第97話 暗殺者、聖竜を見届ける。
何が目的だったのか定かではなかった王都襲撃は終わった。
被害は闇ギルドのギンが暴れた家々やそこに住まう者達で、魔物による被害で亡くなった者は一切いない。全てテミス教と王国騎士団の的確な対応のおかげだ。
しかし、問題はこれで終わらなかった。
聖竜を呼び覚ますには王自ら命を燃やす必要があり、まだまだ王としてミガンシエル王国を率いていくはずの王が、あの一回の戦いで命を落とす寸前の状況になった。
それによって起きたのは――――意外にも、第一王子のクーデターであった。
「ダークさま。王城の状況をまとめました」
現状、第一王子が王城に立てこもり、王の天命を待つという暴挙に出ている。その理由は、王としては第一王子ではなく、第三王子に王の座を引き渡したいからというものだ。この事情を知っているのは王子陣営と我々のみだが、それが却って王国民達には不安に映っているようだ。
第二王子は現在国外逃亡を図っている。
第三王子は現在、ナンバーズ商会の伝手により新しく出来たばかりの王都下層に身を隠している。
「第一王子の一番の拠り所だった伯爵がこの一件の首謀者として捕らえられたことでの暴挙か……愚かだな」
「はい。第二王子の陣営の動きも気になります」
「隣国へ逃亡か。属国になることを引き換えにしてでも王の座が欲しいと。王家に生まれ王の座を狙うなら正しい行動だろうが、王としての器ではないな」
そう思うと第三王子が最も王の器に思える。それに、もし最初からこうなることを予見していたのなら、大したものだなと思う。
戦いが終わる前には既に身を隠したいとナンバーズ商会にやってきたのだからな。
いや、別の言い方をするなら、第一王子が王城に引きこもれるように第三王子が真っ先に逃げたことになる。となると、この状況こそが第三王子が狙ったことではないか?
「王城以外はどうなっている」
「はい。全て順調に進んでおります。スタンダードによる被害も王都以外には一切なく、物流の滞りなどもございません。ただ一つ、北の砦で怪しい動きがあるとのことで神風が現在調査に勤しんでおります。今日中には何らかの報告が上がると思われます」
「わかった。では引き続き第三王子を匿いつつ、時を待とう」
「かしこまりました」
「お待たせしました。ダークさま」
「うむ」
「やはりいなくなっていたわ。ロスティアくん」
「なるほど。どうして彼があんな場所に?」
「いろいろ調べてみたけど全然わからないの。彼を最後に見たって人も、コロセウムに居た生徒くらいで、彼が途中でどこに行ったのかは誰も把握していなかったわ。彼の父の屋敷に忍び込んでいろいろ物色してきたんだけど、一つだけ情報を手に入れたの」
「情報?」
「どうやらロスティアくんの才能は……呪われたものみたい。正確にはどこにも記載していなかったけど、日誌に『あの女から生まれた子が呪われていた』と書かれていたわ。本人に問いただしてみる?」
「いや、それは必要ない。剣を持ったときの変貌からそういう類の才能と思っていたからな」
そのとき、念話が届いた。
『アダムさま。ミアでございます』
『どうした。ミア』
『屋敷に聖女アリサさまが訪れまして、アダムさまに急いで会いたいとのことです』
『聖女が……? いいだろう。ナンバーズ商会にいると伝えてくれ』
『かしこまりました』
「どうしたの?」
「聖女が俺に会いたいらしい」
「ふふっ。人気者は大変ね」
「
「了解っ!」
ひとまず、
「アダムさま。急に失礼します」
「アリサさま? どうかなさいましたか?」
「実は急いで一緒に来ていただきたく……その……場所はここでは言えないのですが……」
「わかりました。問題ありません」
「ありがとうございます」
その足で一度テミス教に向かい、教皇や聖騎士長らと共に馬車に乗って向かった先は――――王城だった。
固く閉められた城門だが、開いてもらい中に入った。
入ってすぐに落ち着かない第一王子がテラスからこちらを見ていたが、何か俺達を入れなければならない事情があるようだな。
エンペラーナイトのアルヴィンに案内を受けて向かった先は、王城を外から回って奥に向かった場所だった。
そこには地面から大きな穴が斜めに空いていて、奥からは得体の知れない気配が伝わってくる。
中に入ると少し暗いが上部から光が注いでいて、広い洞窟内を照らしていた。
その奥に佇んでいたのは、いるのは巨大な白い魔物だった。
だが、普通の魔物ではない。あの日に出会ったカドゥケウスと似た雰囲気を感じる。
俺達が洞窟の中に入ると顔を起こしてじっとこちらを見つめる。
教皇と聖女が一歩前に立ち、深々と頭を下げた。
「初めまして。テミス教の教皇グレースと申します」
「聖女のアリサです」
どこまでも深い金色の瞳が二人を捉えて、慈悲深い目をした。
「テミス様の眷属よ……よくぞ来た……」
カドゥケウスと同じく直接人語で喋れるのか。しかし、声がずいぶんと弱弱しい。
「聖竜さま。こうしてお会いできて光栄でございます」
「ああ……わが恩恵を継し者のおかげで、こうして目覚めることができた……だが……それもあとわずかである……聞いてほしいことがあるのだ……」
聖女がゆっくりと近付いて、今にも倒れそうな聖竜の頭に手を伸ばして触れた。
「我ら神獣は……長年大地を守り……深淵と戦い続けていた……」
「深淵とはどういう存在なのですか?」
「遥か混沌の先に住む……神の反対側に位置する存在……女神テミスの対極の存在……生きる者全てを……喰らう存在だ……」
「生きる者全てを喰らう者……」
「先刻の闇は……深淵の力だ……奴が……遂にこの世界に……足を踏み入れておる……それを止めなければならない……でなければ……生きる者は全て……息絶えよう……」
「聖竜さま……どうか私達に力をお貸しください」
「すまぬな……我は……もう命が残っておらぬ……力にはなれぬ……」
「で、ではすぐに治癒魔法を!」
聖女が魔法を展開させるが、聖竜の体は一向によくならない。
「無駄だ……我も生き永らえすぎた……テミス様と交わした約束を守り……だが……それも無駄ではなかった……この地に希望が生まれ育った……」
「聖竜さま……」
「我が亡くなった後……聖女に心臓を与える……生きる者を……守るのだ……」
「はいっ……必ずや守ってみせます!」
聖竜はゆっくりと地面に頭を寝かせ、ゆっくりと目をつぶった。
全身が少しずつ輝き始め、体が光の粒子となり周囲に散り始めた。
「どうか、ごゆっくり眠ってください」
聖女の美しい瞳から大粒の涙がこぼれる。
段々と消えていく聖竜の体はやがて全て光となり散った。
そんな中、聖女の前に光り輝く金色の宝石が浮かんだ。
「聖竜さまの意思を継ぎます……これからも力をお貸しください」
手を伸ばして宝石に触れると、眩い光を放ち――――一本の杖に生まれ変わった。
聖女が杖を高く掲げると、暗闇を払うかのように、眩しい光が王都を包み込んだ。
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