第70話 暗殺者、騎士団を買い取る。

 その日の夜。


 今日は珍しくリゼさんがうちに泊まりにきている。


 これもいつでも来ていいと伝えていると、まさか当日からくるとは思わなかったが、まあそれだけ姉と仲良くしてくれれば、俺も嬉しいというものだ。


 姉はリゼさんと寝ると、俺の部屋ではなく、別室で眠ることになった。


 階層が変わっているので、気配を察知されずに済むのは助かる。


「わ~い。アダムぅさまぁ~♡ 久しぶりにお姉さまがいなくて、ベタベタできますわ~♡」


「やめとけ」


 俺に突撃するイヴの頭を手で受け止めると、バタバタと手を振りながら「ふええ~」と声を上げるイヴ。


 この女も相変わらずだなと思う。


「それよりイヴ。例の件はどうなった?」


「ふぁい~順調に進んでおりますわよ。本当にそれでよかったの?」


「そのために生かせたのだからな」


「あれ? 相手を刺激しすぎないために殺さなかったのではないの?」


 イヴは女暗殺者らしく演技も上手く、また雰囲気がガラッと変わり、令嬢から幼馴染に変わる。本人曰く、溜口のときは幼馴染モードというらしい。


「それもあるが、彼らは使える駒だと思ってな」


「ほえ~私、君のことなら何でも知っているつもりだったけど……それはちょっと読めなかったわ。だから、一人も殺すなって命令はだったのね」


「ああ。彼らの団長は貴族のようだったからな。いずれ姉上の力になれるだろう」


「それもそうね。ルナちゃんの狙いでもあるガブリエンデ家が王国の中心になるのは、お姉さまを中心の方がいいのよね」


 ルナも肯定するかのように頷いた。


「じゃあ、今日中に片付けちゃう? 一応、もう準備は全部進めておいたから」


「では明日にでも実行しよう」


「わかった~! 一緒に行くでしょう?」


「ああ」


「やった~♡ いいとこ見せて、君にちゅーしてもらうんだから!」


 ……やはり、この娘は変わらないな。




 翌日。


 今日はというと、姉上はリゼさんと街に遊びに行くと言う。


 俺はイヴと一緒にスラム街を訪れるという名目で、学園を休んで、『黒外套』を被り、アインスイヴとある貴族の屋敷を訪れた。


 警備はかなり厳重なものだが、盗賊ギルドに比べれば、大したものではない。これも王国内から二大暗殺ギルドが消えたせいでもある。


 アインスイヴと広大な屋敷の庭の陰を通り、屋根を伝って、テラスから部屋の中に入った。


「誰だ!?」


 中にはふくよかな体を持ち、切れ目の男がソファから立ち上がり声を上げた。


「初めまして。シグムンド伯爵。私はナンバーズ商会のアインスイヴと申します」


「ナンバーズ商会……! くっ……」


「こちらは我らの主、ダークさまと申します」


 伯爵は少し冷静になったのか近くにあるテーブルから水を一気飲みして、またソファに座り、俺を睨んできた。


「お前達への件は、今回の報酬を支払ったはずだが?」


 俺と姉が子爵になった件だな。


「その節はお世話になった。伯爵」


「…………」


 子爵は威厳のある視線で俺を睨む。あの日、舞踏会で会ったときよりも迫力がある。少なくとも彼が伯爵であることが伝わってくる。


「取引をしに来た」


「取引……だと?」


「ああ。以前、お前が使っていた騎士団の身柄を渡してもらいたい」


「……あのとき、お前達にやられた連中か」


「ああ」


「…………対価はなんだ」


 隣に待機していたアインスイヴが、錠剤が十個入った瓶を取り出して見せる。


「これは黒薔薇病を治す薬だ」


「なっ!?」


「あれがどういったモノなのかはお前が一番知っているだろう。これがあるだけでいろいろ気が楽になるのではないか?」


「…………わかった。その取引に応じよう。その錠剤は本物なんだろうな?」


「もちろんだ。試してみても構わないが、黒薔薇病に冒された者がいなくてな」


「まあいい。どうせあの騎士団にはもう用はないからな」


 伯爵は立ち上がり、近くにあった棚から書類を一枚持ってやってきた。


 たった一枚の契約書に、国の騎士団が私物かされるというのは、王家の権力がそれだけ弱いことを示す。


 あの王が、自分の息子たちに権力の争いをさせるのも納得いくものだ。


「ではありがたくいただくとしよう。また黒薔薇病の薬が必要ならナンバーズ商会に使者を送ってくれ。今回の代金の代わりに安くしよう」


「…………」


 伯爵は答えることなく、ただ睨み続けた。


 アインスイヴが契約書を本物であると確認したので、俺たちは伯爵の屋敷を後にした。


 おそらく、これで警備をより強固なものにするだろう。それで伯爵の無駄な金をより使わせることにも繋がる。


 屋敷を出ようとしたとき、少し離れた場所で剣を振り回している男の姿が目に入った。


 シグムンド伯爵の三男。Aクラスの同級生だ。


 彼が合同訓練で落ちることはない。練習しているのは――――我々Dクラスをどう潰そうかと思っているのだろう。


 その証拠に剣を振り回している彼は口角を上げていた。




 伯爵の屋敷から離れてやってきたのは、錆びれた建物が目立つが、広場では木剣を懸命に振っている騎士たちがいて、誰一人嫌な顔一つせずに、自分の訓練に勤しんでいた。


 そこに俺とアインスイヴが降り立つ。


「お、お前達は!?」


 一人の騎士が声をあげると、周りの騎士が集まってきた。


 全員が木剣を握ったまま、敵対心が伝わってくる。


 すぐに錆びれた建物の中から一人の男が慌てて出てきた。


「な、何しにここに来た!?」


「みんな落ち着いて~今日は戦いに来たんじゃないわよ~?」


「っ……」


「ほら、これ何かわかる~?」


「そ、それは!? どうしてそれをお前達が持っている!!」


「何でって――――伯爵から買い取ったのよ」


「伯爵から……? そ、そんなこと、できるはずが……」


「ナンバーズ商会のことは貴方たちも知っているだろうから、こうなることくらい予測してなさいよ。天下の王国騎士団でしょう? 第六騎士団の皆さん~」


 彼らは、シグムンド伯爵に権力で握られ、王国商会連合会の邪魔となる商会を襲っては、金品を奪い続けた。中には運悪く命を奪わざるを得なかったときもあったようだが、基本的には金品を奪うだけのようだ。


「ねえ、みんな? 君たちには今から三つの選択肢を与えるよ~よくよく聞いて判断してね」


 騎士団長は唾を飲み込んだ。

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