第31話 暗殺者、生徒達から羨望の眼差しを送られる。

 それぞれの実力チェックが終わった。がしかし、肝心な指示をした担任は、見えてすらいないように「ほっほっほっ」と優しい笑みだけ浮かべていた。


 一人の生徒が担任に質問を投げかける。


「先生? これからは何をするんですか?」


「ほっほっほっ」


「先生……?」


「若い者は元気でいいのぉ~」


「は、はあ……」


「うんうん。よきよき」


 生徒たちは大きな溜息を吐く。


「では――――体力づくりからかのぉ~」


「「「体力づくり?」」」


「わしが終わりというまで、訓練場を走るのじゃ」


 それぞれの足りない部分を教わったり、総評を聞けると思っていた生徒たちは不満そうな表情を浮かべたが、指示された通り走るため集まった。


「アダムさま~♡ そういえば~教師が落第って言ったら~強制的に普通科行きみたいですのよ~?」


 おもむろにイヴがみんなに聞こえる大きさの声で話すと、周りの生徒達の表情が一気に曇り。


 入学時に怠そうにしていた教師が8割強が三年間で落とされると言っていたが、それは王国から才能がないと烙印を押されることに繋がる。


 ここに集まった生徒たちはいまの戦士科の中では最も才能が乏しい者たちだ。だが、いくら才能がある者でも努力なくして強くなることはできない。


「落第の烙印を押されるなんて~ダサいですわよね~ね~? アリサちゃん~」


「ええ~? わ、私? え、えっと……そういう殿方は……確かに好ましくはありませんね……」


「ふふっ。アダムさま~? 一緒に頑張りましょう~♡」


「ああ」


 言われなくとも学園に所属している以上、教師の指導は受け入れるつもりだ。


 それにしても体力づくりか。姉とよく屋敷の周りを走ったものだな。ただ、外で走るのと中で走るのでは雰囲気が違う。変わらない景色はより多くの集中力が必要になる。


 担任に言われた通り、俺たちは走り始めた。当然一番早くにバテ始めたのは細男。見た目通り体力がない。


 そっと『俊敏上昇Ⅰ』を彼に打ち込んであげると、ギリギリ倒れることなく走れるようになった。


 三十分ほど走った頃から段々速度が落ち始めた生徒が現れて、まとまって走っていたのがどんどん差が広がっていく。


 さらに三十分くらい経つ頃、担任がうたた寝をしているのが見えた。


「う、うそだろう……はあはあ……俺達を……走らせて……はあはあ……寝てやがる……はあ……」


「お、おい……これ……いつまで……はあはあ……走らされる……んだ?」


 みんなが不満を口にしながらも、イヴが話した落第の件のせいか走るのをやめない。


 さらに一時間くらいが経過した。


 ほとんどの生徒が辛そうな表情を浮かべて走るが、彼らが走るのを止めない一番の理由がある。


「あ、あいつよりは……あいつより先に落第したら……はあはあ……笑い者に……されて……しまう……はあはあ……」


 『俊敏上昇Ⅰ』を与えたとはいえ、とうに限界を超えているはずの細男は、最初から今もフラフラながらも走り続けている。


 イヴと聖女は意外と仲良さげに並んで走りながら、雑談をしたり、遅い生徒には「「頑張れ~」」と声を掛けている。二人の声援は意外にも力になるようで、生徒たちは細男に負けじとフラフラしながらも辞めることはなかった。


 さらに三十分くらい経過した頃に爺さんが目を覚ました。それに生徒たちも反応して期待の眼差しを送るが――――


「おぉ……トイレじゃ」


 終わることなく、訓練場から出ていった。当然、ここに来るときと変わらない亀のような歩く速度で。


 生徒たちの顔に絶望が浮かぶ。


「あら~細男くん? まだ走ってるの~?」


「が……は……う…………」


 イヴに答えることもできず、それでもずっと走り続ける。それを見た生徒たちはより歯を食いしばって走り続けた。


 それにしても、見た目とは裏腹に細男の根性というのはすごいものだ。『俊敏上昇Ⅰ』がなければ、物理的に倒れていただろうが、あれから全ての体力を使い果たしているはずなのに、それでも走り続ける。彼の体を持ち上げたとき、見た目通りの非常に軽いものだった。それが功を奏したのか、意志力だけでも動き続けられるようだ。


 三十分が経つ頃に爺さんが帰ってきた。


「「「「先生!」」」」


「おーほほほっ~若い者は元気じゃの~」


「「「「ま、まだ走らないといけないんですか!!」」」」


「おろ~? 走ってたのか~? 若いのは元気じゃの~」


「あら~先生~? 先生が走れって言ったのですわよ?」


「おろ~? そうじゃったのか~」


「「「「覚えてないのかよ!」」」」


「そろそろ休んでいいですか? 先生~」


「ほっほっほっ。いいのじゃ~」


「「「「やったあああああ」」」」


 走っていた生徒たちは全員その場で倒れ込んで天井を見上げる。


 最後まで立っていたのは俺とイヴと聖女だけだった。


「あう……う……な…………」


 他の生徒はまだしも、細男はもはや命の危険すらありそうだ。


「アリサちゃん~? シャワー浴びにいきましょう~」


「うん! イヴちゃん!」


 数時間も一緒に走りながらいろんな話をしていただけあって、すぐに仲良くなったんだな。


「アダムさま~♡ 一緒に入りましょう~♡」


「断る」


「アリサちゃんの裸も見れますわよ~?」


「私!?」


「断る」


「……」


「うふふ~アダムさま~? 一緒に入りたくなったらいつでも言ってくださいね~?」


「わ、私も頑張る……!」


 二人が訓練場から出るまで、細男を除いた生徒たちからの視線が集まっていたので、細男を担いで汗を流しにシャワーに向かった。

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