第89話 暗殺者、称号『聖天極』を贈られる。
太陽も上り、簡単な朝食を食べてから下山する。
全てが無事に終わり、リゼ達の表情は明るい。ただ一人の除いて。
シーナが俺の腕を指でツンツンと押してくる。
「ねえ」
「ああ」
「私もすごく心配したんですけど……」
「ありがとう」
「……そういうことじゃないんだけど……まぁいいわ。ひとまず、王都に戻ってからにしましょう」
「?」
少し怒ったような振る舞いをするシーナ。
俺達はそのまま下山を続け、襲ってくる魔物は張り切ったリゼによって一瞬で消し炭になっていた。
下山を終え、ミュレシア街に入るとすぐに多くの冒険者やギルドの職員が出迎えてくれた。
「リゼ様ッ!」
「みんな。出迎えてくれてありがとうね。フェルニゲシュはちゃんと倒したからもう心配しなくて大丈夫よ」
「ありがとうございます……! ミュレシア街の住民を代表して感謝を言わせてください!」
誰しもがリゼに感謝を伝え、彼女を称える。
英雄リゼ。それが彼女の本当の姿であり、あるべき姿だと思えた。
その日はミュレシア街で一泊し、ゆっくり過ごす。
仲間のエリナが俺とリゼの部屋を取ろうとしたが、慌てたリゼが何とか阻止してことなくを得た。
疲労もあって、リゼ達は丸一日眠りに付き、王都へは翌日出発した。
◆
四日後。
馬車の旅はとくに何か起きたわけでもなく、無事王都にたどり着いた。
馬車乗り場に着くや否や、俺に向かって突撃してくる影が一つ。その素早さに反応できたものは数人しかいない程だ。
「アダムッ~! おかえり~!」
「姉上。ただいまです」
「えへへ~冒険はどうだった?」
「良い経験になりました。積もる話はまた屋敷で」
「そうだね! リゼちゃんもやっほ~。うちのアダムをありがとうね」
「い、いえっ!」
緊張した面持ちで対応するリゼに首をかしげる姉。
あの日の一件を聞くと姉がどういう反応をするか目に見えるので、落下の一件は話さないことにしている。
誰一人欠けることなくフェルニゲシュは倒せたのだから。
「それにしても……あれは一体なんだ!?」
リーダーのギアンが声を上げて指差したのは――――馬車乗り場からも見える今まで見たこともない城壁である。
「あそこって下層じゃない? どうして城壁が……?」
「あ~あれね。ナンバーズ商会が城壁で下層を囲っちゃったのよね。アダム? 下層の土地は全てガブリエンデ家のものになったからね?」
「下層全てが……ですか?」
「うん。またナンバーズ商会が何かしたみたい。私……まんまと踊らされちゃったけど……でもアダムの力が増したのならいいのかなって」
「そうでしたか。姉上。ありがとうございます」
「うん……! えへへ~」
満面の笑みを浮かべる姉の美しい水色の髪が波を打つ。
そのとき、ある一団がやってきた。
黒い仮面を被った女性が二人。その後ろにも黒い仮面と装束の者が複数。
「アダムさま。お久しぶりでございます。ナンバーズ商会の
「お久しぶりです。まさか貴方自ら来てくださるとは」
「ええ。早急に伝えたい案件がございましたので」
俺を守るように姉とリゼ、シーナが前に立ち、
「ソフィアさまの尽力のおかげで王都下層全域はガブリエンデ家の土地となりました。本来ならアダムさまに許可を頂くべきでしたが、時間がなかったので先に進めさせていただきました。現在、ガブリエンデ家所有の土地となる王都下層はナンバーズ商会が総力をあげて土地開発を行っております。こちらからも見えるように城壁もすでに完成しております」
「なるほど……それでは断ることもできませんね」
「その通りでございます。悪いようにはしません。ですが……残念な知らせが一つだけございます」
「残念な知らせですか……何でしょう?」
「下層を開発するに当たり、スラム街の住民を追い出したことと、ナンバーズ商会の商品の急激な値下げにより……ガブリエンデ家……いえ、アダムさまへの多くの苦情が届いております。きっと、今の屋敷は大変なことになっているかと」
それを聞いた姉が拳を握りしめて二人を睨み付ける。
「っ……」
「アダムさま。もう逃げることはできません。貴方の姉君を守るためにも――――現在、王国最大派閥である第三王子陣営と繋がりを」
そのとき、後方からもう一人の女性の声が聞こえた。
「その必要はありません」
「…………」
「アリサさま」
「アダムさま。おかえりなさい。事情は私もある程度聞いております。アダムさまが命を狙われていることも」
その言葉にリゼも姉もより険しい表情に変わる。
「ですが、私もアダムさまの力になりましょう。そもそも……ナンバーズ商会が商品の値下げをしてくださったおかげで王都の多くの住民の生活が安定し始めました。それだけではありません。スラム街に住まわれた方々も今ではガブリエンデ領で幸せに暮らしていると聞きます。本来ならば……我々がすべきことでしたが、力が足りず……ナンバーズ商会の皆様には感謝するばかりです。そこで私達にできることをさせていただきます」
俺を中心に聖騎士達が囲い、聖女がやってきてはリゼと姉の間に立ち、俺を見つめた。
「アダム・ガブリエンデ子爵。貴方に――――称号『聖天極』を授けます。聖天極とは、我々テミス教が人々のために最も尽力した英雄へ送る最高の称号であり、未来永劫……全てのことに教会が協力することを約束いたします。これによりアダム・ガブリエンデ子爵さまは教会に所属していなくともテミス教内で教皇と同等の権利を持ち、聖者として称えられることになりましょう。テミス教への自由な出入り、運営に関わることも可能になり、秘蔵している全ての書物を閲覧できることも可能になります」
彼女は手に持っていた黒いマントを広げる。そこには教会のマークが白と金色で刺繡されていた。
「現教皇グレース及び聖女アリサ、他枢機卿六名による満場一致により、アダム・ガブリエンデ子爵さまへ称号を与えます。受けてくださいますか?」
大陸には神を信仰するいくつかの教がある。テミス教はミガンシエル王国における最大派閥なだけでなく、大陸でも有数の教であり、他国にも強力な権威を誇る。
そんなテミス教では異教に対する感情はあまり良いものを持たない。だが、その真理は女神を信仰し、多くの人々を救済すること。特権階級ではなく、一人一人に命があり、それを大事にするのが教えだ。
だからこそ、テミス教には称号という制度がある。
テミス教の信者に贈られる場合もあるが、そうでない者に贈られる場合もある。その中でも最も権威あるのは『聖天極』である。テミス教に関わってないにも関わらず、誰よりも人々のために力を尽くした者に贈られるという称号で、その権威は最大の権力となる。
最高権力者でもある教皇。その地位と同等の力を持つというのは、ある意味では――――教皇をも超えると言っても過言ではない。
ただ同等なだけで全く同じではない。教会の在り方を変えるなどという存在理念を捻じ曲げることはできない。あくまで多くの者を守るという理念は持たなければならない。
もちろん、これだけの権力を持つことにデメリットな部分もある。
『聖天極』の称号を受けるということは、少なからず、テミス教と大きな繋がりができるということ。秘蔵の書物を閲覧すれば最後、テミス教から離れることは難しくなる。
それはある意味では強硬策ともなるが、それほどまでにテミス教として功績を称えるものとなるのだ。
「……アリサさま」
「はい?」
「僕はナンバーズ商会の言いなりと言っても過言ではありません。そんな僕に大きな称号を与えてくださるということですか?」
「確かにそういう見方もできます……が、私にはそうは見えません」
「と言いますと……?」
「ナンバーズ商会は素晴らしい商会です。彼らの最終的な目的が何なのか私にはわかりませんが……現状では多くの人がナンバーズ商会のおかげで幸福になっております。富を独り占めしているようなことはしていません。そんな彼らが選んだのは――――他でもなく、貴方です。それに剣神であるソフィアさま。Sランク冒険者であるリゼさまはもちろんのこと、悪人に敏感なエルフ族の方もアダムさまの傍に立っております。それは……全てアダムさまだからです。それこそがアダムさまの力であり、アダムさまが英雄である所以だと考えております。そして、このマントもまた貴方だからこそ、贈られるものです」
「……ただ一つだけ。ここで宣言させていただきましょう」
「はい」
「僕は……この先も我が人生において……全てを姉上と共にするつもりです。もしテミス教が、聖騎士が、ナンバーズ商会が、姉上と敵対するならば僕も敵対することになるでしょう。それでも構わないのなら――――」
「ふふっ。それを聞いてさらに安心しました。やっぱりこのマントは……貴方にこそふさわしいと思います。アダムさま」
聖女はゆっくり近づいて、マントを広げて俺の首に手を回して付けてくれる。
鼻と鼻が届く距離の聖女は、満面の笑みを浮かべた。
「新たな英雄アダム・ガブリエンデ子爵さま。どうかこれからもご自身が思う正義を貫いてください。我々テミス教からも最大の協力と賛辞を贈らせて頂きます」
聖騎士達を剣を抜き、空高く掲げる。
「「「「英雄アダム・ガブリエンデ子爵に、女神様のご加護があらんことを!」」」」
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