第92話 水も滴るいい男

「ウィル……」


 こぼれるようにその名が唇からもれた。


「あ、あなた……」


 振り返った人間を確かめるように目を凝らす。


「そ、その姿……」


 月明かりを逆行にしているものの、その輝きは損なわない。


 金色の髪が光を放ち、水がしたたり、まるで彫刻のように美しい。


(でも、わたしの知ってるウィルは……)


「って! き、きゃぁぁぁあ!!」


 自分の姿も相当なものだったことを思い出し、慌てて水面に体を隠す。


 と、同時にまた盛大にバランスを崩す。


「えっ!!」


 最後に見たのは水しぶきだった。


(しまった!)


 なんて間抜けなのだろう。尻餅をつくかと思いきや、水圧でそれは免れたものの足場すら見つけられず混乱したわたしは必死にもがく。


『海育ちなのに泳げないなんてね』


 遠くの方で楽しそうに笑うレイの声が聞こえた。


「ローズ!」


 もうだめだと遠のく意識に身を任せ、瞳を閉じかけたときに何かに抱き上げられたのがわかり、ぼんやり瞳を開ける。


「大丈夫か?」


 水も滴るいい男とは、このことだろう。


 艷やかな表情のウィルはやはりうっとりするくらい美しいというか、凄まじくかっこいい。


「!」


 しかしながらそれを堪能する間もなく情報量が多すぎて、一気に目が冷めた。


「ちょっ!」


(ちょっと待って!)


 たくましい腕に抱えられながら跳ね上がる。


 体温が生々しく伝わってくる。


 助けてもらったのはわかる。


 わたしのせいだ。


 わたしが鈍臭くてそそっかしいからいけないのだ。


 だけど、キャパオーバーだった。


 咄嗟の出来事の中でも肌を唯一覆う布を手放さなかったことは自分を褒めてあげたい。


 とはいえ、ずいぶん心もとない隠れ蓑だ。


 叶うことなら夢であってほしい。


 気まずそうに瞳をそらすウィルにわたしは声にならない悲鳴をあげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る