第86話 迫りくる別れの日と恋心

 名残惜しくも、お別れの時はやってきた。


 ブラック・シー号の前で国王陛下や王妃様を始めとする、兵士や街人たち……といった様々な顔ぶれの人達に見送りに来てもらっていた。


 何十人といるはずだ。


 あまりの多さに圧倒させられた。


 国王陛下も王妃様も涙を流して抱きしめてくれた。


 わたしの、おじいちゃんとおばあちゃん……


 次はいつ会えるかわからない。


 ママへの手紙も預かって、いざ船に乗り込む時がやって来た。


 ウィルはわたしに気を遣ってくれたのか、先に中へ入っていった。


「メル」


「なぁに?」


「この国は楽しかった?」


「たのしかったぁ!」


 メルが満面の笑みを浮かべる。


「そう。よかった」


 みんな、わたし達に本当に良くしてくれた。


 もう少しここにいたいなって思わせてくれるくらい素敵なところだった。


「お礼に、この国のみんなに歌おうか♪」


「いいねぇ〜」


 気付いたら、わたしは歌い出していた。


 いつものようにそれにメルも続ける。


(ありがとう)


 思った通り、その歌声にひとり、またひとりと次々に倒れ込んで行く。


 国王陛下も王妃様もみんな……


「さようなら。おじちゃん……おばあちゃん……」


 泣きそうになるのをぐっとこらえ、わたしはそう言い残してその場を後にした。


「また、辛いことをひとりで抱え込んで……」


 待っていてくれたらしいウィルが入口にもたれかかって心配そうな表情をわたしに向ける。


「いいのよ。これで」


(平気よ)


 今度は心から微笑むことができた。


「それならいいけど」


 ウィルが安堵したように微笑み返してくる。


「じゃあ、出発するか」


 それだけ言い残し、自分の部屋に入っていくウィルの後ろ姿をまた目で追う。


(これで、お別れかもしれなんだ……)


 良くも悪くもこちらの方が重症だった。


 手を伸ばしたら、まだ手の届くところにウィルはいる。


 だけど、わたしは彼の行く先を阻むことはできない。彼はいつもどんな時も嫌な顔ひとつせず、わたしの旅路に付き合ってくれた。


 わたしだけが足を引っ張るわけにはいかない。


 彼が目指す道があるなら応援したい。


(バカだな、わたし……)


 遅かった。


 遅かったのだ。


(どうして、今頃気づいたんだろう)


 このタイミングで自分の気持ちに気づいたからと言って、今からでは遅すぎる。


(ああ、好きだな)


 きっと、ううん。


 これは間違いなくレイたちの言っていた恋心だ。


 わたしは、ウィルが好きだ。


 やっと素直になれた恋心。


 なのに、もうすぐ諦めなくてはならなくなるなんて。

 

(わたしはバカよ)

 

 自分の心に向き合うのが怖くって、いつも絶対にありえない対象の人物を告げ続けてきた。


 そう言っておけば、いつもすべてがどうにかなったし、わたしもそう思い込んでいた。


 王子様が大好きなんだって。


 だからもうすでにウィルはわたしを女として意識をしていないし、最後の最後で叶わない想いを告げて気まずくなるのも嫌だ。


 どうしたらいいのかわからない。


 ただただ、少しずつ、お別れの日が迫っていることだけはわたしに焦りを与え続けるのだった。

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