第2話 階段:おりる

ゲームオーバー。

あたしは、もう、おりるわ。


どうにも不便なこの町。

あたしは結構この町が好きだった。

階段をのぼったりおりたりして、

何度もあの男の部屋に通った。


何度繰り返したって、

何が得られるわけでなく。

不毛なんて言葉を作った人は、

よくわかってらっしゃると思った。

本当に不毛なゲームだった。


口の端を切った黒い学生服の男の子が、

すっと道をあけてくれた。

何も言わずにすっと譲るのは、

あの男もそうだったなぁと無意識に考える。

黄色いシャツの少年が駆け上がってくる。

白いワンピースの少女が駆け下りてくる。

彼らにも彼らなりの毎日があって、

今この瞬間が特別なのかもしれない。


不意に、上のほうからガラガラと音がする。

さっき山ほど空き缶らしいものを持った女の子がいたから、

きっとそれをぶちまけたんだろうなぁ。


あたしは連想して思う。

空き缶のたくさんぶら下がった車は、

この町には似合わない。

だって、こんなにも階段がたくさんだもの。

ハネムーンへと出かける車は、似合わないってこと。

その町を私は去ろうとしている。

不毛なゲームだった。

でも、この町のことは好きだった。

そして、結構楽しかったのかもしれない。


下のほうで踊っているのは、

ヒップホップにあわせた、おばあちゃんだった。

若草色のシャツがよく似合う。

ああいう年のとり方もいいなぁ。


さぁ、あたしはこれからどうしようかな。

やさしくて不便なこの町が大好きだった。

階段をおりきったとき、

もうのぼらない階段をどう思うのかな。

あたしは階段をおりる。

不毛なゲームからもおりる。はず。


うっかり転がっていた、さっきの空き缶を踏みそうになる。

残り少ない階段を、踏み外すはめになる。

よろけた私を、階段の下にいた、男の人が支えてくれた。

「大丈夫かい?」

低い声。ロマンスグレーに金の瞳。

その手はすぐに離れたけれど。

離れたのだけど。


「若いっていいねぇ」

ヒップホップのおばあちゃんが冷やかしたのも、

私は上の空だった。


このうるさい鼓動は、新しいゲームのはじまりだと思う。

階段をおりきるそのとき、

私は新しい何かを、見つけてしまった。


しばらくこの町から離れられないみたい。

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