衝動
それでも私は、身の丈に合わないバスローブに身を包んだまま、洗面所から出た。仮に値踏みにあっても、事を致す過程で身ぐるみは脱ぎ捨てられる。深刻に捉えて必要以上に悲観的になるのは馬鹿らしい。私は颯爽と部屋に戻った。すると、彼女はベッドの上で膝立ちし、白い肌を多く露出する紫色の下着姿で私を迎えた。触れれば壊れてしまいそうな雪兎のような優雅さが見目に重なり、私は軽々しく近付くことができなかった。均整の取れた肉体美は、さながらランジェリーコーナーの一角を眺めているようである。
私は、彼女の手招きに応じて、やおら足を進ませた。現実とは乖離した儚さが全身から匂い立ち、私の頭はすっかり染め上げられた。口や顎、指などを通じて意思行動の全てを決められているかのような感覚があったものの、それに関して嫌悪感を抱くことや、尊重すべき自身の意見を有していないことから、簡単に受け入れられた。
「来て」
彼女が私をベッドに引き込むと、率先して私の顔に近付いてくる。接吻の為に唇を尖らせた滑稽な顔が大きな瞳に映り込み、とっさに目蓋を下ろす。人同士が触れ合った瞬間に生じる生暖かい感触は、鼓動に裏打ちされた生への実感である。囃し立てられるようにして血流が全身を巡り、神経は過敏に反応するようになっていた。彼女の唇がほんの僅かに緩んだことを仔細に感知し、私はその動きに同調する。逢瀬を求める舌は遂に邂逅し、何度も結び直して互いの感性を確認し合う。
種を残すという大義名分から背き離れる性的欲求への探求は、知性を獲得した人間ならではの特徴だろう。私は、彼女のきめ細かい肌に手を這わせ、好色たる反応を窺う。しかし、それらしい動きがまるで見受けられず、人形の表面を撫でているかのような感覚に襲われた。そのとき私の身体は、勃然と沸き立つ感情に支配され、彼女を無理やりベッドに押し倒していた。男女を区別する際に比較される腕力の差異が、如実に発露した瞬間であった。それでも彼女は、特段驚きもせず私の目をまじまじと見やり、捉え続ける。それは明らかに、枚挙に暇がない男達と行為に及んだ経験からくる、不測の事態への免疫に違いなく、修羅場を乗り越えた人間らしい面構えであった。
「……」
私を口汚く罵倒する為の微表情すら見せなければ、幻滅して眉根をひそめる兆しもない。その真っ直ぐな視線は、虚空を見つめているかの如くあてどなく感じ、胸にポッカリと穴が空いた気分だった。私は彼女の下着を乱暴に剥ぎ取り、露わになった乳房に引き寄せられる。
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