第29話 暗殺者、魔力0と判定されてしまう。

 魔力測定していた係員に加えて、何人かの教員がやってきた。俺の魔力が映された水晶に並んだ0という数字。何かを真剣に話している。


「失礼します。私は魔法科の教師をしていますイングリスと申します」


 四十代くらいの女性は申し訳なさそうな表情を浮かべて俺の前に立った。


 見た目は特徴などはなく、大通りを歩けば普通の人とそう変わらないように見えるが、彼女の内側から感じられる魔力の波動は確かなものを感じる。


「はい」


「まだ実施された例はありませんが、規則により魔力がない方は魔法科には入学できません。魔法系統の才能を開花させて魔力がない方はいませんので、魔法科への入学はできないことになります」


「……わかりました」


 わがままを言っても仕方がないので、その場を去ることにする。


 そのとき、後ろで「あら~私も魔力0ですわ~」とイヴの声が聞こえる。振り向くと水晶には確かに0が一つ並んでいた。


「じゃあ、私も別なところに行きますわね~」


 みんなポカーンする中、イヴは早歩きで俺の隣にくっつくほど近くにやってきた。いつものように腕に抱きつきはしない。


「よかったのか?」


「いいわよ。君と同じクラスになるのが目的だし、それがなかったら学園にも入らないわよ?」


 そういえばそうだったな。イヴはいずれ暗殺者になりたがっているから、学園に入学して目立っても仕方がないはずだ。


「アダムくん? せっかくだから戦士科に行かない?」


「戦士科? どうしてだ?」


「戦士科なら入れるんじゃない? 身体能力を上昇させたらボコボコにできると思うんだ」


「…………」


「あ~お姉さまも嬉しいかも? 君に戦士科に入って欲しがってたから」


「そうか。なら戦士科に行こう」


「うん♡」


 魔法科の棟から戦士科へ続いている道をイヴと一緒に歩く。こちらに歩く生徒は誰もいないので二人っきりだ。


「イヴ。もし俺が受かっていたらどうするつもりだったんだ?」


「え~? そりゃ――――魔石を砕いて魔力を吸わせたわよ? 魔力が1でもあればいいんだから簡単でしょう?」


 なるほど。そういう方法もあるのだな。異世界ならではのやり方だ。覚えておこう。


 才能にはいくつもの種類があるが、中でも大半が物理系統と呼ばれている才能だ。姉が覚醒した『剣神』のようにそれぞれの武器が得意となる才能だったり、武器ではなく身体能力が特化するタイプの才能だったり、種類では半数以上が物理系統になる。


 それだけあって、戦士科の校舎は大きく作られている上、練習場と思われる体育館作りの建物も複数並んでいる。


 王都内であり、王城のすぐ隣にこれだけ敷地を確保しているってだけで、王国が王都学園にどれだけ力を入れているのかがよくわかる。


 戦士科のところに並ぶと、後ろからもう一人の女性が並ぶ。彼女はただ静かに俺とイヴを見ながら、ちらちらと試験状況を見つめた。


 戦士科の試験に魔力検査のようなものはなく、そのまま試験官と一対一の対戦形式だ。結局は実戦のための教えだ。実践にまさるものはない。ここで試験官と一瞬とはいえ全力でぶつかることができるのは大きな経験に繋がるはずだ。


 そのとき、試験場に大きな歓声が上がった。


「すげぇ~! 試験官に勝ったぞあいつ!」


「シグムンド伯爵の三男よ!」


 一人の男が倒れた試験官を見下ろす。


 サラサラした髪が優しい風になびいて、整った顔も相まって美しい映画のワンシーンにも見える。


 だがその奥から感じられるのは、強者そのもの。


 実際、手加減の稽古とはいえ、試験官を倒すほどには強い。ここに並んだ生徒の中では断トツに強そうに思える。二人を除けば。


「大丈夫ですか?」


 笑顔で試験官に手を差し伸べる男。


「こりゃ参った。さすがだな。シグムンド伯爵令息」


 ほんの一瞬。誰も気付かないほど小さく目がピクっと動くのが見えた。この中だとイヴだけ見えただろう。


「試験じゃなければ地面に座っていたのは俺だったと思います。試験ありがとうございました」


 試験官を起こすと周りから拍手が鳴り響く。男は他の新入生に一礼して、戦士科の校舎に入っていった。


 それからは至って平和な試験が進む。他にも大きな才能を覚醒させた者は善戦したが、誰一人試験官に勝つことはできなかった。


 残るのは前に立つ細身の男子生徒、俺とイヴ、後ろの女子生徒の四人のみとなった。


「今年は豊作の年だな。上にソフィア様がいるし、シグムンド伯爵令息がいて王国の未来は明るいな」


「ああ。残りは四名の生徒達だな」


「次は俺の番だな」


 試験官が交代して休憩を取るようになって、三組ずつ受けていた意見も一人ずつに変わった。


 最初に受けるのは異様に細身の男子生徒。制服から見える腕は肉一つ見当たらず骨に皮しかないように見える。


 内側から感じられる力もほとんどない。


「では次!」


「はい……」


 おどおどしながら自分に合う木製武器を手にする。彼が選んだのは最も長い剣だった。刃の部分の長さだけで一メートルは優に超えている。


「いひひ……」


 剣を握るとすぐに口角が上がった男子生徒が試験官の前に立つ。


「さあ、いつでもいいぞ!」


「いつでも……いひひ…………うん。そうだね。行ってもいいんだね? ひひひ……」


 小さい声で呟いた男子生徒は普段のおどおどしていた姿からは想像もできないような素早い動きで試験官に木剣を打ち付ける。


 筋肉があるわけでも、特別な力が感じられるわけでもないのに、不思議なことに想像をはるかに超えて強烈な一撃を与えている。


 暗殺者の教訓に、相手を絶対に見くびらないことがある。ライオンでさえも兎一匹狩るときには全力を出し、けっして油断をしない。


 異世界に生まれ直して、姉を暗殺しようとしたイヴの父との対決以来、俺は異世界に対して常に気を張っているつもりだった。


 なのに……この男子生徒がここまで動けるとはまったく思えなかった。


 ――――だが、次の瞬間。


「あ……うぅ……」


 強烈な一撃を叩き込んだ男子生徒は、そのまま力なく前のめりになって倒れた。


「!? き、君! どうしたんだ!?」


「ご、ごめんなさいごめんなさい……僕、一回しか斬れないんです…………ごめんなさい……」


「…………」


 試験官は大きな溜息を吐いて男子生徒を校舎まで運んだ。


 不思議な力がありそうだったが、体力が追いついてないようだ。


「ちょっとびっくりしちゃった」


「ああ」


「ああいう人もいるんだね」


「世界は広いということだな」


「そうね~あの子、覚えておこうかしら。確か名前は――――ロスティア・ライオット男爵子息ね」


 俺も名前を覚えておこう。


「次」


 今度は俺の出番になった。


「さあ、いつでもいいぞ」


 『黒外套』を使うわけにはいかない。ひとまず『力上昇Ⅹ』と『俊敏上昇Ⅹ』を使って接近戦に持ち込む。


 選んだ刃渡り二十センチくらいのナイフ型木短剣で試験官の懐に潜り込む。


 一瞬反応が遅れた試験官に三回ほどフェイントを入れて、最後には左足で試験官の足の裏を固定して胸元を左手で押して体勢を崩した。


 倒れながらも剣を振るう試験官はさすがだと思う。だが、体重の重心がない攻撃に重みはなく、木短剣で受け止めて試験官が地面にお尻をつけた。


「……は?」


「お疲れ様でした」


「い、いま何が……?」


「試験じゃなければ地面に座っていたのは僕だったと思います。試験ありがとうございました」


「…………」


 試験官に手を差し伸べたけど、何故か茫然として起き上がろうとしない。後ろからイヴがクスクス笑う声が微かに聞こえた。


「何か問題が……?」


「は? い、いや、合格だ。中に入っていいぞ」


「ありがとうございます」


「あ~アダムさま~♡ 私の試験が終わるまで待って~♡」


「わかった」


 校舎に行こうと思ったらイヴに止められたから立ち止まってイヴの試験を見守る。


 イヴは俺と全く同じ方法で試験官を倒した。


 試験官はまたもやポカーンとして、イヴの「私も合格でいいですね?」という問いに「あ、ああ……」と気が抜けた返事をした。


 そのまま校舎に向かおうかなと思ったら、イヴが俺の手を引いて、最後の女子生徒の試験を見たがる。


 見る必要もなく――――戦士科に入れるだろうに、どうしてかはわからないが、それほど時間がかかるわけじゃないので見守る。


「さ、最後だ。いつでもいいぞ!」


「はいっ! 武器なしでいきます!」


 可愛らしい声を響かせたあと、彼女の試験が始まった。


 全身に淡い光が灯り、一瞬で試験官と距離を詰めた彼女は試験官が持つ木剣ごと叩き付ける。


「へ?」


 間抜けた試験官の声とともに、叩き付けられたパンチによって勢いよく吹き飛ぶ試験官。


「あ、あれ……? あはは…………」


 彼女は自分に驚いた表情で苦笑いを浮かべた。


 そして、彼女と目が合う。


「あ、あう…………」


「お久しぶりです」


「!? き、気付いていらっしゃったんですか!?」


「? はい。あまり声を掛けて欲しくなさそうにしていましたから」


「そんなことありません! 私、アダムさまが気付いてくださってすっごく嬉しいです!」


 髪色を偽装したり、縁が大きな眼鏡で顔の印象を操作しているが、学園に入ったときから感じていた。


「そうでしたか。これから同じクラスになるようですし、よろしくお願いします――――アリサ様」


 彼女はニコッと笑顔を咲かせた。

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