ラマ国編

第87話 助けを求める娘は海の中

 次の日、目覚めるともうラマ国に着いていた。本当にかなり近かったようだ。


 船は停止しているのか音はなく、遠くの方で鳥の鳴く声がした。


 メルもウィルもまだ寝ているのか静かだ。


 窓から入る光が眩しくてあまりにも気持ちがよかったため、久しぶりにデッキに出てみた。


 んー、と大きく伸びをすると心地よい風がわたしを歓迎してくれる。


 潮の匂いが全身を包む。


 波の音に合わせて二羽の鳥が青空に舞う。


 手を伸ばしたら、届きそうなそんな青空。


 海の色とはまた違って、コントラストがとっても素敵!!


 と、のんきに情景を想像していたとき、微かな音が聞こえた。


「……ください!」


「え?」


「助けてください!」


 どこからか、声がした。


「助けてください!」


 海水に腰まで浸かった女の子(わたしと同じくらいかしら?)が、こちらを見上げて泣きながらそう叫んでいた。


「ちょ、ちょっと、待って!」


 体中がぞっと震え上がる。


(助けを求めている女の子が、どうして海に入っているのよ)


 起きてきたウィルに声もかけないで全力で船から飛び出したわたしは、まだ海の中で船に向かって同じ言葉を叫び続けているその子に飛びつき、抱えるようにして引きずり上げた。


 その子はずっと泣き続けながら何かを言っていたけど、構っていられなかった。


 海水でもう体がベトベト。


 ひどく気持ちが悪い。


「助けて下さい! お願いします! ダーウィン様を……ダーウィン様を呼んでください!」


 わたしにしがみついてその子は泣き叫ぶ。


「お願いします! どうか、助けて!」


「お、落ち着いて。中に行こ! ね? 大丈夫だから。話を聞くわ」


 ガタガタ震えるだけでその子はもう声が出ないようだったから、大丈夫、と繰り返しながらわたしは彼女を支えて船の中に連れて行った。


 中では起きてきたらしいウィルとメルがゆったり会話を楽しんでいたけど、海水でずぶ濡れになったわたしと連れられて来たその子を見て呆然としていた。


 支南京しなんきょうと名乗るその子がお風呂を浸かっている間に、ウィルに全て説明した。


「助けてくれ?」


「うん。船に向かって海から叫んでて……」


「で、おまえも飛び込んだっての?」


 人ごとのようにウィルはははっ、笑う。


「だ、だって自殺かと思ったのよ!」


「助けを求めてんのに?」


「うう……」


 ウィルにはわからない。


 あの時の彼女のあの思い詰めたような表情は、とても何をするかわからないような鬼気迫るものだったのだ。


 カタンという音がして、京さんが出てきた気配がしたため、それからは話が中断された。


 彼女が落ち着くまで、かなりかかった。


 おかげでわたしはずいぶん長い間濡れっぱなしのベトベト状態のままだった。


 ママと同じで真っ黒な瞳と髪を持った京さん。


 少しきつめの瞳が印象的な顔立ちだけど、髪を頭上にしっかり纏め上げ、キリッとする京さんは大人っぽくてきれいな印象だった。


 ずっと泣いていたのか、目は腫れている。


 その京さんの隣でメルがガツガツ朝食をとっていた。メルはこの頃よく食べる。


 初めはメルの赤い瞳の色に、京さんは驚いたみたいだったけど、それでも今は少しずつメルとも会話を交わしていた。


「京さんも朝食、食べる?」


 ウィルの言葉に、大丈夫ですと首をふる京さんは、今まで興奮していてよく見てなかったのだろう。


 改めてウィルの顔を見て頬を染めた。


 もちろん当人は全く気付いてなかったし、今までのわたしも気にならなかったはずだ。


 だけど今は胸がちくん、とした。

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