第10話 贈り物
「ねぇ、
今日の授業を終えて、私──明生が教科書をカバンに詰め込む中、斜め後ろの席にいるニキからお茶のお誘いがあった。
「今日は大丈夫だよ」
「じゃあ、決まりだね。
「えっと、今日は二人だけで話したいことがあるから……文は誘いたくないんだ」
「なんだよ、二人だけで話したいことって」
「文」
私が小声で話していたら、文が入ってくる。
一緒に帰る約束をしているわけではないけど、文はいつも授業が終わると真っ先に私のところに来るんだよね。
「ダメだよ、文くん。そんな嫉妬むきだしで怖い顔してると、明生に逃げられるよ」
ニキが指摘すると、文は意外そうな顔をする。
「え? 俺、そんな怖い顔してる?」
「してるしてる。それにたまには私にも明生を貸してよ。いつも文くんにとられて寂しいんだから」
「そういうわけだから、ごめんね文」
「わかったよ。貸すのは今日だけだからな」
「了解」
「ちょっと待って、私は文の所有物じゃないよ」
「冗談に決まってるだろ」
「え? 冗談だったの? 文くんの冗談はわかりにくいね」
なんとか文を先に帰した後、私とニキは学校近くのお洒落なカフェに足を運んだ。
私みたいな学生にはちょっとだけ敷居の高いカフェだけど、今日はニキのおかげでずっと飲んでみたかった生クリームたっぷりのカフェモカを注文することができた。
「それで、二人だけで話したいことって何?」
向かいに座るなり、さっそく聞いてきたニキに、私はごくりと固唾を飲み込む。
多重人格の女の人に捕まったことは思い出したくもなかったけど、それでもどうしてもニキにお願いしたいことがあって、私は口を開いた。
「実はさ……この間、
「ふうん。また事件に巻き込まれたって言ってたもんね。何があったの?」
全部言うべきかどうか悩んだけど、思い切って
「事件って……本物の事件に巻き込まれてたんだね」
「そうなんだ。二人がいなかったら、私は今頃ここにはいなかったよね」
「本当に無事でよかった」
「二人とも命の恩人だし、特別なものを渡したいんだよね。予算はお年玉の残り以内で」
「それは難しいね。特別なものを渡したくても、あまり大層なものだと文くんとか受け取らなそうだし」
「そうなんだよね。お礼を受け取ってもらえるかどうかもわからないから……」
「とりあえずショッピングモールでも見に行く?」
「うん……ん?」
「どうしたの?」
「今、視線を感じたような」
「視線?」
「気のせいかな……」
私に向けられた〝負の感情〟を察知したもの、どこから向いているのかがわからなくて、私は周囲を見回して考え込む。
「どうしたの? 今日はやめとく?」
「ううん。大丈夫。ショッピングモールに行こう!」
そして生クリームたっぷりのカフェモカを綺麗に飲み干した私は、ニキと一緒に隣駅にあるショッピングモールへと足を運んだ。
「服は……趣味とかあるしね」
「男の人が好む服とかサイズとかわからないし……どうせなら、使いやすいものがいいな」
「使いやすいもの? だったら……あれなんてどう? アナログだけど、人気みたいだよ」
「万年筆! いいかも! でも予算足りるかな?」
「値段はピンキリだよ。ついでに刻印してもらえば?」
「そうだね。柊征さん、持ち歩いてくれるかな?」
私が何気なく柊征さんの名前を出すと、ニキは不敵に笑った。
「明生は柊征さんの方が気になるの?」
「え? なんで?」
「だって、柊征さんの名前を出した時って、いつも嬉しそうな顔してるから」
「そうかな? 自分ではわからないよ」
「明生、文くんに対してはわりとドライなのに」
「文とはずっと一緒にいるから」
「なんだか文くんが可哀相に思えてきたよ」
ニキが大げさに肩を落として言う中、再び殺気のようなものを感じた私は、周囲の様子を伺う。
「どうしたの? 明生」
「ううん……なんでもない」
今度こそ気のせいだと思って、万年筆に視線を戻す中、風鈴のような軽やかな音が遠ざかっていった。
***
「こんにちは! 柊征さん」
「あ、ああ」
「数日ぶりですね」
週末の昼下がり。
地元の公園に呼び出すと、柊征さんはすぐに来てくれた。
小さな子供たちが遊ぶ姿を目を細めて見ていた柊征さんは、視線を私の方へと戻して咳払いをする。
「今日はいったい何の用で?」
「それは、あの……この間、助けてもらったお礼を受け取ってほしくて……」
綺麗にラッピングしたプレゼントを差し出すと、柊征さんは困った顔をしていた。
「礼なんていらない」
「た、大したものじゃないので、受け取ってください! でないと、私の気が済まないんです」
「……わかった。ありがとう」
「それより柊征さん、どうしてスマホを持ってないんですか?」
「え?」
「連絡先を交換したいのに、スマホ持ってないって聞いたから」
「……俺の番号は
「え?」
「いや、俺はあまり機械に強くないから……」
「今は簡単なスマホもありますよ」
「そうか? 検討してみる」
「そうしてください。文経由で呼びだしたら、文がうるさいし」
「文が? どうしてだ?」
「『柊征と何を話すんだ?』とか、『あいつはやめとけ』とか、うるさいんです」
「あいつ……何の心配をしてるんだ」
「だから、スマホを買ったら、教え──」
ブー
ブー
「柊征さん? 何か響くような音がしますけど」
「……気のせいだろ」
ブー
ブー
わりと大きな振動音なのに、柊征さんは何もないみたいな反応をする。
「柊征さん……もしかして、スマホ持ってません?」
「……ガラケーなんだ」
「だったら、電話番号教えてください」
ブー
ブー
「電話、出てもいいですよ?」
「大丈夫だ。あとでゆっくり掛けなおすから」
「でも、かなり長くないですか? 急ぎかもしれませんよ」
ブーブーブーブー
ブーブーブーブー
振動音があまりにも長くて、もしかしたら私のスマホかもしれないと思い始めてカバンを探る中、柊征さんがパンツのポケットからスマホを取り出すと大声を放った。
「いい加減、切れよオイ! ──あ」
「スマホ……持ってるんですね」
「あ……うん、これは会社用のやつだから。俺のものじゃないんだ」
「……そうですか」
ブーブーブー
ブーブーブー
「もう、なんなんだよ? いったい」
ようやく電話を受けた柊征さんは、諦めたように息を吐いた。
「誰だ……は?
そう言って通話を切った柊征は、さらに大きなため息を吐く。
「……はあ。あいつはなんなんだよ」
「いいんですか? なんか強引に切ったみたいですが」
「いいんだ。大した話じゃなかったから、明生を優先したんだ」
「私を?」
柊征さんはしまったという顔で視線をうろうろさせていた。
けど、私はその言葉が嬉しくて笑みがこぼれる。
「お仕事よりも私を優先してくれるなんて、なんだかちょっと嬉しいです」
「……そうか」
「あの、柊征さん」
「なんだ?」
「えっと……また会ってくれますか?」
こんな風にまた会いたいと思う人は初めてだった。
柊征さんと一緒にいると、なんだか落ち着くんだよね。
けど、柊征さんはそんな私の気も知らず、優しい笑みを浮かべた。
「ああ、今度は文も呼ぶか」
「……」
***
柊征が電話を切った直後。
明生が新しい気持ちに気づき始めていた頃、木下家のリビングソファで、小さな
「ちょっと甚人、俺のスマホを返せ」
「いやだいやだ。私はこれで明生と交信するんだ」
「交信くらいスマホがなくても出来るようになれよ」
「交信の話をしたら、腹が減ったぞ」
「なんでだよ」
「交信はとんでもなく体力がいるからな」
「いや、今はしてないだろ」
「交信を想像しただけで腹が減るものだ。ほら、ご飯をくれ!」
「今日は誰もいないし、なんもないぞ」
「なら、〝こんびに〟に行けば食べ物があるんだろ?」
「お前……どうしてコンビニを知ってるんだ? 連れていったことなんてないのに」
「〝てれび〟が教えてくれたんだ。さあ、ご飯を買いに〝こんびに〟に行くぞ!」
「……仕方ないな」
なんだかんだ面倒見の良い金了は、文の姿になると甚人を肩に乗せて家を出たのだった。
「おお、すごいな! いっぱい食べ物があるぞ!」
コンビニの陳列棚を見るなり
「こら甚人、静かにしてろよ。周りに人がいるんだから」
「あそこにあるオニギリを買ってくれたら大人しくしてやる」
「なんで上からなんだよ」
「あと飲み物は、しゅわしゅわしたやつがいい。〝てれび〟が大人の味と言っていた」
「ああ、ビールか。この姿で酒は買えないから、炭酸で我慢してくれ」
「我慢する」
半ばヤケになって甚人が欲しいと言ったもの全てを買った文は、ため息をつきながらコンビニを出るが、甚人の方はご機嫌だった。
「ちょっと買いすぎたか……」
「大丈夫だ、金了が残した分は私が責任もって食べてやる」
「はいはい。もうなんでもいいから、たまには黙っていてくれ」
辺りがすっかり赤焼けに包まれる中、文が自宅に向かって踏み出したその時──
軽やかな鈴の音とともに、古い装いの男が現れる。
「あの」
「ん?」
「お訊ねしますが、あなたは
空色の狩衣に長い槍を持った男は、文の前に立つなり口角を上げた。
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