召喚乙女の〈釣之巫女〉争奪勝ち抜き〈競釣〉

隠井 迅

序章 神津海斗の神隠し

第壱話 神迎えの日

「それじゃ、ここまでの学習内容をおさらいして、今日の授業を終える事にしよう」

 門前仲町に在る受験塾で国語を担当している大学生講師の神津海斗(こうづ・かいと)がそう声を掛けると、「はあああぁぁぁ〜~~ぃい」といった、やや間延びした〈十二人十二色〉の承諾の声が教室の各所から上がった。


「それじゃ、先生が準備しておいたカードをランダムに引いてゆくから、一月から順番に、旧暦の月名を答えていってもらうぞ。

 よし、先ずは藤田、一月の旧暦の呼び名は?」

「これは簡単、一番最初の〈ムツキ〉ですよ」

「よし、バンバンゆくよ。二月に対応しているのは? 杉田」

「えっと……、えっと……、〈キサラギ〉かな? 先生、これで合ってます?」

「合ってるって。美佑は、もっと自分に自信を持ってゆこうな。じゃあ、三月を、吉村」

「これは〈弥生〉だよっ! だって、だって、これ、うちの親友の森ちゃんの名前だもん、三月生まれなんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、四月を、鈴木」

「自分の好きなアニメのキャラがこの名前だから完璧に覚えています。〈卯月〉ですね」

「そういった覚え方もあり寄りのありだな。じゃあ、五月を、太田」

「これはチョー簡単。だって、『トトロ』のお姉ちゃんの名前だもん。〈さつき〉で、ファイナル・アンサー」

「ザッツ・ライト。では、六月をいってみようか、聡子」

「六月は梅雨の時期なのに、水の無い月って話だったから……、そうだっ、〈みなづき〉」

「正解っ! 次は、唯梨乃にお願いしようかな、七月をよろしく」

「七夕の短冊ってゆう、天に願いを込めた手紙を書くから、〈文月(ふみづき)〉ですね」

「その関連付け、イイネ。じゃ、八月を優理子」

「葉っぱの季節で〈葉月〉です」

「九月を、飛田」

「秋の夜長の〈長月〉です」

「みんな、グゥゥゥだよ。特に、七月、八月、九月ってさ、混同している受験生も割と多いから、そうゆう風に、何かと関連付けた覚え方ってすごく有効なんだよ。よし、十月を、べーさん、濱辺にお願いしようかな?」

「〈かんなづき〉です」

「オーケー、オーケー、ここまで順調だね、残り二つ、十一月を、髙橋」

「寒くなって、霜が張り出すって覚えました。〈霜月〉っす」

「それもグーだよ。じゃあ、いよいよ、ラスト。十二月を、川端」

「年末で、お坊さんや先生が走るくらいに忙しいから、文字通り、師が走る、〈師走〉ですね」


「みぃぃぃんな、よおぉぉぉ~~~くできました。そしてさ、何人かが言ってくれたみたいに、ただ単に字面だけを強引に丸暗記するんじゃなくって、何かと関連付けた方が、圧倒的に記憶に残り易いって事も覚えておいてちょうだいね」

「「「「「「はあああぁぁぁ〜~~ぃい」」」」」」


「さて、今日はさ、旧暦における月の呼び方を、〈睦月〉〈如月〉〈弥生〉っていう風に順番に訊いていったから、答えられたって人もいると思うんだ。これが、順不同にバラバラに質問していたとしたら、果たして、ちゃんと答えられたかな? 怪しかった人もいるんじゃないの。つまりさ、バラバラに問われたとしても、即座にパッと答えられるようになって初めて、旧暦に関する知識は、君たちにとって本物になるんだよ。さらに、音のみが分かるだけじゃなくって、漢字もキチンと書けるようにできれば、さらに完璧かな。みんな、オッケーかな?」

「はあああぁぁぁ〜~~ぃい」


「それじゃ、授業終了まで、今回も少し時間ができたので、いつものようにちょっと雑談でもしようか」

「待ってました、海斗ちゃんっ!」

「聡子、先生を〈ちゃん付け〉しないっ!」

「てへっ」

 海斗は、授業終了まで時間的余裕ができた場合、授業内容と関連付けた雑談をする事にしているのだ。


「今日って、太陽暦だと十一月二十二日なんだけどさ、これを、〈旧暦〉に置き換えてみた場合、果たして何月何日に当たっているでしょうか?

 さぁぁぁ~~~あ、みんなで考えよう。後で、誰かに質問を振るからね」

 カードをシャッフルしながら、声を出さずに一から順にゆっくりと数えていた海斗は、十まで来たタイミングでカードを表にし、そこに書かれていた人物を指名した。


「それじゃ、濱辺七海(はまべ・ななみ)さん、月名だけで構いません、よろしく」

「えっ! 十一月って〈霜月〉じゃないんですか!?」

「実は、違うのですよ。第一月を睦月、第二月を如月といったように対応させると、第十一番目に来るのが霜月になるのは確かなんだけれど、本来、旧暦って、新月が一日、満月が十五日といった、月の満ち欠けに基づいた太陰暦なんだよね。そして、そうした月の満ち欠けは二十九日半周期なんだよ」

「ちょっと待ってください、先生。とゆう事は、三〇掛ける十二で三六〇、そこから引く六だから、旧暦だと一年は三五四日、今の三六五日と比べて、十一日も少ないじゃないですか!」

「まさしく、その通りで、だいたい三年で、旧暦と新暦との間に一か月のズレが生じてしまうんだよ」

「先生、それじゃ、太陰暦では今は何月なのですか?」

「今日、十一月二十二日は、太陰暦では〈神無月〉十日に当たっているんだよ」

「そうなんだ。一か月以上も違うんだ」

 濱辺七海は納得したようであった。


「ここでさらにスポットを当てたいのが、〈神無月〉って呼称で、この呼び名の由来は諸説あるんだけれど、文字通りに解釈してみると、旧暦第十番目の〈神無月〉って、神が無い月って意味なんだよね」

「海斗ちゃん、どおゆう事?」

「また、ちゃん付け、まっ、いっか。

 この旧暦十番目の月には、いつもは日本各地の社にいる八百萬の神々が、会議の為にそれぞれの管轄地を離れて、とある地に集まるんだ」

「海斗ちゃん先生、神様達は一体どこに集まるの?」

「島根県の出雲大社(いずもおおやしろ)だよ」

「へぇ~~~」

「だから、他の所と違って、出雲では、神様が集まってくる旧暦十番目の月は、〈神在月(かみありづき)〉って呼ばれている分け」

「違いには、ちゃんと意味があるんだ、面白いね」

「聡子も、みんなも分かった?」

「「「「「「うん、海斗ちゃん」」」」」」

「みんなで、ちゃん付けかよっ! もういいや」


 海斗は、一つ咳払いをして、こう続けた。

「でさ、出雲において、神々を御迎えする神事、つまり〈神迎神事(かみむかえしんじ)〉は、旧暦の神在月十日に当たる、十一月二十二日の十九時に開始されるんだ」

「えっ、まさに今日なんだっ!」

「そうだよ。まあ、そういった分けで、今日は何の日、ふっふぅ〜みたいに、〈神在月〉の話をした次第なんだよね」

 

 ここまで話すと、神津海斗は、一瞬だけ腕時計に視線を落とした。

「今、十九時になったよ。出雲大社の西、約一キロメートルに位置している〈稲佐(いなさ)の浜〉では、ちょうど神事が始まった頃だね。

 きっと今頃、出雲では、日本海から次々に八百萬の神々が上陸しているんだろうね」


 ここで、一人の生徒が手を挙げた。

「どうした? 川端」

「先生、自分、ちょっと計算してみたのですが、神々の数が、文字通り、八百万柱おわすとした場合、たとえ一分で一万柱の神々をお迎えしたとしても、単純計算で、翌日の日の出の頃まで御出迎えに時間を要してしまうのではないでしょうか?」

「ははは、その発想は無かったけれど、そこは、神の力とかで、出迎えは何とか終わるんじゃないのかな、毎年の事だし。

 とまれ、終わりの時刻になったので、明日からの令和五年の神々の会議では、どんな事が話し合われるかを夢想しながら、今日の授業を終える事にしようか。

 で、来週は僕はお休みなので、代わりの先生が担当します、それでは再来週に」

「「「「「「ありがとうございましたっ!」」」」」」



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