お市の説教

 「首尾の方は如何ですか?」


 「なんか、その言葉隠密みたいでカッコイイね!望月さんやゆきさんのお父さんに会えたよ!もしかしたら織田に来てくれるかもしれないよ!さっ、早く帰ろう!」


 関所は血なども全く残ってなく、ただの無人になっていただけだった。本当なら友達とか知り合いに会いたいだろうけど、今回は我慢してもらおう。


 「ていうか、一泊野宿する予定だったけどノア達が凄いから、日帰りできそうだね。急ぎの用事も無いし、どうせなら一泊どこかでする?」


 「剣城様のなさりたい様にして下さい」


 「ならキャンプでもしようか!ここら辺はまだ甲賀でしょう?どこらへんが安全かな?」


 「もう少しで鈴鹿山に入ります。鈴鹿山麓辺りなんかは如何ですか?」


 「鈴鹿山・・・鈴鹿山・・・。関さんの城ってここから遠い?」


 「ノア嬢の脚ならすぐです」


 「いや、あの関さんの側近いたでしょう?右衛門さんって人。あの人にオレの村のご飯屋さんしてほしいなと思ってるんだけど難しいかな?」


 「いやさすがに従属したといえ、他人の家臣を・・・。それも側近を勧誘は些か思慮不足かと思われます。言えば断られはしないでしょうが・・・・」


 「う〜ん。なら諦めるか。大野さんの一族なんかも目は付けてあるんだよ。あの人の親族衆はどんな任務も文句言わないでしょう?口数も少ないけど真面目だから、そろそろ人を外部から呼びたいし治安部隊も必要だから、町々に配下が居れば安心するよね」


 「某から言いましょうか?」


 「いや、俺から聞いてみるからいいよ」


 「やっぱ今日は帰ろう。あんまうろちょろして誰かに見られてオレ達は遊んでましたよ。なんか言われたら怒られそうだしね」


 「そうですね。では戻りましょう」




 「殿!!剣城様!!おかえりなさいませ」


 「あれ?総出でどうしたの?」


 「ほら見ろ!!な?言った通りだろう?賭けは俺達のもんだからな?次の酒を支給されたらお前達の分を寄越せよ?ははは!」


 聞くと慶次さん達は、オレ達が帰るか一泊して帰るかを賭けていたらしい。小心者、布団無しじゃ今は寝れなくなったオレは帰ってくるだろう、と慶次さんは思ってたらしい。


 「いや今日はたまたま帰ろうって思っただけで──」


 「いいんだぜ?俺も布団の居心地良さは知ってるからな?ははは!」


 クソ慶次が!!今度お前でも賭けてやるわ!!


 「あれ!?剣城殿、居られるのですか!?」


 「今帰りました。遠藤さんも昨日はお疲れ様です」


 「ははは。昨日は散々な目に遭いました・・・。いえ、今のはお館様に内緒でお願いします。実は濃姫様がお越しになり、剣城様を呼ぶように言われたのですが、本日は私用で居ないと配下に言われて明日参るように、と言われたのです。が・・・今から参られますか?」


 「多分お母さんの事でしょう?お礼言われるとか聞いただけだから、今から行きますね」


 「では、案内致します」



 遠藤さんに案内された場所は最上階の畳の部屋だった。


 「剣城殿、帰宅されたみたいでお連れ致しました」


 「うむ。入れ」


 「失礼します。遅れて申し訳ありません」


 「剣城!よくぞ母上を助けてくれた!礼を言う」


 「いえ、当たり前の事をしただけでございます」


 「その声は・・・剣城!!!この書物は2つしか物が出てこぬが壊れておるのか!?」


 出たよ天上天下唯我独尊さんの妹。オレをATM扱いしてる人。あれは本当に困る。こんな事され続けたらマジで無理だから、信長さんにガツンと言ってもらおう。


 「濃姫様、すいません。先にお市様に伝えたい事が──」


 「おう。すまぬ。あれは妾も2点ほど使わせてもらったぞよ」


 いやあんたもか!?オレ許可してないよね!?


 「遠藤さん!ヘルプヘルプ!信長様、至急連れて来てほしい!」


 「あ、あ、兄上に剣城は何を言うのかッ!?!?」


 狼狽えてるって事は少しは罪悪感があるのかな?何を言うのか!?決まってるだろう!?あんたの我が儘を言うんだよ!!!


 

 「ワシを呼び付けるとはいい度胸ではないか!?うん!?」


 「忙しい所申し訳ありません。実は・・・」


 オレは演技半分、木下さんから教えてもらった言霊?を使うように信長さんにあの出来事を伝えた。


 「市ッ!!何回も言っておるが此奴はワシの家臣じゃ!それを物が欲しい為に色々な人間を使い、まだ贅沢をと言うか!?」


 「違うんじゃ!!妾はこれだけと──」


 「黙れ!」


 さすがに甘々でもこの事は信長さんも許せないんだな。まあオレの演技も入ってるけど。


 「折角浅井の輿入れの折は、此奴の技を好きにさせてやろうかと思っておったが、無しじゃ!!」


 「兄上なんかッ!!兄上なんかッ!!」


 「ワシが何じゃ?言うてみぃ?」


 「いえ、申し訳ありませんでした。剣城殿も妾が我が儘を言い、申し訳ありませんでした。書物はお返ししておきます」


 信長さん!?オレの技を好きに使うってまた聞いてなかったよ!?それに急にしおらしくなったけど大丈夫か!?


 「剣城ッ!その書物を後でワシにも見せろ!ワシは対価を出す!」


 いや結局信長さんも見るのかよ!?いやいやいや、お市さん少しウルウルしてるんだけど!?ヤバイ・・・。オレが悪く感じるんだけど!?


 「市や?妾も剣城の技を使ったんじゃ。後でもう一度、殿に謝りに参ろう。剣城も許してやってたもれ。もう少しで市は浅井に嫁ぐ。妾も斎藤から・・・この地から織田に嫁いだ。故郷を離れる気持ちは分かる。寂しいもんじゃ。故郷を思い出せる物が欲しくなるのじゃ。勘弁してやってくりゃれ」


 「いえ、あそこまで信長様が烈火の如く怒るとは思わなくて・・・。こちらの方こそ申し訳ありません」


 「妾から言う事ではないが、市の輿入れの折は何かとお頼み申します」


 「え!?あ、はい。分かりました。出来る事は致します。では失礼致します」


 いきなり誰も知ってる人が居ない所に住むから、不安があるのは当たり前だよな。オレが何も言わなければ良かったのかな。お市さんごめんよ。



 お市さんに心の中で謝りつつ自分の部屋に戻ろうとしたら、新たに任命された小見さんの側女さんに呼ばれたので、小見さんの部屋に案内された。


 「しばらく留守にすると聞いておりましたが、用事は終わりましたか?」


 「え?あぁ、まあ終わりました。案外楽に片が付きましたので。お顔を見ると随分と良くなったように思いますが?」


 「ええ。加減はかなり良くなりました。本当にありがとうございました。それに帰蝶ともまた会えるとは思うておりませんでした」


 優しい顔だ。オレは急にお袋の事を思い出してしまった。元気にしているだろうか?親父はあまり思わないけどお袋はな・・・。会いたくても絶対に会えないからな・・・。


 「芝田殿のご家族は尾張に?」


 確かまだオレの事情を言ってなかったんだよな。小見さんは言ってもいいような気はするけど・・・。オレの技を見ても何も聞いてこないし肝の大きい人だとは思うけど。


 「いえ。私の家族は・・・遠い所に居ます」


 「そうですか。私が人は手配致しますので、ここ美濃に一度ご足労願えますか?」


 「いや・・・それは・・・」


 「何か事情がお有りですか?」


 オレはそこから自分の事情を言った。未来から来てある程度、これから起こるであろう出来事を少しは知っている事。ただ一つ・・・オレの記憶が正しければ、小見さんは既に亡くなっていたような気はする事。歴史探求者ではないので小さな事象までは覚えていない事。オレが知っている未来の出来事は信長様に口止めされて、信長様がオレの知らない未来を作ってくれる事を言った。


 「芝田殿はほんに遠い所からやって来られたみたいで、それに仏様が知るのみですが妾も本来ならば死んでいたと・・・」


 「いえ。そこは確信がありませんが、歴史教科書にチラッと書いていたように思います」


 「歴史教科書とな!?それは何ですか?」


 「歴史の事が書いてある未来の書物です」


 「では、本来では死んでいた妾はこれからはそう長くはないであろうが、儲けもんの人生じゃな!ほほほほ」


 何でこの人はこんな明るくなれるのだろうか・・・。ただオレも口を滑らせてしまった感はあるが・・・。人の寿命の事はこれから言わないようにしよう。


 「妾が思うに本来であれば、あの畳の下で干からびて死んでいたのであろう。それを芝田殿がお助けになり、今こうやって芝田殿とお話できておるのであろうな・・・」


 確かにそうなのかもしれない。オレが居なかったらすぐではないにしても、あの栄養失調はこの時代ではいくら権力者でも、治せなかっただろう。


 「こちらも助かっております。色々この時代の事は分からない事も多いですし、私は皆笑って暮らせる世になれば良いと考えております。勿論それは、下々の民から始まり上の人達もです。戦が無くなればなと・・・」


 小見さんはオレの方を見て優しく・・・何も言わず微笑んでくれた。お袋とは姿、形が全然似ていないが今の小見さんの笑顔は、昔オレがインフルエンザで弱っている時に、頭を撫でてくれていたお袋の顔に似ている・・・。


 随分遠い所に来たんだな。探せば先祖は居るが今のオレとは全然関係ないからな・・・。オレはこの時代では家族が居ないのか・・・。気付けば涙が溢れていた。


 「芝田殿?・・・いや剣城様。妾の事、帰蝶の事、織田の事、これからも存分によろしくお願い申し上げます。貴方様の話相手くらいしか妾には出来ませぬが、貴方様の寂しさは妾にもお教え下さい。そして妾の事は血こそ繋がっておりませぬが、どうか母とお思い下さいまし」


 これが竹中さんが言った美濃の母というやつか。この言葉の安心感・・・。嫌いじゃない。むしろ良いと思う。オレはしばらく号泣に近い涙を流した。千吉さん達が亡くなった時とは違う涙だった。時間が経っても変わる事がない変わり用もない事実。オレはこの時代では一人だ。だが小見さんのあの言葉で救われる気がする。


 「小見様、御免。剣城様?」


 「グスン・・・あぁ、お菊さん?どうしたの?」


 「いえ、私も剣城様の寂しさを取り省く事は出来ませぬが、私も剣城様の事を共有したく・・・。ここは皆居ます。剣城様は一人じゃありませんよ」


 「・・・・ありがとう・・・ありがとう」


 その後、小見さんはオレは許可なく『ここにいつ来ても良い』と言ってくれ、『どんな些細な事も悩みがあれば聞く』と言ってもらい、オレは部屋を後にした。


 泣いてばかりじゃなく甲賀の人も面倒見ないといけないし、頑張ろう!!

 

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