第8話 ネコは罪を罰しない

セン「――この一円玉に表も裏もないように、本来万物には表裏の区別など存在せぬ。前も後ろもない。上下もない。善悪もなければ、優劣もない。これらは純然たる物質世界には存在せん、人類の思考が後から作り出した概念、はっきり言ってしまえば『幻』よ!」


健「何も・・・ない? じゃあ、僕が良いとか悪いとか思っているのは・・・」


セン「後付けの解釈にすぎぬ。世間の評価や生存の都合に従って、善悪などというレッテルを貼っているだけじゃ」


健「そんなのおかしいでしょ! 自由気ままな猫にはわからないかもしれないけど、人間の社会にはヒエラルキーってものがあるんです。高収入で高身長なイケメンがいる一方で、僕のように低収入で低身長なブサメンがいて、持たざるものは持てる者には絶対に勝てないようになってるんです!」


セン「それは、お主の思い込みじゃ。清貧な僧侶が詐欺で稼いだ成金に劣るか? 小柄で身軽なアスリートは、鈍重なでくの坊に劣るのか? 物理的に定義されぬ優劣があるというなら、ケンが固定観念という『モノサシ』を使って、己や他人を卑下してきたにすぎぬ」


健「――うう・・・・、僕が原因だって言うんですか? 物事を勝手にジャッジして、悪いイメージを作ってきたって・・・」


セン「既に言うた取り、引き寄せの法則は思念の鏡。エゴの解釈が悪と伝えれば、潜在意識は醜悪な世界を投影する。問題の核は裏表なき物質界ではなく、お主の内にあるのじゃ」


健「認めたくないど、わかります。けど・・・やっぱり認めたくないんです!頭ではわかっていても、納得できないんです!この苦境の真因が自分だってことは――」


セン「そうじゃろな。エゴは己の価値観で物事を裁くもの。仏のように森羅万象を快く受け入れ、慈しむことはできぬ」


健「猫神様が言いたいのは、きっとこういうことでしょう? 僕が不満を感じるのは僕のモノサシが原因。だから、物事をネガティブに見るモノサシを捨てて、ポジティブな側面に眼を向ければいい」


健「同じような話は、自己啓発セミナーで何度も聞きました。貧しいなりに豊かさを見つければいいとか、苦難のある人生の方が楽しいとか、発想を変えればいいってのはわかります。でも、そんな風に諦めるなら、死んだ方がマシ。僕は絶対に、自分のモノサシを捨てられない!」


セン「捨てられない、か。・・・そう答えるのはわかっておったよ。お主はもう、他人の言いなりになる赤子ではない。20年以上かけて築き上げてきた信念を曲げるのは、そう簡単なものではない。儂は、エゴにしがみつくお主を罰しようとも思わぬ。そこで、ひとつ提案がある」


健「え・・・? 提案って、何ですか?」


セン「お主の中に『もう一つ』、新しいモノサシを追加してくれんかね?」

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