第90話 暗殺者、王族と繋がりを持つ。

 突然の聖天極宣言により、王都は割れんばかりの歓声に包まれる。


 一部始終を見ていた王都民が他の王都民へ伝え、あっという間に王都中に噂は広がり、俺が感謝を伝えるため教皇に会って教会を出る短い時間で、王都全土がアダム・ガブリエンデの名が響き渡っていた。


「えっへん! うちのアダムをもっと称えるがいいわ~!」


 姉は嬉しそうに移動する馬車の窓から身を外に出して手を振っていた。


「ソフィアさま!? スカートの中が見えちゃいますよ!」


「うん? 別にいいわよ? アダムしかいないし」


「うぅ……アダムさまも困っていますよ……」


 必死に姉の中が見えそうになったスカートを隠すリゼだった。




 屋敷に着くとメイドや護衛のレメ達が出迎えてくれる。


「「「「おかえりなさいませ」」」」


「お坊ちゃま。おかえりなさいませ」


「ご苦労。ミア。屋敷に何か問題はあったか?」


「屋敷は平和そのものでございます。ですが……一つ大きな問題が起きております」


「大きな問題?」


「はい。お坊ちゃまが旅立たれた直後から王都だけでなく王国全土から、苦情が殺到しております」


「苦情か……理由は何だ?」


「ナンバーズ商会の大幅値下げでございます。あれから王都のいくつかのお店は店を畳むしかできず、四分の一が閉店に追い込まれております。他の店も一切商売が成り立たず、多くが閉店間近ということになる見込みとのことです。それについてお坊ちゃまに大幅値下げを解除するようナンバーズ商会を説得してくれという苦情になります」


「ふむ……ミア。お前の目から見てそれは――――悪なのか?」


「悪でございますか……?」


「ああ。多くの王都民が安価で物が購入できるのは、僕には民のためになっているように聞こえるのだ」


「……わたくしめの意見でよろしければ……私もそう聞こえてしまいます。ですが……貴族には貴族のコミュニティーがあると思います。このままではお坊ちゃまが孤立してしまうのではないかと……心配になります……」


「……孤独か。それなら問題ない」


「お坊ちゃま……?」


「僕には姉上とリゼさんや仲間達がいる。そう気にするものではない。それに僕一人が背負うことで民が幸せになれるのなら……」


 すると後ろから俺に抱き付く感触があり、腹部を抱き込む優しい手の温もりが伝わる。


「絶対にアダムを一人にはしない」


「姉上」


「それにナンバーズ商会の行いが民のためになり聖天極にもなったんだし、堂々としていいわよ! 私も力になるからね?」


「ええ」


「ミア~! 届いた全ての苦情の手紙は燃やしてしまいなさい!」


「かしこまりました。お嬢様」


 屋敷のリビングでしばらく姉とリゼとの時間を過ごしていると、イヴが帰ってきて、細男も顔を出す。


「アダムさまぁ~♡ おかえりなさいませ~」


「おかえりなさい。アダムくん」


「ただいま。イヴさま。ロスティア」


「それにしても王都はすごい賑わいだったね。聖天極おめでとう。アダムくん」


「ああ。ありがとう。まさかこんなことになるとはな」


「ふふっ。さすがアダムくんだよ」


 それからはみんなで食事をとってゆっくりと時間を過ごした。




 翌日。


 リゼに同行してもらい一緒に学園に行く。


「今日は何か良いことでもありましたか?」


「ほえ!?」


「ずっと笑顔でしたので」


「え、えっと……こうしてアダムさまと一緒に学園に行けるなんて……学生になった気分に……えへへ……」


「リゼさんは学園には入学していなかったんでしたね」


「はい。冒険者を優先したのもありますが、学園から拒まれたんですよね」


「拒まれた?」


「はい……幼い頃から……殲滅兵器って呼ばれていましたから、学園に入ってしまうとどうしても目立ってしまうと思ったんでしょうね」


「なるほど。なら今からでも入学されてはどうですか?」


「今から!? い、いえ……私は冒険者のままで……」


「そうですか。少し残念です」


「そう思ってくださるだけで私は幸せです」


 学園に着き、依頼を完了したことを伝えてもらった。


「アダムさま。学業……頑張ってくださいね」


「ええ」


 少しもじもじするリゼ。


「あ、あの……」


「?」


「……たまにでいいので、また一緒にどこか出かけてくださると……嬉しいです」


「ええ。そのときにはぜひ誘っていただきます」


「はいっ!」


 リゼは笑顔のまま手を振り冒険者ギルドに帰っていった。


 教室に入ると、クラスメイト達は「おかえりなさい!」と歓迎してくれて、教壇には姉が立ち、勉強を教えていた。


 その日も何事もないように一日が過ぎていく。


 授業が全て終わり、帰る間際。


 学園の入口に一台の馬車が止まる。


 馬車の扉には王家の紋章が描かれていた。


 俺とイヴ、聖女が正門を出たとき、扉が開き見慣れた顔の男が降りてきた。


「アダム殿。久しいな」


「お久しぶりです。イングラム殿下」


「うむ。少し時間を貰えるか?」


「かしこまりました。本日は予定もありませんでしたので」


「かたじけない。レストランを予約している」


 イヴと聖女を先に見送り、俺は第三王子の馬車に乗り込み、あるレストランに入った。


 高級感のあるレストランは、全てが個室になっている。部屋の中に入ると、先客がいたようだ。


「ア、アダムさまっ。お久しぶりでございます」


「お久しぶりです。イーリスさま」


 第六王女の姿が馬車にないと思ったら、先にレストランで待たせていたのだな。


 席に着くと、すぐに次々と美味しそうな料理が運ばれてきた。


 見た感じ、睡眠薬が入ってそうな気配はなく、問題なさそうだ。


 しばらく食事を堪能していると、第三王子の表情が真剣なものになり、ようやく本題を切り出した。


「アダム殿。一つ頼みがある」


「どんな頼みでしょうか?」


「現在、貴族の間では未曽有の大危機が起きている。すでにアダム殿も知っているとは思うが……市場崩壊の件だ」


「なるほど。ナンバーズ商会の件ですね」


「ああ。このままでは貴族と平民の間の溝がどんどん狭まってしまう。そうなれば貴族の権威は落ち、国が廃れてしまう可能性すらある。しかし、今のナンバーズ商会はアダム殿と教会の聖天極で盤石な地位を築いてしまった。市場崩壊はこの先も止まることはなければ、止めることもできないだろう」


 野心だけを持つ王子だと思っていたが……。


「そこで俺から一つ提案をしたい。王位継承戦で俺の味方になってくれ。代わりに俺から差す出すのは――――アダム殿への伯爵位。ナンバーズ商会への王国競売権利。そして、イーリスを嫁に出そう」


 第六王女は顔を赤らめて俺に向かって会釈をした。


「他にもゆくゆくは宰相の座も用意しよう」


「……どうしてそこまで?」


「このままではいずれ国は潰れる。いや、正しくは国ではなく貴族だ。いずれ兄上達が抱えた貴族共は暴れることになる。俺の予想だが……国を売る者が出てもおかしくない。それ程に今の我が国は貴族に取って利のない国になってしまった。だが、これは却って俺に分がある。貴族が利を独占することはできなくなるが、代わりにナンバーズ商会が、いや、アダム・ガブリエンデ伯爵・・が全てを独占する。アダム殿に取り入った者は成功するということだ。しかも民からの信頼もある。このまま教会の力を強めればより強力な戦力となり、民を害する敵国に対する切り札ともなる。俺は……それが面白いと思えたのだ」


 まさかそこまで盤面を読んでいたとはな。ただの野心家だと思っていたが、それは大局を見極める自信があってこそだったのか。


「イーリスに関しては本妻でなくても構わない。少なくともアダム殿の妻になった方が、これから先の王国では最も幸せになれると思うからな」


「……婚姻の件はひとまず保留とさせていただきます。ただナンバーズ商会は僕の所有商会ではありません。ことが上手く運んでいるだけで、僕の力は何一つございません」


「ふむ。仮にそうだとしてもナンバーズ商会はガブリエンデ家を中心に動いている上に、聖天極自体はナンバーズ商会ではなくアダム殿に与えられている。ならばナンバーズ商会もアダム殿を無視することはできないだろう。その上に伯爵位や王国競売権利が約束されるとなれば、よりアダム殿を支援することになる。それだけで十分な力だ。王国内で最も大きな存在になると言っても過言ではないだろう」


「……わかりました。では僕の方からナンバーズ商会へ相談を持ち掛けてみましょう」


「本当か!? ありがたい。共に王国をより強大なものにしていこうじゃないか」


「イングラムさま。その前に一つだけ聞かせてください」


「うむ?」


「このまま貴族が弱体化されれば殿下だって損になるのではないですか?」


「うむ。それは少し違うな。どんな王族であっても労働力となる民がいなければ、権力を保つことは難しい。とはいえ平民に媚びるような王族は言語道断だ。だから王族と平民の間を保つ存在が必要だ。その役目こそが貴族にある。だがいつしかそうではなくなっていただけのことだ。もし俺が第一王子なら、貴族に媚びるだけの存在に成り下がっていただろう……だが、俺は運がいい。アダム・ガブリエンデという希代の英雄が登場し、兄上達はすでに英雄と敵対している貴族と組んでいる。ならば、俺も時代に名を刻む王になるべく選択をするのみ。それもまた王族としての愉しみ方であろう?」


「……なるほど。イングラム様にとっては、これもお遊びということですか」


「もちろんだ。遊びだからこそ――――本気になるということだ。王族と生まれ、王族にしかできない勝負事だ。一番の勝ち馬を見極めた俺は、すでに勝ちを確信している」


「……失礼しました」


「なに。気にする事はない。それよりナンバーズ商会への繋ぎの件をよろしく頼むぞ。そして、これからもお互いに親交を深めようではないか。イーリスのこともよろしく頼むぞ」


 第三王子は満足げに笑顔を見せた。




 その日の夜。


 姉がリゼと過ごしている間に、俺はイヴとルナと第三王子とのことを話していた。


「一本取られちゃったわね~。能無しの王子ばかりだと思ったのに、第三は中々やるわね。さすが……君を洗脳しようとしただけのことはあるわね」


「うむ。あの野心家がここまで譲歩するはずはない。何か狙いがあるはずだ」


「それでしたら私に一つ思い当たるものがあります」


 それからルナは自分の予想を話した。


 イングラム第三王子が野心家であることと、普通の貴族を切り捨て、ガブリエンデ家を支援するその意味を考慮すると、ルナが話したこともあながちあり得ると思えた。

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