首里散策

@inugamiden

首里散策

 寒緋桜かんひざくらが、咲いている。

 くれないの、うなだれるはなびらのふさが、三月早々の空へ、キスしている。

 私は、石畳の道を――、いや、坂を、歩いてゆく。真玉まだまと称され、古くから整備されてきた道のひとつ、首里金城町しゅりきんじょうちょうの石畳が、私の足もとから広がってゆく。私はいつだって、散歩と散策が、好きだった。私が歩く分だけ、世界が広がってゆく。世界が私へ、別の角度から、ほほえんでくれる。

 二月のジャンパーを脱いで、三月のやわらかなブラウスに身をつつんだ沖縄の空はまるで、良質なフランネルだった。

 私も、上着をぬいで、坂を歩く。

 戦火のなか、焼かれることなく、今もなお現代の空につつまれている坂の姿は、時をかけてゆくシラサギの背だった。鉄の雨ではなく、風雨が、その白い羽根を、くすんだ色へ、変えつづけている。琉球石灰岩りゅうきゅうせっかいがん、そのかたまりが、道を、垣根を、構成している。”構成”なんて、冷たくひびく言葉を、私は信じない。”生息”している。この、太古のサンゴ礁からの贈りものが、生息して、道や、垣根が、つくられている。既にうららかな三月の沖縄の光が、心地よく、明暗のまだらをこまかくひらく石の穴のなかへそそぎこんでゆく。涼やかな陽気というような、まどろんでゆく影の傾斜けいしゃが、いりくんだ坂の姿を、猫みたいにつつんでいる。

 ふつうの住居とまざって、史跡や、琉球のころの古民家が、顔をのぞかせる。まるで、絵巻物のなかを、歩いてゆく感じ。ふつうの巻物は、手でひろげてゆくけれど、私は、足でひろげてゆく。門柱のうえでシーサーが二ひき、あくびをしている。

 私は、赤瓦の上を越えてゆく、いちわのちょうを見つけた。既に、蝶がとんでいるのだ。夜光虫のかがやきを秘めた、海のきれはしのような羽が二枚、白日のなかへ、夜のしずくを落としてゆく。わあ、沖縄の蝶だ。私はそっと、息を呑む。Y路地を裂くように生えるガジュマルの樹の、静脈をとりだしたようなツタが、南国の空気をすいこんでいる。私はやがて、横道へそれ、急な坂をのぼって、清陰せいいんさわやかな、ある高台へとたどりつく。ここで、天然記念物の、アカギの大木が数本、身をよせあうように、そびえている。樹齢、三百年といわれる、首里しゅりの記憶。戦火で消えてゆく首里の大木の森をながめ、さびしく生きのこってしまった、高台の大アカギ。まるで、みどりの雲海をまとうような、みきのこぶの褐色かっしょくが、そのしわが、私にかわいた血を思わせる。やわらかな午後のしじまにつつまれるこの小さな場所が、かつて兵火へいかで燃やされた、その小さなすす破片はへんを、影の中へひそませている。私は、足もとの、琉球石灰岩をふんだ。石は明るく、そして、こもれびにつつまれている。それが今の、私の足もとだった。

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