第73話 暗殺者、初めての合同試験を迎える
合同試験まであと三日となった。
クラスメイト達は変わらず基礎の勉強を繰り返してはいるが、どこか気が抜けたようにソワソワしている。
「アダムくん? ここってどういうこと?」
最近はフランクに接してくれるようになった細男は、さらさらの金髪をなびかせながら本を差し出して聞いてくる。
「剣を振り回すときは腰から回るってどういうこと? 腕じゃないの?」
「では実際に試せばいい」
「試す……?」
ポケットから取り出すふりをしながら『影収納』から小さなボールを一つ取り出す。
「そんなもの持って歩いてるんだね……」
「イヴさま。ボールを受けてくださいますか?」
「は~い。アダムさま♡」
相変わらずイヴはその場で雰囲気を変えていて、今は令嬢モードだな。
少し離れたところに立つイヴ。
細男にボールを渡した。
「直立不動で腕だけで投げてみろ」
「わかった」
細男は右腕だけを振り、イヴに向かってボールを投げる。
ボールはふわっと弧を描いてイヴの下にゆっくりと届いた。
「今度は後ろから体を前に移動させながら投げてみろ」
「わかった!」
クラスメイトたちも気になるようで、こちらを食い入るように見ていた。
イヴから返してもらったボールを、今度は体を前に移動させながら投げると、さっきよりも勢いのいいボールが飛ぶ。
「ボールの勢いが違うだろ?」
「うん! でも、アダムくん? 僕だってこれくらいはわかるよ? こう勢いよく投げると遠くに飛ぶことくらい」
「それはただの行動として理解しているんだろう。では攻撃の話に戻る。剣を大きく振ることはその分、隙も大きくなるが、勢いのある攻撃はより強い攻撃になる」
「うんうん」
「では戦いで隙を大きく作らずに強く斬るには?」
「……? そんなことできる?」
「例えば、こういうことが言える」
イヴから返してもらったボールを今度は俺が投げる。
左足で踏みとどまり軸を作り、右足は地面を軽く蹴りながら体を半回転しながら投げる。
ボールは一直線にイヴに向かって飛んだ。
「おお!」
「これは回転を利用した投げだ。攻撃にも同じことが言える。剣術の基礎に体を常に斜めにするのはこういう力を利用するためだ。学んだことを実践したら、次はどうしてそれが強いのか考えると強くなる一歩になる」
「そっか……! イヴさん! もう一回投げさせて!」
「いいわよ~」
返ってきたボールを、細男は俺と同じフォームで投げ込んだ。
さっきは高度が少し高く弧を描いて飛んだボールは、真っすぐ一直線に飛んだ。
「すごい! 本当に真っすぐ飛んだ!」
「これの大事なところは、左足が軸になっていること。それを重心という。その一番の機転になるのは――――意外と足ではなく腰だ」
「腰?」
「さっきと同じ方法で、今度は腰を前に曲げたまま投げてみろ」
「わかった」
俺に言われた通りに投げてみるが、さっきよりも勢いがない。
「弱くなった……それに何だか腕も疲れる」
「攻撃に力は必要だが腕力だけで斬るのは弱い。体の重心を腰に据えて、体ごと回しながら攻撃をする。それが戦いの基礎だ」
「そっか……ありがとう! すごくわかりやすかったよ!」
「うむ。これまで基礎を学んだからこそ使えるもの――――」
「だから基礎って大事! ってことだよね?」
「……ああ」
ふふっと笑った細男は、何も手に持たずに、その場で腕を振る練習を始める。その様子を見ていたクラスメイトたちもこぞってやり始めた。
困惑した表情でイヴがやってくる。
「みんな、実技の時間じゃないというのに、困りますわね~」
「合同試験が近いから緊張しているのでしょう」
「うふふ。これで全員が合格できたら学園有史以来の出来事ですし、楽しみですわ~」
「これなら十分合格できるでしょう」
「ふふっ。じゃあ、残り三日、私たちも頑張りましょう~アダムさま!」
「ええ」
そして、俺たちは何事もなく、その日を迎えた。
◆
合同試験。
その日は、ある意味学園では一番のイベントのような日で、学園から少し離れている『コロセウム』と呼ばれている闘技場に集まった。
中心にはステージがあり、囲うように円状に観客席がずらりと並んでいる。
今日は関係者しか観覧できないので、各生徒たちの家族や騎士団の面々、魔導士の面々が見える。
さらに特等席には学園長やエンペラーナイトの姿まであった。
一年で四回開かれる合同試験。その一回目だというのに、ずいぶんと多くの人が見守っている。
一年生だけではなく、二年生、三年生もいるからそちらが目当てなのだろうが……少なくとも今回も姉がいるから、注目している人も多いのだろうな。
姉は参加せずとも進学は確定しているのだがな。
「ではこれから合同試験を始めます! 一年生には事前に説明していた通りに、最初から呼ばれた者同士でステージで戦ってもらいます。相手を殺害することは許されません。勝ち負けですが、勝ったから進学できるというわけでもないため、全力を出してください。勝ち負けはこちらの審判が決めるので、負けていたとしても全力を出すこと。いいですね?」
「「「「はい!」」」」
一年生の元気な返事がコロセウムに響き渡る。
「ではさっそく始めます!」
それから合同試験が始まった。
本来一つであるステージは四つに分けられて四組が同時に試験を受けるシステムのようだ。
人数も多いので時間がかかってしまうから当然か。
俺たちD組は最後なので、しばらく出番までステージが目の前に見える待機場で待つ。
みんな緊張した面持ちでそのときを待っていた。
「アダムくんは緊張しないの?」
「緊張か。しないな」
「すごいな……」
「仮に落ちたからと言って、何か大きく変わるわけじゃないからな」
「え~変わるよ? めちゃくちゃ変わると思うんだけど……」
「……それは王国が敷いた道を歩くという意味では変わるだろう。だが自分の人生の道を歩くというもので変わるわけではない」
「……? アダムくんって難しいことを言うんだね」
「ああ。君もいずれ知るだろう」
「そ、そう? まあ、僕は僕なりに頑張るよ」
「ああ」
BクラスとCクラスの試験が終わりを迎え、遂にAクラスの試験の時間となった。
「これからAクラスとDクラスの試験を始めます!」
今まで興味なさそうに見ていた観客たちの目が変わる。
それはまるで――――闘技場で猛獣に晒された奴隷を見て楽しむかのような、そんな娯楽を楽しむ目をしていた。
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