第21話
私達は新宿にあるTSUBAKI本社ビルに立っていた。
15階建てのビル。全ての階層にTUBAKIが入っている。つまり
「これ……全部TSUBAKIなんですね……」
「ああ、全部TSUBAKIだな」
メガネガエルと私はビルを見上げた。この界隈では決して高いビルではないがそれでもビル一棟が自社ビル、
というのは私たちにビックリちゃんを与えるに充分だ。
「一代で築いたんだからな、大したもんだ」
メガネガエルが見上げた太陽の日差しを手で隠して感想を言った。
私はその横顔の、彼の唇を見て先日やらかしてしまったことを思い出し、
お尻が浮き上がる感じがした。
「ハックシュッ!」
うわ、ムードぶち壊し……。
くしゃみをしたのはもちろん、わ・た・し。
日差しに目をやられた! くっそぅ! 私の甘い思い出ぇ~
……とまぁ、心の中ですらはっちゃけないと恥ずかしさで溶けてしまいそうなんです。
「ここにいるんですかね?」
さっきのくしゃみをなかったことにするために、なにもなかったかのように私はメガネガエルに話しかけた。
「どうだろうな。でもここにアキがいるかどうかは問題じゃない。問題は、社長であるアキのおふくろさんに会えるかどうかだ」
「な、なるほど」
ふぅ、くしゃみのことはいじられないで済んだ。
「俺の親戚に今年5歳になる子がいるんだが……」
「はい?」
急になんの話をし始めるんだ?
「そいつが飛行機が好きでな。空に飛行機が飛ぶ度に「ひこーき!」っていって騒ぐんだよ。
けど、毎回日差しに目をやられてくしゃみばっかりするんだ。
大人でもそんなのがいるんだなって……勉強になったよ。布まんじゅう」
「……ぬ、布……」
私が甘かった。やはりこの男は抜け目がない。
「すみません、本日12時に伺うと電話しておりましたFOR SEASONの春日ですが、
椿社長はおられますでしょうか」
出た。メガネガエルのドッキリビジネストーク!
急に丁寧になるから、身近な人間はこれにビビるんだ!(私だけかもしんないけど)
「少々お待ちください。確認いたします」
受付のこれまた綺麗な女の人が凛とした様子で対応をこなす。
……メガネガエルはどんな女の人が好きなんだろう。
受付の女の人と比べてみる。
顔……負け。
胸……負け。
細さ……負け。
肌……負け。
化粧……負け。
「……う」
「どうしたピザまんじゅう」
「それピザまんじゃん! んもうっ! しゃ・ちょ・う・ったらぁ!」
愛嬌……勝ち!
女は愛嬌! 愛嬌が全て!
「なんだそりゃ気持ち悪いな。犬のクソでも食ったのか」
……死にたい。
「お待たせいたしました」
愛嬌のない受付嬢(←言いたいだけ)が受話器を置いて私達に呼びかけ、
メガネガエルは「はい」と言って愛嬌のない受付嬢に向いた。
「大変申し訳ありませんが、椿はただいま外出中でして。また日を改めて欲しいとのことです」
はぁ!? なにそれ!
「ちょ、そんなっ……!? ちゃんとアポを」
メガネガエルは納得の行かない私を制止すると
「そうですか。お忙しいところお手間かけまして申し訳ありません。
それでは日を改めてまた伺います」
とニコリと笑った。
「と、取締役っ! なんであんなあっさりと引き下がるんですか!」
ツカツカと私の前を歩き、TSUBAKIビルを後にするメガネガエルのいつもの背中に激おこをぶつけた。
「バカか! あそこで心象悪くしてどうすんだ!? 俺達が悪態ついた様子をアキの母ちゃんに報告されてみろ、
アポなんて一生取れねーぞ! それに用件は伏せてあんだぞ、
問題起こして俺達の素性がアキにバレたらあいつと話すどころか会うことすら水の泡だ」
「う……」
カンパーイ! 完敗。
「おっしゃる通りで……」
「分かればよろしい」
再び歩き始めるメガネガエルを追って
「それは分かりましたけど、でも、どうするんですか?!」
「わからん!」
「ええっ! なんでドヤ顔!?」
「とにかく、ひとまず仕切り直しだ。会社に帰るぞ」
「……はぁい」
オフィスに戻るとみんな忙しそうにしている。
「ただいま帰りましたー」
トウマさんが「おかえりなさい」と一言くれたけど、ほかの二人はそれどころじゃないみたいだ。
それはそうだ、ただでさえアッくんが抜けて、さらに私とメガネガエルまで抜けていたから3人いきなりいなくなったことになる。
「あの……手伝います! なんか仕事ないですか!?」
誰でも気軽に何でも屋あんこちゃんに声かけてね! という意味でせかせかと動く3人に呼びかけた。
「じゃあ、イラレ(illustrator)でここにM69C28で白とグラデーションかけて」
ハルくんがパソコンの画面を指差して私に言った。
「?? 何語?」
言っている意味が全く分からない。
「あーおまんじゅう、それ終わったらフォトショ(Photoshop)でここレタッチね!
それとこの電線邪魔だからスポットかけといて!」
「スポット? レタッチ??」
シュンくんが続けざまに私に言ったが、この世の言葉ではないそれに立ちすくむ。
「じゃあ頼んだ」「じゃあ頼んだ」
うお、久しぶりに聞いたぞこの双子のハモり。……ていうか
「できましぇ~~ん!! しくしくしくしく」
泣いてしまった。
なんて役立たずなんだ私は……
「ほらな。今やってることは俺達技術者にしかできねーの。できねーこと無理にやろうとすんな。
お前が今出来ることをやったらいいからよ」
ハルくんが手を止めて私にそう言ってくれた。
シュンくんを見ると同じ表情で私に笑っていた。
「あれ……」
「ん、どうした」
「う、ううん……ありがとう」
ハルくんはポンと私の肩を叩くと、また持ち場に戻った。
……今、ハルくんとシュンくんどっちがどっちなのか一瞬分からなくなった。
今までこんなことなかったのに……。
「望月さん、これを」
後ろからトウマさんに声を掛けられて「ひゃい」と返事を噛む。
見れば段ボールにバラバラと入った郵便物。
「ちょっとここまでは手が回りませんで、これを手伝ってもらってもよろしいですか?」
「あ、はい! ……あの、すいません」
トウマさんは笑顔で頭の上に「?」を飛ばして首を傾げた。
「こんな雑用しか出来なくて……」
「雑用? ああ、確かに雑用ですね。ですが、望月さん、会社に於いてはこの雑用という仕事は別の呼び方をするんですよ」
「別の……ですか」
「総務というんです。確かに誰でも出来る仕事かもしれません。ですが、誰でも出来るからこそ
なくては困る仕事なのです。それにこれを手伝ってもらうと……」
「もらうと……なんです?」
「私が非常に助かります」
「わ、わかりました! やります! やらせてくださいっ!」
っくぅー! 痺れること言ってくれるなぁ……トウマさんは……
メガネガエルはどんなステキな顔で仕事をしているのかな……
「あーオムライスくいてー」
あくびしてた。
……ぷっちーん!
「ちょっと取しま……」
ばん! と机を叩く音と、メガネガエルを睨みつけるハルくん。
「社長ぉ~~っ、入港手伝ってくださいよぉ~~!」
「お、おう……、こっちのフォルダに回せ……」
おおっ、あのメガネガエルがたじたじだっ! いいぞもっとやれー!
心の中でケラケラと奴を嘲笑いながら郵便物のチェックをしていく。
うう……結構溜まってるなぁ……アッくんの一件以来、どうでもよさそうな奴は放置の方向だったからなぁ……
「これはクーガ商事、ア・ギット文具、りゅーき薬品にスマートブレーン……、
うわぁ……確かに急がないやつばっかだけど、溜めちゃったな……」
次々と差出人をカテゴリ分けして振り分けていく、急いでいつつもミスがあってはダメなので
差出人を慎重に分けてゆく。
「……あれ、これ……」
その中で一枚【DDD】の名前があり、目が留まった。
(DDDからDM……急がないのかな、これ)
DDDはFOR SEASONと直接の付き合いがある会社だから、郵便物にあるっていうことは……結構重要なことじゃないのか?
封を切って中を見ると便箋となにかの券が入っていた。
三つ折りにされた便箋を開くと、そこには大きく【俺のアイドルあんこちゃんへ】と書かれていた。
あの人だな……、ええあの人ですとも……!
この状況下でそのふざけたような文字を見るとさすがのあんこちゃんもイラっときた。
「もう、なによ」
しかし、その字体から重要なものでもないと思った私は若干、安心してそれを読んでみた。
【ハローあんこちゃん。全然連絡ないから勝手に送らせてもろたで。これでナツメとデート(Hつき)でもしてや】
……Hつき?
「ムッキャー!」
「なんだ!? おい、遊んでんじゃねえぞ! タピオカまんじゅう!」
「タピ……す、すいません」
アラサー女子がみんな下ネタに寛大だと思うなよ! アホ関西人めっ!
便箋をくしゃりと握りつぶすと、もう片方の手に持っていた同封されていたチケットを見た。
「万願寺めぐみ展【四季に香る幻想】……? あ、万願寺さんの奥さんのことか……
こんなとこあの人と一緒にいけるわけ……」
また悪意のたっぷりこもったプレゼントだな、と思っていた私の目に、
ある一文が飛び込んできた。
「め、メガネガエル!」
「だから誰だそれ!」
素早い突込みがメガネガエルのデスクから飛んでくる。
「あ、しまった……! じゃなくて、あの……取締役」
メガネガエルは目を丸くして固まった。
「あれ……もしかして俺とカエルを間違えた……? いやいや、俺のどこがカエル」
かなり動揺しているようだ。怪我の功名というアレだね!(ドヤ顔)
「それよりもこれ見てください!」
さっきハルくんが叩いたのと同じくらいの強さでメガネガエルのデスクにチケットを叩きつけた。
「これは……」
「万願寺の野郎……ふざけやがって! 完全に喧嘩売って」
「違う! そうじゃなくて、こ・こ・!」
「あぁ!? ……ん、これは」
私が指差したのは開催場所の部分。
【TSUBAKI本社ビル特設会場】
「これって……」
「そうなんです! TSUBAKI本社ビル!」
「やるじゃないかアロエまんじゅう!」
「ア、アロエぇ!?」
「いつだ!? いつ開催してる!」
「これは来週ですね! ええっと……8月の…………8日?」
「8月8日……だな」
「……」
「……」
誕生日だーーーー!
しかも、メガネガエルと私は同じ誕生日!
「……記念する日になりゃいいな、お互い」
「そ、そうです……ね」
ほんの数秒だけど、そのまま二人で黙ってしまった。
偶然だと思いたい私と、必然だと思いたい私がコミカルな喧嘩を胸の中で繰り広げていたから。
「納期は8月の末。 絶対に守らなければならない。
……もっとも、これはブリリアントに限ったことじゃないが。
ともかく、俺達はプロフェッショナルの集まりだ。
デザインの流出もプロとして絶対に出してはいけないものだが、それ以上に……
納期を厳守するのは前提の前提、絶対条件!
だから時期的にもそろそろスパートをかけていかなければならない。
それなのに、だ!」
午後のゲストルームでのミーティングでメガネガエルは真剣なまなざしで言った。
……うう、あの日から唇ばかりを見てしまう。
なんであんなことしたんだろう私ぃ……
「取締役だがクリエイターでもあるこの俺が抜ける! それもこれも仲間を取り戻すためだ」
メガネガエルの唇と整った顔、緑と銀のフレームのメガネに見とれている内になんか重要なことを言ったっぽい。
周りを見渡すとみんな溜息を吐いてやれやれ、といった雰囲気が全開だった。
「全く、マジでありえねーんすけど?」
シュンくんが襟元を触りながら愚痴る。
「あの規模のイベント、空間デザインはうちでないにせよ残りひと月クリエイター3人に総務が2人。その内2人抜けるとか……」
ハルくんが舌打ちしながら愚痴。
「取締役。これまで多少の無理は聞いてまいりましたが、今回ばかりは無理があるのではないでしょうか」
めずらしくトウマさんも渋い顔。
「……むむ」
口元をへの字にして歯ぎしりするメガネガエル。
そそそんなに責めなくてもいいじゃない!
「……まーけど」
ハルくんが再び口を開いた。
「無茶を聞くのは今回限りっすよ」
シュンくんがニッカリと笑った。
「次は転職を考えますからね。お覚悟を」
ニッコリと釘をさすトウマさん。
「なぁんだ、みんな結局優しいんじゃん……」
「あァん!?」
「しまった! つい口に出して言っちゃった! ……はっ、これも言っちゃった!」
「この天然まんじゅう~~!」
優しい男呼ばわりされて怒っているのはなぜか稲穂兄弟。
「ななな、なんで怒ってるの!?」
「いいか! メロン・オ・レと抹茶バウムとミントオレンジのど飴とヤングモンクとエースシェフの焼きそば買ってこい!」
「ええーーーー!」
「俺はコーラとポテポテチップのまめぶ汁味にカロリーバーバナナ味とおでんのちくわと大根とたまごとしらたき!」
「おでんはないってーーーー!」
「私はえいちゃんのマリーナ席を2枚」
「チケットーーー!」
「じゃあ、俺は船舶免許」
「自分で取れーーーー!」
「いいから」「早く」「買って」「来い!」
プシュゥ~~(魂が口と耳の穴から漏れる音)
「う、う……だから嫌なんだ男だらけの職場は……う、うう」
大体なんでメガネガエルも一緒になるんだよ……うう
「おい、妖怪まんじゅう」
「そ、それ食べ物ですか!?」
船舶免許を除いた買い物を済まし帰ってきた私にメガネガエルが話しかけてきた。
「DDDに繋がる短縮は何番だ」
「え、あ……3番ですけど……例の展示会のことなら私が……」
「いや、いい。……ていうか俺に気を使ってるのか?」
「え!? あ、その……いやぁ」
そりゃ酒井さんからあんな話を聞いたら気も使うし、なにより犬猿の仲である万願寺さんにわざわざ繋ぐなんて、
「でも取締役、短縮でかけると万願寺さんに繋がりますよ?」
「仕方ないだろ」
『ナツメはめぐみのこと好きだったんだけどね、めぐみは万願寺くんと結婚しちゃったから』
「……」
「なんだ?」
「え?」
「なに見てる。どうせまた怒鳴り合いの喧嘩になるから離れておいたほうがいいぞ」
「あ、はい! そ、そうですね!」
私が側にあったファイルを抱えて場を離れるのを待って、メガネガエルはDDDにコールした。
私は離れる振りをしつつ、やっぱりメガネガエルが気になったから角に隠れて様子を見ていた。
「……もしもし。万願寺か? 俺だ、ナツメだ」
うわぁ……始まるぞ始まるぞ……
「ああ……まぁそういうな。今日はそんな気分じゃない」
……あ、あれ?
「頼みがある。聞いてくれないか、万願寺」
いつものメガネガエルじゃない……いつもの万願寺さんと話すときのメガネガエルと
「悪いな。こんなときだけ頼って」
……もしかして、これが……この二人の本当の仲……?
「うちの従業員を取り戻すのを手伝ってほしい」
そうだ、そうだったな……。
この男は、いつも偉そうでイヤミばっかりで口も悪いけど、ちゃんとお願いが出来るんだ。
この見た目と違う素直さが、……ううん。今は考えないでおこう。
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