第10話

「彼氏が出来たぁ~~!?」



「え~、おめでとぉ~あんこちゃ~ん」



 マイの大きな声に肩を縮めて、カリカリチーズをパリ、と口に入れた。



「うん……まぁ……」



 うう、なんだか話しづらいなぁ……。



「ちょ、相手は誰よ! まさか……会社の人間じゃないでしょうね」



「おめでとぉ~あんこちゃ~ん」



 マイは顔の真ん中にしわを集めて詰め寄った。

「あーうー……まぁ、その……」



「……?! そうなのね? あのイケメン地獄の誰かなのね!


 なんで!? なんであんたみたいなのがそんなイケメンに……」



 おめでとうくらい言えないの? なんでこんなに血相を変えて詰め寄ってくるんだろう。



「双子の弟くんのほうで……」



「双子って……あんた年下じゃない!」



「ええ、まぁ」



「おめでとぉ~あんこちゃ~ん」

 時折挟むミユキのマイペースな言葉に癒されるなぁ。うんうん



 口を“へ”の字にして、ミユキはその場に座った。



 例のごとく今日も私の家に彼女たちを呼んだ。



 用件は……もうわかってると思うけど……まぁ、その……私に彼氏が出来た報告。



「……あんた、本当にその男大丈夫なの? 言っておくけどあんたは相当天然なんだから、そんなイケメンがあんたと付き合うなんて……なんか裏あるんじゃないの」



 そう、ああだこうだと言うがマイはいつでも心配の裏返しなのだ。



 それはマイが報われない恋を続けているから、なのかもしれない。

「天然!? 私がぁ?」



「なによ、違うっての」



「本当、おめでたいねぇ~あんこちゃん」



 マイと私は同時にミユキを見た……。



「ミ、ミユキは天然じゃないの……」



「天然は天然でも天然記念物よ!」



 マイはミユキを見なかったことにして話を続けようとする。

「なによ、そんなに私に彼氏が出来たことが嬉しくないの?」



「そういうわけじゃ……、めでたいことはめでたいし、嬉しく思うわよ。


 けど、あんた忘れたの? 前の彼氏のこと」



「うーー! うるさいなぁー……!」



 いつまでその話を持ち出すんだろう。



「言いたくて言ってんじゃないよ! 前の彼氏だって職場で声掛けられて、いいようにされて、挙句の果てに浮気されて、会社にいれなくなったんでしょ?


 あれさえなけりゃあんた面接の鬼になんかならないで済んだのよ!?


 同じこと繰り返すつもり!?」

 ……そうだ。



 なにを隠そう私は上京して、就職し、1年ほどで同じ店舗で勤務していた先輩社員の男に声をかけられ、仲良くなって、それで付き合った。



 けど、その半年も付き合ったら素っ気なくなり、会う機会も無くなり……そして、浮気。


 

 それでも知らない振りをした。



 だって、それが初めての恋人だったから。



 許せないとかじゃなくて、どうすればいいのか分からなかったんだ。



 しばらくして、一方的に振られた私は、職場に行き辛くなった。

 けど、念願の社会人。



 上京して一人暮らしまでしているのに、こんなことで負けたくなかった。



 でも、耐えられなかった。



 私以外、みんな、彼が私と付き合ってて、一方的に振ったことを知っていたから。



 それを書き込んでいるSNSをたまたま見つけてしまった。




「っていう最悪なエピソードがあるんでしょ! ちょっとはビビらないの?」



「ビビってるけど……」



『俺とつきあえよ、あんこ』



 瞬間、頭の中でハルくんの言葉がリフレインする……。



 あの言葉がどうしても偽物だって思えなかったから。



「大丈夫だよ、あんこちゃん。あんこちゃんを好きな人に、絶対悪い人はいないから」



 ミユキがニコニコしながら私に言った。



「そう……かな」



「そうだよぉ~」

 ミユキの言葉にマイも口を閉じる。



 ミユキはどんなときでもニコニコとしてマイペースだが、時折言うことが妙に説得力があったりする。



 なんの根拠もないんだけど、ミユキが言うならそうなような気がするんだ。



「ねぇ~、マイちゃん」



 ニッコリとミユキはマイに笑いかける。



「ミユキが言うなら……まぁ、マシなんじゃない」



 マイは下唇を尖らせて、赤ワインをグラスに注いだ。

「でも、マイちゃんはそろそろしっかりしなよ~」



 ニッコリとミユキ。



 その言葉が何を意味しているのか分かっているマイは、黙って一度頷いた。



「……はい」



 私たち3人の中で、ボスは誰かと言われればもしかしたらミユキなのかもしれない。



「おめでとぉ~あんこちゃん」



「……ありがと」



 ミユキは、もう7年も付き合っている彼氏がいて、5年前から同棲している。



 ミユキはスーパーでレジ打ちのパートをしていて、彼氏は彼氏でいくつもの職を転々としている。



 明らかにミユキの方が収入が多いっぽい。



 その点、彼氏はというとパチンコ言ったり、飲みに行ったりと割と好き勝手なことをしている。



 一見、ダメ男をかこっているかわいそうな女の子に見えるけど、ミユキのいいところはそんな男であってもその大きな器でもって、



 受け入れている大きな母性愛じゃないかな、といつも思う。



 私もマイもミユキには、突っ込めないオーラを感じていた。

「ごめん、マイ、ミユキ……。心配かけるけど……」



「ちょっと! なんでこんなお通夜みたいな空気になってんの?


 今日はお祝いなんでしょ! 飲もう!」



「え、あんなに最初怒ってたじゃん」



 もう一言言ってもいいなら、「ていうかお通夜ムードになったきっかけはマイじゃん」と言いたかったけど、呑みこんだ。



「なに言ってんの! とにかく、あんこ……彼氏出来て……


 おめでとー!」



「おめでとぉ~あんこちゃん」



 カキン、とグラスの透き通った音。



「……ありがと。二人とも、ありがとね」

 翌日、いつも通りの時間に出勤し、オフィスで準備をしていると、トウマさんが出勤してきた。



「おはようございます……あれ、トウマさん。いつもより早くないですか」



 トウマさんは、カバンをデスクの椅子に置くと、



「お疲れ様、望月さん」



 と言いつつタイムカードを押した。



「お疲れ様……え」


 京都では帰って欲しいお客さんには、お茶漬けを出すらしい。




 この場合、



 お茶漬け⇒「お疲れ様」 てことだと思った。



「クビですか! 私、クビなのですか! きゃーあーあーあー!!」



 パニック!



「やっぱり付き合うんじゃなかった! ごめんなさい神様ごめんなさい!」



 へたへたとその場に崩れる。

「望月さん! クビって……なに言ってるんですか!?」



「へ?」



「早番出勤、お疲れ様でしたって言ったんですよ」



 トウマさんは崩れ落ちた私に目線を合わすために膝をつく。



 いつものことながらパリっとしたスーツがとても清潔感がある。



 奥さんいないって言ってたから……自分でアイロンしてるのかな?



「今日で望月さんの6時出勤は終了です。よく頑張りましたね」



「……へ?」

「明日からはみんなと同じ9時出勤でいいですよ」



「な、なんでですか……?」



「元々、早番出勤は当番制なんです。ですからもちろんまた望月さんの当番もやってきますが、新入社員には必ず一か月ほど早番出勤をしてもらっているのです。


 ですから、望月さんはひとまず早番出勤は終了ということです。明日から一週間は私が早番、そしてその次はシュン、そしてハル……で、取締役となります。


 望月さんの次の当番は、およそひと月後ですね」



「クビ……じゃないんです、か?」



「なぜクビですか? そういえば付き合うとかなんとか言ってましたね……」



「な、なんでもありません!」

 あ、危ないところだった!



 危うくトウマさんに言ってしまうところだった!



「では、引き継ぎをしましょう」



「は、はい……」

「そういうわけで、明日からみんなと同じ出勤になりました」



「へー、じゃあ一緒に会社いけるじゃない」



 オフィスより少し離れたバーで勤務後、ハルくんとご飯&ちょい飲みをした。



 今回はハルくんが選んだバーで、全体的に水色っぽい店内がハルくんの色っぽくて感じがいい。



「一緒にって……どうやって?」



「俺んちから行けば」



 ぶほっ!

「おい、大丈夫かあんこ!」



「だだだ、大丈夫でおま」



「おま?!」



「いや、大丈夫です……」



 今時の男子はストレートになんでもかんでも言うのが流行っているのか?!



 古き良き男子は?



 無口で、優しい……そうレディーファーストの……トウマさんのような……。


「これからどうする?」



 少し落ち着いたところで、ハルくんがこの後の予定を尋ねる。



「そうだね……」



「カラオケなんていいね」といいかけた時、



「俺んちくる? それかホテル?」



 かはっ!



「だ、大丈夫かよ!」



「大丈夫でおます……」



「おます!?」

 ゴホゴホと咳き込み、呼吸を整える。



 一口ジンバックを飲む<ハマった。



 ……こほん。



「付き合ったからって、すぐに抱けると思ったらダメだよ……坊や」



 ……



 決まった! 年上女の威厳をここで発揮しておかないと、あとあと力関係がおかしくなる!! ……てマイが言ってた!



「……ぶ、……ぶっははっ!」



 あ、笑った。


「はははははは! すっげー、超ウケる~! ひ~……腹痛い……!」



 ハルくんは涙目でお腹を抱えて笑い転げている。



「な、なに? なにがそんなにおかしかった?? え? ええ??」



 ハルくんは涙を拭いながら私の頭に手を乗せた。



「はは……、やっぱかわいいなお前」



 頭を撫でながらハルくんは柔らかい笑顔で言った。



「じゃあ、どこいきたい?」



 改めてハルくんは私に聞いた。

「カラオケいきたいな! 最近めっきり行ってないから、もう歌いたくて歌いたくて」



 ハルくんは笑いながら「いやだ」と言った。



 いやだ……と言った?



「俺、人前で歌うとかマジ無いんだよね! ごめん!」



「そうなんだぁ~じゃあね……」



 世の中にカラオケ嫌いな人間なんているの?!<偏見


 私は、いきなり却下されたカラオケの他に行きたいところを考える。

「じゃあさ、ビリヤードなんてどう?」



「ビリヤード……? 私、やったことないんだけど……」



「大丈夫、俺が教えてやるからさ!」



 なにごとも最初が肝心か……。一応年下だしね、ここは譲ってやるか。



「じゃあ、いいよ! ……ちゃんと教えてね」



「あったりまえだろ」



 店を出るとハルくんが自然に手を繋いできた。



 ハルくんの少し湿った手のぬくもりが伝わる。



 7月ということもあり、外は蒸し暑くなってきた。



 手の中で、二人の汗が混ざり合う感じがする。



「こんなの、久しぶり」



 つい口に出してしまった。



「俺も」



 けどハルくんはそういってもっと強く握ってくれた。



 なんだかんだでこういうのもやっぱり、悪くない、かな……。

 ハルくんに連れて来られたのは、商業ビルの6階にあるビリヤード場? だった。



 パキューン



 ププペポーン



「は、ハルくん……なんの音これ」



「ああ、ダーツ。ほら、あの機械」



 ハルくんがあごで指した場所を見ると自動販売機のような機械に向かって、若者がなにかを投げている。



「あれがダーツかぁ……」



 はじめてみた。

「っつか、お前……一体東京でどうやってこれまで生きてきたわけ?」



 笑いながらハルくんはカウンターで店員と話している。



「どうやってって……そりゃまぁ……普通に」



「ビリヤードはともかく、ダーツマシンを見たこともないって……男と飲みにいったりとかしねーの?」



「失敬な! 私だって……」



 思い浮かべてみる。前の彼氏のときは……私の家ばっかりだったような気がする。

「あーもういいって。知らないなら俺がこれから教えてやるよ。遊びっつー遊びを」



 得意げに笑うハルくんに、口をへの字にして怒った。



「ムカ着火ファイアーだよ!」



「……なにそれ?」



「あれ? 知らない?」



 明らかにすれ違った嗜好の違い。



 うむむ、頑張れあんこ。

「いや、インターネットでさ、流行ってるあれだよ」



「へー、そんなんあるんだ。どういう意味なの?」



「い、いや……怒ってる……みたいな」



 おおい、これの意味をわざわざ聞いちゃう?!



 漫才師に「今のボケのおもしろいところ解説して」って言われるようなもんじゃないか!



「おもしれー」



 うっわー、なんて棒読み。

「まーとにかく、俺が教えてやるよ。ビリヤード」



 カウンターでボールをいっぱいもらったハルくんは、ビリヤードの台の一つにそれを置いた。



「じゃ、キューを取りにいこう」



「Q?」



「球を打つ棒」



 ふんふんと鼻歌交じりに私に「これ使えよ」とQを渡した。

「とりあえず、打ち方を教えてやるよ」



 ハルくんは腰を引いて白い球に向かってQを構えた。



 何度か押したり引いたりした後、勢いよく白い球を突いた。



 ダイヤの形に揃えたボールがカァンと重そうな音を立てて散らばる。



「おーー」



 テレビで見た奴だ!

「これがブレイクっていうんだぜ。最初にこうしておけばいい感じで球がばらけるだろ?」



「ほうほう」



 ハルくんは、また同じように白いボールを目がけて構えて、カァン!



「ほーう!」



 白いボールは黄色いボールに当たって、それが青に当たってそれでえっと……とにかく当たった。



「うわ、何にもポケットしねぇとか!」

「ポケット? 」



「ああ、この穴に入ることをそういうんだ。じゃあ、次はあんこ。やってみ」



「……よ、よぉ~し」



 来る前は少し気が引けていたビリヤードだったけど、実際ハルくんがやっているのを見て面白そうな気がしてきた。



「あ、ちょいちょい!」



「ん?」



「この真っ白の玉を打つの! ちゃんと見とけよ」

「あ、そうなの?」



 “ちゃんと見とけよ”だって……、初めてなんだからわかんなに決まってんじゃんか。



「で、この黄色い球を狙うんだ。ほら、ここに【1】って書いてあんだろ? 1から9までの数字の玉を順番にポケットに入れるってルール」



 ハルくんは、そういって黄色い【1】のボールを指差す。



 えっと、こうやって構えるんだっけ……。



「すっげー格好だな」



 な、なにをぅ! み、見とけよぉ……

 カキン!



「あり?」



 ハルくんが突いた時とはあきらかに違う乾いた音。白いボールには一応当たったようだけど、2センチほどしか進まなかった。



「やっぱりな! そんな格好で突いて上手くいかないっての!」



 といいながらハルくんは楽しそうに笑った。



「ぶー! 絶対わざと教えなかったんでしょ!」



「あれ? わかった? おっかしーなー、バレてない予定だったのに~」

「このガキャあ、しゃーしゃーと……」



「おおう、ムカデ着火フレイムだ!」



「ムカ着火ファイアー!」



 ハルくんは、楽しそうにニカニカ笑って私の元へとやってきた。



「いい? こうやって腰を落として……そうそう、そんで左手の小指と薬指、そして親指を立てて……」



 いじわるをやめてハルくんは、Qの構え方を教えてくれた。



「狙うのはあの球だろ? だったらここに当てるイメージで、よしこのまま打ってみ」



「う、うん……」



 こ、腰がつりそう……

 カァン!



「おお! いい音鳴った! ハルくん! 当たったよ!!」



「おー! やったじゃんあんこ……」



 ハルくんは一緒に喜んでくれてるみたいだけど、ボールの動きを見て黙った。



 カコン、



「おっ! すっげ! ナインボール入った!」



「ないんぼーる?」



 ハルくんは興奮気味に、私の手を握った。


「うはは、ビギナーズラックすげぇっ!」



 呆然とする私にハルくんは、【9】のボールを穴に入れたら勝ちなのだと教えてくれた。



 なんか色々教えてくれたけど、つまり私は【9】のボール……ナインボールを入れたから勝ったということみたい。



「え、じゃあ私の勝ちなんだ?」



「そう、あんこの勝ち。やるねー」



「えーーそうなんだ! へぇ~……ハルくん」



「ん?」



「よわっ! ぷっ」



「あー、お前ぇ~~!」

 ハルくんはそういって怒ったふりをしてふざけた。



 でも、私がその後5ゲーム連続で【9】のボールを入れた頃には笑わなくなっていた。




 てへぺろ!











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