第8話 カラバ王国へ

 シズフェが宮殿を去り、後にはヴィナンとその側近のみが残される。


「美しい御方でございましたな。殿下」


 側近の1人が言う。

 幼い頃から傍で仕えて来た騎士である。

 彼が戦乙女が来ている事を教えてくれた。

 そして、彼女にカラバ王国の様子を見て来てもらったらと進言したのも彼である。

 ヴィナンはそれを名案だと思いシズフェを来てもらったのである。  

 女神に選ばれし乙女を呼び出すのは不敬かもしれなかったが、他国の内部に介入するかもしれない依頼内容であり、不特定多数の者がいる場所で話せる内容でなかった。

 そのため来てもらう必要があったのだ。


「ああ、そうだな美しき女神に選ばれし乙女なだけある。彼女の生い立ちは知らないがどこかの姫君なのかもしれないな」


 ヴィナンは頷く。

 知恵と勝利の女神アルレーナは結婚と出産の女神、愛と美の女神イシュティアと並ぶエリオスの三美神の一柱である。

 清純な美しさを持つ女神は多くの男性を虜にすると伝えられている。

 その女神に選ばれし乙女もまた美しい者が多いようであった。

 この場に来たシズフェもまたかなりの容姿であった。

 シズフェがどこの出身かは知られていないがどこかの国の姫君である可能性も高いだろうとヴィナンは思う。

 女神アルレーナを信仰するヴィナンは会えて良かった心から思う。


「確かにそうですな。あの方が問題ないと言えば大丈夫でしょう。ところで殿下。そろそろ、良い伴侶を見つけなければなりません。できれば戦乙女殿のような方に来ていただきたいですな。むしろ御本人に来ていただくというのはどうでしょうか?」


 側近の騎士はそう言って王子を見る。

 ヴィナンは既に結婚してもおかしくない年齢だ。

 近隣諸国の姫君の多くから求婚されている。

 しかし、あまりにも多すぎて決められずにいる状態であった。

 そんな時に戦乙女がこの国に来たのである。

 戦乙女ならば身分的にもつり合いが取れるのでぜひ来てもらいたいと側近は思う。


「はは、そうだったら嬉しいが。それは難しいな。戦乙女殿の伴侶になるのは勇者と定められているのだからね」


 ヴィナンは少し笑って言う。

 戦乙女には使命があり、色恋をすることは基本的にないが、神々の与える運命によっては勇者の妻になることあるのだ。

 自身が伝説にあるような勇者となれるかわからない。

 だけど、ヴィナンは少しだけ期待するのだった。



 シズフェは仲間達が待っている宿屋へと戻る。

 宿屋は朝になり旅人が出て言ったので、その1階の酒場にいるのはシズフェ達だけであった。


「なるほどな、その王国で何か気になる事があるから見に来て欲しいと王子様が依頼して来たわけか」

「そういう事よ、ケイナ姉。というわけでカラバ王国へ行く事にしました」


 シズフェがそう言うと仲間達を見る。

 ノヴィスは乗り気ではないが他の仲間はいつも通りだ。


「なあ、シズフェ。ただ様子を見に行くだけかよ。面倒くさいな……。行った事にして、報酬だけもらっておかねえか?」


 ノヴィスは明らかに面倒くさそうに言う。

 机に頬杖をして明らかに乗り気じゃない。


「そんな事、できるわけないでしょう。王子様直々の依頼何だから……」


 シズフェは首を振って答える。


「でもよう。いざ行ってみて、何もなかったら行くだけ無駄だろう? 特に魔物に困っているってわけじゃねえんだろう」

「まあ、そうだけど……」


 ノヴィスの言う通りだ。

 魔物から人々を守るのが戦乙女の使命であり、自由戦士の仕事だ。

 事件は起きているようだが、魔物仕業とは限らない。

 魔物の仕業でないのなら城壁の中で起きている事は基本的にその国の人々が解決するべきであった。

 

「良いじゃねえか、ノヴィス。ただ見に行くだけでかなりの報酬を貰えるんだからよ。それに行ってねえのがバレたらシズフェの名が地に落ちる。行くしかないだろう」


 ケイナは軽く手を振って仕方ないという仕草をする。

 椅子の上で胡坐をかいているので下着が見えそうだった。

 何度も注意をしているが直す気がないのでシズフェとしてはいつも困っている。

 ケイナも面倒くさそうに思っている様子だが、ノヴィスのように報酬だけを貰おうとは思っていないようだ。


「私も行くべきだと思うな。だって、あの美しい王子様の依頼でしょ。恩を売っておくべきだよ。お近づきになる絶好の機会だよ」


 マディがニヤニヤと笑いながら言う。

 理性を尊ぶ魔術師といえどマディも女の子だ。

 やはり美男の王子様の事が気になるみたいだ。

 そのためか依頼も乗り気のようだ。

 やる気になってくれるとシズフェも助かる。


「ああ、なるほどなあ……。そういや、この国の王子様はかなりの美男子って噂だったな。もしかして、それで引き受けたのか? 次期王妃になれるかもしれねえからな。それじゃ、頑張らねえとな」


 マディの話を聞いてケイナは面白そうに笑う。

 

「はあ……、何を言っているのケイナ姉。王子様とそんな関係になるわけないでしょ。王子様はいろんな国の御姫様との縁談が持ち上がっていると聞いているもの。私なんか相手にしないわよ」


 シズフェは頭が痛くなる。

 ヴィナン王子は周辺諸国の姫君と縁談の話が来ていると聞いている。

 平民出身のシズフェにそんな話があるとは思えなかった。

 シズフェがそう言うとケイナとマディは顔を見合わせる。


「どう思う。マディ?」

「う~ん。シズちゃんならいけると思うけど、美人だし。本人に自覚がないのが……」


 ケイナとマディがひそひそと話す。

 しかし、すぐ近くで話しているので全て聞こえている。


「美人ねえ……。私程度じゃ美人なんて呼べないわよ。恥ずかしいから外でそんなこと言わないでよね」


 シズフェは自身を美人と思っていない。

 なぜなら、本当の美人を知っているからだ。

 過去の話になる。

 シズフェは暗黒騎士との戦いで一度死んだはずだった。

 しかし、女神アルレーナはシズフェを蘇らせ、力を与えたのである。

 その時に見た女神アルレーナの姿をシズフェは忘れる事が出来ない。

 この世の美が凝縮したような美の化身。

 それが女神アルレーナであった。

 女神の姿を見た後では誰が自身を美人と思えるだろうか?

 シズフェがそう言うとケイナとマディは残念そうな顔をする。

 

(全く何を考えているのよ全く……) 


 シズフェは残りの仲間を見る。


「それじゃあ次はレイリアさんとノーラさんはどう思う?」

「私はシズフェさんの判断に従いますよ」


 シズフェが聞くとレイリアは穏やかに笑って言う。

 同じ女神を信仰する者同士であり、レイリアはシズフェに合わせてくれる事が多い。

 シズフェよりも10歳近く年上でケイナと共に頼れるお姉さんだ。

 司祭の位を持っていて、シズフェに良く助言をしてくれる。

 付いてくれるのなら心強い。


「もちろん、私も行こう。勘の良いピュグマイオイが気になるというのなら、何かがあるのだろう。様子を見に行った方が良いのかもしれない」


 ノーラは当然という顔をして言う。

 ピュグマイオイは郵便事業以外に情報屋をやっている事もある。

 彼らは勘が鋭い者が多く、人間では気付けないような事にも気付くのだ。

 ノーラの言うようにカラバ王国には何かがあるのかもしれない。


「ありがとうレイリアさんにノーラさん。さて、最後はノヴィス。どうする? 私達は行くけど、貴方だけテセシアに帰る?」


 シズフェはノヴィスを見て言う。 

 自由都市テセシアはシズフェ達が拠点としている街であり、この依頼がなければ今日帰る予定であった。


「仕方ねえ行くぜ。顔だけが良い王子の頼みってのが気に入らねえが、ここで俺だけ帰るのは何だか嫌だからな付いて行ってやるよ」


 ノヴィスは少し機嫌が悪そうに言う。


「そう、ありがとう、ノヴィス。貴方が付いて来てくれると嬉しいわ。頼りにしているわよ」


 シズフェは笑って言う。

 ノヴィスは腕の立つ戦士であり、この中で一番強い。頼りになるのは事実だったりするので嘘は吐いていない。


「お、おう。そうだろ。任せな」


 頼りにされていると言われたためかノヴィスは少しだけ機嫌をなおす。


(まったく、単純なんだから……)


 シズフェは心の中で舌を出す。

 ケイナとマディはそんなノヴィスを見て笑っている。


「さて、決まりね。用意が出来次第カラバ王国に向けて出発よ」

 


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