第6話

 こんにちは! 望月あんこです!



 みなさんにお知らせがあります!



 実は全部夢オチでして、全部全部私の妄想から生まれた甘い夢の一部始終でした!



 てへぺろ!


「おはよう、栗饅頭」



 私が自分自身に呪文を唱えて仕事をしていると、メガネガエルがそんな夢を覚ました。



「……おはようござい……す」



「声が小せぇよ」



「す」



「“す”じゃねぇよ」



「ふふ、ふふふ……いいんです。私なんか、ただのヘタレ女子ですから」



「なんだそのお前にぴったりなニックネームは」

 時刻は8時20分。



 そろそろ社員が出勤してくる時間だ。



 時よ止まれ……。



「そういえばまんじゅう、カメラは?」



「へ、……あ」



「“あ”じゃねぇよ、どこにあんだ」



 ――しまった! アレの家を電光石火で飛び出してきたから←名前を言いたくない、カメラとかどこにあるのかわかんない……。

「あ、あのぅ……その」



「お前……もしかして、無くしたのか?」



 なんて勘の良い両生類だこと!



「その……あの、……あの……す、すいません」



「すいませんじゃねぇよ! お前どうすんだ! カメラはともかく写真は!」



 ひいい、めっちゃ怒ってるぅ~……!



「おはよーございまーす。あ、社長これ」

 メガネガエルの怒りが噴火しそうな時、シュンくんが出勤してきた。



 そして、例のカメラをメガネガエルに手渡す。



「……お? なんでお前が持ってんだ」



「いや、昨日雨で足止め食ったじゃねーっすか? あの時、近くの店に避難して飯食ってたんですよ。そん時に、おまんじゅうこれ忘れてるのに気付かなくて」



 シュンくんはこっちを見てウィンクした。


 私は口が開いたままだった。

「そうか。おい、毒まんじゅう!」



「ど、毒まんじゅう?!」



「お前、今回は多めに見てやるが、今度同じことやらかしたら……減点な」



「は、はい!」



 どうやらこの件に関しては首の皮一枚で繋がったようだ……。



 しかし、今の私にとってそれは良かったのか、悪かったのか……。



 きゃあ~あ~あ~あ~……

「ところで稲穂弟」



「兄です。少しだけ」



 メガネガエルは、カメラの画像データを見ながらシュンくんに話しかけた。



「壁と天井の写真ばっかりだが……いいのか」



「…………。 マジっすか!?」



 メガネガエルとシュンくんが私を同時に見た。



「は、はい?」

「おはようございます。……おや、どうしたんですか?」



 出勤してきたトウマさんはそんな私たちの空気を察知した。



「ああ、トウマ。聞いてくれ今度はこのキウイまんじゅうがな……」



 キ、キウイ?



「そうですか。それはまたやってしまいましたね」



「すいませぇん……」



 またやってしまったのか?

「そうだろ。これは減点だろ、トウマ」



「いえ、私が申しておるのは取締役と稲穂兄弟です」



「え、俺?」「え、俺?」



 お、これは新しいハモり方。まさかのシュンくんとメガネガエル。



「なにを撮って欲しいのかを言わずに同行させたのが原因でしょう。そもそも感性型の人は他人が自分と同じ考えを持っていて当然と思っている節があります。

 だから説明を省くのですが、結果としてこうなります。部下の教育と思って、今回は自分たちの非を認めるべきでしょう」



「……」



 二人とも黙ってしまった。人は正論を淡々と説かれると黙るみたいだ。うしし。

「……わかった、わかったよ。トウマ、お前ブリリアントにアポ取っておけ。今度は俺がこいつを連れて写真を撮りにいく」



「ええ、了解いたしました」



 ナイス、トウマさん! 大好き!!


 今朝の悪夢の相手がトウマさんだったら全てを受け入れられたのに……。



「おはよーっす」



 ハルくんが出勤した。一瞬、目が合うけど、逸らす。



「オ、オ茶ヲ淹レテマイリマス」



 給湯室でお茶を入れながら、鼓動の速さを確かめる。



 これが恋じゃないことは確かだ。気まずさとか、やってもーた感とか、激しい後悔。



 これからハルくんとどうやって接したらいいんだ?



「……」



 っていうかメガネガエルとも一回ブリリアントぉ?!



「熱ッチャァ!」



「おーブルース・リー?」



 タイミングよく出勤してきたアッくんに突っ込まれた。

 し、しかし……ある意味助かった……。



 これで少なくとも今日はハルくんとはあまり絡まずに済む。






「それにしてもよくこんなに壁と天井ばっかり撮ることが出来たな……」



 メガネガエルがカメラのデータを見ながら呟く。



 もちろん、私がお茶を持ってきたタイミングを計ってのことだ。



「すいません……」



 そんなこと言われても私は好きに撮っていいって言われたんですけど!? ぷんすか!

「……!?」



 一瞬、なにか気付いたような顔を見せるメガネガエル。



「な、なんですか? まだなにかありますか?」



「お前……これ……」



「はい?」



「いや、なんでもない」



 なにかを言おうとしたみたいだったけど、言うのをやめたみたいだ。


 どうやら私は助かったっぽい。

 午前11時。


 写真の撮り直しということで、なるべく迷惑がかからないように、お昼休憩を目がけてブリリアントに行くことにした。


 つまり12時にあちらに着き、パシャパシャと撮ってそそくさと帰ろうってことだ。


「これ、持っとけ」


 メガネガエルは自分のカバンと、カメラを渡しツカツカと先にゆく。


 稲穂兄弟とはやはり違う。


 全て私に持たせるとか。

 けれども私はそんなことを不満に思ったりはしない。


 任されている感じがちょっとだけ心地よかったりする。



『おはよー、おまんじゅう』



 う゛。



 心地よくなっている私の頭にあのかわいらしいお尻がよぎる。



「わーわーわーわーわー!」

「なに言ってんだお前」



 頭の中のもやもやを叫びで払おうとする私にメガネガエルは覚めた口調で言う。


 トウマさんほどではないが、やはりこの男は落ち着いているんだなと思う。


 私のことをいじりさえしなければ、釣り目のいい男だと思うのに……



 そういえばこの男のことを王子様だって思っちゃったりしたっけ。


 あの時の私が恥ずかしくなる。


 こんないじわるな男のなにがよかったのか!



「……」



 そう思ってじっと横顔を見てみる。



 高い鼻。さらさらの髪。伏し目がちの瞳。静かに閉じた口。襟足にかかる首。柔らかさが全くイメージできないマネキンのような唇。緑の縁のメガネ。



 イメージの中で王様の金の冠を頭に乗せてみる。

 ……お、王子!



「なに見てんだ」


「い、いえ見てませんよ! ほんと見てません!」



 そんな妄想を膨らませていると急に話しかけられ焦る。



「ほら、行くぞ」



「あ、はい」



「じゃあ、トウマ。あとよろしく」



「了解です」

 荷物を持ち後ろに着いてゆく私をちらりとも見ないメガネガエル。


 私は黙ってその背中についていく。



 (……結構肩広いんだな)



「お前さ」



「はい?」



 メガネガエルが背中を見詰めている私に気付いたのかと思い構える。

「あの写真、なんで撮った」



「なんで? って……カメラでですけど」



「バカか。そうじゃないよ。なんで壁と天井ばっか撮ったのかって聞いてんだ」



 うわ、これは怒られるパターンか!?


 うかつだったー! そうだ、この男は私をいじめることに生き甲斐に近いものを感じているんだったー!<勝手な妄想



「いえ、その……すいません」


「怒ってんじゃねーよ。純粋になんであれを撮ろうと思ったのか聞きたいんだ」



 渋谷駅の上りエスカレーターに乗り、背中でメガネガエルは聞いてきた。



「……そ、そうですね。あの、ピン……あ、いやマゼンタの色が一番使われていたのが天井と壁だったので、色々な種類のマゼンタが綺麗だなーと思って……」



「お前、写真やったことあるのか?」



「あ、やったことっていうか……、お父さんが昔持っていた大きなカメラで子供の頃遊んでたくらいですかね……?」



「ふーん」

「あの……なんでですか?」



「……」



 エスカレーターが上まで登り切り、メガネガエルがまた前を歩き出す。


 その妙な質問に疑問を感じながら私はまた黙ってついていった。



『♪』



「あ、すみません」


 私のスマホの着信メロディーが鳴る。あわてて画面をみると“FOR SEASON”とあった。

「あれ、会社から?」



『もしもし』



 こ、この声は……



「お疲れ様です」



『ああ、お疲れ。……誰だかわかる?』



「……ハルくんですよね?」



『……あ、社長に伝えといて』



「はい……はい……わかりました」



「なんだ」



「あの、また万願寺さんから電話があったそうです」



「それで?」



「いえ、今外出していることを伝えたら電話を切られたそうです」



「なんだ? なんでそんなことわざわざお前に言うんだ。というよりそんなことはいちいち報告しなくてもいいんだがな」



「万願寺さんの話題を直接耳に入れたくなかったんじゃないですかー? はは」



 睨まれた。

 代官山の駅につくまでメガネガエルはほとんど喋らなかった。


 それが今の私には最高に気まずい時間となったけど、常にその背中しか見ていなかったのでなんとか耐えることが出来た。



 駅の改札を出て見覚えのある景色を確かめる。



 昨日ぶりー。



「こっからはお前が前歩け」



「へ」



「へ、じゃねーよ。ブリリアントの場所お前が知ってんだろ? だったら先に行けよ」



「あ、はい!」


 

 慌ててメガネガエルの前に出る私。


 焦って前に出ようとしたからか、足が絡まりそうに……



「わっきゃっ!」



 絡まった!



「……はれ?」



 腰に力強い安定感……

「……」



 メガネガエルは表情も変えず、転びそうになった私を捕まえてくれた。


 右手でしっかりと持たれた腰から、メガネガエルの感触が伝わる。



「す、すいません!」



 体制を整えると、深々と頭を下げた。


 メガネガエルは黙ってアゴで『ほら、行けよ』とジェスチャーする。

 鼓動と同調するかのように早歩きする。


 ツカツカと、これまで出したことのないようなスピードで歩く。



「おい、早いよ!」



「あ、あ、すいませぇん!」



 この鼓動は、きっと転びそうになった驚きからきているに違いないと、思うことにした。


「あの、ここがブリリアント本社です」



 10分ほど歩いた先に、昨日来たばかりのブリリアントがあった。



「じゃあ、いきましょう!」



 少し大げさに声を出して元気さをアピールする。



「ちょっと待て」



「はい?」



 ビルに入ろうとする私を止めるメガネガエル。珍しく私の顔を見ている。

「今日は、壁と天井以外を撮れ」



「はい、わかっています! 今度こそ……」



「勘違いすんな。壁と天井以外、好きなものを撮れって意味だ」



「……? それって……その」



「壁と天井の写真はあれでいい。お前が撮る、他の写真が見たい」



「え? ……へ?」



「分かったな、望月」

「は、はい!」



 急に“望月”と呼ばれて背筋を伸ばす。


 なんなんだろう急に。



「じゃあ行くぞ」



 メガネガエルは私を追い越し、社内へと入っていった。

 ブリリアントのドアを開けカチカチ盛のギャルに声を掛けるメガネガエル。


 その様子を見ながらさっきの言葉を思い出していた。



『お前の撮る、他の写真が見たい』



 どういう意味だろう……。




「いや~、毎度毎度~!」



 ん、この声……聞き覚えがあるぞ。

「元気しとったかぁ? ん? ナツメぇ~、あいや、春日取締役!」



 この関西弁……これはもしかして。



「万願寺……!」



 さすがのメガネガエルもこの展開は予想できなかったみたいで、固まっている。



「おーい! チョコちゃーん、FOR SEASONのシャッチョさんがきはったよー」



 固まるメガネガエルの目線を追うと、ガニ股で歩いてくる背の高い男が見えた。

「なんでてめーがここにいんだよ……」



「なんやねん、冷たいのぅ。お前んとこにブリリアントさんのオーダー持って行ったんは俺やど。打合せに決まっとるやないけ」



 いかにもガラの悪い関西弁でメガネガエルに絡む万願寺さん。


 グレーのカッターシャツに赤黒いストライプの入ったベスト、カッターシャツよりも濃いグレーのスラックス。


 髪は短く軽く後ろに流している。同じくメガネをかけているがシルバーのフレームで、尖った顎が特徴的な人だ。


 

 ……まぁ、ひとことで言うならイメージと違う。

「んで」



 うわ、こっち見た!



「この子が新入りの望月さんやね。よろしゅう」



「よ、よろしくお願いします」



「なんやねん、めっちゃかわいい子やん。ええなあ」



 万願寺さんはこっちに歩いてくると名刺を差し出した。



「どうも初めまして。DDDの万願寺将(まんがんじまさる)言います」



「あ、ご丁寧にありがとうございます! 私はFOR SEASONの望月あんこです」



 慌てて私も名刺を出し交換する。



 ガシッ



「ひっ」



「かわい~手やね、握手握手」



 セセセ、セクハラぁ~!

「おい万願寺、やめろ」



「なんやねん、かまへんがな。 あんこちゃん、彼氏おんの?」



「あ、へ?」



「おらんねやったら、ちょっと今度メシでも行こうや。いやいや、取引先企業同士、やっぱ仲良くならなあかんと思ってな」



 外見はイメージと違ってスマートなのに、この軽い感じはイメージ以上だ!


 私が初めて遭遇するタイプ! 怖い!


 石化する私に万願寺さんはどんどん続ける。

「おい、やめろって言ってんだろ! 俺の部下だぞ!」



「なんやねん、部下の恋愛の自由も縛るんかお前んとこの会社は。これも出会いの一つやぞ、っつかな、俺は一応取引企業の人間やから、商談の一環と捉えてもええんやで」


 メガネガエルがツカツカとこちらに歩いてくるが、私は石化して言葉を発することができない。



「まーあんこちゃんがお前の女やっちゅうんやったら話は別やがな」



 万願寺さんが握る手を振りほどき、別の力が私を引っ張る。


 引力に逆らえず引っ張られるままの私がドン、となにかにぶつかった。

「……ネクタイ?」



 目に映ったのはネクタイ。なんか見たことあるな。



 この状況に頭が追いついていないので、目に入ったネクタイのことしか考えられない私。



「望月あんこは俺の女だ。文句あるか」



「……へぇ~、そうなんや。いえいえ、文句ないでっせ」




 ?????



「すみません、お待たせしまして」



 女性の声がし、その瞬間私の目からネクタイが遠ざかった。




『望月あんこは俺の女だ。文句あるか』




 ――思考停止。



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