第20話
「よく言ったもんだな、お前」
メガネガエルはため息をついてベンチに座る私に缶コーヒーをくれた。
「あの……私、ブラックはちょっと……」
「俺がやったもんが飲めないのか」
「……そんなセリフ、初めて生で聞きました」
「イカスだろ」
仕方なく缶コーヒーのプルを上げて一口コーヒーを飲んだ。
「……苦っ」
「大人の味だ」
「子供みたいな舌してるのによくブラックなんて飲んでますね」
「誰が子供だ」
そう言ったメガネガエルが飲んでいるのはカフェオレ……。
「子供じゃん!」
思わずタメ口で突っ込んでしまった。
「ぶほっ!」
それが衝撃的だったのかゴホゴホと咳き込んだ。
「……それより、さっきのあれはなんだ? いくら場を納めるためってったって、やり過ぎだろ」
「……な、なにがですか?」
「なにがってお前、その、俺が好きだとかなんとか……」
「すいません」
「……でも、ありがとうな。おかげでなんとかまとまった」
「いえ……私は最後にちょちょいと口挟んだだけですから」
そこまで言うとさっき自分が言ってしまったことが恥ずかしくなってしまう。
「しっかし、それにしたって根性あんなお前」
「はい?」
「普通思いついても言えないぞ。好きでもない奴のこと好きだなんて大勢の前で」
「……好きでもない……?」
ズキン、という胸の痛み。これは太鼓叩き職人の仕業じゃないみたいだ。
「そ、そういう訳なんでしばらくは私に話を合わせてください」
苦いコーヒーをちびりちびりと味わいながらメガネガエルを見ずに、痛む胸を押さえてかろうじて言った。
「ああ。……まあ、しっかしたとえ芝居だとしても社内恋愛ってのはおれのポリシーに反するんだけどな」
「……」
「あ、悪い。別にお前とハルのことを責めたかったわけじゃないんだ」
「……あ」
そうだった、ついあの場のノリで言ってしまったんだっけ……。
「なんで別れたんだ? あいつはいい奴なのに」
「え、あの……いえ……」
そんな話がしたいんじゃないのに!
「それにしてもみんなハルとシュンが瓜二つだっていうよな。あの二人全然似てないのにな」
「はあ……」
だからそんな話したくないってのにこの男はやっぱりデリカシーがないというか……ん?!
「似てない? シュンくんとハルくんが?」
「ああ、面接の時からあいつらを見間違ったことなんてないよ。皆似てるっていうけどな、それをするとあいつらがかわいそうだ」
「……」
いつかハルくんが私に「あの人にはかなわない」って言ってたことがあった。
「それ、知ってるんですかね? 本人たちは」
「あん?なにがだ」
「いえ、だから二人を見分けることができるって」
「なんだよ、そんなこと。超能力者でもマジシャンでもないのにいちいちそんなこと公言するか?
……本人に確認したことなんてないからな。知ってるかどうか……どうなんだろうな」
メガネガエルが空を見ながら下唇を出した。
ハルくんは気付いていたのかな。さっきだってなんだか協力的な感じだったし……。
それをハルくんたちにとってどれだけ重要なことか、この涼しい顔の男は理解していないみたいだ。
だけどそんな涼しい顔でカフェオレをおいしそうに飲む顔にホケーとなってしまう。
そういえば初めてこの男に出会った時、この綺麗な顔立ちにホロッとしたんだっけ。
社会に出て最初の恋愛をして、そして今まで自分が理想にしていた恋愛と、
現実の恋愛のギャップが余計に私を夢みたいな恋愛に憧れさせた。
だからこの綺麗な顔立ちの背の高い男に理想を重ねてしまった。
けど、蓋を開ければどう?
ただの……王子様とは程遠い口の悪い皮肉屋だった。
それは目の前で甘いカフェオレを飲んでいるこの男で、それは変わらない。
口の悪い皮肉屋のイヤな男だってのは今も変わらないけど、
あれから3カ月近くが経って、尊敬する部分が生まれた。
オンとオフって言うのかな……そのギャップにいつのまにかいいなって……
でも! それは好きとかじゃなかった!
好きだって、気づいてなくて……あ、いや、違う……
あれ……? もしかして
私、最初っからこの人が好きだったとか……?
まさかー! まっさかー……!
「なんだよ、どんだけ俺を見んだ」
「み、見てなんか!」
メガネガエルは私のおでこに手を当てた。
心臓が止まりそうになる。
「熱とかじゃない? 顔赤いから具合悪いのかと思ったけど。熱中症か」
「え、あの」
不意におでこに感じたメガネガエルの手の感触。
「もしかして本当に俺が好きとか?」
ドキン
「そんなあの、その……」
パニック! パニックあんこ!
「好きっていうか、そんな、あの、好きっていうか……というより、その、好きって言うか」
喉が喉がねちょねちょしてうまく喋れない。暑さのせいじゃない変な汗が体中から噴き出る。
「あなたが好……!」
「なぁんて、んなわけないってな。じゃあ、アキを探しにいくか……ん? なんだ」
「パクパクパク」
カフェオレの空缶をゴミ箱に投げ入れると、それが入るのを見届けるとメガネガエルは小さくガッツポーズをした。
私が餌を欲しがる金魚みたいに口をパクパクさせているのも見ずにメガネガエルはサクサク歩いてゆく。
「あ、ま……待って!」
うー……勢いで言っちゃっただけの告白の末路なんてこんなもんかぁ……。
メガネガエルについて電車を乗り継ぎ、用賀まで来た。
「あのー……ここは?」
「おやっさん……アキのオヤジさんの家だ」
そう言われて辺りを見渡すと、目の前に大きな大学があった。
「家!? だ、大学ですよ!! アッくんって大学に住んでたんですか!?」
「……」
メガネガエルはポケットから携帯を出す。そしてどこかにコール……って
「もしかして……」
「もしもし、トウマか。今、用賀にいるんだが……あ、いや、駅からじゃなく体育大学からどう行くんだ」
かっこつけやがって!
なんでとりあえず独断で行こうとするんだろうこの人は!?
分からないなら最初っから聞けばいいのに!
「行くぞ」
「……はぁい」
この見かけによらない未完成さというか……中途半端さ。
外見がパーフェクトに見えるだけに、急に人間らしさが出てくる。
でも、この外見に見合った中身を期待している人には幻滅するかも……
「さぁ、着いたぞ。ここだ」
「わあ……」
すごく大きな家だった。何坪くらいあるんだろう?
というか何坪とか言われてもよくわかんないんだけど。
昔ながらの瓦の家で、かなり古いのは古そうだ。
メガネガエルはインターホンを鳴らし、「おやっさーん、春日です」と呼んだ。
奥からどたどた聞こえて玄関の引き戸がシャリシャリと開く。
「おお、春日か! よく来たなぁ……ん、キミは確か……」
「どうもいつもお世話になってます。冬島さんのマンションに住んでます望月です」
「だよね! なんだかちぐはぐなコンビだね、面白い」
私とメガネガエルのコンビに少し驚いたみたいだけど、すぐにニコニコと表情を戻す管理人さん。
「あ、そっか。お前にはおやっさんはマンションの管理人なんだったんだな」
「はい」
「上がってくれ上がってくれ!」
「じゃあ、おじゃまします」
招かれるままに私とメガネガエルは家に入った。
「こんなに大きなおうちなのに、綺麗にしてますね」
「いやいや、お恥ずかしい。男の掃除ではこれが精いっぱいだよ」
「いえ! 私の部屋に比べたら……うう、磨け女子力」
「……て、“男の掃除”?」
通された居間で、管理人さんは座布団を二つ押入れから出してくれた。
「お茶淹れるから、ちょっと待ってて」
「あ、いえお構いな……」
「頂きますおやっさん。なんかお菓子も」
私の言葉を遮って図々しいことを言うメガネガエルにびっくりした。
「ちょ、そんな図々しくお菓子なんて」
「はっはっは、いつもそいつはそうなんだよ。気にしないで」
「はあ……」
まあ確かに余所でこんな横柄な態度を見たことないけど……。
「……で、今日来たのはアキのことかな」
おせんべいとお茶を出してくれた管理人さんがあぐらをかいてせんべいにかじりつくメガネガエルに言った。
「そう。あいつさ、今日会社に来てないんだよ」
「そうか……すまないな。春日、私からあいつの面倒を頼んだのに」
「いや、それはいいんだ。それよりもあいつは家にいないのか」
ズズ……と音を立てて湯呑のお茶を啜り、管理人さんは寂しそうな顔をした。
「アキは多分、母親のところだ」
「母親って……」
変に言葉の意味を探ろうとしてしまう私を見越したのか、メガネガエルがその続きを言わせなかった。
「恥ずかしながらアキが子供の頃にカミさんに逃げられてね。
アキの母親は元々自立心の強い方で、家に閉じこもって家事をこなすのが耐えられなかったらしい」
「じゃ、じゃあ」
「アキはずっとおやっさんと2人暮らしだったんだ」
「二人で住むとね、この家がまた広いんだよ。私の両親が残したこの古ぼけた家も嫌だったみたいだがね」
「素敵なおうちなのに……」
アッくんを思ってなんだか私は悲しい気分になってきた。
「離婚が成立してからは一切連絡を取っていなかったんだけどね。つい最近、急に連絡をよこしてきた」
「……」
「中学の頃から登校拒否になってしまってね。いじめられたとかではないみたいだが、
私も教師だったからね、なかなかアキと時間を取ってやれなかった。
それが原因なのか、人と関わろうとしなくなり、
自分の殻に閉じこもるようになった」
「で、さすがにこれではダメだと思って、私は教師をやめて管理人だけにした。
これで親子の時間が取れると思って、半ば無理にアキを私のマンションに連れてきたりしてね」
「……その時に私に会ったのか」
「途中からアキは自分からマンションに来るようになった。素直に嬉しかったよ。
しかし学校に行くことはしなかったし、勉強なんていうものもすることはなかった。
皮肉なもんだよ。教師の息子が不登校で高校も行かないなんて」
「あとは、……俺がこないだ話した通りだ」
私のことを好きだって言ってたのは、冗談だとばっかり思ってたけど……
そうじゃなかったんだ。
けど、それはきっとお母さんを重ねていたからなんじゃないのかな。
「おい、なんでお前が俯くんだよ。しっかりしろよ」
「うん……」
管理人さんもそんな私を見てはははと笑った。
「けどおやっさん、それがなんでアキのお母さんのところにいるんだよ」
「ああ、さっきも言ったがな。つい最近……、先週だったか。
前のカミさんから電話があってな。
どこかでアキのことを調べたのか、再び「引き取りたい」って申し入れがあった」
「んな勝手な!」
「そうですよ! なんでそんな都合のいいことを……」
怒る私とメガネガエルを制止して、管理人さんは寂しそうに笑った。
「元々ね、母親がアキを引き取るって言ってたのを無理矢理引きとったのは私なんだよ。
アキの気持ちも聞かずにね」
「だからってそんな横暴な」
「あの頃の私の方が横暴だったんだよ。彼女はちゃんと自分の意思を話して、
それで離婚も決まった。
それなのに私はアキだけは手放したくなくてね、……アキも優しい子だったから、
黙って私に着いて来てくれたんだ。
思えばあの子には辛い思いをさせた。男親だとバカにされないように、と甘やかせすぎたかもしらんなぁ」
「おやっさん……」
管理人さんが小さくため息を吐き、また話し始めた。
「それでなぁ、投資ビジネスっちゅう難しい仕事で成功した母親から電話があったっていうわけだ。
今からでも遅くないから自分に預けろとな。
アキももう大人だ。物事の判断くらいは出来る。
隠すことなくそれを話した。母親の連絡先もな」
「あの……それっていつのお話なんですか?」
「先週……いや、先々週の末だったかな」
――ハルくんのデザインが流出した時だ――。
「おい、酒まんじゅう?」
「酒まんじゅうはないなぁ、すまん」
勘違いして管理人さんが謝った。慌ててメガネガエルが訂正している。
「あの……アッくんの居場所、教えてもらってもいいでしょうか」
管理人さんは、笑顔だけどどこか寂しそうな表情だった。
少しだけ悩んだ感じだったけど、引き出しからメモを取り出してササッと何かを書いて渡してくれた。
「本当ならそっとしておいてやってくれ……と言いたいところだが、
春日の会社に迷惑をかけたとなれば話は別だな」
そのメモにはお母さんの住所が書いてあった。
「すまんな、春日」
「管理人さん!」
「な、なんだね」
メガネガエルに話していたはずなのに、私が反応したのでかなりびっくりしたみたいだ。ごめんなさい。
「私達は、アッくんの辞意を聞きに行くんじゃないんです!
私達の会社にはアッくんが必要なんです。あの子の力が、今欲しいんです!」
「……そ、そうかね? しかし、そんな」
チラリと管理人さんはメガネガエルを見た。
メガネガエルはにやりと笑うと、私の肩にポンと、手を乗せた。
「そうなんだよ、別におやっさんにクレームをつけに来たわけでもないし、
俺たちは迷惑だなんて思ってない。
ただ、一緒に仕事をしている仲間……戦友として奴の力が必要なんだよね。
こいつはなにも誇張していないし、事実しか言ってない。
少しオーバーなアクションだが、本当だ。あいつに辞められると困る」
「春日……」
「い~い息子を育てたな、おやっさん。うちのエンジニアはあいつじゃなきゃダメだ」
管理人さんは俯いて目頭を押さえた。
やっぱり辛いのを我慢していたんだ……。
「この家な、二人で暮らすには広すぎた。けどな、一人だともっと広いんだ」
「分かってるよおやっさん。連れ戻してくる」
管理人さんはハンカチで目を押さえながら「すまない、すまない」と繰り返していた。
「うぐ……ぐす……」
結果:もらい泣き。
「行くぞ、泣きまんじゅう!」
「な、泣きまんじゅうって……泣いてないもん!」
「もしもし、トウマか。ちょっとな調べて欲しいんだが、個人投資家……かな?
いや、これは会社だな。えっと『TSUBAKI』って投資会社を……」
管理人さんの家を出ると、早速メガネガエルはトウマさんに電話をした。
「ちょっと! 駅はそっちじゃないですよ!」
お約束の方向音痴。
「なんだ……知ってるのか? ああ、……ああ、そうなのか? それは……すごいな」
電話を切ったメガネガエルは立ち止まって私に振り向いた。
「な、なんです?」
「あのな、蠍まんじゅう。無理かもしれんぞ」
「さそり……!? どういうことですか?」
「最近急成長し上場した会社だそうだ。ただの投資会社だと思っていたが、
全然違った。元々は投資会社なのは違いないみたいだが、今は
温泉施設やホテル、レジャーランドにも手を伸ばす巨大企業でどうやら成功したのは最近じゃない。
今が成功の頂点だからアキを呼んだんだろう」
「そんなぁ~またまたぁ~! そんな漫画みたいな話」
無表情なメガネガエルの顔。
「……本当なんですか?」
「お前、TSUBAKIグループ知らないのか? えっと……そうだ、ほら渋谷にあるだろ、
TSUBAKIビルって」
「……え゛っ?!」
TSUBAKIビルって言ったらうちのオフィスがあるビルの5倍くらいの大きさの、
デパートビルだ。ファッションブランドや、高いレストランがたくさんある。
「あの、アッくん……そっちのが幸せなんじゃ……」
「……う、ううむ……自信ない」
敵の正体が明らかになってモチベーションが下がる。
確かにテレビかなんかで、あそこのオーナーは女性一代で築いたって騒いでたような気がする。
「トウマか、さっきのな……ああ、『TSUBAKI』の件だが、社長の柏原 つばきにアポとれるか」
……
「ぐぅ……!」
「無理ですよね、やっぱり。今、超人気者じゃないですかあそこの社長」
「同じ社長業でもこんなにも違うか……!」
「そこ悔しがりますか!?」
「あの様子じゃおやっさん、多分元嫁さんのすごさを分かってたんだろうな」
「そうですね……」
もしもアッくんがお母さんのところに行っているとすれば会う方法がない。
「やっぱり、これで終わりなんですかね……」
うならだれる私。考えれば考えるほどにどうすればいいのか余計に分からなくなる。
「お前ならどうする」
「……はい?」
「お前ならどうやってあいつを救う? お前の考えが聞きたい」
「なんかポイントポイントで私に聞きますけど……なんでなんですか」
「俺には出せない答えを出すからだよ」
「そんなぁ……買いかぶり過ぎですって」
「なに言ってんだ。俺はお前のそんなところ、リスペクトしてんだぞ」
「リスペクト?」
「尊敬してるってんだ。前にも言ったろ? 秀才は天才にはかなわないってよ」
「尊敬……? 取締役が私にですか……?」
「ああ」
尊敬? 私を? メガネガエル……いや、春日ナツメが?
「天才って、あの誰のこと言ってるんですか……?」
「お前だ。何度言わせるんだ」
「………………???」
天才? 誰が? 私が?
「はぁ……。分かってないみたいだな、じゃあはっきり言ってやる。
俺にはお前が必要だ、お前を絶対に手放さない! 絶対にだ!
それはお前が誰にも撮れないような写真を撮るからだ。
そしてその才能にお前は気付いていない」
「おい……? まんじゅう? どうした?」
これは夢? なんかお前が必要って言われたよね?
お前を手放さないとかも……
それって私が言われたい理想の言葉じゃん。
「そんな……あたひなんれ……」
気が遠くなってきた。夢から覚めるのかな? もうちょっと聞いておきたかったような……
「おい! おまんじゅう! ……望月!」
「あんこね、メガネガエルがだぁ~い好きなの~」
気づけば私は病院のベッドで寝ていた。
「はっ!」
辺りを見渡してみる。うん、病室だ。これは間違いなく病室だ。
「こ、これ……」
チクリとした痛みに左腕を見ると点滴の針がさされてあり、頭には冷えピタが貼られている。
「あ、気づきましたか」
隣のベッドでなにかをしていた看護師さんが気が付いた私を見つけて駆け寄ってくる。
「あの……私は……」
「軽い熱中症ですね。貧血で倒れられてここに運ばれてきたんですよ」
私はその言葉にはっとして、メガネガエルを探した。
「あれ……やっぱり夢?」
「あ、お連れの方ですか? それでしたらこちらに」
看護師さんが体を避けると、隣のベッドでメガネガエルが同じように点滴を打たれて眠っていた。
「一緒におられた時に倒れたと、当院に貴女を抱きかかえて来られて。
全力で走ってこられたのか、貴女が病室に運ばれたのを見届けてそのすぐあとに
ご自身も同じ症状で倒れてしまったんですよ」
「そ、そんな!? だ、大丈夫なんですか!」
「ええ、こちらの方ももうすぐお目覚めになられると思います」
看護師さんが、「では」とその場を離れてゆく。
私はすーすーと寝息を立てて眠るメガネガエルに近寄るとその顔を見詰めた。
「すみません……取締役」
壁に貼ってある『熱中症に気を付けよう』のコピーが目に痛い。
「うう、乙女心の為にジャケット着たままで出るんじゃなかった……。
夏の日差しを舐めてましたごめんなさい」
カーテンで仕切っているベッドの横で私はメガネガエルの顔を眺めた。
……抱きかかえてきたって言ってたよね……、うわぁ体重ばれたかな。
お姫様だっこだったのかな? は、恥ずかしい……
「だけど、……うれしい」
心臓の音で、メガネガエルが起きてしまいそうだ。
そのくらい、私の胸は強く鳴っていた。
「……起きないで」
小声で呟くと、見詰めていたその唇に……
おいおい、なにやってんのあんこ!
はやまっちゃだめだって!
心の中でミニあんこたちが全力で私が前かがみになるのを邪魔する。
起きたらどうすんの!?
そんなキャラじゃないでしょ!!
ちょっと! やめなって!!
私の中の全ての声を聞きながら、私はキスをしてしまった。
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