われは、
KE4SCO
かれは、
枯れ果て、衰えた荒野のその果てに、彼の小さな小屋がある。
彼に名前はない。誰も彼の名前を知らず、彼を呼ばないから。
彼に友人はない。全てを投げ打ち、ここにきたから。
彼に身寄りはない。友どころか、この世さえも打ち捨ててしまったから。
彼ももう、詳しいことは思い出せない。それほどに老いさらばえてしまった。
ただ彼は、彼のその罪のことだけは、「克明に・鮮明に」覚えている。
彼は逃げたのだ。あれほどに愛した妻から。まだ幼く、愛おしい娘から。
彼をなじる息子から。無法者であった、過去の自分から。
朝、彼はたまに、鏡に映る自分が彼を見据えるその目に怯えることがある。
その手の剃刀で、泡立った皺だらけの首を掻っ切ってしまいたくなるほどに。
昼、彼はたまに、クローゼットの拳銃を手に取って、出かけることがある。
彼の衰えた耳目さえ、誇らしく・馬のように気高い死に場所をば探している。
夜、彼はひどく酔い潰れて、浴槽に張られた湯に浸かり、眠ることがある。
目覚めた彼は、自分が溺れ死ななかったことに、ひどく落胆することがある。
そんな日を終えて、床についた彼は、どこで何を間違えたのか、ふと考えてしまう。
思えば、全て間違いだったのかもしれない。ただ「彼女」の正しさを思うと、そうでないとはっきりと思い知ってしまう。そしてその呵責の中に沈み、ふと眠るのだ。
…。
そんな夜。彼は一発の銃声に叩き起こされた。いや、正しくは「一発」ではない。
荒野に迷い込んだ駅馬車が、ギャング崩れの若者たちに襲われている。
彼はその銃撃戦の弾幕の、たった一発に起こされた。
天命と思った。歓喜に飛び起きた彼は、昨昼に撃ち損ねた弾を拳銃に込める。
「永い間わたしを見落とした神が、とうとうその分を支払ってくださった。」
拳銃を抱え、肌着姿のままその身を外へ投げ出す。月光に影を落とすその横顔は、あまりにも美しかった。
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