第7話 王子の依頼

 王宮の応接間、そこでシズフェは王子であるヴィナンと出会う。

 ソノフェン王国の王子にして父王の政務の補助したりする彼は次の王になる事は間違いないと噂されている。

 顔も良く、優秀な王子は多くの市民から慕われているようであった。

 シズフェは王子から用意された椅子へ座るように促され、それに座る。


「シズフェリア殿。この度のゴブリン討伐をどう思われますか?」


 ヴィナンはシズフェの対面の椅子に座るとそう言う。


「ゴブリン退治ですか?」


 問われてシズフェは考える。


(何かおかしな点はあったかしら? そういえばノーラさんが何か言っていたな)


 シズフェはノーラの言葉を思い出す。


「そうですね。あの森にゴブリンが住み着くのは珍しいと思いました」

「やはり、シズフェリア殿もそう思われますか。その通りです。さすが女神様に選ばれただけある」


 シズフェがそう言うとヴィナンは頷く。

 どうやら正解を当てたようだ。


(私が気付いたのじゃないのだけど……)


 気付いたのはエルフのノーラだ。

 シズフェは何もしなくて良いのだろうかと思うだけで、そこまで気付かなかった。


「ええと、それほどでもお~」


 相手が美男子だからだろうか、ついシズフェは見栄を張ってしまう。

 そして、心の中でノーラに詫びる。


「我が国の宮廷魔術師殿もそう言われていました。またゴブリンは北東の森から来たのではとも……。おそらく北東のオグルの森で何かがおきているようなのです」


 ヴィナンは笑みを消し、深刻な表情をする。

 

「オグルの森? かなり物騒な名前の森ですね。オーガが住んでいるのですか?」


 シズフェは眉を顰める。

 オグルとはオーガの事だ。

 オーガは平均的な人間よりも倍の背丈であり、豊かな髪の毛とぼうぼうのあごひげをはやした大きな頭とふくらんだ腹と強靭な肉体を持っている魔物だ。

 魔力も人間よりもはるかに強く、生まれつき強力な魔法を使う事ができるので人間が正面からまともに戦っても勝つことはできない。

 ただ、絶対に勝てない相手ではない。

 剣で斬れば傷つける事もできるので、作戦しだいでは倒せるのだ。

 例えば上手くだましてネズミに変えたり、毒酒を飲ませ弱体化させた後で倒したという昔話がある。

 だが、それは稀な話だ。

 勇者や英雄ならともかく、普通の人間が挑むのは無謀であろう。

 

「いえ、オーガは今はいません。昔オーガが住んでいたのでその名前がつけられたのです」


 ヴィナンは説明する。

 かつてその森には凶悪なオーガが住み。

 人間を家畜にして暮らしていた。

 だが、今から100年前にとある国の第三王子がオーガを打倒し、家畜となっていた人々を開放した。

 王子は解放された地にカラバ王国を建国し、今でもその国は続いている。


「そんな事が昔にあったのですね」

「はい、そうです。そして、その国は我が国と関係があるのですよ。実はその王子は我が国の姫と結婚したのです。そして、今も連絡のやり取りをしています」

「そうなのですか? では森で何か起こっているのか、その国と連絡をしてわかるのではないのですか?」

「はい、その通りです。そして、既に書簡を送ったのですよ……。状況に変わりはないかと」


 ヴィナンは言いにくそうにする。

 その様子は困っている感じであった。


「あの……、何かあったのですか?」

「いえ、戦乙女殿。逆なのです。特に問題はないと返答があったのです」


 その言葉を聞いてシズフェは首を傾げる。

 

「何もないのなら、良いのではないでしょうか?」

「確かにそうなのですが、そうだ直接書簡を届けた者から話を聞いた方が良いでしょう。すまないがチルクを連れて来てくれ」


 ヴィナンはそう言って側にいる騎士に言う。


「はい、殿下」


 側にいる騎士は頭を下げると部屋を出る。

 しばらくして騎士は戻ってくる。

 その肩にはとんがり帽子を被った小さい人を肩に乗せている。

 騎士が近づくと小さい人はシズフェが座っている卓の上に飛び乗る。


「お呼びですか? 王子様? 何でしょう?」


 小さい人はとんがり帽子を抜いて王子に頭を下げる。


「ああ、良く来てくれたね、チルク。紹介しますシズフェリア殿。彼の名はチルク。見ての通りピュグマイオイです。彼が鳥に乗って書簡を届けてくれたのですよ」


 ヴィナンがピュグマイオイを紹介する。

 ピュグマイオイは人間やエルフやドワーフと同じくエリオスの神々の眷属である。 

 他の種族よりもはるかに小さく人間の手首から肘ぐらいの身長しかない。

 非常に弱い種族だが、彼らは他の3種族にはない特技を持っている。

 それは鳥や虫と会話できるという能力だ。

 彼らは鳥と会話して、その鳥に乗って各地を移動する事ができる。

 その能力を使い、渡り鳥と共に不思議な旅をした少年ピュグマイオイのように、各地を旅する者もいたりする。

 また、外見を気にしない金匙叔母さんのように人間社会に溶け込んでいる者もいる。

 人間社会に溶け込んでいる者の多くは郵便事業を行っている者が多く、鳥に乗って外国等に手紙を届けたりしている。

 チルクはソノフェン王国を拠点に郵便事業を行っているピュグマイオイの一人で、件の国に手紙を届けたのも彼のようだ。


「初めまして、戦乙女様。おいらはチルクです」


 チルクはそう言ってとんがり帽子を取って頭を下げる。

 

「チルク。カラバ王国の事を戦乙女殿に話してくれないか?」

「はい、王子様」


 そう言うとチルクは話し始める。

 カラバ王国へ行って書簡を渡した、返事を待っている間、王国の様子を見たが色々と事件が起きているようであった。

 事件の内容はゴブリンの集団移動、市民で行方不明者になっている者が多発している等である。

 帰ったチルクは返事が入っている書簡をヴィナンに渡すのと同時にその旨を報告した。

 だが、書簡を持って帰ったがその内容は先ほどヴィナンが言うように何もないというものだったのである。

 チルクの報告と違うので当然ヴィナンは不審に思う。

 だが、親交があるとはいえ他国である。

 その国の市民の問題はその国で解決するのが原則だ。

 向こうが要請しているのならともかく、そうではないので勝手に騎士を派遣して事件の捜査はできない。

 自国に影響があるかもしれないが、まだはっきりとしているわけではない。

 そこでシズフェに様子を見て来てもらおうと思ったのである。

 女神に選ばれし戦乙女なら、その国の事を調べても誰も文句はいえない。

 それを見込んでの事だ。


「戦乙女殿が問題ないとおっしゃられるのなら、私も気にしない事にしようと思います。引き受けてはいただけないでしょうか」


 ヴィナンはそう言ってお願いする。

 話を聞いたシズフェは少し考える。

 確かに気になる事件である。

 だが、魔物から人々を守るのが戦乙女の使命である、はっきりと魔物被害とはいえない事に戦乙女の権威を使って良いのかという思いもある。

 しかし、1国の王子の頼みを断るのは気が引けた。

 

「わかりました。とりあえず様子を見てきましょう。ですが、私は真偽を見極めるオーディス様の神官ではないので、期待にそえるかどうかわかりませんが、それで良いのなら……」


 シズフェは王子の頼みを受ける事にする。

 こうしてシズフェはカラバ王国へと行く事になるのだった。


 

 


 

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