第4話 ソノフェンの宿屋


「おい! ひでえじゃねえか! 置いていくなんてよう!」


 ノヴィスがエール酒の入った杯を卓におもいっきり叩きつけて言う。

 シズフェはそれを見て杯が壊れないか心配する。

 もし壊したら最悪宿を追い出されるかもしれないからだ。 

 ノヴィスはシズフェが率いる戦士団の唯一の男である。

 シズフェと同じ年齢のノヴィスは剝き出しの上半身には魔法の入れ墨が彫られてある。

 幼い頃から口喧嘩は絶えないが、決して仲が悪いわけではない。

 シズフェやケイナにマディと同郷であったので戦士団の仲間に入れてあげた。

 ただ、ほとんど別行動を取っているので普段はいない。

 ノヴィスは森の奥深くにいて、日が暮れる事に気付かず、他の戦士達が撤退したことに気付かなかった。

 さらに仲間であるシズフェ達にも置いて行かれ、ソノフェン王国に戻って来た時には城壁の門が閉まるところであった。


「仕方ないでしょ。 貴方を待っていたら私達まで門に入れないところだったわよ」


 シズフェは反論する。

 そもそも、ノヴィスは一人で突っ走る事が多い。

 仲間に相談せずに単独で行動することも多く、いつの間にかいなくなっている時もある。それが別行動を取ることが多い理由だ。

 前はかなり心配したが、最近はなれてしまった。

 そんなノヴィスに合わせていたらシズフェ達の方がもたない。

 合わせていたらシズフェ達も城壁の中に入れなかったかもしれないのだ。

 基本的に夜は城門が閉めるのが普通だ。

 夜は魔物の活動時間であり、人間のふりをする魔物がいるかもしれないというのがその理由だ。

 それでも、その国の市民であれば入れてくれるかもしれないが、市民権を持たない者はまず入れてくれない。

 それまでに入れない者は城壁の外で一夜を過ごす事になる。

 一応城壁の外にも一夜を過ごせる場所はある。

 しかし、そんな所は治安が悪い。

 女性ばかりのなのでそれは避けたく、また人間を警戒するのは嫌というのもある。

 戦うのは魔物だけで十分だ。


「ぐっ、でもよう。戦乙女様なら、問題なく入れてくれるんじゃねえか?」


 ノヴィスはシズフェの脇に置いてある兜を見て言う。

 シズフェの被る左右に翼の飾りがついた魔法の兜は戦乙女の証だ。

 戦乙女は女神アルレーナに選ばれた者である。

 そして、女神アルレーナは都市の守護を司る女神であり、多くの兵士から信仰されている。

 その使徒である戦乙女であれば門兵も入れてくれるかもしれなかった。


「確かにそうかもしれないけどダメよ。ノヴィス。よほどの事がない限りそんな事をしちゃいけないわ」


 シズフェはそう言って首を振る。

 不必要に戦乙女の地位を利用するのは間違っているとシズフェは思っている。

 早めに戻れば良いだけだ。

 だから、そうはしない。

 もっとも、やむを得ない時は使おうとも思っていたりする。

 

「まあ、良いじゃねえか、これでも飲めよ。シズフェはお前なら大丈夫と思ったから先に行ったんだ。信頼だよ。信頼」


 ケイナは笑いながらエール酒をノヴィスに進める。

 かなり酔っていてノヴィスの顔に胸を押し付けるように抱き着く。

 革の胸当てを脱いでいるので胸が感触が良くわかるだろう。 

 ケイナにとってノヴィスは弟のような存在である。

 昔から気心の知れた仲だ。

 だとしてもくっつきすぎではとシズフェは思う。


「だけど、ケイナ姉よう……」


 ノヴィスはエール酒を飲みながら言う。

 口調からまだ不満があるみたいだ。 


「そうだよ、ノヴィ君。早めに戻ったおかげで良い宿を取る事が出来たんだから、文句言わない。ほら料理もいっぱい注文しといたよ」


 マディがハーブ茶を飲みながら言う。

 シズフェとマディはあまり酒が飲めないのでハーブ茶だ。

 自由戦士が多く来ているので早めに宿を取らないと、質の悪い宿で寝泊まりすることになっただろう。

 シズフェ達は早めに戻って来たので、良さそうな宿を取ることができた。

 かなり大きな宿であり、1階は食堂になっている。

 シズフェ達は今そこにいるのだ。

 少し高かったが多くの報酬をもらえたので支払いは問題ない。

 またソノフェン王国はテュカム貨幣の金貨と銀貨で支払ってくれたのも良かった。

 テュカム貨幣は大国アリアディア共和国が発行している貨幣で、この地域で一番信頼されている。

 自由戦士に対する報酬は質の悪い貨幣だったりする事が多く、場合によっては麦や塩や酒が報酬の時もあったりする。

 両替商に行って手数料等が取られたりせず、額面通りの報酬になったので少しは贅沢をしても良いだろうとシズフェは思う。

 多くの報酬を得られたので仲間達と豪勢な食事をとることにしたのだ。 

 目の前には香辛料が効いた羊の肉の串焼き、香草を中に詰めて焼いた鶏肉。

 柔らかいパンにチーズに野菜にそして果実のシロップ漬けがある。

 普段食べている豆の入った雑穀粥とは大違いである。

 特に甘いものは高く、簡単に食べれないので嬉しくシズフェは嬉しく思う。


「そうだぞ、少年。そもそもトールズの戦士は野外で生活するものではないのか?」


 葡萄酒をちびりちびり飲みながらノーラが言う。

 ノヴィスは女神アルレーナと同じエリオスの神々の1柱である力と戦いの神トールズを信仰する。

 アルレーナと同じ戦いの神だが、アルレーナが理性的な戦いをするのに対し、トールズは力任せの本能的な戦いをする。

 トールズを信仰する戦士は何よりも魔物を倒す事を第一と考え、城壁の中にこもる事なく野外で生活することが多いのだ。

 しかも、その教義から鎧を装備する事もないので死ぬ者も多い。


「そりゃそうだが、酒と肉は城壁の外じゃ手に入りにくいからな。俺が元いた戦士団も飲むために城壁に入る奴は普通にいたぜ。そんな事いったらエルフだって外で暮らすもんだろ、モグモグ」

 

 ノヴィスは右手で羊の串焼きを頬張りながら、左手でエールを飲んで言う。

 行儀が悪いとシズフェは思うが注意はしない。

 これぐらいで怒ってはノヴィスとはやってられないのだ。


「それもそうだな。私のいた集落では味わえないものがここにはあるから。そう考えたら怒る気持ちはわかるぞ」


 ノーラはそう言ってノヴィスに謝罪する。

 エルフは数が少なく、また人間の国に来る事は珍しい。

 シズフェもエルフを見かけることは少なかったりする。


「まあ、でも結局城門が閉まる前に入れて良かったですわ。ノヴィスさんもそんなに怒らずに飲みましょうよ」


 酒を飲み少し顔が赤くなったレイリアが言う。

 エルフのノーラを除けば人間で一番年上だ。

 穏やかな彼女はノーラと共に過去に行った魔物の討伐の時に知り合いそのまま仲間になった。

 彼女は節度を保って飲むのか酔っぱらったところをシズフェは見た事がない。

 もしかすると相当酒が強いのかもしれない。


「そういうこった。折角金が手に入ったんだ。飲め飲め!」


 ケイナはバンバンとノヴィスの背中をたたいて言う。

 かなり酔っている。

 明日起きれるか心配だった。


「まあ、置いていった事は謝るわよ。今回はおごってあげるからそれで許してよね」


 シズフェはそう言って謝罪する。


「へえ、そうかじゃあ。それで良いか。じゃあ早速飲ませてもらうぜ! 姉さんエールをおかわりだ」


 ノヴィスはにやりと笑うと空になったエール酒の入った樽杯を掲げ酒場の女中に新しいのを持って来て欲しいと伝える。

 ただ酒だと知ってかなり飲むつもりのようだ。

 注文を受けた女中はかなり忙しいみたいで大変そうだ。

 すでに酒場には他の自由戦士達も集まっていて、かなり賑やかになっている。

 大した被害もなく報酬を得られたので嬉しそうだ。


「戦乙女シズフェリア様。シズフェリア様はおられますか?」


 そして、そんな時だった。

 酒場の入口から誰かがシズフェを呼ぶ声がする。

 シズフェが入口の方を見ると身なりの良い男達がいる。

 その先頭にいるのは見た顔であった。



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