なな、さすがパリピやっぱり怖い
「つまり、何が言いたいかというとね。あのアパートは、およそ人並み外れた何かが集まる、人並み外れた場所なのだ。現代の科学では再現しようのない現象がごく日常的に起きる『場』。我々は間違いなく圧倒的に少数派で、大抵は能力の制御も効かず、社会から外れないように力を隠して生きていかざるを得ない。きみも今までそうだったのだろう」
史龍先生は視線を車内に戻し、こちらを見つめた。
「じつのところ、私自身には特別な力があるわけではない。だがいとゆう荘の不思議さを否定はしない。世界の理さえ捻じ曲げるような琴子の異能には私だけでは対処できなかった。あのまま東京で過ごしていれば、世の中の多数派と同じようにあの子を傷つける大人になっていただろう」
他の誰かとは違う力を持つひとや、救いある場所を求めるひとの集まる『場』。
偶然その空室を知っていた従兄が、忍に必要なのだと勧めてくれ、琴子社長や大家さんたちが拾い上げてくれた。
「私たちはいとゆう荘に誘われ、救われた。きみにとっても、そういう出会いであればいいと願っている」
私も、琴子も、苑爾も、赤金も。史龍先生はそう付け加えてから、そっと僕の頭を撫でた。
何も答えられなかった。
やさしく幸せを願われることにあまりにも不慣れで、どう返事をすればいいのかわからなかったのだ。
赤金さんの運転するプリウスは、往路の八束山道における落石通行止めを回避した代わりに事故に遭うことも、何らかの足止めをくらうこともなく、平穏無事にいとゆう荘へ帰りついた。
門の前に横づけされたとき、時刻は五時五十六分。
急いで車から降りると、庭に設置されている木製のブランコを漕いでいた社長が駆け寄ってきた。
「史龍っ、おかえり!」
小さな体が史龍先生の脚にしがみつく。
「ああ、ただいま。心配をかけてすまなかったね」
「史龍、車にのっても平気なのか? あかがねはじこをおこさなかったか?」
「たいへん安全運転だったよ。おかげできみのお誕生日パーティーに間に合えた」
一緒に待っていたらしい翔馬くんが「おかえり」と手を振ってくれた。
そういえば彼の力とは一体どんなものなのだろう。離れたところから僕の様子を視ていたようだから、千里眼みたいなものだろうか。
あのとき翔馬くんが指示を出してくれなければ電車を一本逃していたから──
電車を──
──いやそもそも僕はなんのために八神に出掛けていたんだったか……。
「──あ……」
ざっと血の気がひいていく。
大家さんと苑爾さんに未来視を伝えた先程と同じくらいの、いやもしかしたら比べものにならないかもしれないほどの絶望感が、僕の膝をがくりと折った。折ったどころか砕いた。破砕した。
「あぁぁあぁああぁっ!」
思わず大きな声を上げた僕に視線が集中する。
「どうしたのよ、忍くん」
近くにいた苑爾さんの腕を掴み、感動の再会を果たした宗像親子に背を向けた。
まずい。まずいまずい。
せっかく史龍先生が無事に帰ってきたというのに、お誕生日パーティーになくてはならないものをすっかりさっぱり忘れていた。
「え、苑爾さん、僕……プレゼント……!」
「もしかして用意してないとか言う?」
「ちが、ちがうんです、買いに行ったんです。でもレジに行く前に翔馬くんからの電話に出ちゃって、そのまま慌てて帰ってきて、僕すっかり……あああああなんてことでしょう」
「なんだ、そんなことか!」
「ギャアッ」
ぎょっと見下ろすと、僕と苑爾さんの間から社長の顔が生えていた。
顔を寄せ合っていた僕たちの間に入り込んできた本日の主役は、にこっと花のように笑う。
「しのぶは史龍をつれてかえってきてくれた。それが一番のプレゼントだぞ」
「……!」
僕は顔面を両手で覆って項垂れた。うっかりすると泣きそうだった。
なんて……なんていい子なんだろう。
必ず明日、またあのショッピングモールに行ってプレゼントを買おう。
もうキラキラのアクセサリーショップも客の女性陣もレジの店員も怖くない。それよりなにより、彼女にプレゼントを贈らなくては。
魔性の小学二年生女児は、今回の最大の功労者である赤金さんを仰いだ。
「あかがねは、もう行ってしまうのか? ごはんだけでも食べていかないか?」
「あー悪い、このあと別件の依頼受けてっから、もう行かないと。誕生日プレゼントは苑爾に預けてるから受け取ってくれ。誕生日おめでとう」
赤金さんは流れるように膝を折り、琴子社長の前に跪くと、その小さな手の甲を取って唇を寄せた。ヒエッ。
まるでおとぎ話の王子様である。見た目がいかついゆえに似合わないが、恥も照れも感じられないせいで様になっていた。
さすがパリピ。やっぱり怖い。
震え上がる僕の横で苑爾さんは「まーた始まった」と肩を竦める。
「アホは放っておいて行きましょ、みんな。琴子社長、ごはん食べる前に手を洗いましょうね、しっかりばっちり念入りに。消毒用のアルコールもどこかにあったはずよ」
「赤金きみ、運転してくれたことには礼を言うが、後日憶えておきたまえ」
「史龍先生の顔がマジなんですけど俺死ぬの?」
「夜道の背後と今後の食事に気をつけることだ」
「え、ねえ俺死ぬの?」
半眼になった赤金さんを置き去りにして、社長と手をつないだ苑爾さんと史龍先生が、アパートのなかに戻っていく。
翔馬くんも呆れ顔で赤金さんに手を振ってあとを追った。
わりとみんな赤金さんの扱いが雑だ。いいんだろうか。ちらりと見上げると、黒いプリウスに凭れかかった彼は苦笑を浮かべてシッシと手を払う。
「さっさと行けよ、社長が待ってる」
「あ、あの、赤金さん本当にありがとうございました!」
「へーへー。パーティー楽しんでな」
僕はぺこりと頭を下げて、すっかり青く茂った葉桜の下を駆け抜けた。
第二話、おしまい
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