死んだはずの元婚約者が戻ってきたから、もう私はいらない?じゃあ好きに生きますね

かのん

01.元婚約者からの手紙

サラ・ベルモントは二十年の人生で、悪いことはだいたい水曜日に起こっていた。


侯爵の父に「金がなくて地位が維持できない。切り札はお前の結婚しかない」と打ち明けられて、長女ならではの従順さで頷いたのも、昨年の水曜日だった。


甘いものと女性に目がないレオナルド王子と婚約して、愛のない婚約生活が始まったのも、半年前の水曜日だった。


そして迎えた結婚前夜。今日も、忌々しい水曜日だった。



ぽかぽか陽気で、ほとんど春の宵だった。

夫婦の寝室の広いベッドの上で、私は寝返りを打った。


「結局レオナルドの奴、式の準備に顔見せなかったわね……」


読みかけの本を枕の横に放り投げた。この本が朝まで動かないことは知っていた。

レオナルドと床を共にしたことは、一度も無かったから。


「さすがに結婚前夜だし、セクシーな下着にしたのになー」


独りでいることを良いことに、ネグリジェを脱いだ。

壁にかかった鏡へ近づき、ランジェリー姿のサラを眺める。


ゆたかな栗毛、ブルーの瞳、白く柔らかそうな肌。

丸々としたバストとツンと上を向いたヒップは、スケスケのキャミソールとフリルのついたパンティに包まれている。


「はぁ。何のために、ここまで頑張って来たんだろ」


女としてできる限りの努力を、私はしてきた。

王女として恥じないように、勉強だって頑張って来た。


母や妹たち、メイドたちも私たちの仲を何とかしようと動いてくれた。

外見だけにとどまらず、こんなバカみたいな下着も。


「もう一生、誰にも抱かれないまま終わるのかな……」


物憂げな鏡の自分と目が合い、ため息を付いた。

すると、バン!と、勢いよく扉が開かれる音がした。

期待を込めて、音のした方を振り向く。


しかし立っていたのは、婚約者レオナルドではなかった。



「……ノックしてもらえる?」

「し、失礼いたしました!」


慌てて頭を下げたのは、執事のジェフリー。

背の高い黒髪の青年で、主にレオナルドに仕えている。


「サラ様、今日も美しいですね。目が痛くなるほどです」

「そう。じゃあ、目を閉じていてもらえる?」

「その姿には、夢の中でしか会えないと思っていました」

「服を着るから目を閉じなさいって言ってんのよ」

「仰せのままに」


ジェフリーは深々とお辞儀をした。その間に、再びネグリジェをまとう。

手触りの良い、高価なレースをふんだんに使ったそれを。


「はい、頭を上げて。それで何の用?」

「レオナルド様に急遽、お渡ししたいものがあります」

「あいつならいないわよ。いつものように」

 

申し訳なさそうに、ジェフリーは目を伏せる。手には一通の封筒があった。

プライベートの手紙のように見える。私は彼の元へ歩いて行った。


「それ手紙? 明日の朝じゃだめなの?」

「速達でして……あ、サラ様!」


彼から手紙を奪い取った。甘ったるい香水の匂いが鼻をつく。

恐らく紙に香水をしみこませたのだろう。

あざとい手法にうんざりしながら、宛名の横に書かれていた文字を読み上げた。


「『結婚式の前日までに読んでね。愛を込めて』。だから急いでたのね」

「違います」

「え?」

「サラ様のような素晴らしい方と婚約しておきながら、レオナルド様は多くの女性と関係を結ばれていました」


ま、知ってたけど。でも執事がそのことを言うなんて、少し妙だ。

彼の黒く大きな瞳には、微かに怒りの色が浮かんでいる。いつも穏やかな彼には珍しい。


「なので、同じようなお手紙は、少なくとも百通は受け取っています」

「じゃあ、どうしてこの手紙だけ持ってきたの?」

「差出人のお名前をご覧ください」


手紙を裏返し、差出人の名前を確認した。

全身に悪寒が走った。あやうく手から滑り落ちるところだった。


「リリー・キャンベル……死んだはずじゃなかったの?」


王子レオナルドは、死人から手紙を受け取っていたのだ。

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