死んだはずの元婚約者が戻ってきたから、もう私はいらない?じゃあ好きに生きますね
かのん
01.元婚約者からの手紙
サラ・ベルモントは二十年の人生で、悪いことはだいたい水曜日に起こっていた。
侯爵の父に「金がなくて地位が維持できない。切り札はお前の結婚しかない」と打ち明けられて、長女ならではの従順さで頷いたのも、昨年の水曜日だった。
甘いものと女性に目がないレオナルド王子と婚約して、愛のない婚約生活が始まったのも、半年前の水曜日だった。
そして迎えた結婚前夜。今日も、忌々しい水曜日だった。
☆
ぽかぽか陽気で、ほとんど春の宵だった。
夫婦の寝室の広いベッドの上で、私は寝返りを打った。
「結局レオナルドの奴、式の準備に顔見せなかったわね……」
読みかけの本を枕の横に放り投げた。この本が朝まで動かないことは知っていた。
レオナルドと床を共にしたことは、一度も無かったから。
「さすがに結婚前夜だし、セクシーな下着にしたのになー」
独りでいることを良いことに、ネグリジェを脱いだ。
壁にかかった鏡へ近づき、ランジェリー姿の
ゆたかな栗毛、ブルーの瞳、白く柔らかそうな肌。
丸々としたバストとツンと上を向いたヒップは、スケスケのキャミソールとフリルのついたパンティに包まれている。
「はぁ。何のために、ここまで頑張って来たんだろ」
女としてできる限りの努力を、私はしてきた。
王女として恥じないように、勉強だって頑張って来た。
母や妹たち、メイドたちも私たちの仲を何とかしようと動いてくれた。
外見だけにとどまらず、こんなバカみたいな下着も。
「もう一生、誰にも抱かれないまま終わるのかな……」
物憂げな鏡の自分と目が合い、ため息を付いた。
すると、バン!と、勢いよく扉が開かれる音がした。
期待を込めて、音のした方を振り向く。
しかし立っていたのは、
☆
「……ノックしてもらえる?」
「し、失礼いたしました!」
慌てて頭を下げたのは、執事のジェフリー。
背の高い黒髪の青年で、主にレオナルドに仕えている。
「サラ様、今日も美しいですね。目が痛くなるほどです」
「そう。じゃあ、目を閉じていてもらえる?」
「その姿には、夢の中でしか会えないと思っていました」
「服を着るから目を閉じなさいって言ってんのよ」
「仰せのままに」
ジェフリーは深々とお辞儀をした。その間に、再びネグリジェをまとう。
手触りの良い、高価なレースをふんだんに使ったそれを。
「はい、頭を上げて。それで何の用?」
「レオナルド様に急遽、お渡ししたいものがあります」
「あいつならいないわよ。いつものように」
申し訳なさそうに、ジェフリーは目を伏せる。手には一通の封筒があった。
プライベートの手紙のように見える。私は彼の元へ歩いて行った。
「それ手紙? 明日の朝じゃだめなの?」
「速達でして……あ、サラ様!」
彼から手紙を奪い取った。甘ったるい香水の匂いが鼻をつく。
恐らく紙に香水をしみこませたのだろう。
あざとい手法にうんざりしながら、宛名の横に書かれていた文字を読み上げた。
「『結婚式の前日までに読んでね。愛を込めて』。だから急いでたのね」
「違います」
「え?」
「サラ様のような素晴らしい方と婚約しておきながら、レオナルド様は多くの女性と関係を結ばれていました」
ま、知ってたけど。でも執事がそのことを言うなんて、少し妙だ。
彼の黒く大きな瞳には、微かに怒りの色が浮かんでいる。いつも穏やかな彼には珍しい。
「なので、同じようなお手紙は、少なくとも百通は受け取っています」
「じゃあ、どうしてこの手紙だけ持ってきたの?」
「差出人のお名前をご覧ください」
手紙を裏返し、差出人の名前を確認した。
全身に悪寒が走った。あやうく手から滑り落ちるところだった。
「リリー・キャンベル……死んだはずじゃなかったの?」
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