再度の襲撃

 馬車の中は、重苦しい空気が漂っていた。

 ジョニーは、憮然とした表情で座り込んでいる。マルクは、申し訳なさそうに俯いていた。先ほどまでは楽しそうにはしゃいでいたイバンカも、今は暗い顔で下を向いている。

 暗い雰囲気のまま、馬車は進んでいく……が、不意に止まった。御者を務めていたブリンケンが、こちらを向く。


「そろそろ馬を休ませてやりたいんだがな、構わないか?」


「ああ、いいよ」


 ザフィーが答えると、馬車が止まった。ブリンケンは御者台を降り、馬を撫でながら何やら語りかけている。

 ザフィーたちも外に出た。周りを警戒しつつ。みな思い思いの位置に座る。どうやら、今のところ敵はいないらしい。

 すると、ザフィーが口を開く。


[マルク、気晴らしがてら、お嬢ちゃんと一緒に森の散歩に行ってきな。何かあったら、すぐに戻って来るんだよ]


「あ、あう?」


 きょとんとなるマルクだったが、ザフィーはなおも続ける。


「お嬢ちゃんだって、ずっと馬車に乗ってたら退屈だろうさ。そうだろ?」


 言いながら、イバンカの方を見た。

 話を振られたイバンカも、マルクと同じくきょとんとなる。

 だが、それは一瞬だった。嬉しそうに、うんと頷く。マルクに近づき、何のためらいもなく彼の手を握った。


「わかったのだ。マルク、一緒に散歩するのだ」


 言いながら、握った手を引っ張り歩いていく。マルクは困惑しながらも、されるがままに付いて行った。

 ふたりが見えなくなったのを見計らい、ザフィーか皆の方を向く。


「こっからは、ちょいとした作戦会議だ。お嬢ちゃんには、あんまり聞かせたくない話でもあるからね」


 そこから、彼女は声をひそめ語り出した。


「あのミッシング・リンクってのは、だいぶ前に死んだって噂が流れてたんだよ」


「おい、本当かよ?」


 顔をしかめ聞いてくるブリンケンに、ザフィーは頷いた。


「そうさ。一年くらい前だったかな、暗殺者ギルド『虎の会』の凄腕たちが集まり、数人がかりでリンクを殺したって話だったよ。実際、かなり派手に動いてたみたいだけど、それからはピタリと噂を聞かなくなった。だから、奴は死んだんだろうって思っていたんだよ」


 そこで、ザフィーは言葉を切った。皆の顔を見回す。

 少しの間を置き、再び語り出した。


「ところが、今になって奴は現れた。その上、噂以上にとんでもない強さだった。しかもだ、あたしの必殺魔法を二発も食らったってえのに、まだ生きてるみたいだよ。あいつは、掛け値なしの化け物だよ。あんな奴、今まで見たことないね」


「マジで生きてんのかな? マルクが、適当なこと言ってるだけかもしれないぜ」 


 ジョニーが口を挟むが、ザフィーは首を横に振る。


「いいや、そうは思えない。マルクはバカだけど、勘の鋭さは確かだ。それに、リンクだって殺されたと言われてたんだよ。なのに、あたしらの前に敵として姿を現した。ここは、奴が生きているものと仮定して動いた方がいい」


「じゃあ、どうするんだい?」


 不安そうな顔で尋ねるミレーナ。先ほど、何も出来ずにぶん投げられた記憶が蘇ったのだろうか。

 

「安心しな。リンクの相手は、あたしがやる。今度また来やがったら、ありったけの魔法をぶつけてやるよ。山でもぶっ壊せるくらいのを、ね。それでも、まだくたばらなかったら……」


 そこでザフィーは、カーロフに視線を移した。


「カーロフ、あんたの出番だ。リンクに、とどめを刺すんだよ。全身をバラバラに引きちぎれば、いくらリンクでも、くたばるだろうさ。いいね?」


「了解しました」


 重々しい口調で、カーロフは頷く。


「そういうわけだから、あたしの魔法は温存しなきゃならない。雑魚の相手は、あんたたちとマルクに任せるよ。あんたらの負担が増えることになるけど、承知しといて欲しい。いいね?」


「わかったよ、姐御。雑魚の始末は任せて」


 ミレーナが答え、ジョニーも顔をしかめつつ頷いた。

 その時、ブリンケンが口を開く。


「ところで、あのマルクは何ていう種族なんだ? 俺は、あんな亜人は見たことがないそ」


「さあね。種族がどうとか、あたしは気にしないから。そもそも、会った当時は名前もなかったし」


 すました表情のザフィーに、ブリンケンはなおも尋ねた。


「えっ? どういうことだよ?」


「森で暴れているところを、あたしとカーロフが取っ捕まえたのさ。最初は、すっごい反抗的だったよ。でも時間をかけて、どうにか仲良くなり、言葉を教えた。マルクって名も、あたしが付けたのさ」


 ザフィーが答えた。さらに、カーロフも口を挟む。


「今までの歴史の中で、様々な理由により絶滅してしまった種族が、数多くいるそうです。マルクも、そうした種族の生き残りではないかと思います」




 そのマルクとイバンカは、森の中を歩いていた。まだ日は高く、気温は暑くも寒くもない。ちょうどいい陽気だ。

 しかし、マルクは下を向いている。いつもの元気がない。沈みこんだ表情の彼に、イバンカはためらいながらも話しかける。


「マルク、元気だすのだ」


「あう……俺、ビビってない」


 今にも消え入りそうな声で、マルクは答えた。先ほどジョニーに言われたことが、よほどショックだったらしい。


「わかってるのだ! ジョニーは意地悪なのだ! だから、気にすることないのだ!」


「あ、あう」


「元気だして歩くのだ! 本当に、ジョニーは意地悪なのだ!」


 イバンカはぷりぷり怒りながら、マルクと共に森の中を進んでいく。歩くことで、怒りを紛らわせようとしているかのようだった。

 そんな少女に引っ張られ、マルクも歩いていく。彼は、まだ気分が落ち込んでいた。

 そのせいで、マルクは周囲の異変に気付くのが遅れてしまった。自慢の嗅覚が、なぜか働かなくなっていたのだ。

 

 ふと、マルクは足を止める。

 ようやく異変を察知した。これは妙だ。何の匂いもしない。森の中なら、否応なしに様々な匂いが飛び込んでくるはずだ。なのに、今は何も匂わない。


「どうしたのだ?」


 イバンカが尋ねたが、マルクは無言で周囲を見回す。

 匂いはしないが、妙な音は聞こえる。そのくせ、虫の声は消えているのだ。間違いない、危険な何かがいるのだ。

 マルクは、野性の勘で状況を悟った。そう、襲撃者が接近してきている──




 こちら側で最初に異変に気づいたのは、カーロフだった。


「何か変ですよ。静か過ぎると思いませんか。それに、匂いもない。ゴブリンたちが、何かしたのかもしれません」


 言いながら、すっと立ち上がった。すると、ジョニーも立ち上がる。


「どういうことだ?」


「ヤキ族は狩りの時、匂いを消す呪法を使うと聞きます。鼻の効く獲物に、自分たちの匂いを感知させないためです」


 カーロフが答えた瞬間、がさりと音がした。

 次いで、ゆっくりと姿を現したのは……先ほど倒したゴブリンたちであった。皮の服を着て手斧を構え、こちらを睨んでいる。

 しかも、出てきたのは一匹ではない。続けて、木の上や茂みから、ゴブリンが次々と姿を現す。その数は、今のところ十。手斧を構え、こちらをじっと睨んでいる。

 ジョニーは、ニヤリと笑い立ち上がった。


「たった十匹で来るとは、いい度胸だな。俺ひとりで充分だ。全員、片付けてやる。みんなは休んでろ」


 言うと同時に、つかつかと近づいていく。だが、ゴブリンたちは後ずさるばかりだ。かかって来る気配がない

 その動きに、ジョニーは舌打ちした。


「何なんだよ! 来いよオラァ!」


 喚きながら、そばに生えていた木に蹴りを入れる。だが、ゴブリンたちは無言のまま、どんどん後ずさっていく。

 その時、ザフィーか叫んだ。


「クソか! そういうことかい!」


 直後、カーロフらの方を見る


「いきなりの作戦変更だよ。あたしがこいつらを片付ける。みんなは、お嬢ちゃんを探しな!」


 そう、彼女はゴブリンたちの企みに気づいたのだ。こちらに来ているのは、陽動のための部隊である。本隊は、イバンカの方に向かっているはず──


 ザフィーは呪文を唱え、両手を広げ前に突き出す。

 その指先が光った。かと思うと、十指から光の矢が放たれる──

 光の矢は、猛スピードで飛んでいった。ジョニーを避けて飛び、ゴブリンたちの胸に命中する。彼らは、バタバタと倒れていった。

 その上を飛び越え走っていくのは、ジョニーだ。一刻も早く、イバンカとマルクの元にたどり着かねばならない。

 続いて、カーロフやブリンケンたちも走り出した──




 

 

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