魔王城へ行く途中で野糞をしていたらパーティ全員に置いて行かれた件

法蓮草

第1話

 深淵の森――太陽の光すら届かない深い深い木に覆われた森、ここは魔王城に向かう為には必ず通らなければならない場所だ、魔王の管轄する森という事もありホーンラビットや食人フラワーのような下級魔物から催眠デビルやキングタイガーなどの上級魔物まで多くの魔物の住処となっている。

 故にこの森は禁忌の森とされ、近づく者は誰もいなかった。

 後に魔王を討伐し全世界に平和をもたらした勇者パーティ以外には――


 勇者ハヤシはその深淵の森の草陰で野糞をしていた。

 草むらに尻を落とす体勢になるので尻に枝が刺さらないよう周囲は剣術『円月斬』で伐採、さらに野糞の最中に魔物に襲われないよう簡単な結界を張っての野糞だ。

 そんな事をしていたら用を足すのに結構時間がかかってしまった。

 異世界なので腕時計やスマホという便利な者は無いのでで正確な時間は分からないが、現実世界でのハヤシの排便はだいたい15分ほどかかる、それに色々準備をするのに5分ほど、それに尻を拭く紙はもちろん無いのでその辺に生えてる葉っぱで拭くしかないのだが、この森はハードタイプな葉っぱしかなく尻が痛くて痛くていっそ手で拭こうかと考えた時に水魔法を指から出してウォッシュレットみたいにすればいいんじゃないかと思いついて。

 いや、そんな話はどうでもいい。

 野糞をするのに30分近くかかったハヤシは急いで、待たせていた仲間の元に戻る。

 だが仲間の姿はそこにはもういなかった。

 ハヤシは置いて行かれたのだ、野糞をしている間に。

 「レイン!ヒタクリ!ケン!どこにいる!」

 仲間の名前を叫ぶが返事は返って来ず、木々の揺れる音と遠くの方で聞いた事のない鳥の鳴き声が森の中に響いただけだった。

「クソが……!いくら即席のパーティだからって置いていくことないだろ」

 ハヤシは足元の枝切れを蹴って自分の出した糞を隠しながら仲間の悪態を吐く、頭の中で3人の顔が浮かんでくる。

「誰が俺を置いていくって言い出したんだろうな」

 最初に心当たりがあるのはレインだった、青髪青眼の小柄でクールな女水魔法使いだ。

 彼女ら3人とは2時間ほど前に王様の命令で無理矢理集めさせられたパーティだ、幼馴染とか昔の戦友でもなんでもない、なのでパーティの中でリーダーとされるハヤシはこれからの旅路で気まずくならないよう積極的に話しかけていた、特に口数の少ないレインには。

「どんな魔法使えるの?」「休みの日何してるの?」初めはそんな軽い質問から始まりレインもそれなりに答えてはくれていた、しかしヒートアップし過ぎたのか質問のネタが尽きたのか「今まで恋人何人いた?ちなみに俺はゼロw」「魔法使いって魔力鍛える為ノーパンって聞いたけどマジ?」と気づけばセクハラ紛いの質問に変わっていた。

 当然レインはその手の質問に答えてくれるはずもなく無視、目も合わせてくれず、ハヤシの半径5メートル以内には近付かないようにしていた。

「やっぱりあの時の事まだ怒ってたのか」

 ハヤシはコミュ障で比較的大人しい性格の男だ、しかしコミュ障のあまりナチュラルに人との関係に亀裂が生まれてしまう、特に女性関係が非常に悪く異世界に転生してきたのも電車で痴漢されていたヤクザの彼女を助けた後、勢い余ってセクハラをしてしまい彼氏のヤクザから報復を受けたからという始末。

「確かに俺の質問はちょっと行き過ぎた所もあったけどさぁ!全然喋ってくれないから仕方ないだろ!あの地蔵女!」

 ハヤシの中にあった行き場の無い感情は怒りとなった。

 この際だから言ってしまうがレイン以外の2人にも言いたい事はたくさんある。

 ヒタクリ――たしかあいつの職業は盗賊だったか、茶髪でロン毛のいけすかない男だ。

 見た目の感じはハヤシと同じ年齢、下手したらヒタクリの方が年下かもしれない、それにもかかわらず奴は初対面から徹頭徹尾タメ口、ハヤシが敬語を使ってもひたすらタメ口、なんならヒタクリは出発前に4人王室に集められた時もタメ口を聞いていた。

 いきなりヒタクリが王様に「おいおっさん、俺達をこんな所に集めて何の用だ」とか言うから大臣が「こ、これ!やめんか!」とか言うし王様も「ほっほっほ、威勢の良い奴じゃ」って返す始末。

「ただの盗賊が主人公感出してんじゃねーよ!そもそも職業が盗賊ってただの犯罪者だろうが!」

 ハヤシは腰に差していた剣の柄に手をかける。

「犯罪者を!パーティに入れるなああああ!」

 剣を抜き『旋刃斬』を繰り出す、剣を振るい放たれた螺旋状の斬撃は渦のように舞い目の前の木に直撃する。枝はズタズタに切り落とされ幹には緩やかな曲線が刻まれ、やがて上の方からバラバラと崩れ落ちた。

 それでもハヤシの怒りは収まらない、野糞中に自分を置いて行ったのは彼らだけではない。

 武闘家のケン――このパーティの中で唯一の人間では無い犬型の獣人種だ。

 白い体毛に強靭な体格を持ちかつては王宮を守るガードマンだったという、戦闘能力もハヤシには及ばないが俊敏かつ豪快な動きで数多の悪党を撃退してきたのだ。

 なのでパーティからの信頼度は彼が1番高いのだが、1つ大きな弱点がある。

 ケンは犬語しか喋れない。

 犬語しか喋れないので何言ってるのか1ミリも分からない。初対面で名乗っている時も名前がそもそも分からないので仕方なくこちらが『ケン』という名前を付けたのだ。トイレも垂れ流しだったので、毎日連れションをしてトイレという概念も最近覚え始めたばかりだった。

「それもうただの2本足で立つ大型犬だろ!」

 ハヤシは両手で持った剣を天に掲げ、刃を思いっきり地面に突き刺そうとする。

 技の名を『天地衝波』――これをまともに受けたものはこの世で2人しかいない。1人目はグリーンゴブリンで全治1週間、2人目は道具屋の万引き犯で全治2週間と、凄まじい威力を誇り、ハヤシの中での最高の必殺技である。

 だが、ハヤシの剣はそのまま地面には突き刺さらず、自らが出してまもないはずの野糞に思いっきり突き刺さってしまった。

「あ、やべ」

 過ちに気づき、それを回避しようとするがもう遅い――剣の刃の先端部が地面の上にある糞に突き刺さり、まるで勇者が来るのを今か今かと待ちくたびれているエクスカリバーのような出立ちの自分の剣を見てハヤシは冷静になる。

 「仲間に置いてかれて……これからどうしよう」

 この森を抜け出し街へ帰る事は簡単だった、ハヤシは自分が訪れた事のある街に戻れる魔法『シークタ』がある。

 この魔法を使えばどこに居ようが何をしていようが数秒で街に戻る事ができる、例えば今すぐにでも。

 だが、ハヤシはこの旅で自分がどれだけ命の危機に晒されようともこの魔法を使う気は一切無かった。

 ハヤシの脳裏に王様の顔が思い浮かぶ、今から2時間ほど前、王様は旅の出発前に魔王討伐の為にと王国の地下に封印されていたかつて勇者の装備品だった伝説の剣『エンドレスワールドエンフォーサーオブエンブレムソード』をハヤシに託してくれたのだ。

 そのエンなんとかソードが今、自分の出した糞をディップして地面に突き刺さっているとは誰が想像しただろうか。

 今の状態で帰ったとしても王様や街のみんなに合わせる顔が無い、魔王討伐を宣言した2時間後に野糞をしている最中にパーティに置いていかれてどうしようもないから戻って来ましたなんて言ったらどんな反応をするだろうか、想像する事すら恐ろしい。

 街の人々、特に1人の少女の事がハヤシの脳内を過る。

 少女の名前は『エルミア』異世界に転生したばかりの時、森の中で彷徨っているハヤシに出会い、彼女のおばあさんと共に森の中にある小屋で右も左も分からないハヤシに住む場所を与えてくれた命の恩人とも言える少女だ。

 旅の出発前、月明かりが差す夜に小屋の外で2人きりで話をしていた事を思い出す。

「ハヤシさん……本当に行ってしまうんですね……」

小屋の外で涼んでいるハヤシの横にエルミアが近づき、そう呟く。

「ああ、明日の朝には街を出る予定だ、今度の旅は長旅になるらしいからしばらくエルミアに会えなくなるのは寂しいよ」

 ハヤシは軽く笑いながらエミリアの方を見つめた、彼女の美しく澄んだ藍色の眼はどこか寂しそうに下を向いていた。

「街の皆さんはようやく魔王の呪縛から解放されるってとても喜んでいます、でも私は皆さんのように喜べません……だってハヤシさんにもしもの事があったら……私は……!私……!」

 エルミアはふわっとしたカーキ色のロングスカートを手で強く握りしめる、俯いたままのエルミアから涙が溢れ落ちるのが見えた。

 ハヤシはエルミアの方に背を向け、この異世界の夜空を見上げた。

「大丈夫だ、必ずすぐ帰ってくる」


 この流れで本当にすぐ帰って来たらどんな顔するだろう。

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