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七星剣 蓮

第1話 時空建設株式会社

 エヌ氏の勤める会社は建設会社である。


 ただ、普通の建設会社と違うのはその完成までの工期がべらぼうに短いのだ。

 建設費は通常よりもべらぼうに高いにも関わらずエヌ氏の建設会社にはひっきりなしに注文が舞い込む。


 その日も朝から電話が鳴りっぱなしだった。


 西暦2098年のいま、アナログな黒電話は珍しいと思われるかもしれないが、エヌ氏の建設会社ではこのアナログな音声電話以外での受注を行っていなかった。


 エヌ氏は営業課のたった一人の社員である。当然ながら鳴りっぱなしの電話を全部処理することなど不可能である。


 その日も面倒くさそうに目の前で鳴り続ける黒電話を眺めてタバコをふかす。


 気が向いたら受話器を取ってすぐに切ってしまう。話すのが億劫だからな。


 タバコを吸い終わったエヌ氏は少し気分が乗った。

 次に鳴った電話は丁寧に対応した。


 「はい、お電話ありがとうございます、時空建設株式会社営業部のエヌでございます。」


 「よかった!繋がった!JR東海の設楽と申します、鉄道トンネル工事と線路敷設、その他一切工事をお願いしたいのです。」

 「ありがとうございます、我が時空建設株式会社は早さをモットーとしております、内容を詳しくお聞かせ願えますか?」


 「リニア新幹線の新大阪から博多までの延伸工事です。費用はいつものように即金でお支払いいたします。」


 エヌ氏は電話の前の端末にそのままの文字列をプロンプトとして入力する高性能量子コンピュータAIがすべての判断をし、金額が表示されるのでそのまま伝える。一見法外とも言える桁が一つ違う額だ。


 「了解です、金額の裁量権は私が持っております、今すぐにデジタル円で送金しますのでよろしくお願いします。」


 エヌ氏の端末に莫大な額のデジタル円が送金された結果が表示される。


 「ありがとうございます。では建設工事は完了です。引き渡し関係の担当者を本日中にお伺いさせますのでこの後のことは彼女に引き継ぎます。時間建設株式会社のご利用ありがとうございました。またのご用命をお待ちしております。」


 黒電話の受話器を置いたエヌ氏は大きな息を吐く。そして胸からタバコを取り出して火をつけ、一服をした。


 「今日は久しぶりに大口の仕事だったな、ああいい仕事をした後のタバコはうまい。」


 その日の午後、新大阪駅ではJR東海の担当者が時間建設株式会社の女性社員から新大阪博多間のリニア新幹線全線の引き渡しを受けた。

 

 エヌ氏は鳴り続ける電話を適当にあしらい、その日はその一件のみの成約であった。


 定時の5時が近くなると建設本部に発注書を回す。


 「しかし便利な世の中になったものだ、欲しいインフラがその日のうちに使えるようになるんだからな。」


 発注書を送り終わったエヌ氏はたまに考えることがあった。


 これまでいくつもの発注書を回したがこれは「どこ」に回っているのだろうと。

 しかしすぐに考えるのをやめた。

 多分自分には理解できないだろうし営業部の自分には関係のないことだ。


 ****

 発注書が届いた2048年の時空建設株式会社建設部では土地買収の打診や地質検査が始まりプロジェクトが動き出すことになる。これから50年をかけて新大阪博多間のリニア新幹線全線を完成させることになる。

もう2098年の完成は既成事実となっている。不測の事態が起こった時にどこの平行世界に歪みや皺寄せが起ころうとも変わることはないのだ。

 

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