借りたい者は藁にも縋る

そうざ

Those Who Want to Borrow it will be Clutching at Straws.

 何処も彼処かしこも人手不足。殊にこの国の人口は減少の一途。故に手先は現地調達の素人頼みとなる。

 昼下がりの住宅街は小春日和。子供や勤め人は出払い、在宅の中心は年金暮らしの高齢者となる。舞台設定としてやり易い。

「こんにちは」

 第一声を発したのと同時に、まだ幼さの残る青年の頭蓋に雇い主の声が木霊こだまする。

『先方の許しを得てから敷居をまたげよ』

「どうぞ」

『後で不法侵入と言われないようにな』

「どうぞお入り下さい」

 家主の老婦人が不安な面持ちで玄関先に声を掛けると、青年はやっと格子戸を開けた。

 夕飯の仕込みをしており、屋内はまろやかな匂いで満たされている。

「あのぅ、僕……」

「息子に言われた通りに用意しました。どうぞ中身をお改め下さい」

 老婦人が封筒を差し出す。が、夕飯の匂いが青年の気持ちを乱す。空腹なのだ。

「どうかしましたか?」

『決して中身を見るなよ』

「ぼ、僕は、受け取るように言われただけ、なので……」

「でも、間違っていないかどうかご確認を」

『中身を知った上で受け取ったら、お前も同罪になるぞ』

「僕は、えぇと、受け取るだけ、受け取るだけです」

 すると、何処かから一匹の羽虫が現れ、二人の周りを引っ切りなしに飛び回る。青年は気になって仕方がない。あからさまに目で追ってしまう。封筒どころではない。

「どうしました?」

「飛んでる……飛んでる」

『無駄口を叩くな、襤褸ぼろが出るぞ』

 ご馳走の匂いが濃くなって行く。腹の虫が鳴き始める。

「食べたい……食べたい」

『長居をするな、正体がバレるぞ』

「お手数をお掛けしますが、宜しくお願いしますね、頼みましたよっ」

 心ここに有らずの青年は封筒を押し付けられ、何とかその場を後にしようとする。しかし、急に目の色が変わり、呼吸がおかしくなる。封筒に鼻を当て激しくひくひくさせる。

「フゥ、フウゥッ、フハッフハッフハッ!」

 青年は我慢の限界を迎えてしまった。力任せに封筒を引き千切ると、中から小枝が一本、飛び出した。青年は玄関先に転がったそれに飛び付くと、涎を撒き散らしながら転げ回り、もてあそび続ける。

 その姿はもう元の黒猫に戻っている。

 傍観する老婦人まじょが、やれやれと溜め息をく。何度やっても木天蓼またたびの誘惑には勝てない。これでは詐欺の片棒すら担げない。

 何処も彼処も人手不足。殊にこの国の人口は減少の一途。故に使い魔てさきすら現地調達の野良猫しろうと頼みとなる。

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