黒き翼の大天使1800_金の聖女と銀の魔王

遠蛮長恨歌

第1話 神国の聖女

 シーザリオン帝紀1800年、春。

【神国】ウェルス王都の大聖堂、【聖女】アーシェ・ユスティニアは女神への祈りを捧げていた。ウェルスという国は神官・司祭を多く輩出する、アルティミシア大陸最古の国であり、創世女神グロリア・ファル・イーリスを奉じる【グロリア神教】はグロリアが各国の主神の上位に座す形で大陸全土に浸透している。その教義は女性主権・女尊男卑の風があり、女神の奇跡の具現である【神力】を使えない男を不完全な存在として見下すところがあった。比類なき神力の持ち主で過去歴代の聖女たちのなかで最強のものといわれるアーシェは男を見下したりはしないが、それでもやはり女神の偉大を信じ、男性というものに無意識的な優越感を感じていた。


「?」

 金髪を揺らし、ぴくりと肩を揺らすアーシェ。かすかに違和感。長い睫毛を震わせ、瞳を開ける。聖女の周囲を円環状に立って守っていた神官兵たちが、ことごとく、立ったままに意識を失っていた。「これは……魔力?」周囲の空気にわずかに含まれるソレに、アーシェは小さく呻く。魔力とは神力の対極。アーシェたち、女神の加護を受けた女性のもつ力が神力であり、そうでない男たちのもつ力は霊力。魔力というものは暗黒大陸アムドゥシアスに住まう、魔族たちのみが持つ力である。アルティミシア大陸でも魔族と人間の私生児にごくまれに顕現することがあるが、やはり希少な力だ。


「感じる魔力は大きくありませんが……、これほど鮮やかに神官兵たちを気絶させる手並み、相当の手練れ、ですね……?」

 アーシェは聖杖を握り、立ち上がる。聖杖ユースティアは古き世界の法と正義の女神・ユースティアの力を秘めた杖だ。聖女の権威の象徴であると同時に、アーシェが信じる正義に敵対する存在に、神罰の雷を見舞う武器である。


 アーシェは大聖堂に薄く満ちる魔力を手繰り、索敵。聖杖を振り下ろし、神罰の雷を落とす。バチィ! 雷撃は姿を消して接近していた相手を打ち据え……、そして姿を見せたその相手は、聖女の神雷をたやすく片手でとめていた。


「!?」

「お迎えに上がりましたよ、聖女アーシェ・ユスティニア。わが妃となり、放埓邪悪の女神を討つ【盈力】を持つ皇子を産まれよ」


柔らかく、そう笑む長髪の男。赤い瞳は人間のものではなく、魔に連なるもの。


「私はオディナ・ウシュナハ。あなたたちの呼ぶ【魔王】です」


 男はそう言い、アーシェに手を差し出した……。

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