ネコと和解せよ!~『引き寄せの法則』で破産した落伍者は既存の成功哲学を破壊して本当の人生に目覚める~

幸福賢者

第1話 ネコの裁きは突然にくる

「残念ですが・・・もってあと一年ぐらいです。あとはもう、神に祈るしかありませんね・・・」


医者から余命宣告を受けたのは、だいたい半年くらい前。いくつもの症状が併発している上に病名が難しくて覚える気にもならなかったが、腎臓や肝臓といった臓器の血管が詰まって、回復不可能なまでに弱ってきているらしい。輸血や投薬で症状の進行を遅らせることはできるらしいが、根本的な治療法はなく、いずれ消化器や循環器が機能不全に陥って死に至るそうだ。


思えばクソみたいな、いやクソと言ったら真面目に生きてる蠅に失礼なくらい悲惨な人生だった。親がくれた『健』の名とは裏腹に虚弱体質に生まれ、慢性的な貧血状態ですぐに疲れてしまうから、十分な勉強ができなくて受験や就職に失敗した。背の低さと顔色の悪さから彼女には振られ、一か八かで始めた投資にも失敗して、最後は多額の借金を抱えた。


生来の病弱とそれに伴う通院の費用によって、僕は追い詰められていた。誰かに助けてもらいたいと思った。だが、容姿にも能力にも恵まれず、親しい友人もいない僕に救い主は現れなかった。そこで出会ったのは『引き寄せの法則』。どんな願いでも叶うと書かれた一冊の書籍に僕は魅了された。 


【あなたの人生を変える引き寄せの法則】

「強く願ったり、信じたりしたものは必ず実現します!」

「思考の周波数を高めて、もっとハッピーに!」

「なりたい自分をイメージして、潜在意識から理想の人生をプレゼントしてもらいましょう♪」


出来すぎた話だが、僕は賭けてみようと思った。本当に思考が現実化するというなら、僕のこの病気も経済状況も、たちまち解決するはずだ。書店に行って関連する書籍を片っ端から買い集めて読破し、ネット喫茶でシークレットがどうとかいう動画を何時間も観て、引き寄せマスターが主催するセミナーに足を運んだ。そして言われるままで音楽や体操で気分を高揚させ、健康法や投資に着手して成果が出るのを待った。


しかしながら、僕の期待はあっさり裏切られた。そりゃそうだ。思っただけで、気分を良くするだけで健康が手に入るなら、医者はみんな失業してしまう。病気が治った身体をイメージして身体に気を送っても、病状の悪化は全く止まらなかった。金持ちになったつもりで寄付を行っても臨時収入などないし、就職面接はあっさり落とされた。バイト代と親が残してくれたお金で買った株は一度も上がらず、成功のイメージとは真逆に企業の倒産と同時に紙屑になった。


医者に見捨てられ、自己啓発にも失敗して人生に絶望した僕は、最後に神社に来ていた。いわゆる『神頼み』ってやつだ。医者が神に任せると言っていたからとか、引き寄せで年収一千万になったというセミナー講師が「潜在意識は神と繋がっている」と言ったからとか、そんなくだらない理由で。もしも本当に神様がいるなら、こんなダメ人間を作った責任を取ってもらおうと思ったんだ―――


交通費すら残っていない僕がただ近いから選んだ神社にはデカい猫の姿をしたご神体が奉られていた。聞いた話によると招き猫みたいに金運はもちろん、健康や家内安全にもご利益があるとか。神社の境内には不釣り合いなことに、境内の壁には「神と和解せよ」という聖書の看板が立てかけられ、しかも子供に悪戯されたのか一部の文字が黒く塗り潰されていた。神道なのかキリスト教なのかすらわからない謎の神様に一抹の不安を覚えたが、もう気にするのは止めた。この際僕を助けてくれるなら、神様でも仏様でも、いっそ悪魔だって構わない。


薄くなった財布から五円玉を取り出し、賽銭箱に放り込んで、僕は神に祈った。いや、これは祈りというより、怒号に近かったかもしれない。この20年間の不幸と恨みを込めて、僕はカミに最大の感情をぶつけた。


「引き寄せの法則なんて・・・インチキだ!

本当に願いが叶うって言うなら・・・僕を救ってくれよ・・・ッ!」


平成生まれの無宗教の沼田健が、生まれて初めてオカルトを信じてみようとした。本気で心を振るわせれば、神仏にだって想いは届くと思った。けれど、世界は何も変わらず、セミの音さえ聞こえない静寂に包まれていた。


「まぁ・・・そんな都合の良い話なんかないよな・・・」


当然神社からは何の反応もなかった。ご利益を与えるという猫のご神体も、無言で僕を見つめているだけだった。だが、それで終わりではなかった。もう帰ろうかと諦めたその時、突然どこからか怪しげな笑い声が聞こえてきたのだ。ソレは目の前の神様が発したものではなく、僕の後ろ・・・いや後頭部から脳内に直接流れて込んできていた―――


「――――――お主に本当の引き寄せと宇宙の真理を教えてやろう。だが、これを知れば二度と元の生活に戻ることはできない―――」


妙に甲高い、それでいてどこかで聞いたような懐かしい声に当てられて、僕の意識は闇に溶けた・・・

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