枠
小狸
短編
枠が、ある。
その枠は、集団でもあり、また組織でもあり、時に社会活動に参画し、時に勉学を伴い、時に試験や面接によって選別され、時に人と人とを分ける境界線にもなり、時に血統であり、時に他人同士であり、時に日本であり、時に世界である。
何でも良い。
世の中には、枠がある。
多分それは、角が立たないように丸い枠なのだと思う。
そして私は、その枠に入ることの叶わなかった者である。
例外である。
異常である。
異端である。
学生の頃に、バイト先の先輩に言われた「社会人になる予行練習として理不尽に耐えられるようになっときな」という言葉が、今でも忘れられない。
そう言えるのは――そしてその言葉を受け入れられるのは。
枠に入ることのできた側なのだろうな、と、私は思う。
私の人生は、なかなかどうして、良いものではなかった。
最悪であった。
幼稚園から、周りに馴染むことができなかった。溶け込むことができなかった。だから殺した。
自分を。
何度も何度も殺した。
それでも、子どもは無邪気である。
無邪気に、人の努力を踏み
私の端緒から漏れ出る異常に気付いたのだろう。小学校四年生から中学校三年生に至るまで、男子から女子から、いじめを受けた。
その内容は、未だに思い出すだけでも過呼吸になる。
同級生は
世界は私の敵なのだと思った。
家は、両親が常に物を投げ合う喧嘩をしていた。
そして時に自分の不機嫌を私のせいにして、当たり前のように殴られた。
蹴られた。
意味が分からなかった。
泣いたらまた殴られた。
家庭にも学校にも、居場所なんてものはどこにもなかった。
幸せなんて、感じる余裕はなかった。
高校は何とか通った。
リストカットを何度もしようとしたけれど、見せる相手もいなかったので、しなかった。
毎日家の近くのブロック塀に頭をぶつけていた。
そうしていないと。
ふと、思わず。
死んでしまいそうになるから。
他人に迷惑をかけてしまうから。
この頃はまだ、「死ぬ」ことによって他人に迷惑をかけることへの罪悪感は、持っていた。
高3になった時、大学に行かずに風俗で働けと言われた。
初めて親の言葉を拒絶した。
歯が折れるまで殴られた。
それから祖母の家で暮らし、そこから大学に通った。
奨学金を得るために、頑張って勉強をした。
しかし、いつだってそういう者に選ばれるのは、恵まれた者だった。
当たり前みたいに、奨学金をかっさらっていく。
当たり前みたいに、顔が整っている。
当たり前みたいに、帰る家がある。
当たり前みたいに、生きていることを許されている。
生きていることが、
理不尽?
非条理?
不条理?
不合理?
なんでこれ以上辛い思いして生きなきゃいけないのか。
理不尽に耐えられることが社会人の条件なのか。
それでも生きることは正しいのか。
しかしそんな問いを発したとしても、誰も答えてはくれないのである。
生きることは、当たり前のことだから。
生きることは、正しいことだから。
「死にたい」などと言おうものなら、鬼の首を取ったように「世の中には生きたくても生きられない者がいるのに」「お前は贅沢だ」「辛いのは今だけだから」「きっといつか前を向ける日が来るから」だのと言ってくる。
黙れよ、マジで。
そんな風に言ってくるのは、決まって幸せな側の人間なのだ。
自分のことをいちいち幸せなどと思わないくらい、自覚せずとも幸せを享受している、圧倒的強者だ。
強いくせに、持っているくせに、幸せなくせに、選ばれたくせに。
それでいて人からも当たり前みたいに好かれて、社会的な立場も持っている。
何でも持っていて、何でもできて。
そして人並みに悩みも持っている。
ちゃんと、人間している。
することが、できている。
いいなあ。
ちくしょう。
何とか一般企業に就職したものの、一年で私は駄目になった。
企業の求める即戦力に、適応しようとしたのだ。
頑張ろうとした。
駄目だった。
使い物にならなくなった。
そして私には、病名が付いた。
精神科に、通院することになった。
役立たずで、死んだ方が良い私は、それでもまだ生きている。
生きている意味も、生きている理由も、生きている道理も。
何一つ分からないまま、生きている。
人間のふりをして、生きている。
枠の外から、中にいる人たちを見て、私は思う。
そこにいる意味があって。
そこにいる理由があって。
そこにいる道理があって。
そこにいることができる。
私はそんなあなたたちが。
(「
枠 小狸 @segen_gen
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