第9話 階段:ふりかえる

懐かしいと思う。


この顔の所為で雇い主がなかなか現れなかったけれど、

ようやく声がかかった。

その男のもとに、俺は行くところだ。

とりあえずスーツに水色のネクタイ。

同僚からは、相変わらず怖いと、言われたがしょうがない。


俺は階段を上る。

いろいろな人々がおもいおもいにいる。

自由な空間だと思う。

自由。

それを俺は何度も考えた。

この町にいるとき、出て行った時、そして、帰ってきたときも。

答えはいまだに出ない。


階段の中ほどを過ぎて、

俺は振り返る。

俺の今までが、そこにあるような気がした。

俺のこれからを、どうしていいかの道標があるような気がして。

迷彩柄の男が、俺にぶつかって、

軽く頭を下げる。

俺はため息をひとつ。

やっぱりこの顔は怖いか。


階段の下で、若草色の服のばあさんが踊っている。

赤い髪の人影は、男なのやら女なのやら。

黄色のシャツの少年が、駆け上がってくる。

そのとき、

上で派手な音がする。

ガラガラと空き缶がばら撒かれる音。

とっさに、誰かが転ぶ、そう思った。

空き缶のそれなりの一波をかいくぐって、上へと。

そこには、青いジャンパースカートの女の子が呆然としていた。


「大丈夫か?」

「ご、ごめんなさい!」

怪我はなかったかとか訊ねようと思ったが、

女の子はびくびくするばかりだ。

怒られると思っているのかもしれない。

そこに、迷彩柄の服の男が、飛んできた空き缶を無造作に手にする。

女の子にポイと投げると、

用は済んだとばかりに走り出す。


女の子は、しばらく空き缶を見つめる。

俺は声をかけようか悩む。

足をくじいたりしていないかとか、

それなりにいろいろと。

少しの間があり、女の子は、

空き缶を思いっきりの力で下に投げた。

「清々しました」

女の子がにっこり笑うものだから、

俺は少しばかりびっくりした。

こういう笑顔を向けられるのは、ずいぶん久しぶりの気がする。


懐かしいものかもしれない。

何かをしていい自由と、

笑顔を向けられるということ。

懐かしく、新しいもの。


さて、俺が家政夫の派遣として向かう先には、

一体どんな人がいるのやら。


俺は家政夫なんだよ、これでも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る