きのこ味のスープ ~カテドラル級ガーディアン試験戦闘~
江良野
第1話 オープニング
直感的な快楽には、驚くほど非直感的な数々の技術が必要だ。
全容を把握することはほとんど不可能。
われわれの人生の最初の四半期が非生産的な勉学に費やされるのは、その事実を象徴している…
「今回のプロジェクトに参加するリンケージは、この4人か」
社長席の椅子に腰掛けているのは、レイティア・グラッドストーンー機甲歴世界で活動するガーディアン開発企業、ノーブルファー社の社長だ。
30代半ばの彼女の碧眼には、経営者の鋭さが宿っている。
プロフィールシートに目を通す彼女の傍には、眼鏡をかけた女性社員の姿があった。
「直近のミッションでお会いした、水木シゲミさんもいらっしゃいますね」
「応募者の中で唯一の、カテドラル級のリンケージだな」
カテドラル級ーテラネシアという謎めいた組織が開発したこのガーディアンは、テラネシアと同様に謎めいている。古代魔術のテクノロジーが応用されており、「真理」と呼ばれる謎めいた領域からエネルギーを取り出す。その技術はテラネシアによって友好企業にも供給され、数機のカテドラル級ガーディアンが製造されていた。
「新しいものは何でも試してみたくなる性だが、今回の件はまったく私の理解を超えているな」
「私自身からのコメントは、控えておきますね」
「ふん、ライドフォーン…君のような存在とも出会えるのだから、この世界は私を飽きさせない」
女性社員の名は、ライドフォーン。
真理の領域から召喚され、ノーブルファー社が開発したカテドラル級ガーディアンに宿った偽神の一柱である。
数日後。
ノーブルファー社が所有する機動戦艦「ジュライアス」は、社長であるレイティア・グラッドストーンを載せて、演習地域へと向かっていた。
ブリッジには、彼女に加えて4人のリンケージの姿があった。
「フィール・ライト。出身は聖ティプトリー共和王国。ガーディアンはシャレード・ロゼ、換装機能を活かして戦う」
「エフェメラよ。出身はヴォルフ共和国。戦闘ヘリで支援を担当するわ」
「水木シゲミでーす。テラネシアに拾われた身だよ」
「ワシの名は日向ソウイチ、島産まれ島育ちの海の男じゃ」
「ノーブルファー社の社長、レイティア・グラッドストーンだ。よろしく頼む」
彼女たちはカテドラル級の力を試すために集まったプロジェクトチームだ。レイティアが出した求人に応募し、各々のガーディアンと共にジュライアスに乗り込んだ。
「演習区画には我が社の部隊が既に展開し、待機している。それらと戦い、君たちの力を存分に試してほしい」
「はーい」
水木シゲミが気楽な調子で答える。
ソラナキという彼女のガーディアンは、今回の模擬戦闘試験の要だ。
片腕を失い、怪物的なガーディアンに選ばれた身だが、彼女の口調には余裕があった。
「失われた”この地球の魔術”を組み込んだカテドラル級…そのデータはどこも喉から手が出るほど欲しがってる。当然ウチの大統領(プレジデント)もね」
「よくまあこんなけったいなもんつくったねえ」
「全くじゃ、扶桑のおっさんの説明聞いてもよーわからんかったわい」
笑顔で頷くのは、日向ソウイチ。10代半ばの彼も、テラネシアの所属でアインヘリアル級ガーディアンのリンケージだ。陽気な印象の彼は、チームに輝きをもたらしていた。
「レムリアの上位神霊機、アクアヴェルゲンは単独で連邦の艦隊を撃退したと言われてる。もしレムリアが敵に回ったら?或いは地球の魔術でレムリア以上の機体が作れないか?…まあ思惑は色々あるでしょうね」
大人の魅力溢れるエフェメラは、ヴォルフ共和国情報部の所属。スパイとしての仕事に長けている。
「聞いた話だが、開発にはテラネシアも関わっているらしいな」
「あー、下っ端だからそんなに知らないけどそうみたいだね」
「……面白そうなガーディアンね」
「ワシもバイトみたいなもんじゃしの」
5人は新しいガーディアンに興味を示しながらも、その詳細を捉えられずにいた。
「遅くなりました」
「お、来たか」
ブリッジに1人、若い女性が入ってくる。
「ノーブルファー社でも1機、カテドラル級を試作した。それがこの、『ライドフォーン』だ」
「ライドフォーンです、よろしく。あ、シゲミさんお久しぶり…」
「あ、久しぶり」
シゲミとライドフォーンは軽い会釈を交わす。
「魔術の根源に焦がれ、肉体を失った末に辿り着いた妄執の行き着く果て。古代儀式魔術によって生み出された、人機融合体だ」
「あら可愛い子」
「おぉん!?驚いたわ!喋るんかこのガーディアン!」
「…ふむ。興味深い」
フィール・ライト。人造スターゲイザーである彼女は、落ち着いた様子でライドフォーンを観察していた。
「さて、と。それでは早速、模擬戦闘試験に移ろう」
「了解しました」
「レイティア社長。ちょっとガーディアンの調子が悪いんで、手伝ってくれんか」
「わかった。協力しよう」
ソウイチとレイティアはジュライアスの格納庫へと向かう。
ソウイチの機体、アインヘリアル・アスピドケロンは制御プログラムが起動しない不具合に悩まされていた。ガーディアン、中でもアインヘリアル級は気分屋のマシーンだ。その性能が常に発揮されるとは限らない。
「ノーブルファー社さんに作ってもらったシステムを使っているんやが、機体データの読み込みがうまくいかんのや」
「なんと」
自社製品が起因する不具合に青ざめながらも、レイティアは平静を取り戻そうと努力する。
「ふむ…何か原因があるはずだ」
「あかん、データの解凍を忘れてたわ」
「おっとそうか。ならばこうして…」
ソウイチとレイティアは、二人で懸命にガーディアンの起動作業に取り組む。こうした時間を過ごすこともまた、プロジェクトの醍醐味だ。
「出来たァ」
「よかった…」
「使えると便利なもんや。ありがとな」
「どういたしまして」
まさかこんなところでエンジニアの尻拭いをすることになるとはな、と思いながらも、ソウイチの笑顔はレイティアの自信を取り戻してくれるものだった。
作業を終えたレイティアはブリッジへと戻る。リンケージ達の出撃準備は整った。
「それでは戦闘試験といこう。各員、初期配置区画に展開してくれ」
「ん、了解」
フィール・ライトが答える。
今回、演習に使用する区域は、「カダツキ演習場」と呼ばれている。ノーブルファー社の私有地だ。
2.4㎞四方の区域は縦横12区画ずつに分けられ、東西は1~12、南北はA~Lの記号が振られている。
合計144の区画は、作戦地図上で1-Aから12-Lまでに分けられていた。
レイティアはブリッジのメインディスプレイに映し出された作戦地図を見て、思わず笑みをこぼした。というのも、カダツキ演習場を地球連邦政府から購入するために、ノーブルファー社は並々ならぬ努力をしてきたからだ。
「人型機動兵器なら、この世界では比較的簡単に手に入る。作戦に必要なリンケージの募集も、慣れればたやすい。だが…土地を手に入れるための仕事は、とてもやりがいがあったな」
北西の4区画、1-A、1-B、2-A、2-Bはリンケージ達の初期配置区画として指定されていた。ノーブルファー社の部隊は、それを半月状に包囲する形で展開している。
「よし、準備いいかな」
「OK」
「問題ナシや」
「カテドラル級ガーディアン、ライドフォーン。準備整いました」
「それでは、戦闘開始!」
レイティアにとっては初めての、戦闘試験の監督。その緊張に身を震わせながらも、彼女はカテドラル級の力を知るために、ブリッジに立つのであった。
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