ができないんだろうなぁ。

とりあえずさ、同学年で起きている事件ぐらい、

知っといて、損はないと思うぜ。」

そう言って、後藤は橘さんについての情報を、

色々と勝手に語り出すのであった。


「Cクラスの橘栞っていう女生徒について、

悟は知ってた?」

「えっ!

あぁ、まぁ、風の噂(うわさ)、程度には・・・。」

(橘さん、ご本人と数時間前に会っているだけどなぁ・・・

なんなら、母親にも会ってたりする。)

と、思いながら後藤の話を聞いていた。

「悟でも、さすがに知ってたか。

まぁ、橘さんって結構、有名人だったりするんだよなぁ。

宮田曰(いわ)くさ・・・。」

(宮田曰く!?、漢文で出て来る、孔子曰くみたいだぁ)

と、大野、いとおかし思ふ。 注:おかし→面白い、滑稽(こっけい)

「美人で学業優秀でスポーツ万能、

その上、書道やピアノ等の芸事も出来るそうで、、

スゴイ人らしいよ。」

「ほぉー、そうなのかぁ。」

(そんな人だったのか・・・橘さん。)

と、この時、僕は初めて彼女について知る事になった。

恋愛の権化、あるいは、恋愛至上主義者のようなイメージが付いていたので、

後藤の話を聞いていて、僕は素直に驚くのであった。

(・・・・そう言えば、宮田って誰だろう?)

僕は、話の合間、合間に出て来る、

宮田なる人物名が気にはなったが、

(まぁ、橘さんとは関係無さそうだし・・・今は捨てておこう。)

と、捨てておく事にした。

「それで・・・その橘さんが、イメチェンをしたと。」

僕は積極的に質問をしてみた。

後藤から、他にも有益な情報が得られそうだなと判断したので、

当初は話をはぐらかす予定であったが、

質問をして情報を引き出す作戦にシフトした。

「そう、それも今日、突然にだって。

登校して来たのも、昼前だったらしいよ。

それから、授業の合間の休憩時間に

Cクラスの、あるギャルな女生徒がさ、勇敢(ゆうかん)にも

『めっちゃ似合ってると思うだけど、

何で髪染めちゃったの、しおりん?』って質問したそうだよ。」

「おぉー。」

(勇敢だなぁ、ギャルな女生徒。

それから、橘さんの呼び名は『しおりん』・・・と。)

「それで、橘さんの返答は?」

「顔を赤くしてさ、

『その・・・夏ですので・・・

その、気分転換に染めてみたのです・・・

あの、その・・・決して、深い理由とかはありませんよ。』って、

返事が帰って来たそうだよ。」

・・・・。

・・・・。

「うん、なるほど。」

僕は、渋(しぶ)い顔をしながら頷くのあった。

「彼女、嘘付いているね。」

後藤はキッパリ言った。

「たぶん、そうだね。」

僕も後藤の意見に同意してしまった。

・・・同意せざるを得なかったが正確かもしれない。

そして、後藤曰く、

Cクラス内でも、

橘さんの発言は嘘だろうと考えたようで、

『突然のイメチェンは、気分転換などでは無く、

何かしら深い理由が存在するはず。』

という意見が主流になったそうである。

「それで、Cクラス内で、侃侃諤諤(かんかんがくがく)の

秘密裏(ひみつり)に行われた議論の結果、

橘さんがイメチェンをした理由は、

『好きな人が出来た。』

あるいは、

『彼氏が出来たから。』

というのが、Cクラスの総意になっているそうだよ。」


「へぇー、そうなんだ。」

内面ではハラハラしながら返事をしていた。

『僕が橘さんに小悪魔女子系女子が、

好きだと告げたから。』

と言うのがパーフェクトな回答であるのだ・・・

(優秀だな、Cクラス!)

ほぼ正解に辿り着いてしまっている、彼ら彼女らに対して、

僕は、憎々しさを感じているのであった。

「それで、今は、男子生徒達は、

橘さんの好きな人、彼氏が誰なのか、

優秀な猟犬の如く、血眼になって捜し回っているんだってさ、

それから、女子の方は、『誰だろうね、キャー』と、

恋バナ風に盛り上がっているそうだよ、

そして、宮田曰く、

『Cクラスは入学以来の、

空前絶後な壮大な騒ぎになっている。』、

と、いう事らしいよ。」

「なるほど。」

僕は廊下の窓の外を見ながら頷いた。

(いや、ヤバいでしょ、この騒ぎ!?)

僕は焦る。

(橘さんのイメチェンの原因が、

僕だとCクラスの男どもにバレたら・・・

大変にマズい事になるな、コレ!!)

「でも、まぁ正直、俺らには、

全く関係の無い話だけどね。」

後藤は、この話を締めくくった。

「いや、それな。」と、

僕は、言葉とは裏腹に、

脇に冷や汗をかきながら返答するのであった。


Cクラスの話題も下火(したび)になり、

別の話題の雑談を交わしながら、

僕と後藤は、体育館へと歩いて向かうのであった。



第二章


体育館に着いた僕たちは、

スリッパと靴下を脱いで、裸足になり()

体育倉庫からバスケットボールを、勝手に拝借(はいしゃく)して、

早速、ワンオンワンをするのであった。

「なら、後藤フォワードね。」

シュッ。

僕は後藤にボールを渡す。

ドンドン、ドドド、ドンドン。

後藤はボールを持った途端に、

巧みなドリブルを始めた。

(相変わらず、上手いな)

と、僕はディフェンスをする為に、

ドリブルを目線を眺めながら、

後藤がどう攻めて来るか推測をしていた。


ドンドン、ド、ザッ

   キュ、ドン、ザッ!

(そっちかよ!?)

彼の切り返しと加速の高速ドリブルに、

僕のディフェンスは呆気なく抜けられしまった。

ゴン、パサッ。

ゴール下で、レイアップシュートを決められた、

「まずは、一点先取!」

後藤は軽くガッツポーズを取った。

(さすが、『神速の貴公子』)

中学時代から運動能力が、ずば抜け、

しかも、顔もイケメンな彼は、

こんな二つ名を持っているのであった。

僕が持っている二つ名とは大違いであった。


「今日の悟のディフェンスは、笊(ざる)だな。

このままだと、大量得点でゲームセットしちゃうぞ。」

と、彼はボールを拾い、ニヤニヤした表情を浮かべながら、

こちらにボールをパスした。

攻守交替である。

「サトル・オオノを、侮るなよな。

さっさと追いつくわ。」

ドンドンドン。

(さて、今回はどう攻めようか。)

目線を右左(みぎひだり)と変えながら考えていた。

ドン、ドン、ドドドド。

左へと急加速して、ドリブル突破を試みたが、

後藤は簡単に追いついて来た。

キュ、ドンドン。

僕はバックステップで後ろに下がり、

後藤から距離を置いて、ドリブルを続ける。

(運動能力が違いすぎるな。)

と、目の前に立ちはだかる『神速の貴公子』を眺めながら、

思い知らされるのであった。


(本来、一人で攻略するような相手じゃないなんだよなぁ。)

仲間と力を合わせて戦うが、ベスト・アンサーではあったが、

友達が後藤しか居ないし、ワンオンワンのゲームだし・・・

「一人でラスボスを倒しますか。」

小さな声で呟きながら、

再度、右側の方へとドリブルで走った。

後藤はキッチリ付いてきてディフェンス。

ドンドン、キュ。

左に切れのあるターンして、

突破を計(はか)るが、後藤は余裕の表情で付いてくる。


「僕の切れっ切れのターンを、

余裕で付い来てんじゃねえよ、後藤。」

若干、腹に据える物があったので、つい彼に文句を言ってしまった。

「あれが、切れっ切れだとしたら、悟。

まだまだ、修行が足りんのじゃないか。」

後藤はニヤニヤしながら言った。

(さて、ゴール下まで距離があるが、

仕方が無い、ここで仕掛けよう。)

ドン、ドン、ドンドン。

僕は右の方へと視線を向けて、ドリブルを仕掛ける。

彼も僕の視線と行動を見て同じように動いた。

(ここだな。)

シュっ


大野流秘儀

ノー・ルッキング・シュート!


僕はゴールを一切見る事無くシュートを放った。

予(あらかじ)め、どの辺りにゴールリングがあるのかを、

頭にインプットをして、目線をゴールに焦点を合わせずに、

目の端だけで捉えて、シュートを放つ。

距離が短いほど決まる率が上がるのだが・・・。

(入るだろうか?)

僕はゴールリングの方へと目線を上げた。


チッ。

微かに、かする音がした。

後藤は、僕がシュート・モーションに入ったの見た瞬間に、

動いていた体を急停止させて、

そこから大跳躍をした。

そして、僕の放ったボールを僅かに指先で触れるのであった。

(今の、止めるのかよ!?)

ガシャン。

ボールの軌道は僅かにズレて、

僕の渾身(こんしん)のシュートは、

ゴールリングに当たって、コート外へと飛んで行くのであった。


「悟のシュートは、いつ見ても、えげつないな。

意味不明なタイミングで、シュートして来るからなぁ。」

後藤は、コート外に転がっているボールを拾いながら、

そのように言った。

(いや、それを言うなら、お前の運動能力のえげつないわ。

何で、今のシュート反応出来きた、コイツ。)

僕は心底思うであった。


「さすが、『ルール破りの道化師』

その二つ名は伊達じゃないなぁ。」

僕の中学時代の2つ名である。

「その二つ名、好きじゃないんだよなぁ。

「カッコイイと思うぞ。」

「いや、ただの不名誉だわ!?

それに、『ルール破り』と呼ばれているけど、

別にルールを破っているわけでは無いのだけどなぁ。」

はぁ~~。

僕は、ため息を付くのであった。


バスケットボール、バドミントン、野球、サッカーetc

過去から現在まで、色んなスポーツをして来ているのだが、

僕は後藤のような運動能力が無かった為、

必然なのか、性格なのか分からないが、

プレースタイルが、

相手の隙を狙ったり、騙(だま)すような物が多くなってしまった。

対戦相手からは、

あたかもルール違反をしているようなプレーをしてるように、

見えるようで、『ルール破りの道化師』なる、

不名誉な二つ名を授かってしまうのであった。

さっきの『ノー・ルッキング・シュート』も、

ルール的には違反では無いのだが・・・・

『卑怯(ひきょう)な技』として、認識されてしまうのであった。

(如何ともしがたい。)

僕は歯がゆさを抱く。


「まぁ、二つ名があるって事は、

それだけ、実力あるって証拠だから喜ぶべきだと思うぞ。

次、『ルール破りの道化師』こと、悟のディフェンスね。」

「うるさいわ!?、

そして、次は止めるつうの、マジで。」

僕は彼にボールをパスした。

ドンドンドンドン。

(後藤に勝つためには、今よりも進化しなきゃなぁ。)

後藤のドリブルを眺めながら・・・・


プツ、ジーーーーー

キーンコーンカーンコーン♪


「1年A組、大野悟君、至急、生徒指導室に来てください。」

1年A組、大野悟君、今すぐ、せ、生徒指導室の佐藤姫花の所まで来て・・・グスン、ください。

こ、これで連絡を・・・グスン、お、おわります。。」


キーンコーンカーンコーン♪


(後藤を倒すためには、更なる進化の必要が・・・必要が・・・

しつよう・・・・が。)


あああああああ

  ああああああああ!!!!!!!


僕は思わず体育館中に響く大きな叫び声を上げてしまった。

(ヤバい、完全に忘れてた!!)

佐藤先生とお昼休みの時間に、

二者面談をする約束を交わしていたのであった。

僕は無意識に頭を抱えた。


「・・・悟、また呼び出し受けてるじゃん。」

「マジそれな、

ホント、マジそれま。」

僕は後藤の話を、ほぼ無視して、

猛スピードで体育館シューズから、

校内用のスリッパへと履き替えていた。

「今の放送、佐藤先生だよな・・・なんか泣いてなかったか?」

「・・・泣いてたかも。」

僕もそれには気付いた。

なので、超急いでいるのであった。

「なぁ、悟。」

「何だ、後藤、手短に頼む。」

「先生を泣かすような行動は慎めよ、

真面目な話。』

後藤は批判めいた表情を浮かべながら、

僕に、そのように言った。

後藤の久々のマジ説教であった。

「・・・そうだな、肝に銘じる。」

僕は素直に反省をした。

佐藤先生を泣かしてしまう前に、

すでに、橘さんを号泣させているであった。

二日という短い期間に、二人の女性を泣かしてしまっている・・・。

『人間失格』と言っても言い過ぎでは無いなと、

僕は思うのであった。



「すまん、後藤、行ってくるわ、」

僕はスリッパに履き替えて、

いつでも準備OKな状態になっていた。

「急いで行け。」

後藤は命令口調で言った。

「後藤・・・ひとりになっちゃうけど・・・」

「そういうのいいから、

さっさと行け!!」

「それじゃ、行って来るわ・・・

え~~~と、明日の弁当のおかず、後藤に何品かあげるから、

それで許せ!!

じゃあ、行ってくる!!」

そう言った後、

僕は体育館の入口へと全力で走るのであった。

「了解、その約束、忘れるなよ。」

後ろか、後藤の声が響いた


僕は体育館の入口を出てすぐの、

三段ある階段を、ジャンプして


待ち人である、佐藤先生の下へ、

急がねば!?


第三章。


僕は廊下を競歩で歩き。

(廊下は絶対走ってはダメ。

教室や廊下の角から、突然、生徒が飛び出してくるので、

マジで危ないです。)

中庭は全力で走り。

(中庭は見晴らしが良いので、走っても安全。)

この学校の中庭に居座っている、

グレーの毛並みのお猫様をチラッと横目で見ながら走り。

(ふてぶてしい表情がカワイイ、お猫様!)

中庭から学校内の廊下へと進み、

そして、階段を二段飛ばしで駆け登り、

ついに、僕は生徒指導室に辿り着くのであった。


僕は、ドアの前で一旦立ち止まる。

(先生、怒っているのかな?

それとも、泣いているのかな?

どっちらにしても・・・会うのが憂鬱だなぁ。)


トントン。

僕は教室のドアをノックをする。

「どうぞ。」

ガラッとドアを開けて、

「佐藤先生、遅れてすいません。」

と、謝罪の言葉を述べつつ、

僕は教室に入るのであった


生徒指導室の教室内では、

佐藤先生は椅子に座って待っていた。

彼女のご様子は如何なものか?と、恐る恐る表情をみると、

寂しそうな目で僕の方を見ていた。

(う~ん、一番、厄介そうだなぁ。

むしろ、怒っていた方が何かと対処し易かったなぁ。)

と、内面で唸るのであった。

(さて、先生との面談の約束を破った事を、

どう謝るか。)

僕はアレコレ考えながら、

何気なくなが教室内を見渡した。

机と椅子と書類棚があるだけの至って、

シンプルな教室であった。

(生徒指導室なんて、中学でも高校でも同じ・・・・物か・・・んっ?)

と、部屋の薄暗い隅の方に、

大きな物が置かれているのに気付くのであった。

(何だろう?)

と目を凝らしてみると、

四本の骨太の逞(たく)しい足と、

天井に閊(つか)えそうな程の立派な二本の角が頭から、

にょきっと生えていた。

影に目が慣れて、その姿が見れるようになった・・・。


それは、トナカイであった。

トナカイのはく製が置かれていた!?


いやいやいやいや。

待て待て待て待て。

こんな暖かい地域に、野生のトナカイなんて居る訳ないじゃん。

いるとしら、もっと北、北!!

北と南で生物相が変わると言われている、ブラキストン線よりも、北だ!!

この辺りの迷ってしまったトナカイなのかな、

こんな所まで、南下するトナカイなんて存在するのか。

そんなトナカイ居ないよ!!

僕はトナカイはく製を眺めながら、

ついつい、心の中で大いに一人ツッコミをかましてしまった。


「大野君、今まで何をしていたの?」

佐藤先生は、僕がトナカイに心を奪われている事に気付く事無く、

質問をしてきた。とりあえず、トナカイは頭の中から締め出して、

先生の質問に真摯に答える事にした。

トナカイについては、後で聞く事にしよう・・・そうしよう。

「後藤君と、トナ・・カ・・・・

バスケットボールのワンオンワンをしていました。」

「そ、そうですか、バスケットボールですか・・・

さぞかし、楽しかったでしょうね。」

僕の事を、僅かに恨めしそうな目で見る、佐藤先生。

「楽しいですか・・・・

どうなんでしょうね?

楽しい事は楽しいですが、

まぁ、習慣みたいな物だと思いますし、それ以外にも」

「どちらにしても」

佐藤先生は、僕の言葉を打ち消すように言う。

「大野君にとっては・・・・・

私との面談なんかよりも、

後藤君とバスケットボールをする方が、

大事だったという事になりますね。」

「いや、そんな事ありませんよ。

先生の事は大事だと」


「あなたが、私を大事だと思っている訳が無いんです!!」

佐藤先生は、声を荒げて叫んだ。

「大野君は・・・大野君は、私の事なんて無関心なんです。

それか、大嫌いか・・・・

その、どちらかでしか無いんです!!!」

佐藤先生は、目に涙を浮かべながら、

僕に悲痛な叫びを訴えた。

彼女の事を、ゆるキャラみたいな優しい先生だと思っていたので、

僕は彼女の感情的な姿に、大いに動揺させられた。


「あの、先生の事を無関心とか嫌いとか・・・

そんな風に、僕は思っていませんよ。」

「嘘です、嘘です、あなたが言う事は全部噓です。」

(全部嘘とは、また極端なぁ。)

佐藤先生の返答を聞きながら、

僕は思うのであった。

(それに、彼女に全く信用されていないのだが

・・・何故だ?)

「なんで先生は、僕が嘘を付いていると思うのですか?」

気になったので、早速、質問をしてみた。

原因を究明を計る僕。

「だって・・・だって。」

佐藤先生は、駄々っ子のように喋り出す、

感情が迸(ほとばし)り、若干、幼児化しているようである。

「だって、大野君、私の事を、

『田中先生』って呼んでいたじゃないですか!!

『田中先生、宿題のプリント持っていきました。』

『田中先生、ここの書き方が、分からないのですが。』

『あの・・・田中先生、

顔色が悪そうに見えますが・・・大丈夫ですか?』

私の名前は、佐藤姫野です!!

田中先生ではありません。

ねぇ、ねぇ、ねぇ、教えてよ、大野君、

田中先生って誰なの?

田中先生って誰?

私の名前は佐藤なのですが、

田中先生って誰なの!!」


佐藤先生は、僕に一歩一歩と近づきながら、

問い詰めるのであった。

「佐藤先生・・・

僕、そんなに、田中先生って呼んでいました?」

「あなたの担任になってから、

ずーーーーーっと、田中先生って呼ばれてました!!」

と、涙に涙に訴える佐藤先生であった。


ぽたぽたと涙をこぼす、佐藤先生を見つめながら、

(なんて事をしやがってんだ、過去の自分!!)

自分自身の過去の行いを、激しく悔いるのであった。

(タイムマシンさえあれば。)

と僕は考える。

過去に『田中先生』と呼んでいる愚かなる自分達を、

一人一人をドロップキックで蹴とばしに行けるのにと思うのであった。

2023年の現在時点で、

未だタイムマシンと、猫型ロボットが発明されていない事に、

過去の行いと共に、激しく悔やまれるのであった。

将来、もし、お金持ちになるような事があれば、

タイムマシンと、猫型ロボットを開発する会社に、

投資あるいは、無ければ創設しようと考えるのであった。


「佐藤先生・・・僕は先生の事を、

心優しい素晴らしい先生だと思っていますよ。」

「噓です!

大野君が、そんな風に私を思っている訳が無いんです。」

「先生、聞いて下さい!!」

佐藤先生の両腕をガシッと掴んで、

真剣な眼差しで彼女の顔を見つめる。

「今日の橘さんとの面談の時、

佐藤先生は、僕の事をスゴク心配してたじゃいですか。

それに、どうにか助けようともしてました。

あなたの、その親切心に、

あの時の僕は、とても救われていたのです。

だから、僕は・・・先生の事を、

とても大事な人だと思っています!!」

僕が今、抱いている素直な気持ちを感情を高ぶらせながら、

彼女に告(つ)げた。

自分はあまり感情的になるタイプでは無いのだが・・・

彼女の激情が触発されたのであろうか?

現在、少しずつ恥ずかしさが沸き上がりつつあった。

「そ・・・そう、でしたか。」

佐藤先生は目を丸くしながら、

しばらくの間、僕を見つめていた。

「お、大野君。」

「あ、はい。」

「そ、その・・・う、腕を離して貰っても、良いですか・・。」

目線を俯(うつむ)きながら、彼女はそう言った。

「ご、ごめんなさい。

つい、感情的になってしまって・・・」

「いえ、こちらこそ、

大野君を、嘘つき呼ばわりしてしまって、

・・・ご、ごめんなさい。」


・・・・・。

・・・・・。

なんか気まずい雰囲気になってしまった・・・。



 「あの先生、コレ使って下さい。」

 僕はブレザーの右ポケットから、ハンカチを取り出した。

 「まだ、今日一度も使っていないので、

 涙を拭くのに、良ければ使って下さい。」

 僕のお気に入りの、スカイ・ブルーの絹のハンカチであった。

 「ありがとう・・・大野君。」

 佐藤先生は、素直に受け取とり、

ポケットから化粧ポーチを取り出し、

鏡を見ながら目元を拭いていた。

「先生、今まで、その・・・ごめんなさい。

『田中先生。』と、間違えて呼んでいた事、本当にごめんなさい。」

僕はわずかに頭を下げて(斜め五度)、謝罪の言葉を述べた。

「本当ですよ。」

彼女は鏡越しに、ムムッと恨めしそうに見つめる。

「この二か月の間、大野君の『田中先生』発言のお陰で、

どれだけ不安な気持ちを抱いていたのか分かりますか?

私、教師に向いてないのかもと、本気で落ち込んでいたのですかね。」

佐藤先生は、今までの鬱憤(うっぷん)をぶちまけるのであった。

「そんなに・・・先生を追い詰めていたのですね。」

「そうですね、スゴク追い詰められていたと思います。

あなたに『田中先生』と呼ばれた日は、胃が少しヒリヒリしましたし、

授業も集中力が散漫(さんまん)になり、教科書のページ数を間違えたり、

ホワイト・ボードに書く文章を間違えて、それを生徒に指摘されたりで・・・。

あ~~~、大野君、話していたら、

段々と腹立たしくなって来ました。」

佐藤先生は化粧ポーチを、コトリを机に置いて、

僕のお気に入りのハンカチを僅かに見つめた後。


チ~~~~ン。

ハンカチで盛大に鼻をかんだ。


「はい、大野君。

ハンカチ、ありがとうございました。」

佐藤先生は、鼻水と涙でデロデロになったハンカチを僕に返すのであった。

「ど、どういたしまして。」

僕は、動揺と苦々しい思いをしながら、

彼女からハンカチを受け取った。

しかし、この二か月の間、

僕が無意識の内に彼女に与えてしまっていた心的ストレスを考えると、

彼女の仕返しは、当然の仕返しなのだろうと僕は思うのであった。

これは、先生を傷つけた罰なのであり、

僕はこの事を只々、甘んじて受け入れるべき物だろうと考え、

鼻水&涙でデロデロになったハンカチを、

僕は何事も無かったように、

ブレザーのポケットに仕舞うのであった。

(後で、応急処置として水道で洗っておこう。)

と、心の中で考えるのであった。


佐藤先生は、僕がハンカチを仕舞う間、

横目でじっと様子を伺っていた。

その後、化粧ポーチをじっと見つめていた。

「それで佐藤先生、面談の方は」

「やっぱり、ハンカチを返して下さい!」

「あの・・・面談の方は」

「それよりも、先ほどのハンカチは私に渡して下さい。

洗濯して返しますので・・・・

あまりにも、あなたに大人げない事をしてしまいました。」

「そんな事、気にしないで下さい。

先生の受けた心的ストレスを考えますと、

これは、僕が受ける当然の罰だと思いますので。」

「大野君は、先生のストレスなんて気にしなくても良いですから、

兎に角、ハンカチを渡して下さい。

私が段々と恥ずかしくなって来たのです。」

佐藤先生は、僕の右ポケットに収まっているハンカチを、

強奪しようと、腕を伸ばすのであった。

「ちょっと先生、本当に大丈夫ですから。」

僕はハンカチを取られないように、

彼女が近づいてくるのを避けたり、

腕を払いのけたりしながら、ハンカチを死守するのであった。

僕と佐藤先生は、生徒指導室でハンカチを巡って、

一進一退の攻防を繰り広げていた。


「大野君・・・はぁはぁ・・・

いい加減に・・・渡して下さい。」

佐藤先生は、若干、息切れを起こしていた。

「本当に良いですから。」

「そういう訳には行きません。」

そして、彼女は僕に近づこうとした時に、


ズルっ!

ドテ!!

引っ掛かる物が何も無い場所で、

佐藤先生は盛大にコケるのであった。(謎の転倒である。)

「痛っ!」

「先生、大丈夫ですか?

怪我とか無い、なっ!!」

僕は先生に向ていた目線を、素早く横に向けるのであった。

「えぇ、大野君、大丈夫でした。

って、どうして、目線を横に向けているん・・・なっ!?」

先生は、ようやく気付いてくれたようであった。

彼女が転んだ際に、スカートが開(はだ)けて、

彼女の純白な下着が丸見えだったのである。

スッ、サッサ

と、佐藤先生がスカートを直す衣擦れの音が、

彼女が居るであろう方向から、聞こえるのであった。

(先生の純白のパンツが、

完全に記憶に焼きついてしまった。)

僕は、目線の横に向けたまま、

そんな事を考えていた。


「お、お、大野君・・・

私の、下着を・・・み、み、見ましたか?」

「見ていま・・・。」

僕は反射的に『見ていない!』と嘘を付こうとしたのだが・・・

彼女に対して、嘘を付いたり、不誠実な行動を取りたく無いと考えた。

そして、僕は、

「先生、ごめんなさい!

結構、見てしまいました!!」

と、正直に述べた。

これを聞いた佐藤先生は、

「う~~~~~~。」

恥ずかしさと、怒りと、やるせなさ、恨めしさ、

その他、etcな色んな感情が混じりあった、

唸る声が彼女の口から漏れた。


スクッ、サッサ、スッ

と、彼女の方から、またしても音がした。

(先生、何をしているのだろう?)

未だに彼女に目線を向ける事が出来ずにいた僕は、

彼女の詳しい様子が分からなかった。


「あの、大野君。」

と、すぐ近くで声がしたので、

僕は驚いて反射的にそちら見た。

すると、先生が何時の間にか、僕の真横に佇んでいた。

「朝の面談の時は、私の胸を揉み、

そして、今回、私のパンツを、あなたに、結構、見られてしまいました。

大野君・・・・あなたは・・・・

わ、私を・・・どうするおつもりなのですか?」

佐藤先生は、顔を赤くしながら問い詰めてきた。

(どうする、こうするも、

只の不運なトラブル連鎖です、先生!?)

と、僕は言いたかったのだが、

『トラブルでした。』で、全てを片付けてしまうのは、

あまりにも外道な事だと思うのであった。

「先生、それらの事に関しては。

申し訳ございません。としか良い様がありません。」

「そうですよね・・・。」

佐藤先生も、しぶしぶであったが頷くのであった。

彼女も一連の出来事が『トラブル』である事は分かっているのだが、

分かっているのだが・・・

スッキリしない蟠(わだか)まりが彼女の胸に渦巻いているようであった。

「でも、僕としては、先生に悪い事をしたという、

負い目を凄く感じているのです。

なので、僕に罪滅ぼしをさせて下さい。」

「罪滅ぼしですか・・・。」

「先生、僕にして何かして欲しい事だったり、

頼みたい事があったら、遠慮無く言って下さい。

僕、何でもしますよ!」

「何でも・・・ですか。

どんな事でも良いのですか?」

佐藤先生は、僕の申し入れに興味を示してくれたようで、

食い付いて来た。

「もちろん、良いですよ。

・・・ただ、先生。

海外バンクを利用した国際的なマネーロンダリングを手伝って欲しいとか、

反社会的な活動に一緒に従事(じゅうじ)して欲しいとか、

そういう、犯罪に関わるような事を頼まれるのは困りますよ。」

「そんな事、頼みませんよ!!

大野君は、先生をどんな風に見ているのですか!」

と、怒られてしまった。

「でも・・・・そうですね。」

佐藤先生は、考え深げに僕を見つめる。

「お願いと言うのは、

本当に、何でもお願いしても良いのですか?」と、佐藤先生は尋ねる。

「えぇ・・・何でも良いです。」、

「人手が足りなかったり、

万策尽きて、もうどうしようも出来ないと思った時に、

私は、大野君を頼ってもいいのですか?」

彼女は段々と切実な表情になりながら尋ねるのであった。

・・・・。

あまりにも鬼気迫る切実さに、

これは安易に返事をしてしまって良い物だろうか?

と、躊躇(ためら)いの気持ちが起こったが、

「わかりました、先生。

僕を頼って下さい。

何とかしましょう。」と、僕は彼女に宣言した。

「本当ですか、大野君。

約束ですよ!!」

佐藤先生、満面の笑みでそう言った。

「分かりました、約束です!!」

佐藤先生に返事をした。

はたして、将来、彼女にどんな頼み事をされるのか、

定かでは無く一抹の不安がありはしたが、

未来の僕が何とかしてくれるだろうと信じる事にした。



「それで先生、面接の方は、どう・・・」


キーンコーンカーンコーン♪


昼休みが終わり、

五時限目の授業の始まりのチャイムが鳴り響く。


佐藤先生は、チャイムを聞き終わった後、

「もう、お話を聞くのは無理そうなので、

そうですね~。

来週の月曜日のお昼休みに面接をしましょうか。」

「分かりました。

来週の月曜日、またここに来ますね。」

「そうしましょう。」

面接の日程が決まるのであった。

「それから、大野君。」

「んっ、何でしょうか?」

「もう、五時限目の授業が始まっていますので、

急いで、授業に行って下さい。」

生徒指導室で、このまま、のらりくらりと過ごして、

授業をサボろうと計画していたのだが、

佐藤先生は、僕の心を見透かしたのかどうか、

注意されるのであった。

(甘々な先生かと思っていたが・・・。)

佐藤先生は、意外と抜け目が無い先生であるようだ。

「そうですね。

授業に・・・行って来ます。」

僕はサボる事を泣く泣く諦め、

生徒指導室を出ようとドアへと向かった。

「ちょっと、待って下さい、大野君。」

佐藤先生に呼び止めれた。

今さっき「授業の行け。」と言ったかと思ったら、

今度は「待て。」と言う先生。

僕が戸惑った表情で彼女を見つめていると、

彼女は僕に手を差し伸べて、

「ハイ。」と言った。

「?」

(何だ、この手は?

ワンちゃんに対する、お手みたいな物だろうか?)

僕はどう判断して良いのか迷っていると、

「大野君、ハンカチを出して下さい。

綺麗にクリーニングして返しますから。」

最後の最後に、ハンカチを出すよう要求して来るのであった。

色んな、ごたごたがあったから、

もう忘れているのかと思ったけど。

佐藤先生は、頑固で執着心の強い人なのかもしれないなぁと思いながら、

僕はポケットから、例の鼻水と涙でデロデロになった、

ハンカチを取り出し、彼女に手渡した。

「気にしなくても良かったのに、先生。」

「そういう訳には行きませんよ。

このハンカチは、私が責任を持ってクリーニングさせて頂きます。」

「そうですか・・・。

なら、まぁ、お任せします。」

「アイロンがけもして、隅から隅までキレイにして、

月曜日の面接の時にお返ししますね。」

佐藤先生は、やや勝ち誇った笑顔で僕に告げた。


「じゃあ、授業に行って来ます。」

「頑張って、大野君。」

僕は佐藤先生にエールを送られながら、

生徒指導室を出た。

そして、授業を受ける為、

我がAクラスの教室へ向かて歩くのであった。

テクテク。

あっ、そう言えば。

「動物のはく製について聞くのを忘れていたなぁ。」

僕は廊下を歩きながら思い出すのであった。

生徒指導室に居たトナカイと、

職員室の応接室に居た鹿。

それぞれ、強烈な存在感で安置されていた、はく製達を頭に浮かべる。、

「あれらは、一体何なのですか?」と、

佐藤先生に、それとなく聞かなきゃいけないなぁと思っていたのだが、

完全に忘れてしまっていた・・・。


「ひとまず、自分で考えてみよう。」

教室に向かうまでの間、手持ち無沙汰だったのもあり、

一人で謎解き挑戦する事にした。

もしかしたら、あの動物達は風水に関係あるのかもしれない。

古代中国には、四聖獣という方位を司る霊獣が存在するとされている。

北は玄武(げんぶ)、東は青龍(せいりゅう)、西は白虎(びゃっこ)、

南は朱雀(すざく)。

僕が住んでいる地方では、霊獣の代わりに、

野生動物達が、その役割を引き受けて居るのかもしれない。

こんな感じに・・・。

北はトナカイ、東は鹿、西は狸、南はマングース。

このような配置で置く事によって、

地球内部に張り巡らされたていると言われている、

『龍脈』なる謎エネルギーを、

学校を上手く集める事で、、

この学校の運気をアップさせているのかもしれない。

あの動物のはく製達は、風水的な関係で、

あのように、色んな部屋に置かれているのであろう。

と、僕は結論付けた。

・・・・。

(でも、何かなぁ。)

僕は、自ら導き出した案に、

やや不足の念を抱いていた。

僕が通っている山守(やまもり)高等学校は、

地方にある学校ではあるのだが、

バリバリの進学校なのである。、

そんな学校が『風水』というオカルトチックな事に傾倒するのだろうか?

と思うのである。、

それに『風水』の関係で置いているのなら、

それなら、それで詳しい説明書きのプレートを、

はく製の横にでも掲げてあっても、

良さそうなのだがと考えるのである。

(う~~~ん。)

僕は頭を捻る。

(分からん。

本当に分からん。

こうなったら、仕方が無い、

佐藤先生に質問してみよう!!)

先生とは、再び生徒指導室で面接をしなければならないのである。

その時に、ついでに彼女に聞いてみるとしよう。

僕は初夏の太陽がキラキラと輝く廊下を歩きながら、

そのよう決意を固めて、教室へと戻るのであった。


あの動物のはく製の謎は、絶対に解き明かしてみせる!!

(推理では無く、尋ねて事によって。)


第四章


「次の時間は、ローマ時代の政治家であり、

軍人でもあり、『ガリア戦記』の著者で物書きでもあり、

『賽は投げられた』や、『ブルータス、お前もか!』など、

数々の名言も残している、

ユリウス・カエサルが、

どのような経緯でフランス遠征を行ったのかを、

お話をしようと思います。

皆さん、今すぐ聞きたいと思っているでしょうが、

今日の授業は、ココまでにします。」

と、世界史の先生は教科書を閉じ、

授業の終わりを告げた。

それを合図に生徒達は、教科書やノートをカバンに詰め込み、

それぞれが、それぞれの放課後を過ごす為に、

Aクラスの教室から、

散らばって行くのであった。

「部活行こ。」

「これから、スタバ行かない?」

「昨日の『』」

「ホップ・ステップ・キッック!」

「魔術協会の手先がさ・・・。」

クラスメイト達の色んな話し声が飛び交っていた。


放課後である。


(橘さんが、もう少ししたら、

この教室に来てしまうなぁ。)

教室正面の上にあるアナログ時計を眺めながら考えるのであった。

このAクラスの教室で、

連絡先を交換する約束を交わしているのである!


「悟、また明日。」

後藤は、僕の机の横を通り過ぎながら挨拶をした。

「あぁ、また明日。」

僕は挨拶を返した。

彼の去って行く背中を見つめつつ、

(元気だなぁ、後藤。)

と、僕は思う。

後藤は、これからバドミントンの部活に勤しむのであろう。

彼の活き活きとした背中を眺めながら、

後藤にとって一番、楽しく、自由な時間は、

放課後なのだろうなと思うのであった。

(さて、僕も行動に移さないと。)

教科書やノートをギュギュっとカバンに押し込めて、

椅子から立ち上がり、

僕はAクラスの教室を出るのであった。


橘さんが、おそらく、数分後には、

この教室に来るであろう。

そして、この場所で、

僕と連絡先の交換する予定なっている

・・・が。

僕はAクラスの教室を出るのであった。

つまりは・・・僕は

彼女との約束を破ろうとしているのである!!

・・・・。

このままでは、大野悟は鬼畜で外道だと思われてしまうので、

補足説明を加えようと思う。

約束を破ると言っても、

『会う約束』と『連絡先の交換の約束』は、

破るつもりでは、全く無いのである。

ただ、『このAクラスの教室で会う』という部分の約束を無視して、

現在、行動しているのである。


何故、この教室で会わないのか?

その答えは至ってシンプルである。

それは橘さんが、あまりにも注目され過ぎているからである。

(彼女の周りは、

黒山の人だかりではないか。)

今日のお昼休みと、授業の合間の休憩時間に、

僕は、彼女の様子を遠目ではあったが、

観察していたのだが、常に人が群がっているのであった、

「その髪の毛、何処で染めたのですか?」

「橘さん、今日、カラオケに一緒に行こうよ!」

「栞、こういうポーズとってくれますか?

・・・Oh So very very cute!!」

彼女の周りにでは、質問やら賞賛が飛び交っており、

話かける余地すらない状態である。


そんな話題の中心である橘さんが、

今日の放課後、約束通りAクラスの教室に来て、

目付きは悪く、冴えない、しかもボッチな僕に、

話かけるような事が起きでもしたら

どうだろうか?

・・・・

大騒動になりはしないだろうか?


そう結論付けた僕は、この教室で会う事を諦め、

代わりに別の場所で会う事に決めるのであった。

つまりは・・・・密会である!!

コソコソ、ひそひそと、誰にもバレ無いように、

彼女に会おうという事である。

(友達として堂々と会おうと、橘さんと約束したはずなのに、

これから、僕は真逆な事を行おうとしているなぁ。)

『人生とは紆余曲折、

ままならない物である。』

そんなビターな側面を味わう大野悟であった。


(さて、密会をすると決めたは良いが・・・。)

僕は、彼女を取り巻いている有象無象の生徒達を思い出すのであった。

あの人の群れを、どう欺(あざむ)き、騙し、

掻い潜って(かいくぐり)、彼女に会合場所の変更を伝えるべきであろうか。

(これは、いわゆる、

S級難易度クエストっていう奴だろな。)

と、僕は考えるのであった。



そんな事を、放課後になる前の授業の時間に、

考えを巡らしていたのである。


そして、現在。

橘さんとの密会を果たす為、

僕は廊下で彼女を待ち伏せをしていた。


CクラスからAクラスの教室に来るのに、

間違い無く通らなければならないルートで、

僕は何食わぬ顔で待機していた。

数分後、彼女は来た。

(あれ?)

案に相違して彼女は一人で歩いていた。

(てっきり、彼女の取り巻き連中が、

ぞろぞろと付いてくるのかと・・・

いや、やっぱりかぁ~。)

僕は内面でため息を付いた。

橘さんの更に数メートル後方を見ると、

5人ぐらいの女生徒がグループになって、

彼女を尾行しているのであった。


(作戦決行は避けられないか。)

廊下の窓辺側で佇んでいた僕は、

壁を離れて、彼女の方へと歩きだした。

橘さんとの距離が近くなって、

前方から僕が近づいている事に気付いて彼女は、

驚きの表情で、僕を見ていた。

教室で会う約束をしていた人間が、

廊下を歩いているのである。

(そりゃ、驚くよな。)

橘さんとしては、『どういう事だろう?』

と、困惑しているあろう。

彼女との距離が、二メートル位になった所で、

おっと⁉

ガッシャン!!

ザザーーン!!


僕は何も無い所で躓(つまず)き(とりあえず、演技。)、

手に持っていた、教科書、ノート、筆箱を、

派手に廊下に、ぶち撒(ま)けるのであった。


突然の出来事に、橘さんや、

周りに居た数人の善良なる生徒達は、

唖然としながら、その光景を眺めていた。

「あちゃ~、ごめんなさい。」

と、僕は周りの人達に、ペコペコ謝りつつ、

散らばった物を拾い始める。

橘さんも、遅ればせながらも気が付いて、

拾ってくれるのであった。

「あの・・・どうぞ。」

橘さんは、不思議そうな目で、

拾った教科書を僕に渡した。

「これは親切に、

どうもありがとうございます。」

僕は初対面の人にお礼を述べる時のように、

丁寧な挨拶をした。

そして、彼女から教科書を受け取るのであった。


そして、この時、この瞬間に、

放課後前の世界史の授業の時間から、

コツコツと準備をしていた、

ある作戦を実行する。


僕は左手に握り持っていた紙片を、

彼女の右掌(てのひら)に、サッと滑り込ませるのであった。

密会場所が書かれた紙片を、誰にも気付かれづに渡すのであった。

(よし、ミッション・コンプリート!)

僕は自身の隠密活動の出来栄えに、

自画自賛するので・・・


ひゃっん⁉

橘さんが変な声を出すのであった。

僕からの予想外の紙片の受け渡しに、

橘さんは驚いてしまったようである。


汗、汗、汗。

(や、ヤバい。)

僕は内面でヒヤッとして、

額と脇に冷や汗をかいていた。

周りの生徒達は、僕たちを不審そうな目で眺めていた。


「あ、ありがとうございました。」

僕は、その場を雰囲気をどうにか誤魔化す為に、

もう一度、お礼を述べた。

「いえ、どういたしまして。」

橘さんは、恥ずかしさで顔を赤面しながらも、

返事を返すのであった。

しかし、その赤面も僅かな間だけであり、

直ぐに、冷静を取り戻した彼女は、

チラッと自身の右手を見てから、

再度、僕の目を見るのであった。

彼女は僕の行動の意図が分かったようで、

アイコンタクトで伝えるのであった。

(状況理解と、その後の対応能力が早いなぁ。)

僕は、彼女の聡明さに感心した。

(ただ、「ひゃっん⁉」という変な声が無ければ、

パーフェクトだったなぁ。)

ちょっと色気があった、彼女の「ひゃっん⁉」を思い出しながら、

彼女に対して、少しだけ辛口評価を加えるのであった。


「今後は、廊下で転ぶ事が無いように、

十分に気を付けてくださいね。」

と、橘さんは述べた。

(絶妙に皮肉が込められいる。)

薄ら笑いを浮かべ、こちらを見ている橘さんを見ながら、

僕は思った。

「そうですね~~。

今後は、このような事が無いように、

気を付けようと思います。」

このような突然の隠密活動は、以後行わないように、

反省するのであった。

「フフッ、それでは。」

彼女は立ち上がり、

Aクラスの方向へと歩いて行った。


(これで我がAクラスで騒動になるような事が、

無くなったなぁ。)

ホッと胸を撫で下ろした。

それから、彼女が歩いて行った方向とは、

真逆の方向へと歩き出した。

(指定した公園に、急いで行かないと。)

一、二歩と歩き出し、

視線を正面を向けた。


ぎょっ!!

僕はある事に気付いて、

体をこわばってしまった


橘さんかた、数メートル離れて所で尾行していた、

5人の女生徒が、

僕の方をスゴイ形相で睨んでいた。

(うわぁ~。

何かヤバい集団が居る。)

僕は、可愛さが一ミリも無くなってしまっている、

彼女達の顔を見て恐怖する。


(逃げようか。)

と、僕は考えた。

しかし、今から進行方向を変えるのは、

あまりにも不自然であり、

このまま彼女達の横を通り過ぎる事に決めた。

(目線を外していれば平気だろう。)

と、僕は歩き続ける。

そして、すれ違う。

「チッ」

幼顔の前髪ぱっつんの女生徒から、

舌打ちをされてしまった。

(まぁ、この位は想定・・・)

「マジで、無いわ。」

「モテないの男の行動、マジ退くわ。」

「ああいう事は、本当に金輪際、止めて下さ~い」

「次、橘さんに近づいたら覚えとけよ・・・

冴えないヤンキー崩れが!」

通りすがりに、彼女達から、

言葉の暴力の数々を浴びせかけられるのであった。


(うん。これは、ちょっと想定外。)

彼女達の呪いの言葉の数々に、

鋼だと自負していた、僕のメンタルティーは、

想定以上の大ダメージを受けてしまった。

クリティカルヒットという奴だろう。

それにしても、

(冴えないヤンキー崩れ・・・か。)

僕は女生徒達から、そんな風に思われている事を、

この時、初めて知るのであった。


(橘さんの友達であろうか?)

と、彼女達の後ろ姿をチラッと見ながら考えた。

(いや、あれは友達では無いだろう。

おそらく・・・・信者かな。)

と、僕は推察した。

彼女達の憎しみの罵詈雑言(ばりぞうごん)を聞いていて、

友達の範疇を超えた感情(愛情なのかな?)を感じるのであった。

橘さんの事を、神様(or女神)のような存在だと見ており、

彼女を崇(あが)めているのではなかろうかと、

僕は考えた。


(橘さんも、色々と大変そうだな。)

学校内で人気者という境遇(きょうぐう)も、

良い事ばかりじゃなさそうである。

小悪魔系で茶髪で、

優しい笑顔を浮かべる橘さんの事を頭に浮かべた。

あの笑顔の裏では、人には言えない、

苦労や悩みを抱えているのかもしれないと、

僕は彼女に同情の気持ちを抱くのである。

(まぁ、同情すれけども、彼女の真意は、

よく分からん。)

彼女は皆に親しまれて人気者であり、

僕は皆に嫌われて、悪目立ちである。

注目されている点では同じだが、

一方は善感情、他方は悪感情である。

僕と橘さんは、

対極の存在だと言えなくも無いのである。

(異世界ファンタジー風に例えるならば、

勇者と魔王・・・みたいな。)

と、僕は考えた。

一、二年後、もしかしたら、

僕は、橘さんが振りかざす聖剣によって、

奈落の底へと葬り去られる日が来るかもしれないと、

空想めいた事を考えた。

(殺人は無いにしても、

社会的抹殺は




(密会場所に急いで行かないと・・・。)

僕は手に持っている、教科書や筆箱をカバンの中に詰め込んで、

廊下を足早に歩いた。



第4章


密会場所に指定した『朧滝(おぼろだき)公園』で、

僕は橘さんが来るのを、青葉生い茂る桜の木の下で待っていた。

六月なので、とうの昔に桜の花は散っており、

その代わりに、ちっちゃなサクランボが枝策に実っていた。

その実を雲雀(ヒバリ)が、チョコチョコと啄んでいた。

(カワイイ。)


この場所が彼女との密会場所なのである。

夕焼け時刻であったが、

初夏の太陽が、未だに容赦無く降り注いで、

とても暑かった。

地球温暖化を太陽光線を浴びる事によって、

ヒリヒリと実感として感じるのであった。


(そう言えば、連絡先の交換だったなぁ。)

と、僕は思い出し、近くのベンチにカバンを置いて、

カバンの底からスマホを取り出すのであった。

友達が後藤しか居らず、

スマホの利用頻度が少ない為、

いつもカバンの最下層で、

僕のスマホは静かに化石となり、地層を形成していた。

そんな、化石化しているスマホを、

地層を縦に掘削して発掘し、

僕はスマホの電源を入れた。


ブブ、ブブ♪

「おぉ、珍しい。」

と、僕は驚きで声を漏らしてしまった。

連絡三件も入っているのである。

いつもは零(ゼロ)件か、あって一件なのである。

(誰からだろう?)

橘さんが来るまでに、

内容の確認しようと連絡アプリを開く。


大野春乃。

「今日、晩御飯にお好み焼きをするので、

キャベツを買って来て下さい。」


(春乃かよ。)

次女から晩御飯の買い出しを頼まれるのであった。

(今日は、色々大変な一日だったから、

正直、直帰で家に帰りたいんだよなぁ。)

キャベツを買いに、お店に行くのが

スゴク億劫であった。

(どうしようか・・・。)

と、僕は悩んだが、

このように返事を返す。

「今日、兄は大変な一日を過ごし、

疲弊しています。

なので、キャベツは、

春乃に任せちゃダメかな。」

ポン♪

と、妹に返信を送った。

(これだけ、下でに出れば、

春乃が買ってくれるであろう。)

と、兄は妹の優しさに期待するのであった。


(さて、二通は誰だろうか?)

スマホを、ぎこちなくスクロールする。

文芸部部長の田宮先輩からであった。

(部活動についてだろう。)

僕は文面を読む。


田宮麻衣

「キーンコーンカーンコーン♪

一年A組、大野悟君。

今すぐ、文芸部の部室に来て、

今日の午前中とお昼休みの時間に、

先生に呼ばれていた理由を、

私、田宮麻衣に、

説明をしなさい。

これは、部長命令だぞ❤

キーンコーンカーンコーン♪」


(田宮先輩、完全に楽しんでるなぁ。)

清楚でおしとやかなメガネ姿の先輩の事を、

頭に思い浮かべる。


「今日は、部活休みます。

なので、先生に呼ばれた理由については、

また、後日、先輩に説明をします。

それでは、帰宅します。

キーンコーンカーンコーン♪」


田宮先輩に返信を返した。

彼女の説明して欲しいというお願いを、

突っぱねる事にした。



ブブ、ブブ♪

田宮先輩から電話が掛かって来た。

(出たくないなぁ~。)

僕はスマホの画面を見ながら嫌な顔をした。

全然、気が乗らなかったが、

通話ボタンをと押して、

電話に出た。

そのまま切ってしまっても良かったが、

後々、どんな仕返しが帰って来るのか、

ちょっと予想が付かないのである。


「も、もしもし。」

「今日、部活来ないの?」

「そういう事になりますね。

諸事情により休ませて貰います。」

「えぇ~来ないの。

大野君が、どんな不祥事を起こしたのか、

教えて欲しかったのに!!」

「不祥事では無いです。

ちょっとしたトラブルです。」

「隣り町の高校生と公園の利権に関する縄張り争いで、

取っ組み合い喧嘩したんじゃないの。」

「違いますよ。」

「なら、何で先生に呼び出されたの?」

「・・・まぁ、色々とあったのです。

それでは先輩、諸事情があるので、

これにて失礼します。」

プチっ

と、電話を一方的に切ってしまった。

先輩には土日を挟んだ、月曜日にでも話せば良いだろうと、

僕は判断するのであった。

今、話すと橘さんとの関係について、

余計な事を言いかねないと危惧するのである。

明日、明後日の休日を利用して、

これまでの出来事を、編集


ブブ♪

田宮先輩からメッセージが来た。

「文芸部の期待のエースがグレた!!」

(何だよ、『文芸部の期待のエース』って!)

と、僕は内心思ったが、

その事には触(ふ)れずに、

必要最低限の連絡事項だけを伝える事にした。

「先生に呼ばれた件につきましては、

来週の部活の時間に、お話をしますので、

それまで、大人しく待って下さると、

とても有難いです。

文芸部のエースより。」

ポン♪

(やれやれ、本当に困った先輩だなぁ。)

と思いつつ、返信ボタンを押した。


ため息を付きながら、

三通目に来た、内容を確認する。

おそらく、両親か、三女の美憂だろうと思っていたが、

(根鈴かよ!)

根鈴彩華。

僕と同じ一年生の文芸部員である。

Dクラスに所属しており、

小柄で顔の表情が乏(とぼ)しく、

文芸部員でありながら、部室で漫画を書いている、

ちょっと不思議な同級生である。

二か月前に連絡先を交換して以来の、

初めての連絡であった。

(急にどうしたんだろう。

てか、これ昨日の20時23分に来てるじゃん。)

スマホの電源を、ずっとオフにしていたので、

今の今まで、僕は彼女の連絡に気づかなかった。

(無視しちゃってたな・・・根鈴、すまん。)

と、心の中で謝罪をしながら、

早速、文面を読む。


根鈴彩華

「大野悟のすけこまし。」


(・・・何だコレ?)

根鈴から謎の一文が送られて来た。

怪文書である。

(何だ『すけこまし』って。)

僕は検索アプリで調べてみた。

(えぇっと、何々。)


【すけこまし】

女性をたらしこむ人、

かどかわす人を指す語。


(さっきの廊下でのやり取りを、

見られたのかな?)

あの現場に、根鈴が居たかどうかを思い返してみるのだが、

・・・思い出せない。

文芸部で、ちょこちょこ会う間柄なので、

居たら気付くはずなのである。

(・・・というか、待てよ。

そもそも、この文章、

昨日の八時に送られて来ているんだよな・・・

・・・アレ?)

彼女は何故、昨日の夜八時の時点で、

僕を『すけこまし』と呼ばわりするような、

連絡を寄越したのだろうか?

根鈴が送って来た怪文書に、

僕は何とも言えない恐怖を感じた。

(根鈴は、未来人なのか?

それとも、予知能力者?)

感情の発露が乏しく、口数も少なく(禁則事項が多いのかな?)、

虚ろな目で、僕を無感情に観察していたりと、

彼女の特徴を考えてみると、

『未来人』と言えなくも無いように

気がするのである。

(何考えているのか、全然分からんわ。)

根鈴が不思議な人間である事だけは、

よくよく分かった。


大野悟

「『すけこまし』とは、

一体、何の事でしょうか?」

根鈴に返信を送った。


普段ならば根鈴に、

こんな丁寧な言葉を使わないのだが・・・


ポン♪


返信が帰って来る。

(超早っ!

奴の返信速度は5Gか!!)

早すぎる返信に、

訳の分からない一人ツッコミと、

僅(わず)かな恐怖を覚えた。

そして、彼女からの返信を読む。


根鈴彩華

「大野悟は『すけこまし』。

あるいは、『文芸部のプレイボーイ』」


と、書かれていた。

言いたい趣旨は同じで、

ただ言い方が露骨でなっただけであった。

根鈴は僕の状況を、

どれだけは把握しているのだろうと思い、

額に冷や汗をかいた。


「根鈴さん、

僕をそのように呼ぶ根拠は何ですか?」


ポン♪


「秘密。

来週の月曜日の部活の時間に話す。

今日は家に帰ります。

それじゃ。」


(何で秘密なの?

何で話さないの?

根鈴さん、あなたは一体、何を知っていて、

何者なのですか?)

僕はスマホの画面を見ながら、

動揺を隠し切れなかった。


「大野さん、お待たせしました。

・・・大丈夫ですか?

顔色が、よろしくありませんよ。」

橘さんが、心配そうに横から話しかけた。

根鈴の事に気を取られて、

彼女が既に公園に着いていて、

真横にいる事に気付かなかったようだ。


「橘さん・・・居たのですね。」

僕はスマホを隠しながら返事をする。

特にやましい事は無かったのだが・・・

何故だろう?

無意識に体が動いてしまったのである。


「誰かと・・・ご連絡ですか?」

「あっ・・・そうですね。

文芸部の人と、少し連絡を・・・。」

「大野さん、その事に関して、

私は、あなたに聞かなければならない事が、

あるのです!!」

橘さんは、真剣な表情で問いかける。

(さっきの『すけこまし』や『文芸部のプレイボーイ』

と書かれた文面を見られたのだろうか?)

僕はドキドキしながら、

彼女の次の言葉を待った。

「あの・・・。」

「な、何でしょうか。」

「文芸部のメンバーは、大野さん以外に、

どんな方が居られるのですか?」

「あっ・・・そういう質問でしたか。」

「?」

「いえ、気にしなくても良いですよ。

えぇと、そうですね。

部員は僕を含めて三人います。」

「それは・・・二人とも男性の方ですか?」

「えぇぇと・・・二人とも・・・女性です。」

「そうです・・・か。」



ポン♪

すぐに返事が帰って来た。

(流石、パリピ。)

と、早速、文面を読む。

「は⁉」

「今日、晩御飯にお好み焼きをするので、

キャベツを買って来て下さい。」


「は⁉」という怒りの一言の後に、

同じ文面が再び送られて来るのであった。

どうやら、四の五の言わずに買ってこいという事のようだ。

「は⁉」の中に、



タタタタタ。

僕は急いで廊下を歩いていると、

前方の方から、金髪碧眼のグラマラスな女生徒が、

陽気な足取りで、こちらの方へと歩いて来ていた。

(あぁ、金髪さんだ。

そう言えば、この学校、留学生が多いんだよなぁ)

彼女を眺めながら思うのであった。


僕が現在、通っている、

山守高等学校という地方の学校は、

山脈が延々と連なるような、

そこそこ田舎な場所にありながらも、

校風が超ワールド・ワイドな学校のようであった。

アメリカ、中国、インド、ロシア、フィンランド、モンゴル、etc

から、留学生を積極的にウェルカム・カモンしているそうである。

そんな話を全校集会で、校長らしき人が話していたのを思い出す。


(まぁ、彼女と話す機会は無いだろうし、

それに、今は急がないと。)

僕は少し端によって歩く。


そして、僕は留学生を見る。

(でも・・・あの金髪さん、

ちょっと苦手なんだよなぁ。)

と、思うのであった。

英語が流暢(りゅうちょう)に話せないという、

僕のコミュニケーション能力の不足による所も、

あるにはあるのだが・・・・・。


それ以外にも、

彼女を苦手としている大きな理由があった。

それは、彼女に執拗に見られているのである。

学校の内の廊下、中庭、校庭、売店。

学外の通学路ですれ違った時も、

彼女は僕の方を、じっと見ているのである。

時ににっこり、時に冷徹に・・・。

そして、只々見ているだけで、

一度も話しかける事がないのである。

(あれは一体、何なのだろうな?)

考えてはみるのだが明確な答えは、

思い付かないのである。



(この学校、留学生がおおいんだよなぁ。)

僕が現在、通っている、

この山守高等学校という地方の学校は、

国際交流、文化交流という物に力を入れているようで、

海外の学生の受け入れに積極的な学校なのである。


全校集会で、校長だか誰だかが言っていたのは

アメリカ、中国、ロシア、トルコ、韓国、タイ、フィンランドetc

そんな国々の

留学生の方でも、日本の都心で生活をするより、

日本の地方や田舎の方で

日本の自然環境や伝統文化を学びたいという、

ニーズが割合、多いようなのであった。

そういう事で、廊下を歩いている彼女も、












周りの居た生徒達が、

僕を避けるように




目の端で彼女を捉えた僕は思うのであった。

ぞろぞろ、ぞろぞろ。

彼女を先頭に、後ろから6人の女性徒達がついて来ているのであった。

(某医療ドラマのような光景だなぁ)

橘さんの求心力みたいな物を、

まざまざと見るのであった。




僕は世界史の授業を、真面目な表情で受けていた。

(今日は色々な事があり過ぎて、全く集中出来ないなぁ。)

ガリア戦記で有名なカエサルが、

どのようにフランス領土を征服していったのかを、

先生が熱く語って


ガラガラ。

「すいません・・・色々とありまして遅れました。」

「分かりました。」


僕は授業の途中の

僕は頭を教室のドアを開けて、生徒指導室から、授業の途中で教室に入って行くのは、

何時でも

僕は生徒指導室の隅の方に目を向ける。

「先生、僕は朝から気になっている事があったのですが、

質問しても宜(よろ)しいでしょうか?」

ずっと小骨のように引っかかっていた、

ある謎について、彼女に尋ねる事にした。

この謎が解明されないと、

今日の夜、お布団(ふとん)で眠る時に、

その事が気になって、気になって、気になり過ぎて、

熟睡が出来なくなってしまうのではなかろうか。

それは成長期の青年にとって、寝不足になっては大変である。

「どんな質問か知りませんが、それよりも、大野君。

早く授業に行かないとダメでしょう。」

佐藤先生から、二度目の注意を受ける。

「そんなぁ、先生。」

僕は悲しい表情で先生を見つめる。

あぁ。何という事でしょう。

これで僕は、熟睡出来ない事が確定してしまうのであった。

「でも・・・先生。

あっ、そうだ!!」



「はぁ~。」

佐藤先生は、ため息を付いた後、

「・・・まぁ、良いわ。

質問とは何ですか?

手短にお願いしますね。」

僕の質問に答えてくれるようになった。

なんやかんや言っても、

佐藤先生は優しくもあり、甘い先生でもあるようだ。


「先生、アレなんですけど。」

僕は生徒指導室の隅に居る、ある生物を指で示した。

この教室入った時から、異様な存在感を醸(かも)していた、

トナカイのはく製である。

「職員室の応接室といい、この生徒指導室といい、

動物のはく製が色んな所に置いてあるのですが、

あれらは何なんですか?」

「あぁ、はく製ですか。

あれは、鍋島教頭先生が飾っているんですよ。」

佐藤先生は、トナカイを眺めながら、

特別な事でも無いように、説明するのであった。

「鍋島先生ですか・・・。」

僕は頭を捻った。

誰だったかなと記憶を探ってみる。

「鍋島先生は、日本史を担当していてね。

体がガッチリしていて、

渋い顔をした髭ずらの先生ですよ。」

佐藤先生は、捕捉説明をしてくれた。

全校集会があった時、校長先生の後に、

何か仙人みたいな人が出て来て、お話をしていたなぁと、

薄っすらと頭に浮かんだ。

「その鍋島先生と、はく製と何か関係があるのですか?」

「そうですね。

鍋島先生、休日に山に出かけて狩猟をしているみたいで、


体育館でワンオンワンのバスケ。



後藤が急に立ち止まった。

そして、唖然とした表情で僕を見ていた。

「どうした、後藤?」

と、不思議に思った僕は振り返って、

彼に話かけた。


「えええええええええ!!!!!」


後藤は急に叫び声を上げた。

廊下を歩いていたり、窓辺で雑談をしていた数人の生徒達も、

この突然の後藤の叫びに驚き、

彼の様子を遠巻きに伺っていた。

友達付き合いや、仲間同士のコミュニケーションを、

大事にする後藤らしからぬ行動に、

僕は、かなり戸惑ってしまった。

「ど・・・どうした、後藤。

何か悩みがあるんだったら、僕でよければ相談に乗るぞ。」

優しく彼に声をかける、

「マジか、どういう経緯(けいい)で・・・嘘でしょ。」

彼は独り言を呟いていた。

「悟・・・。」

「何だ、悩み相談か。」

友達から相談を受けるなんて、一度も経験が無かったのだが、

(まぁ、なるようになるだろう、どんとこい!!、)

と思いながら、彼の次の言葉を待った。


「悟・・・お前、橘さんと付き合って」

後藤が言い終わる前に、僕は彼に詰め寄り、

彼の顔を睨(にら)みつけた

そして・・・・

「後藤、それ以上、何か一言でも喋ったら・・・

てめぇの首、ちょん切るからな。」

と、親友を脅してしまった。


「悟、マジで橘さんと」

後藤は僕の脅しが全く

「後藤君、ちょっと今は黙ろうか、

お願いだら」



イメチェンした理由と分かっいるの?」

僕は際どい

「」

『』

色んな議論が巻き起こっているらしいよ。」

「大変な事になっているね。」

(えらい事になっているなぁ。

)



とりあえず、前回までのあらすじをしておこう。

「一年Aクラス、大野悟君、」、職員室に呼び出され、橘さんと橘母と三者面談を行った。

そして、

「騒動にならなければいいが」と思いながら、

僕は一年Aと書かれたプレートを眺めなが佇んいた。

現在、授業中であり、生徒たちは

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大野君の恋愛事情。 安藤 龍之介 @pumpkin123

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