死にぞこない

「クソ! ぞろぞろ湧いて来やがって!」


 ジョニーが怒鳴る。と同時に、彼の足が動いた。鞭のようにしなる回し蹴りが放たれる──

 右足の甲が、目の前にいるゴブリンの側頭部を打ち抜いた。ゴブリンは、声も出さずバタリと倒れる。

 ジョニーの攻撃は、そこで終わりではなかった。倒れたゴブリンの首めがけ、思い切り足を落とし踏みつける。

 骨の砕ける音とともに、ゴブリンは息絶えた。しかし、戦いは終わらない。彼の周囲には、なおも数匹のゴブリンがいる。手斧や小剣などを構え、じっとこちらを睨んでいた。




 ジグマの谷を抜け、バルラト山への道を進んでいた一行。そろそろ夕暮れにさしかかるという時、森の中で突然の襲撃を受ける。襲いかかって来たのは、ゴブリンと人間の混成部隊だ。いずれも山賊に毛のはえたような連中であり、単独ならば恐れるに足りない。

 ただし、人数は多い。一行は、あっという間に囲まれてしまう。

 すると、ジョニーが怒鳴った。


「カーロフ! ふたりを守ってくれ! 俺が道を切り開く!」


 直後、群がる敵へと身を踊らせた──




「オラァ! かかって来い!」


 喚くと同時に、ジョニーは今しがた仕留めたゴブリンの足を掴む。

 次の瞬間、勢いよく振り回した──

 ゴブリンの死体を鎖のように振り回し、ジョニーは突進していく。襲撃者たちは、あまりの勢いに圧倒され思わず後退していった。

 と、大木の陰からのっそり姿を現した者がいた。体は大きく、巨漢のカーロフが小さく見えるほどの体格だ。筋骨隆々とした体だが、何より恐ろしいのは頭である。首の上には、巨大な野牛の顔があった。


「チッ、ミノタウロスかよ」


 低い声で毒づくジョニー。そう、彼の前にはミノタウロスがいた。巨大な体に秘められた怪力は、熊でも引き裂くと言われている。皮膚は硬く、ナイフ程度の武器では傷すらつけられない。

 ミノタウロスは、ゆっくりと近づいて来た。牛面のため、顔の表情から感情を読み取るのは無理だが、それでもジョニーを恐れていないことだけはわかる。毛皮のズボンらしきものを履き、右手には大きな棍棒を握りしめている。木の枝……いや、木の幹を力任せに加工したような巨大な棍棒である。

 そんな恐ろしい武器を振り上げ、ミノタウロスの巨体が突進してきた──

 紙一重のところで、ジョニーは地面を転がり棍棒を躱す。ミノタウロスの攻撃は大振りだ。したがって躱しやすい。

 ミノタウロスは苛立ったらしく、低い声で唸った。直後、またしても棍棒を振り上げる。

 確かに、その動作は大きい。躱しやすいのも間違いではない。ただし、ゴリラをも上回る腕力から繰り出される棍棒の一撃は、大岩をも砕けそうだ。一回でも当たれば、確実にジョニーを殺せるだろう。いや、掠めただけでも命を奪えるはずだ。

 ジョニーは、どうにか紙一重の間合いで躱していった。避けると同時に距離を詰め、ミノタウロスの膝付近に回し蹴りを叩き込む──

 全身の力を、一点に集中させて放ったローキックだ。人間相手なら、致命傷になりえた一撃だった。しかし、ミノタウロスは微動だにしない。痛いという感覚すらないようだ。

 蹴ったジョニーはというと、足に異様な感覚を覚えていた。巨木を蹴った時と同じ感触だ。

 ミノタウロスは、鼻から荒い息を吐いた。直後、またしても棍棒を振り上げる。

 ジョニーは、次の一撃をかい潜った。同時に、渾身の力を込めたパンチを打ち込む──

 体重を乗せたジョニーの拳は、人間でいう鳩尾みぞおちの部分にめり込んでいた。当たった部位もタイミングも、これ以上ないくらい的確なものだ。しかし、これまたミノタウロスには大したダメージを与えていないらしい。

 次の瞬間、横殴りの一撃が振るわれる。ジョニーは、とっさに地面を転がり避けた。間合いを離すと同時に、さっと立ち上がる。

 ジョニーは、今の攻防からミノタウロスの強さを分析した。この怪物には、自分の突きや蹴りは通用しない。ならば……。


「突きや蹴りが効かなくてもよう、武術にはコイツがあるんだ!」


 吠えると同時に、ジョニーは跳躍した。腹のあたりに、強烈な右の前蹴りを叩き込む。並の人間なら、簡単に吹っ飛ばしていた一撃だが、ミノタウロスには全く効いていない。その岩のごとき肉体は、ぴくりとも動かなかった。

 もっとも、ジョニーの攻撃はそれで終わりではない。右の前蹴りを放つと同時に、ミノタウロスの巨体を一気に駆け上がる。そう、先ほど放った前蹴りは効かせるための技ではない。巨体を駆け上がるための第一歩だ。

 相手の肩に左足をかけると同時に、牛面の顎に右膝蹴りを食らわす。これには、さすがに意表を突かれたようだ。ミノタウロスの顔が、僅かに上を向いた。

 次の瞬間、飛び上がったジョニーは思い切り手を振り下ろす。ミノタウロスの眼球に、思い切り指を突き入れた──

 体重を乗せたジョニーの指は、眼球を簡単に貫く。だが、そこでは終わらない。さらに、奥深く突き入れていく。

 ジョニーの指は、一瞬で脳にまで達した。さすがのミノタウロスも、こんな攻撃を食らってはひとたまりもない。

 僅かな間を置き、巨体がぐらりと揺れる。

 直後、どうと倒れた──


 それを見た途端、襲撃者たちの動きが止まる。彼らの中で、もっとも大きく強かったミノタウロス。ゴブリンたちの精神的支柱だった強者が、目の前で倒されたのだ。

 しかも、そのミノタウロスを殺した者は、返り値を浴びた姿でニヤリと笑っている。

 その様を見たゴブリンたちに、恐怖が湧き上がっていく。一瞬にして、伝染していく恐怖の感情は止めることなど出来ない。

 次の瞬間、彼らは一斉に逃げ出した──


「ケッ、ざまあみやがれ」


 逃げていくゴブリンの後ろ姿を睨み、ジョニーはひとり毒づいた。だが、直後に崩れ落ちる。地面に膝を着き、荒い息を吐いた。さすがに、今のは疲れた。奴らが怯むことなく、数に任せ襲いかかって来ていたら、ジョニーといえど殺られていただろう……。


「また、死にぞこなっちまったみてえだな」


 自嘲気味に呟いた時、後ろから声が聞こえてきた。


「ジョニーさん! 御無事ですか!?」


 言いながら現れたのはカーロフだ。イバンカを抱きかかえ、心配そうに近づいてくる。さらに、ブリンケンも走ってきた。


「ああ、無事だ。たいしたことねえ奴らだったよ」


 軽い口調のジョニーを、カーロフは険しい表情で睨みつける。


「何を考えているのです? たったひとりで集団の中に飛び込んでいくなど、正気の沙汰ではありません」


「うるせえなあ。俺は前から、こういうやり方しか出来ねえんだよ」


 吐き捨てるような言葉を返すジョニーだったが、カーロフはなおも言い続ける。


「以前は、マルクさんやミレーナさんがいました。あのふたりが援護してくれていたから、あなたが単身で切り込むことが出来たのです。今とは違うんですよ」


 途端に、ジョニーの表情が変わった。


「だったら、どうしろって言うんだよ! 俺に何もせず、おとなしく引っ込んでろとでも言うのか!」


 詰め寄るジョニーだったが、彼の背中に何かがしがみついてきた。

 同時に、悲痛な叫び声──


「やめるのだ! 仲間同士で喧嘩してはいけないのだ!」


 それはイバンカだった。泣きそうな顔で、ジョニーの背中に抱き着いている。少女なりに、必死で止めようとしているのだろう。

 さすがのジョニーも。そんな姿を見ては引かざるを得ない。

 続いて声をかけてきたのは、ブリンケンだった。


「おふたりさんよう、こんなところで足を止めてる場合じゃねえぞ。今は、先を急がないと。そろそろ暗くなるぜ」




 夜の闇が辺りを包む頃、一行は小さな洞穴にて夜営していた。ジョニーが入口付近で見張りを務め、他の三人は奥で眠っている。

 ジョニーが、油断なく付近に目を配っている時だった。奥から、誰かが起きて来る。見るまでもなく気配でわかる。


「カーロフ、交代にはまだ早いぜ」


 顔を見もせず声をかけると、カーロフは苦笑した。


「いいえ。あなたと、ちょっと話がしたいのですよ」


「んだよ……また、さっきの話を蒸し返す気か?」


 じろりと睨むジョニーに、カーロフは苦笑しつつ首を横に振る。


「違いますよ。私の身の上話です。面白い話ではないですが、是非ともあなたに聞いていただきたいのです」


「勝手に話せよ。ただし、聞いてるとは限らないけどな」


 興味なさそうな口調のジョニーだったが、次の言葉に表情が一変する。

 

「私はね、自分の親をこの手で殺しているのですよ」










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