異世界に転生した元暗殺者は、回復魔法使いになっても剣を振り回す。

御峰。

第1話 暗殺者、転生する。

 倒れ込む男は、最後の力を振り絞り俺の足にしがみつく。もう話すこともできないそいつは、悔しそうに俺を見上げながら――――息絶えた。


 それを見届けて建物から外に出ると大通りに大勢の人が歩いている。


 まさか現実の裏で誰かがこうして“殺されている”とは思わないだろう。今回の一件もきっと警察に揉み消されて、誰にも知られることはないのだ。


 大通りを歩き、錆びれた喫茶店に入って、テーブルに座った。迎えには中年の細身の男が眼鏡を掛け直しながら微笑む。


「今回も鮮やかでしたね」


「お世辞はよせ」


「相変わらずですね……これも最後だと思うと、僕は悲しいです」


 心にもないことをいうものだなと思いながら溜息を吐いてやった。


「報酬になります。ダークさん。本当にこれで引退するんですか?」


「くどい。俺はもう――――」


「またまた。現役バリバリじゃないですか」


 いや。俺も長年暗殺者を生業にしてきたからわかる。自分の体が思うように動かないことくらい。


 今回の仕事で最後の仕事と決めている。人はどれだけ鍛錬を積んでも、時間に逆らうことなどできないのだ。


「はあ……仕方ないですね。でもいいんですか? ――――組織から追われますよ?」


「そのときはそのときだ」


「……これは餞別です」


 彼は黒いナイフを一本渡してくれた。


「…………」


 報酬と黒いナイフを受け取り俺は喫茶店を後にする。


 長年人の死に立ち会ってきた。それでも血の匂いに慣れることはなかったが、どうやら俺にはこの道の才能があったらしく、齢六十になる今でも生きている。


 多くの暗殺者が返り討ちで亡くなり、風の噂で聞いた名前も聞かなくなった名も大勢いる。そして、本日からもう一人の暗殺者の名前が消えることになるだろう。


 俺は今まで稼いだ全ての財産を孤児院に寄付して一人ひっそりと誰も知らない町で静かに残り人生を送った。




 ◆




 今までの人生を後悔していないといえば嘘になる。生まれた場所や育った環境のせいにしてもよくなることはなく、日々を生きるのに必死だった。


 自分に人を殺める才能があると気付き、気付けば“暗殺者”となっていた。


 俺はきっと、地獄に堕ちるだろう。それでもいいとさえ思った。それが自分の生きる道だと信じたから。


 世界が真っ黒に染まり、何も見えなくなった。


 ああ……これで俺もようやく地獄に堕ちるのだな。


 全身を包み込む熱い何かに痛みとも思えるそれが襲ってくる。今まで幾度も感じた全身の痛み。まるで火の中に入れられたような猛烈な熱さを感じる。


 そして――――


「う、生まれました!」


 聞き慣れない声が聞こえてくる。


「あ、赤ちゃんは……? どうして泣かないの!?」


「わ、わかりません! 息を確認致します!」


 体の中に不純物があるのを感じる。これは…………液体か? 味わったこともない不思議な味と匂いだ。


 体内にある液体を吐き出して止まっていた肺を動かす。幾度も戦場を潜り抜けてきたからこそ、肺を止めて死んだふりをしたり、また動かしたりと何度もやってきた慣れたことだ。


「い、息をしておられます! 奥方様!」


「よ、よかったわ…………これであの人にも……無事に……」


 体を包み込む熱さはいつの間にか無くなり、温かい体温を感じる。


 それはまるで――――一度も感じたことがない母の温もりそのもののようだ。いや、俺が母の温もりを語ることなどできやしないだろう。だが、もしもだ。もし俺にも母がいたなら、このような温もりだったと信じたいほどに温かい。


 地獄というのは不思議なものだな。目も見えず、誰かの声もどこか遠くで鳴っているだけのラジオのように聞こえるし、匂いも味も体の感覚すらもほどんとしない。


 そして、遠のいでいく意識の中、最後まで体を覆っている温もりを感じ続けた。




 ◆




 吾輩は赤ちゃんである。


 名言だ。


 目を覚ますと、自分よりも数段巨大な人間の顔が近付いてきては、顔を擦り付けてくる。


「アダム~うちの可愛い息子~」


 それはわけのわからないことを呟きながら、止めることなく頬を俺に擦り付けてくる。


 彼女の名はダリア。どうやら俺の母らしい。


 らしいというのは、聞こえてくる話から俺が彼女の息子であり、名をアダムということ。そして――――痛みではなく温もりを何度も俺にぶつけてくる。


 正直に言えば、鬱陶しい。どうして毎日毎日頬を擦り付けてくるのか理解に苦しむ。だが、赤ちゃんを思う母というのはそういうのかもしれない。


 ただ…………自分よりも年齢の低い彼女を自分の母だと認めることがとても難しい。


 そもそもだ。俺は死んだはずではないか? ひっそりと組織の追手からも逃げ切って、寿命を全うしたはずだ。数多の命を狩ってきた俺の最後の使命は、生き抜くことだったから。


 なのに、いまさらまた新しい人生を歩めというのか? 今まで生きた…………“暗殺者”としての記憶を持ったまま?


 疑問が絶えないが、拒んでも拒んでも母は俺に頬を擦り付けてくる。


 ああ……鬱陶しい…………。




 ◆




 一年が経過した。


 どうやら俺が生まれたのは、ガブリエンデという家らしい。アダム・ガブリエンデ。これが俺の新しい名だ。


 一年無事に生き延びて、一歳を迎えた。当然のように両親はパーティーを開いて祝ってくれる。


 父は綺麗な黒い髪が似合う若いイケメン男子で、名をアレク・ガブリエンデという。どれだけイケメンかというと、うちにいるメイドたちが四六時中お色気で狙ってるくらいだが、どうやら父は母一筋らしい。


 貴族は一夫多妻制だというのに、妻が一人だけの貴族はむしろ珍しいとのことだ。


 この世界はおそらくだが、異世界とみて間違いないだろう。まず、建物の作り方やその他の家具が少し古めの作りになっている。それだけなら異世界と判断する材料にはならない。この世界が異世界たらしめること、それは――――


 魔法である。


 前世のような電気が存在せず、魔石と呼ばれている電気のようなエネルギーが入った石をセットすることで使える魔道具が流通している。俺の周りを暖めるための暖房魔道具にも魔石が使われており、ずっと部屋を暖めてくれる。メイドたちの話では、貴族だからこそここまで魔石を使用できるけど、平民はそう多く使うことはできないという。


 魔道具のことは一旦置いておくとして、その他に『魔法』という特殊な力が存在する。才能がある者しか使えないため、魔法が使える時点で魔法使いとしての将来が約束されているようだ。


 魔法使いにもいくつも種類があるから当たりはずれが多いらしいが、最低限度でも使えるだけで需要が多いとメイドたちが俺を見ながら話していた。


 赤ちゃんだから言葉が通じるとは思いもしないようだが、残念ながら全て聞こえている。


 貴族の長男として何かしらの才能があったらいいなとは思うが、なければないでそれまでと考えている。


 そもそも前世の記憶を持っている時点で魔法だのと言われてもしっくりこなければ、前世の俺自身も元々誰かの役に立つ才能を持っていたわけではない。


 誰かを殺める才能はあったかもしれない。それを今世でも使うことになるかはわからないが、どんな才能を得られるのか楽しみにしながら、今はただ赤ちゃんの人生を送っておきたい。




 ◆とあるメイド◆


 ガブリエンデ様に長男が誕生しました。名をアダム様と仰います。彼を取り出したのは他でもなく私なのです。


 最初こそアダム様の生死については不安でしたが、心配をよそにすくすく育ってくださいました。


 ただ、とても不思議なことがございます。アダム様は……普通の赤ちゃんのように泣いたりしません。ずっと――――むすっとしております。


 赤ちゃんが泣かないのは不思議であります。そこからメイドたちの中には一つ噂が立ちました。


 ――――アダム様は感情を失った子どもではないかと。


 アダム様が生まれてから一年。ずっとアダム様の世話をしてきましたが、笑う声も泣いた声も一度も聞きませんでした。


 やはりアダム様は感情がない子どもかもしれません。


 ですが……ときおり不思議な感覚に陥ります。


 けっして見えないはずなのに私や周りのメイドたちをじっと見つめるときがあるのです。それもまるで――――獲物を狙う猛獣のような目で。


 中にはそれを怖がっているメイドたちまで現れ、アダム様の当番を酷く嫌うメイドまでいます。ですが私は思うのです。あの優しいガブリエンデ夫妻様から生まれた息子であるアダム様が、優しい心を持っていないはずがないと。


 心なしか、母君であるダリア様に頬をすりすりされると、とても嬉しそうにしている気がします。いえ、絶対に嬉しいんだと思います。ただ感情を出せない子どもなだけ。私はそう思います。


 最近は一人で座るようにもなり、じっと部屋の中や私たちの仕事を観察されます。その姿を見て私は思うのです。アダム様はきっと、聡明な人に育つのではないかと。誰かを困らせないように泣いたりせず、じっと周りの状況を飲み込んでいる姿は、必ずや素晴らしい人に成長してくれることでしょう。


 私はそんなアダム様を見守っていきないと思っております。

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