第1話 戦乙女シズフェリア


「知恵と勇気の女神アルレーナ様! みんなに御加護を!」


 シズフェは自身が仕える女神の名を呼ぶ。

 すると戦士達が歓声を上げる。


「おお! 戦乙女シズフェリア様が俺達を見てくれているぞ!」

「これで! 心置きなく死ねるぜ!」

「戦乙女に栄光あれ!」

「行くぞお前ら! 死んだら綺麗な戦乙女様が天国に連れて行ってくれるんだ! 戦いがいがあるぜ!」

「おうよ! エリオスの園で会おうぜ!」


 戦士達は口々にシズフェを讃える声を出すとゴブリンの群れに突っ込んでいく。

 それを見てシズフェは何だかなあと思う。


「ねえ、これで良いのかな? ケイナ姉?」


 シズフェは横にいる女戦士ケイナに聞く。

 ケイナはシズフェより5歳年上の22歳。

 黒髪で、褐色の肌にはいくつもの傷跡がある歴戦の戦士だ。

 同郷でシズフェは彼女を姉のように慕ってきた。

 戦士として未熟であったシズフェが今日まで生きてこれたのはケイナが助けてくれたおかげである。

 そのケイナは昨日ただ酒を飲みすぎたためか眠そうだ。


「別に良いんじゃねえか? あいつらやる気になっているしさ。戦乙女様が声をかけてくれたんだ。効果は抜群だぜ」


 ケイナは眠そうな声で言う。

 それを聞いてシズフェは困った顔をする。

 今シズフェ達がこの森にいるのはゴブリン退治のためである。

 ゴブリンは人間の12歳ぐらいの子どもに似た姿をしている。

 違う所は人間の子どもよりも頭が大きく緑肌をしているところだろう。

 それだけなら問題はないが、彼らは人間を襲う魔物であるという事だ。

 そんなゴブリンの集団がアリアド湾沿岸に位置するソノフェン王国に近い森の中に住み着いたのである。

 そのため、街道を行く人を襲う危険があることから、退治するために多くの自由戦士が雇われた。

 自由戦士は騎士や兵士と違い、特定の誰かに仕えていない戦士の事だ。

 騎士や兵士は命令によって動くが、自由戦士は依頼によって動く。 

 命令には服従しなければならないが、依頼には受ける受けないの自由がある。

 そのためそんな戦士達の事を自由戦士と呼ぶ。

 そして、シズフェもまたそんな自由戦士の一人であり、ソノフェン王国に雇われていた。


「いや、そうじゃなくてさ。私達も前に出なくて良いのかな?」


 しかし、雇われたにも関わらず戦う事はせずに後ろで見ているだけだ。

 真面目なシズフェとしてはこれで良いのかと悩むところだ。

 大した事をしていない。

 ただ、掛け声をしただけだ。

 しかし、戦士達はシズフェを讃え戦地に赴こうとしている。

 それが何だか嫌だった。


「それはしなくて良いんじゃねえ。あいつらだけでゴブリンは退治できるだろ。こっちは後ろで見ているだけで十分だろ。楽な仕事だ」


 ケイナは笑って言う。

 今いる森はゴブリンが住み着くには適していない。

 そのためかゴブリンの数も多くないのである。

 ケイナの言う通り、シズフェが出る幕はなさそうであった。

 

「そうだよ。シズちゃん。ただ見てるだけで高い報酬がもらえるんだから言う事なしだよ」


 ケイナとは反対側のとなりにいるマディアが言う。

 マディアはシズフェと同年代の魔術師の女の子である。

 知識と書物の女神トトナを信仰する彼女は魔術師らしく黒いつばの広いとんがり帽子にローブを着て手には魔法文字ルーンが刻まれた樫の杖を持っている。

 ケイナと同じくシズフェと同郷であり、オレンジ色の髪にそばかす、少し早く生まれたのに発育が悪いので背はシズフェよりも頭一つ分低い。

 彼女は将来ここから遠い地にある魔術都市サリアの学院に行きたいと思っているらしく、そのための資金を集めている最中だったりする。

 楽をして稼げるのならその方が良いと思っているようだ。


「まあ確かにそうなんだけどさ……。私達。他の人達よりも3倍の報酬を貰っているんだよ。何だか悪い気がするよ」


 実はシズフェ達は他の戦士達よりも高い報酬を貰っているのである。

 なのに特に何もしていない。

 それを罪に感じてしまうのだ。

 この場にいない仲間が前線に出ているのがせめてもの救いであった。


「はは、戦乙女様は真面目だな。さすがだぜ」

「そうだね~」


 ケイナとマディアそう言って笑う。

 特に気にしていないようである。

 それを見てシズフェは溜息を吐く。 


(ああ、知恵と勝利の女神アルレーナ様。特に戦いもしない私をお許しください)


 シズフェは自身が仕える神に祈る。

 知恵と勝利の女神アルレーナは戦いの女神だ。

 魔物と戦い人間の世界を守護する女神だ。

 しかし、その女神は天上のエリオスの園にて世界中の人々を見守らなければならず、細かいところまで目が行き届かない。

 そのため、自身の配下である戦乙女ワルキューレを代理として派遣するのだ。

 戦乙女ワルキューレは女神アルレーナに選ばれた女性で、多くは天上の女天使ばかりだが、まれに地上の人間が選ばれる事もある。

 戦乙女ワルキューレに選ばれた女性は女神アルレーナから力を与えられ、女神に代わり人々を守る使命を与えられる。

 左右に翼の飾りのある魔法の兜を被り、武器を持って人々のために戦う。

 シズフェはそんな選ばれし戦乙女ワルキューレの一人なのであった。

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