カーロフの告白

「お、親殺しだと……」


 さすがのジョニーも、二の句が継げなかった。だが、ある事実を思い出す。


「ちょっと待て。お前、誰かに造られたとか言ってなかったか?」


「ええ、そうです。私は人造人間です。自分を世に生み出した創造主を、この手で殺したのですよ」


 カーロフは、穏やかな口調で答える。聞いているジョニーは何も言えず、無言のまま次の言葉を待っていた。


「私は、ふたりの人間により造られました。天空人の科学者フランツと、地上人の魔術師ビクトルが協力したことにより生まれたのです。いわば、私にとっての両親でした。大半の人間は、成長する過程で両親から惜しみない愛情を注がれるそうですね。ただ、私の両親は違っていました」


 そこで、カーロフの表情が僅かに歪んだ。


「両親はまず、私を檻に閉じ込めました。象でも破ることの出来ない、とても頑丈なものです。私は、檻の中で生活していました。外出はおろか、窓から空を見上げることすら許されなかったのです」


「何だそりゃあ……ひどい話だな」


 思わず呟いたジョニーだったが、ひどくなるのはこれからだった。


「次に彼らは、私の体を切り刻みました。何度も、何度も……」


 途端に、ジョニーの顔つきが変わった。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。ふたりは、何のためにそんなことをしたんだ?」


「研究のためです。彼らが造りたかったのは、普通の人間と同じ者ではありません。最強の戦闘能力を持つ人造人間だったのです。手始めにおこなったのは、私の耐久力テストでした。私を刃物で切り刻み、鈍器で殴り、炎で焼き、さらには攻撃魔法を当てました」


 恐ろしい話を静かな口調で語るカーロフに、ジョニーは黙り込んだまま聞いていた。


「ほとんどの傷は、即座に治りました。しかし、治らない傷もありました。一応はふさがり生活に支障もありませんが、醜い傷痕として残ったのです」


 言いながら、カーロフは己の顔に残る傷痕を指し示す。ジョニーは、いたたまれなくなり目を逸らした。あの顔の傷に、そんな背景があったとは──

 しかし、話は始まったばかりだったのだ。


「それが終わると、彼らの研究は次の段階に移りました。戦闘能力のテストを始めたのです。私は、檻の中で来る日も来る日も戦わせられました」


「た、戦い?」


「ええ、戦いです。初めは、人間やゴブリンでした。続いて、狼や豹のような中型の肉食獣。さらに、ヒグマやカバのような巨獣。最後には、グリフォンやマンティコアのような魔獣と戦いました」


 淡々と語られる話に、ジョニーは圧倒されていた。

 グリフォンといえば、ワシの頭と翼、ライオンの胴体を持つ怪物だ。空を飛び、恐ろしい力で攻撃してくるという話だ。武装した兵士百人に匹敵する強さだとも言われている。

 マンティコアは、人の頭にライオンの胴、コウモリの翼を持つ魔獣だ。さらに、尻尾はサソリのそれに酷似しており毒針も付いている。小さな村くらいなら、一瞬で廃墟に変えてしまえる存在だ。

 ドラゴンほどでないにしろ、どちらも有名かつ強力な魔獣だ。一匹でも倒すことが出来れば、数人の兵士が十年は食べていけるだけの金と名声を得られるだろう。

 そんな怪物を、カーロフはひとりで倒してしまったというのか……ジョニーは改めて、彼の恐ろしい強さを理解した。

 同時に、その強さに対し、ある感情を抱いた――


「ですが、私への実験は終わりません。次に彼らが行ったのは、極めて残酷なものでした。ある日、ひとりの女性を連れてきたのです」


 ここで、カーロフの言葉が止まった。顔が、ひどく歪んでいる。どうやら、話が核心に入ったらしい。それも、一番語りたくない部分に──


「言いたくなきゃ、ここまででいいんだぜ」


 そっけない口調で言ったジョニーだったが、カーロフはかぶりを振った。


「大丈夫です。ある日、フランツとビクトルは、ひとりの女性を私の住む檻に入れました。そして、私に命令したのです……この女と交われ、と」


 聞いた瞬間、ジョニーの顔が真っ赤になった。


「ま、まま、交われって……あの、その、アレだよな?」


「そうです、アレですよ。それから一日に一度、女は私の檻に入ってきたのです。コトが済むと、どこかに帰されました」


 思わぬ展開に、頬を赤らめ動揺しているジョニー。普段は粗暴な態度が目立つが、意外と初心うぶで純情なようだ。対照的に、カーロフは冷めた口調で語っていく。


「やがて、私は彼女と言葉を交わすようになりました。フランツとビクトル以外の人間と話すのは、私にとって新鮮な体験でしたね」


 そこで、カーロフの顔に笑みが浮かぶ。


「彼女は、いわゆる売春婦でした。体が丈夫なだけが取り柄だ、と笑っていましたよ。これまで乱暴な客を何人も相手にしてきた。それに比べりゃ、あんたひとりくらい楽なもんだよ……とも言っていましたよ」

 

 どこか懐かしそうな表情で語っていたカーロフだったが、徐々に表情が暗くなっていった。


「しばらくして、彼女は来なくなりました。私は、ふたりに聞いてみました。あの女は、役目から解放され家に帰ったのか、とね。すると彼らは、笑いながら答えました。あの女は処分した、と」


「処分? どういうことだ?」


 訝しげな表情で口を挟むジョニーだったが、カーロフの答えは非情なものだった。


「殺されたのですよ。フランツとビクトルは、用済みになった女を殺したのです。その事実を、笑いながら語ってくれました」


「な、なぜ、そんなことを?」


「その女もまた、実験の材料でしかなかったのです。私に、子供を作る能力があるかを確かめるためのね」


 あまりの話に何も言えず呆然となっているジョニーに、カーロフは静かな口調で語り続ける。


「結局、女は妊娠しなかった。そこで、彼らはこんな結論を出しました。私には繁殖能力がない、したがって繁殖に関する実験を続けても無駄だ……とね」


「じゃあ、実験の必要がなくなったから、女は殺されたのか?」


 ようやく言葉が出るようになったジョニーに、カーロフは頷いた。


「そうです。口封じという目的もあったようですが」


「口封じ?」


「はい。人造人間の研究を、誰にも知られたくなかったようです。彼らは、そう言っていました」


 そこで、表情が険しくなった。


「その時、私の体の奥底から何かが湧き出て来ました。形容の出来ない何かは、私の頭と体を完全に支配してしまったのです。今にして思えば、あれが私にとって初めての、怒りという感情の発露でした」


 語るカーロフの体は、小刻みに震えていた。今となっても、その時の怒りは消えていないらしい。


「私は、その場で檻を破り外に出ました。呆気に取られているフランツとビクトルを、この手で殺したのです」


 そこで、顔を上げジョニーを見つめる。その瞳には、癒えることのない悲しみがあった。


「その時、ようやく理解しました。私は、あの女を愛していたのですよ。名前さえも知らなかった、あの女を……」


 すると、ジョニーは口を開く。


「俺はバカだから、こんな時に何を言えばいいかわからんが……ひとつだけ確かなことがある。お前は悪くないよ」


 ぶっきらぼうな口調だったが、言葉の奥には優しさが感じられる。カーロフは、くすりと笑った。

 だが、すぐさま元の顔に戻る。


「私は、鋼の檻を壊すことが出来ます。グリフォンやマンティコアを殺すことも出来ます。でも、こんな力は欲しくなかった。私は、あなたのように普通の人間として生まれ、普通の人間として生きたかった」


 その時、ジョニーの表情が変わった。


「俺は、お前みたいに強くなりたかった。強くなれれば、他に何もいらなかった」


 挑むような顔つきで、ジョニーは語り続ける。


「ざけんじゃねえぞ。強くなくていい? 普通に生きたい? そんなのはな、弱さゆえの惨めさを知らねえから言えるんだよ。俺はガキの頃、両親と兄弟を殺された。山賊に、皆殺しにされたんだ。なのに、俺は何も出来なかった。ただただ、恐怖のあまり震えながら隠れていたんだ……」


 拳を握りしめ、カーロフを睨みつけるジョニー。

 カーロフは、その視線を受け止めつつ口を開いた。


「あなたは、何もわかっていない。私に出来ることと言えば、相手を死体に変えることだけです。どれだけ強くなろうが、戦いの果てに待っているものは、血の海と死体の山……さらには、あなたと同じ境遇の者を生み出すだけ。あなたは、そんな地獄を見たいのですか?」


「だが、親兄弟の死体を見なくても済むだろうが。俺はな、目の前で親兄弟が殺されたんだぞ。その気持ちが、お前にわかるのか?」


 そこで、ジョニーは立ち上がった。洞窟の壁を、思い切り殴りつける──

 鈍い音が響いた。にもかかわらず、彼の怒りはまだ消えていないらしい。再びカーロフを睨みつけた。


「あの時、俺が強ければ……あんなものは見なくても済んだんだ」


 その時、カーロフは目線を外した。悲しげな表情で、そっと語りかける。


「あなたの苦しみを、私は理解できないのでしょう。ただ、これだけは知って欲しいのです。私は、あなたに生きて欲しいのです。生きて、己に秘められた様々な可能性を探求して欲しいのです。戦いに勝つことよりも、ずっと価値のあるもの……それを見いだせることを願っています」


「余計なお世話だ」






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