07.魔法使いの弟

ノアと私は部屋の入口に、ローランはベッドの上にいる。

驚く私をよそに、そのまま兄弟は会話を続けた。


「その服。また『暗い森』に行っていたんですか?」

「うん、魔物の噂を確かめにね」

「すみれを摘みに、あの森には行きませんよ。全くお供も付けずに……」

「その結果、もっと美しい花を手に入れたわけだ。ね、サラ」


ローランは視線を弟から私に移し、微笑んだ。

兄弟そろって素敵なユーモアのセンスの持ち主らしい。さぞかし女性にモテるだろう。


しかも彼らは王子だ。


「王子……」


悪夢がよみがえり、吐き気がこみあげる。こうしてはいられない。

中世的な美少年の横を通り、寝室を後にしようとした。


「ちょっとそこ通してね、ノアくん」


すると腕を、がしっとつかまれた。ノアの細い指だ。意外と力が強い。


「どこへ行くんですか?」

「私がどこ行こうが、王族に関係ないでしょ。国と一族の繁栄のために、どうかビジネスを進めてて?」

「それが関係あるんだよ」


ノアが口を開きかけると、ローランが口を挟んだ。

いつの間にかベッドの上から移動してきたらしい。

 

「魔物たちは、キャンベル家と深く関わっているんだ」

「お兄様、キャンベル家とは?」

「人間界の第一王子、レオナルド。彼の元婚約者が、リリー・キャンベル。キャンベル家の末娘なんだ。彼女は五年前に失踪し、最近になって急に現れた」


続きをローランが言いにくそうにしていたので、私は彼に代った。


「で、彼らは元さやに戻った。レオナルドの婚約者だった私が婚約破棄されて、国を追放されたってわけ」

「手紙の紋章を見て確信した。あれには魔法がかけられていたんだ」


ローランは優しく私の頭を撫でた。


「ごめんね、サラ。辛い話をさせて」


その様子をにらみつける、弟ノア。お兄様をとられて悔しいのだろうか。

ローランの手は私の頭を離れ、私の両肩に置かれた。


「魔物が王女になると、人間界が危ない。怪しまれずにリリーの調査ができるのは、サラ。君しかいないんだ」

「ローランが執事ジェフリーに変身するのは?」

「リリーは僕の正体に気付き始めているよ。魔物は魔法使いの正体を見抜くからね」

「……分かったわ」


ため息とともに、彼に告げた。


「調査に協力する。人間界には家族も住んでるしね」


ローランの顔が、ぱっと輝いた。後ろにいるノアも微笑んでいる。

お兄様の幸せは、彼の幸せなのだろう。見た目も性格もかわいい男の子だ。

ノアに向かい、ローランは言った。


「ノアも良かったね」

「なぜですか?」

「サラのこと、気に入ったみたいじゃないか」

「そ、そんな!僕のことを女の子と間違えたんですよ!」


ノアは嬉しそうな顔を引っ込め、私を睨みつけた。


「やっぱり気にしてた?ごめんね、ノアくん」


彼は私の腕をつかんで、自分の方へ引き寄せた。

そして私の耳元でささやいた。


「僕が男の子だってこと、いつか分からせてあげるから」


呆気に取られた私を残し、ノアは部屋を出て行った。

身体能力が高そうな歩き方だった。動きに無駄がない。


我に返り、横にいるローランを見る。

彼は表情を欠いた顔で、弟の背中を見つめていた。


「サラ。何を言われたの?」

「べ、別に何も……」

「ふーん。あんまり言うとノアに恨まれそうだけど。一つだけ、教えてあげるね」

 

彼は私に向き直り、口角を一センチだけ上げてみせた。

笑っているのか、そうでないのか、判断のつきかねる表情だ。


「あいつは、僕より執着心が強いよ」


穏やかな彼が「あいつ」なんて言葉を使うのは珍しい。

これが何を意味するか、あの時は分からなかった。

実は後年に渡り、重低音のように、城での生活に鳴り響くことになるのだった―――

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