第71話 暗殺者、王国市場を崩壊させ始める。

 アインスイヴは指を三本立てる。


 その姿を騎士団長や騎士たちが食い入るように見つめる。


「まず一つ目は、今まで通り、この宿舎でいつ呼ばれるかもわからないまま――――腐っているだけでいること。もし隣国が攻めてきたら呼ばれるかもしれないわね~」


 隣国の戦争状態ではあるし、ビラシオ街の一件や王都の一件があるのだが……表立って衝突状態ではない。となると第六騎士団が駆り出されることなど、まだ当分先ということだ。


「もう一つは、騎士団を辞めて冒険者にでもなる方法ね」


 アインスイヴがそう話すと、みんな苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。


「最後は、私たちがこの騎士団の権利をガブリエンデ家に譲り、貴方たちは――――ガブリエンデ家の犬になるという道があるわ」


「ガブリエンデ家!? どうしてその名が出るのだ!?」


「あら、情報が弱いわね。聞いてないからしら? 私たちナンバーズ商会はガブリエンデ家とお互いの独占契約を交わしているのよ。ガブリエンデ家は他の商会に契約できず、私たちも彼ら以外の貴族とは契約しないという契約ね」


「…………続けてくれ」


「私たちがガブリエンデ家に投資した理由は、言うまでもなく――――ソフィア・ガブリエンデの存在よ。彼女はいずれエンペラーナイトになる逸材。今では子爵位まで叙爵されているわね。私たちが予想していた通り、彼女の活躍は目覚ましいもの。もちろん、この関係はこれからも続けたいし、ナンバーズ商会としても彼女に組するのはとてもいいことなの」


 アインスイヴは騎士団長に近付き、心臓がある胸元を指差す。


「貴方と貴方が率いる騎士が、ソフィア・ガブリエンデの犬となってくれたら、彼女も我々ナンバーズ商会を信用すると思わない? だから――――犬になりなさい。貴方たちには悪くない選択肢のはずよ」


「っ…………」


「まあ、騎士団の権利証が私たちの手の中にある以上、第六騎士団の身柄は私たちのものだけど……伯爵みたいに強制させるつもりはないわ。私たちは従順な犬が欲しいけど、人形はいらないのよ。さあ、どうする?」


「一つ頼みがある」


「何かしら?」


「俺にガブリエンデ家を――――ソフィア・ガブリエンデ子爵を見極める時間をもらえないだろうか? お前たちが言うとおり、心から従うなら彼女が従ってもいい方なのか見極めたい」


「かまわないけど、伯爵の命令は聞いていたのに、いまさら騎士の誇りかしら?」


「そう思われても仕方がない。だが、俺達にも騎士としての誇りはある。あんなことをしていたが……陛下の命令でもある権力に従うというのもまた我々の誇りでもあった。だが……誰一人好き好んでやってはいない。詭弁きべんに聞こえるかもしれないが、極力被害は出さないようにしていた」


 フィーアルナの調べによれば、第六騎士団が盗賊のふりをして襲った連中は、大半が命は救われていたという。中にはそうでない者もいたが、そうせざるを得なかったのだろう。


「ダークさま~どうしましょう?」


「いいだろう。自分の目で飼われる人の人柄を見たいというなら、そうするがいい」


「……感謝する」


「じゃあ~また来るね~」


 アインスイヴはまるで友達に声をかけるかのように手を振り、俺と一緒に第六騎士団の兵舎を後にした。



 ◆



 再び総帥室に戻るとフィーアルナが姿を見せた。


「ダークさま。例の件の進捗が順調に進み、いつでも実行できる段階まで整いました」


「予定よりも随分と早かったな?」


「はい。どうやら我々のせいで、多くの人が仕事を失っているようです」


「なるほど。それもフィーアルナの予想通りとなったわけだな」


「はい。ナンバーズ商会が安価で商品を流すようになれば、王国の相場は崩壊。物流が最もお金がかかる上に王国商会連合会のせいで商売もままならなかったものが、より酷い状況となりました。ナンバーズ商会以外の商会はほとんど潰れ、王国商会連合会も時間の問題でしょう」


「うふふ。フィーアルナちゃんったら容赦ないわね。全てこのために準備を進めていただなんて」


アインスイヴ姉さま。買い被りです。いつかこうなればいいと思っていましたが……黒薔薇病のおかげというものです。ダークさまが黒薔薇病を広めると考えて闇ギルドの者を逃がしていたからこそです」


「そうね。ダークさまったらあんな短い時間によくそこまで読んでたわね」


 闇ギルドのリンネという女。研究者というのもあり、彼女を泳がすことで何らかのことが起きると思っていた。黒薔薇病とは考えていなかったが、あの女が王都を去る際に何かをするとは考えていた。


 それが黒薔薇病であり、偶然にもブラックローズによる薬研究も簡単だった。


 偶然ではあったが、いい形で王都を救うことができ、アダム・ガブリエンデもソフィア・ガブリエンデも子爵となり、権力を手に入れた。


 ナンバーズ商会はよりガブリエンデ家の恩恵を存分に発揮することができ、今では王国商会連合会も白旗を揚げている。


 それによってナンバーズ商会は王都のいくつかの箇所で支店をオープンさせることに成功し、王都民はこぞって英雄ガブリエンデの御用達でもあるナンバーズ商会を訪れ、安価で良い商品を買うようになった。


 それによって王都の相場はとんでもない勢いで急落していき、今までの値段では物が売れなくなり、よりナンバーズ商会の需要は高まるようになった。


 最近では王都に住まう多くの貴族が密かに購入しに来ている。


「王国の商売を一手に握るのも時間の問題でしょう。ダークさま。次の作戦に移りたいのですが、いかがでしょうか?」


「……いや、一旦保留だ。まだ時ではない。来週には学園の合同試験がある。時は――――合同試験が終わった直後だ」


「かしこまりました。では、本来の予定通りに進めてまいります。それと、アレクさまの方への訪問の準備とお土産も準備しております」


「ああ。では父の方に出向こう」


「かしこまりました」


 王都の総帥室から、父がいるシャリアン街の総帥室へ飛んだ。

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