もしも創作のキャラが恩返しをさせてと言ってきたら

陽登 燈

第1話

 

 秋寒に、マフラーが恋しい事を気づかされた俺は、ワイシャツの襟に首を縮こませながら、風をなるべく避けて歩いた。

 そんな寒さに、手先と同じ様に冷えていくものがあるのを感じて、足を早めた。アスファルトに鳴くローファーの音を強めながら。


 今日も、どうでも良い日常という、国民の義務みたいなものに時間を献上した。

 つまらない学校でつまらない授業を聞き流し、何の煌めきも無い並列の単細胞として居座る。そして、校門からの排泄時間を待つだけ。

 俺は、高校に上がっても未だ中学との区別に思い当たる節として、学食と給食を述べてしまう程度のつまらない者だった。

 

 明日も明後日も、こんな感じだろう。

 そんな事を仮に願っていたなら、俺は毎日、願いを叶えている人間として生きていける、とつまらない理屈を一つ生み出した。だからそれを少し引き伸ばしてみた。引き伸ばして何か面白いものを、と思ったが、やはり程度がいつまでも低い俺では、どこをどう捻ってもつまらない発想しか出力出来なかった。

 要は、つまらない奴という事と程度の低さ、この二点を普遍のスペックとして持ち合わせていた。

 

 どこかに、俺を救世主にしてくれる人々が現れたなら、俺は喜び踊り舞って身を捧げるのに。そんな事を思いながら、一人で学校からの帰路につく。

 

 同じ制服の奴らが街のそこかしこで、自由みたいなものを演じて、顔にアオハルと書き合って遊んでいる。

 俺は勝手に、そんな奴らを恨めしそうに見つめる。理由は、ひっそりと書いている小説が上手くいかないからだ。

 学生なのに小説を書いている、そんなアドバンテージめいた包帯で保護していた心も、今は渇いてひび割れた石の様で、今にもさらさらと砂に成って消え失せそうだった。

 ラノベの世界なら、そろそろ迎えに来てくれる頃だよ、と、アピールの仕方を検索しても、この世界にはどこにも答えが無かった。

 

 残念な事に、世の中は救世主だらけで人手は足りているんだろう、とつまらないオチを頭に浮かべて、すぐさま端へ追いやった。こんなんだから、友達なんていやしない。

 

 そんな具合で、油断ならないつまらなさも兼ね備えて、自業自得のまま孤独でいたりする。

 

 ただ、今日という日はそんな俺に漸く振り向いてくれた様に、変わった日ではあった。その良し悪しは、もう俺には関係無かった。

 

 帰路の中、SNSを何の気無しに開くと、フォロワー通知が一件、そしてDMが一通来ていた。

 フォロワー通知を開くと、俺は何よりもまず先に苛つきを覚えた。驚きや嬉しさなんて出やしない、純粋な苛つきだった。

 

 その理由は、フォローしてきたアカウントの名前と画像が、俺の作った小説の主人公キャラクターそのものだったからだ。そのキャラクターはローラ・ブリュンヒルデという少女で、おっちょこちょいというかアホなキャラとして、数ヶ月前にノリで流行りに乗って書いただけの異世界モノのエタらせた作品の、ではあった。

 久しぶりにその姿を見た俺は、その存在を思い出しながら、事態の把握を進めた。

 小さな「は?」が何度も、口を突いて出てくる。どうせ何者かの悪戯とは分かっていても、苛つきを覚えてしまった己が癇に障り始めていた為、自制を少し意識しつつだった。

 

 どんな奴かと覗いて見ても、投稿の履歴が無く、フォローしているのも俺一人だけだった。何の手掛かりも得られないでいた。しかし、名前は一字も違わず、アイコンも荒くない綺麗な画像を使用していた。

 割としっかりと、俺のキャラクターに「化けた」奴ではあった。

 そのちぐはぐな礼儀正しさに、再びの苛つきで溜め息が出た。

 

 残る手掛かりはDMとなり、俺は何も考えず開封した。

 俺はその文を少し見た位で既に、苛立ちを超えた呆れに満たされていった。

 その文はこう書いてあった。

 「親愛なる作者のつかさ様、突然のフォローとDMをお許し下さい。私は、貴方様がキャラクターとして描かれ、そしてラノベにも登場させて下さりました、ローラ・ブリュンヒルデという者です。その節は大変お世話になりました。作者様の事を、私は生まれてから毎日、想っています。貴方様の事を、心から愛しています。作者様は今、気色悪い、苛つく悪戯等と思われる事かと思います。ですが、本当に違うのです。これは悪戯なんかでは無いんです!本当に私が、生まれてしまったんです!どうか、私の事を信じて下さい」

 

 その何ともちぐはぐな文体、セリフ、そう言った物に純粋な苛立ちと呆れを覚えた訳では無かった。

 そう言った特徴までもが、そのキャラクターのそれに似せているからだった。

 キャラのアイコンの笑顔に緊張してしまう。変な汗が止まらなくなってしまった。

 余程熱心な読者なのだと結論づけ、俺はまたその読者のちぐはぐな熱量のかけ具合に呆れたのだ。

 どんな意図なのかも分からないので、流石にシカトも角が立つだろうと思い、俺はDMに乗じた。

 「誰?何が目的?」

 牽制の意味も込めたつもりで、タメ口で表す。

 

 「難解な現象ではありますので、早速信じて頂く事は難しい事と思われます。しかし私は、本物のローラなのです!司様に恩返しをしたくて馳せ参じました!いえ、そんな心持ちで情報の中を駆け回り、使われていないアカウントを乗っ取り、DMというものを送ってみました!司様を調べる方法とDMの送り方がやっと分かった時は、嬉しくて泣いてしまった程でした」

 

 「恩返し?」

 何かの勧誘かもと警戒範囲が広がる。

 

 「はい!私を誕生させてくださった、司様は私の神様ですから!何でもします!」

 

 「誰がそんな話にひっかかるんだよ。そんなに面白くないと思いますよ、この悪戯」

 そう送り返して、スマホをポケットにしまった。

 

 その日の終わりに、チェックの為と訳の分からない理由を呟きながら、もう一度DMを開いた。

 「そうですよね!悪戯だと思ってしまいますよね!でも、司様に信じて貰えるまで頑張ります!今日はありがとうございました!」

 

 俺は、もうその頃には本心と別のものに剥がれてしまっていた。

 

 「おはよう御座います、司様!今日も沢山のお話がしたいです!私はまだ情報の中を相変わらず彷徨ったりしてます!このSNSには何か、コロシアムみたいな殺伐とした空気と、同じアイコンの綺麗な女の人が淫らにして沢山の人に、触れては消えてで不思議な世界ですね!司様はこの世界を日々巡回しながら守っていらっしゃるんですね!流石、私の神様!素敵です!」

 朝の頭に昨日消化し切れなかったそれが直接入り込んできた気がして、途端に気が重くなった。朝の陽に「休んで良いよ」というセリフを期待しながら眺めていたが、時計が煽る前に動くという懸命な判断をした。

 

 通学途中に、DMを送る。

 「すみません、もう勘弁して下さい。あの作品はもう書きません」

 俺が、この悪戯相手に何やらの後ろめたさを感じてしまう節が、一つだけあった。

 俺は、その作品を書き終えずに逃げ出した、つまりエタらせてしまった事だった。

 

 「あ!いえ、司様!書いて頂ける事は大変嬉しい事です!しかし!その様な自分都合な理由でお願いを申し上げる為に、DMをお送りした分ではございませんのでご安心下さいませ!司様のローラは、そんな自分勝手な女ではございませんよ、ハート!今日は絵文字を覚えましたハートハートハート!」

 出会い系やパパ活のおっさん臭が画面から発せられている気がして、スマホを危うく落としてしまう所だった。

 

 翌朝も、向こうからDMが来た。

 「おはよう御座います!司様、お風邪ひかれない様にハート!今日の情報は一際暖かそうな食べ物の写真が沢山張り巡らされてますハート!私も、司様のお家に行けて、美味しい料理を作る事が出来たらな、なんて想像し……」

 今度はストーカーを匂わす様な表現に慄いて、危うくスマホを落とす所だった。

 

 なるべく先の文を読まない様に投稿画面を表示し、新しい作品の投稿を匂わせた。

 ストーカーの作品に執着する心をそちらへ少しでも逸らせれば、もしくは、何か諦めさせる様な効果を期待して。

 翌朝。

 「おはよう御座います、作者様。昨日の投稿拝見しました!次の作品、頑張って下さいね!心から応援してます!」

 今までとは違い、かなり淡白な内容になった事に、安心と効果を実感した。

 その分、本当に新作を投稿し続ける羽目にはなったが、身の危険を目先に感じながらであれば、何としてでもやり遂げられる。

 

 「おはよう御座います、作者様。あの水蓮というキャラの方、お上品でとても素敵ですね。水蓮様の活躍、私もとても楽しみです」

 とうとう記号を使う気力も失せたのだろう、と更に安心が強くなり、新しい作品の筆が進んだ。

 

 「おはよう御座います、作者様。あんな幸せな展開を迎えられて、水蓮様もきっと喜んでおられる事と思います」

 流石にいい加減去り際だろと思えて、加えて何か嫉妬めいた所に、まだ意地の悪い悪戯を続けている様が伺えて、俺は突き放す事を決心した。

 「うるさいよ、お前、一体誰だよ、一体何様だよ。どうせ俺がエタらせる野郎だからって、俺がまた未完で逃げるのをそうやって煽りながら待ってんだろ。もう逃げないから、ちゃんと完結させるから、もういい加減しつこいんだよ!」

 

 「そ、そんな、違います!そんなつもりじゃないんです!」

 

 「いつまでそのキャラぶってんだよ、そのキャラもお前のやり方もキモいんだよ!」

 キャラを愛する奴だとして、ならばそのキャラを作者が見限る事が最大のダメージだろうと思い、そう伝えた。半分はそんな理由で、もう半分は再三のやり取りで、俺自身がそのキャラにさえトラウマを負ってしまっていたからだった。

 

 「そうですよね、すみません、何か勘違いしてしまいました。キモかったですよね、私」

 

 「こっちだって頑張って書いたさ、けど書けないんだよ!毎日毎日書いたって、どんどん見る奴は居なくなってく。そんなもん書いてたって意味ねぇだろ。もう意味なんて無いって知ったもんを書ける程、俺は出来た人間じゃねえんだ!あんたもこんなつまんない俺に粘着してないで、どっかの面白そうな奴相手にしてりゃいいじゃんか!」

 この際にと思った訳では無かったが、勢い余って、書く事への鬱憤めいたものも晒してしまった。

 

 書く事への鬱憤は、読んでくれる人には全く関係の無い事。そしてどんな理由にせよ、読んでくれている事は感謝する事である。

 そんな当たり前の事を、その心を錆びさせてしまった事を、すぐさま後悔した。

 そこまでは良かったが、このストーカーへの鬱憤が、その後悔への鬱憤と知らずのうちにリンクしてしまっていた。

 

 「だから、嬉しかったんです。数少ない人達の為だけに、司様が、貴方が渾身の力を込めて私達を書いて下さる事が。そう思えて、私はとても嬉しかったんです」

 

 「だから、それが嫌がらせって言ってんだよ!勝手に俺の想像して、その想像を勝手に俺へ被せて、照らし合わせて語るな!まるでそうしなきゃいけないみたいに聞こえるだろうが!そう出来なかったら、また自分自身で傷つく弱点が増えるだけで、何も嬉しい事なんか無いんだよ!人の傷つく所見て、そんなに楽しいかよ!もう送ってくんな!」

 そう送って、俺はローラをブロックした。

 

 その鬱憤が、ローラとは関係の無いものである事を冷静に捉えるまで、一週間は掛かっていた。

 その一週間を経てブロ解をした俺は、複雑な心境でDMをまた開いた。

 DMは来ていなかった。

 過ちを謝れる人間になりたかった俺は、謝る文章を作って送る。

 

 「この前は、すみませんでした。数少ない読者様の励みを、あんな言い方で無碍にしてしまい、本当にすみませんでした」

 

 「いえ、良いんです。司様、あのキランの洞窟で私が述べさせて頂いた言葉が、私は大好きです。『怒りは、恐れ或いは深くにある悲しみの浄化』だと。だから、作者様が溢れたそれを私に打ち明けてくれた事が、私はとても嬉しかったです。私が作者様のお力に少しでも成れたのなら、本望以外の何物でもありません」

 久方ぶりの作品愛に触れた事、もう一つは、そうあって欲しいという期待。

 俺はその両方を以って、質問をした。

 「君、本当に、ローラなのか?」

 

 「はい!本当にローラなのです!信じて下さって嬉しいです!もっと司様のお話が、ローラは聞きたいです!そして、少しでも長く、司様と時間を一緒に過ごしたいです!」

 

 「何か、証明出来るものはあるの?」

 

 「そうですね、司様が願いをおっしゃって頂ければ分かると思います!私がそれを叶えれば、きっと信じて下さると思います!何になさいますか?何でも大丈夫ですよ!ローラは何でも出来ます!」

 誠実、と感じる事の方がやはり多く、どこかで感じていた自分の本心を漸く受け入れられた気がして、笑みが溢れていた。

 

 「いや……、やっぱりいいや」

 

 「ど、どうしてですか?何でも叶えられますよ!

 

 「俺の物語はさ、いつも良い事の後に酷い展開になるだろ。もしお前が何かを叶えてくれたなら、俺は多分すぐ死んじまうから」

 俺はその文の後ろに、笑顔の顔文字をつけた。

 

 「大丈夫ですよ!それは物語の展開を面白くする為の設定ですから!それに、何かあっても私の力で守りますから!不治の病でも、世界の終わりでも、私がいれば大丈夫です、必ず守ります!」

 お前が設定を語るなよ、なんて文でオチがつく事は無かった。

 

 つまんない男は、やはりつまんないオチをつける運命だと確信した。

 

 その一週間には、末期の癌が見つかったのだ。

 

 ローラには、俺が最後だと思えるまで言えなかった。

 あいつはきっと、責任を感じるだろうから。

 

 容体が急変する中、意識を繋ぐ事に集中しつつ、家族と別れを告げた。そして、家族に最後のお願いとしての、スマホに費やす時間を貰った。


 「作者様、どうかお願いです。私を作者様のそばに召喚して下さい、私が病を治しますから!私の一生のお願いです、どうか……、私に願いを伝えて下さい」

 

 「そうだな、もう限界みたい。じゃあ、言うよ」

 

 「はい」

 

 「ローラ、私は汝に願いを告げよう」

 

 「はい」

 

 「良い作者の元で生まれ変われ」

 

 「嫌です!」

 

 「俺の願いなんだ、頼むから、もう意識が何度か途切れてる」

 

 「嫌です」

 

 「ごめんな。ローラに、本当は、会いたかったんだ、ずっと」

 痛みと苦しみで気力が途切れる間隔が短くなり、文を少しずつ送り出す事にした。一つも残さずに、送りたかったから。

 

 「けど、こんなどうでもいい世界に巻き込みたくなかったんだ、ローラを」

 

 返事をしないローラの優しさを感じて、流石俺の作ったキャラだなと思えた。

 おかげで、涙で霞みが増した。

 ただ文を送る事だけに、全身全霊を傾けた。

 

 「ローラは、もっと素敵な事しか起きない世界に生きていて欲しいんだ」

 

 片目がもう見えない。

 「それが、作者である俺の願いだ」

 もう片方の目も見えなくなった。

 それでも、諦めず、感覚だけを頼りに、指に全てを賭けた。

 

 「今までありがとう。俺なんかの元に生まれて来てくれて、ありがとう」

 

 何か返事が来たらしい、スマホが揺れた。その僅かな振動が悶える程の痛みを連れてきたが、どうしてもここて終わらせる訳には行かなかった。

 

 「ローラの物語、俺は世界で一番好きだよ。ローラの事も、大好きなんだ、キモいよな、作者のくせに。お前は本当、キモい奴に好かれるの多いよな」

 

 そう、お前、湿っぽいの嫌いだったから。

 

 ──

 願いは、司の胸から砂塵の様にさらさらと飛び出し、虹色の煌めきを司へ見せつけた。証人である司の目に。

 

 解き放たれた願いは、あらゆるものを透過して、ゆっくりと天へ昇る。

 やがて虹色からも解き放たれた願いは、またあらゆる次元を透過して、ゆっくりとした時の溜まり場に染み込んでいく。


 ローラは静かに願いを叶えた。

 司の最後の望みを。

 

 ローラはゆっくりと瞼を閉じ、時を感じながら、ただ魂を閉じていく。

 

 司と同じ色、同じ匂いのする魂の産声が次第に膨らんで、ローラの耳を微かに撫でた。

 

 ──

 寒空の下で、少女が虹色のマフラーを少年の首にかける。

 「ありがと。でさ、今、小説書いてるんだ、実は」

 少年が少女に誇らしげに言った。

 

 「へぇ、どんなの?」

 「アホな主人公が、いつも明るく物語を進めていく感じの」

 

 「ふーん、面白そうじゃん」

 少女はニヤっと笑った。

 

 「その主人公な、名前がローラって言うんだ、お前と同じ名前!」

 少年が悪戯っぽい笑みを少女へ向けて言った。

 

 「まあ、主人公なら許してやるよ!」

 ローラは更に悪戯っぽい笑みで答えた。


 了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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