最終話 氷結三班は終わりません
「店長、テレビ、消していいですか?」
富久澄さんがそう言うと、女将さんが「はいはい」と笑顔で消してくれた。
私たち全員の視線が手元に戻る。
次のコーナーで詳しく紹介してもらうまでもない。
私たちは解散となったあの日から半年、政府の公式発表と世間の変化の大嵐に振り回されていた。
最初は、優衣さんのリアル配信。
直後に、それを否定する
そして続け様に、『配信バトルの直前に調査研究が完了し、ダンジョンは基本的に安全である』という結論が報告された。これは臨時ニュースにもなり、数日はこの話題でどこも持ちきりだった。
我々がダンジョン内のみで魔法が発動するのと同様に、モンスターもダンジョン外へ出ると消滅する。
つまり、ダンジョンそのものと我々の世界は、緩やかに共存可能。
そして『この結論をもって、ダンジョン内の資源が活用できないか、更なる研究を続けていく』としたのが、DORAGO-Nと、ダンジョンの出入り口を擁する各国の政府。日本を含め、横並びに同様の発表を行った。
しかしDORAGO-N最大の出資会社『Dカンパニー』は違った。
アーロンは高らかに宣言した。
「危険がないなら、みんなでダンジョン探索しようぜ!」
彼は私設チームでダンジョン探索の動画配信を始め、いまや専用の配信機材がインターネットで購入できるのだ。
すでに各地でダンジョンに侵入する人が現れている。
その中には、能力者ではない人までいるらしい。
みんな面白がって、刺激を求めて、未踏の地を自慢したくて……
「はぁ……」
地念ちゃんの大きなため息で、定食屋の座敷席が現実に引き戻された。
「いつになったらこの騒ぎ、終わってくれるんでしょうか」
「当分ダメじゃん? どっかの大物俳優かなんかが不倫でもしない限り」
練くんが不貞腐れて毒を吐く。
富久澄さんがフォローするように言った。
「地念寺さんは大学院ですよね。すごいですよ。私なんて、ここのバイトがやっとで。それも、両親のツテがなかったら……」
「でも研究室にいる間はいいんですけど、行き帰りの電車で、どうしても見られているような気がして……。大学に戻られた神鏑木さんの方がすごいです」
「だって悪いことしてないし、守秘義務はイラつくけど、別に、他の奴らに何言われても関係ないじゃん」
「そうかもしれないですけど」と、地念ちゃんは口ごもりながら続けた。「とにかく人に会いたくなくて、移動のためにバイクの免許取ったくらいで……」
その報告に、みんな目を丸くして、大笑いした。
「すご! どんなの乗ってんの?」
「いいなー、バイク!」
「ネガティブなのか前向きなのかわかんない!」
ひと笑いしたら心も軽くなった。
ただし我々は、どうしても拭い去れない大きすぎる後悔を抱えている。
DORAGO-Nおよび日本政府は、日本人の死傷者なしと発表しているが……
ここ数週間、ダンジョン攻略ボランティアの経験者がメディアの取材に匿名で応じ、徐々に政府発表の嘘や誤魔化しが明るみに出ようとしている。
たぶんさっきのワイドショー的な報道番組も、ひょっとして配信バトルの動画は本物だったのではないか、という話をするつもりなのだろう。
最近の流れは、それだ。
「優衣さん……、無事かな……」
ぽつりと、富久澄さんがつぶやいた。
「バトル前はさんざん嫌なこと言われたけど、こんなことになるなんて……」
「図太そうだし、大丈夫だろ。案外向こうの世界で楽しくやってるかもよ」
棘のある練くんの言い方では、彼女は慰められない。
「これは僕の予想ですが」
と、地念ちゃんがメガネを押し上げた。
「モンスターがダンジョン内で活動でき、我々もそうであった様子から考えるに、向こうの世界とこちらの世界、少なくとも生命を維持するに問題はないのかと」
そのとき、ずっと押し黙っていた獅子戸さんが口を開いた。
「すまん! 私がもっとしっかりしていれば!」
机に額をぶつけんばかりの謝罪に、私たちは慌てた。
「頭をあげてください」
「あんたのせいじゃないって」
「感謝こそすれ批判なんて」
「それは言わない約束じゃないですか」
と、私は獅子戸さんの顔を覗き込んだ。
「あのとき、あの場の判断は、全員間違っていません。私たちが無期限謹慎を言い渡され、ダンジョンに入れないのは、あなたのせいじゃないです」
「だよな」と、練くんが天井をあおいだ。「もうダンジョンそのものが、俺たちとは関係ないお祭りになってるよ。『DDポイント』だっけ?」
話を振られて、地念ちゃんが続ける。
「『Dカンパニー・ダンジョンポイント』ですよね。どこのダンジョンをどのくらい進んだかでランキング付けして。でもそこまでお気楽なのは流石に危険だって、今は政府から勧告が出てるじゃないですか」
「それ全然強制力ないじゃん。俺たちが近づいたら顔認証で止められるのに、その辺のなんでもない奴らならスルーでポイントだランキングだって、おかしいだろ」
「結局、危険だとかそんなことよりも、自分たち組織の嘘や誤魔化しがバレないようって、保身に必死なだけってことですよね。嫌になる」
と、富久澄さんが唇を尖らせる。
現状は、こんな有様なのだ。
優衣さんを助けに行くどころか、牢獄を壊して欲しいというアッシャの願いも……
いや、それは最初から無理な頼みだっただろうけれど……
「せめて……フリューズに会えたら……」
思わず口をついて出た言葉に、「え?」と、全員の視線が集まった。
私は早口で付け加えた。
「彼に、向こうの世界で優衣さんを探してくれって、頼めないかなって」
「ダンジョン内に、侵入するってことですか?」
と、富久澄さん。ちょっと期待しているような雰囲気だ。
「もう関わりたくないんだけど」
と、練くん。彼は相当懲りているようだ。
「ちょっと入れば、きっと声は届くと思うんです」
つい食い下がるように言ってしまうと、獅子戸さんが「うーん」と唸った。
「アイディアとしてはいいですが、ダンジョン出入りの監視体制から考えると、入念な準備や内部の手引きが必要になります」
「まぁ、無理ですよね」
と、私は笑って誤魔化した。
「忘れてください。思いついただけですから」
この妙な雰囲気を、富久澄さんが断ち切ってくれた。
「さ、ケーキ切りましょう! 私の誕生日会ですよ!」
そうだそうだと、私たちは真っ白なクリームに群がった。
これでおしまい。
そう。現実なんてこんなもの。
中途半端で、悔しくて、腑に落ちないことだらけ。
それでも人生は続いていく。
自分の物語に意味をつけて、前向いていくしかない。
それぞれの語り、それぞれの方法で……
帰りは、全員が同じ方向だった。
閉店業務を手伝う富久澄さんが店の外まで見送りにきてくれて、わざわざ用意していたらしいお礼のメッセージカードをくれた。彼女の細やかな心遣いに感じ入る。
駅に着くと、すぐに練くんが「トイレ行くから」と手を上げただけのあいさつで改札を抜けていった。地念ちゃんと小さく手を振り返す。
その地念ちゃんはバイクで来たというのでここまでだ。彼は獅子戸さんに深々と頭を下げ、私には珍しく握手を求めてきた。
大きくて繊細な手を握る。この『インビシブル・ハンド』に、何度助けられたことか。と思ったら、急に引き寄せられて、耳元で囁かれた。
「やるなら連絡してください」
え、と何かを思うより早く、彼は体を離して、また頭を下げて駐輪所へ去っていく。
「あ、あの、獅子戸さん……」
振り返ると、彼女は時計を気にしている。言葉はなくとも連れ立って改札を抜けた。
「すみません。明日朝一番で本部に呼ばれていて。ただの報告会ですが」
と、話しながら獅子戸さんは壁に寄って足を止めた。
「青木さんなんですが」
その名前が出てきて驚いた。ずっとどうしているか情報がなかったのだ。氷結三班の中で、唯一連絡先も知らない。
「うまくやって出世したそうです」
「そうなんですか……、それはそれは」
「あなたによろしくと。明日も会います」
「そうですか」と、相槌を打つが、彼女はまだ何か話があるようだ。
「あの……、大蜘蛛に言われたことですが……」
「は、はい」
その表情や声の感じから、彼女の過去のトラウマの件だと瞬時にキャッチした。
「いつか、聞いてください……。私の心の準備ができたら。いつか……」
俯く獅子戸さんに、何か声をかけねばと思ったが、彼女の方が早かった。顔を上げ、いつもどおりの力強い瞳で射抜かれる。
「それでは、おやすみなさい」
「は、はい。おやすみなさい……」
雑踏へと紛れていく、凛とした獅子戸さんの背中。
それを見るともなく眺めていたら、「おっさん」と呼ばれた。
「あ、練くん」
トイレから出てきたところだろうか。
彼は唐突に話し出した。
「さっきは俺、ああ言ったけど、なんかやるんなら俺抜きはナシな。戦力ガタ落ちだろ。じゃあな」
「あ、うん」
ヒーローは、勝手なことを言って勝手に去るものだ。
私は中途半端に持ち上がった、振り損ねた手を下ろした。
立て続けに何が起きたのか……
私はぼんやりエスカレーターでホームに上がって、ふと、ポケットに仕舞い込んでいた富久澄さんのカードを取り出した。
〈氷結三班は終わりません〉
ドキっとした。
いや、今日までにすでに用意してあったはずの言葉だ。
でも……
厳戒態勢のダンジョン……
入念な準備……
内部の手引き……
今すぐは無理かもしれない。
時間はかかるだろう。
だけど、私たちは……
諦めない。
————了
蛇足(近況ノート)
https://kakuyomu.jp/users/kaijari_suigyo/news/16818093078825492862
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